体の芯から凍えるような寒さ。観客席には客はまばら。それに対して、
見るからに圧倒的な光景。去年の王者とダークホースの戦い。如何なダークホースと言えども、絶対的な力の差には敵うわけもない。
まほがどうしてもと言うから、私はもう一人の娘、みほの試合を観に来ていた。普段からあまり願い出ない彼女の頼みとはいえ、このような弱小校の試合を観に来るのは時間の無駄としか思えなかったが。
「⋯⋯あの娘、変わったわね」
「⋯⋯そうですね」
久しぶりに見たみほの面構えは、半年前までの頼りない末っ子とは思えない程に逞しくなっていた。
何が彼女を変えたのか。薄々、気付いている。
「ねえ、大統帥さん? 貴女は、この試合、どう見るのかしら?」
「⋯⋯西住しほ殿、大統帥などと呼ぶのはお止め下さい。私は一介の戦車道科隊長でしかない小娘です」
謙遜を。
ただの小娘だったら、うちの娘が率いる黒森峰を破るなんて出来やしないわ。
「⋯⋯まほさんも、私が隣でよろしかったのですか?」
「ああ、私は別に構わない」
彼女によって下された黒森峰は、当初、私が予想していたような騒動は起こらなかった。王者の失墜と、指導者の衰退という致命的な終わり。
あの娘が抜けた後、副隊長となった逸見エリカが、まほの補佐をするだけの忠犬であった彼女が、台頭し始めたのだ。それも、まほが隊長の座を譲ると公表して。
好い変革だ。黒森峰には相応に思い入れもある。黒森峰西住流は、今は延命をする必要がある。まほは大学へ。みほは別の高校を率いてここまで来た。二人とも、物は違えど才覚は本物。だが、今黒森峰を生かすのはあの二人じゃない。逸見エリカという少女だ。
「⋯⋯西絹代さん、貴女は不思議な人ですね」
「恐縮です」
様々な方面においてここまでの変化を齎した少女は、凛々しく整った双眸を真っ直ぐに画面に向けていた。
試合がもうすぐ始まる。
「⋯⋯」
「⋯⋯みほさんは、お強い。私なんかより、よっぽど」
そう言う彼女の顔は、どこか晴れ晴れとしていた。あの大統帥西絹代にそうまで言わせるあの娘の戦いが、どれ程の物なのか。確かに気になった。
「⋯⋯仲間に振り回されるなんて、まだまだね」
「そうでしょうか。良い仲間達だと思います」
良い仲間、確かに人は好いのだろうなとは思う。話したことは無いが、その顔からは曇りとは真逆の何かを感じられた。戦車道を、楽しんでいる人間の顔だ。
「私達知波単学園とも、貴女達黒森峰女学院とも違う、彼女なりの戦い方というものがある。それが、彼女なりの必勝法」
「型に囚われない型。⋯⋯鬼才、ね」
ちらりと見かけたサンダース戦やアンツィオ戦でのみほの戦い方は、黒森峰に居た頃とは思えない程に生き生きとしていた。勝つこと自体に固執していないながらも、全力で勝つ気概が感じられる。
それは、戦車道という物を純粋に楽しんでいるからこそなのかも知れない。今のみほからは、幼い頃のような快活さすら感じられる。
あの子達が、みほを変えたのか。
戦況が悪くなる。建物に籠る形となった大洗女子学園へと、降伏勧告が出され、試合が中断される。
勝利は絶望的。地吹雪のカチューシャは、甘くない。必ず、みほ達を倒す。だが、みほならば、この状況を覆せるのではないかと、そう思う自分も居る。
家元を就任するために、家族への甘やかしは捨て去ったはずだった。それでも、こうして娘に期待してしまうのは、親故なのか。
「⋯⋯」
「みほさんは、常に前へ進み続ける。それは、戦車道という競技において正しい形なのではないでしょうか」
「⋯⋯私も、そう思います。みほは、止まることを知らない。いつだって斜め上を行く」
それは、才覚という言葉では片付けられない個性。
西住まほの実力に裏打ちされた圧倒的な戦い方。
西絹代の類を見ないカリスマ的な戦い方。
西住みほの他者とは一線を画す予想できない戦い方。
それぞれに戦い方があり、それは一種の個性とも呼べる特異性。戦車道は、そんな特異性がぶつかり合い鎬を削るからこそ、人を惹きつけるのだろう。
「⋯⋯そうね、みほは強い。西住流としては褒められた戦い方ではないけれども、戦車乗りとしてはそれもまた強者の一角足り得る素質となる」
言葉にして、理解した。
やはり、私も親であることは捨てることが出来ないのだと。我が娘が、こうして才覚を現していくことに喜びを覚え、己の道を見つけ出そうとする様を応援したくなる。
どれだけ、あの時のみほの行いが西住流からして責められることであったとしても、責められるべきなのは人道に沿った行いをした少女を排除しようとした今の戦車道の仕組みなのだ。
分かってはいた。だけれども、私はみほに取り返しのつかないことをしてしまった。一人の親として許されないことを、してしまった。恨まれても当然だ。
「みほは、きっと誰も恨んでいないでしょう。あの戦車道すら、今のみほは楽しんでいる。もう、何も恨むものなんて存在していない」
「まほ⋯⋯」
私よりもあの娘と深く関わってきた姉であるこの娘がそう言うのなら、そうなのでしょうね。
私は、親だというのに娘のことを何も理解してあげられていない。それが、堪らなく情けなくなった。
「⋯⋯!」
いえ、情けなく思うことはいくらでも出来る。けれども、親として罪を贖う機会は限られている。ならば、私は私に出来ることを。みほの為に、私に出来ることをするしかない。
そして、それは今彼女の試合を応援してあげることでもある。
「⋯⋯西絹代さん、こんな話に付き合わせてごめんなさいね」
「いえ、私は何も。各ご家庭に、それぞれ事情はあるものです。私は、みほさんの試合を見に来ただけですから」
彼女の視線につられてモニターに視線を移す。戦いは、最終局面にて大きく動き出していた。
「⋯⋯みほさんは、強い。この西絹代、あの強さに感服します」
「ええ、そうですね。私の娘は、強い」
あのような寄せ集めじみた部隊構成で、去年の王者の意表を突いて戦況を覆し始めるなんて、並大抵の戦車乗りには難しいことだ。
だが、みほは並大抵の戦車乗りではない。
「あの地吹雪のカチューシャを相手に、一歩も退いていない。勝つ為に戦っている」
去年、黒森峰を破り優勝を果たした高校が相手であるというにも関わらず、今年から戦車道を復活させた無名も無名の学校を率いて互角以上に戦うその姿は、
そうして、多少の運すらも味方につけたみほとその仲間達は、プラウダ高校のフラッグ車を撃破し、見事準決勝を勝ち上がったのであった。
「本日は、私のような不束者と席を共にして下さり、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとう。見えたのは、貴女のお陰でもあるわ」
「そうだ。ありがとう、絹代」
「いえいえ! そんな、お二人から感謝されることなど!」
慌てる彼女の姿は、大統帥と呼ばれるあの様からは想像も出来ないくらいただの少女だった。
それは、みほもまほも一緒なのだと今更になって理解した。
「⋯⋯それでは」
「ああ、待って」
「⋯⋯?」
咄嗟に呼び止めてしまった。
みほの最後の対戦相手は、この目の前にいる底知れない少女だ。だけれども、みほだって負けてはいない。
「みほは、強いわ。きっと、貴女に勝ってみせる」
「⋯⋯はは、そうですか。なら、私も負けるわけにはいかないですね」
「絹代、お前は⋯⋯」
「まほさん、西住しほさん。今日は楽しかったです。それでは」
そう言って去っていくその後ろ姿は、少女のものではない。
大統帥西絹代と呼ばれるそれだった。
「まほ、帰りますよ」
「はい、お母様」
それでも、私の自慢の娘が、みほが負けるとは思わなかった。
ふふ、少し、親馬鹿に過ぎるかしら。
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