戦場は、晴れ渡り。これからここで砲火が交わされるだろうとは、誰も思わないような景観が広がっている。
しかし、戦いを告知する飛行機が隊列をなして空を飛び交えば、否が応でも人々の緊張と興奮は高まっていくのであった。
ある者は、往年の栄光のみの弱小校がここまで快進撃を繰り広げてきたことに昂揚し、ある者は、無名も無名、今年から参戦したはずが並いる強豪を下してここまで辿り着いたダークホースの戦いに心を踊らせる。
そんな中、大柄な黒髪の女性、ノンナの肩の上に乗った金髪の小柄な少女、カチューシャは、見知った後姿を見つけると声をかける。
「マホーシャ、お互いに決勝戦を観戦することになるなんて思ってもみなかったわね」
「そうだな、カチューシャ。だが、私達を超えてこの場で戦おうとしている彼女達は、紛れもなく強者だ」
「分かってるわよ。ミホーシャも、知波単の隊長⋯⋯えーっと「西絹代です、カチューシャ」そう、キヌヨも貴女達を倒して決勝戦に臨んでいる。疑うわけないわ」
お互いが、有象無象とは一線を画す強者を率いる者。そして、そんな彼女達を破った存在が、弱者であるはずもなし。
「ハーイ、まほ、カチューシャ、ノンナ!」
「久しいな、ケイ」
「貴女も観に来たのね」
「当たり前でしょ。みほと、あの西絹代の試合よ! たとえ決勝戦でなかったとしても、こんな面白い試合、観に来ないわけないわ!」
それもそうか。納得したところで、まほは遠目に珍しい三人組を見つける。
その中の一人、チューリップハットを被った少女が、まほの視線に気が付くとゆっくりと歩み寄る。
「おやおや、錚々たる顔ぶれとは正にこのことだね」
「あ、アンタは継続の⋯⋯! さっさと戦車を返しなさいよ!」
「ハーイ、継続高校の隊長サン!」
「ミカ、お前達も来ていたのか」
「ああ、西絹代の戦いだからね。是非とも目にしておきたい」
「無視すんじゃないわよ!」
カチューシャが突っかかっていくと、ミカと呼ばれた少女はカンテレを鳴らし、そそくさと退散していった。
あまりの対応に怒りを露わにするカチューシャと、それを諌めるノンナといういつもの構図を視界の端に追いやり、まほはさらに辺りを見回す。
「ごきげんよう、まほさん、ケイ、カチューシャ」
「ダージリン、貴女もやっぱり来ると思っていたわ!」
「ええ、勿論よ。西さんの戦いですもの。それにみほさんも。良い機会ですわ」
「抜け目が無いな」
「恋と戦いに手段は選びませんの。それに、負けたままではいられないのが淑女というものですわ」
「ダージリンも、変わらず元気なようで安心したわ。さ、こんな所で立ち話もなんだし、席を取っているから、そっちに行かない?」
ケイの案内に任せ、強豪校を率いる隊長達の集団は歩き出した。
「それにしても、本当に錚々たる面子が揃ったな」
「そうね。それだけ、彼女達の与えた影響は大きいってことでしょ」
「ミホーシャは勿論、キヌヨも動画を見た限りじゃ、その強さは疑いようもないわ。チハばっかなのに、よくもまあここまで来たものよね」
「みほさんが、少数であること活かす鬼才だとするなら、西さんは、本来の力を超えた領分を総合的に引き出す鬼才。所謂、カリスマの戦い方、というものね」
「だが、みほだって負けてはいないさ。誰からも認められ、誰からも好かれるみほだからこそここまで辿り着いたんだ」
「どちらにも、どちらの強さがある。そして、それは拮抗している。ふふ、この戦い、ますます読めない物になりそうね」
どれだけ、勝負の行く末を考えようとも、こと軍神と大統帥の戦いにおいては、そんな予測は予測にもならず消え行く。
だが、ひとつはっきりと言えることがあるとすれば。
「みほと絹代の戦いは、戦車道の歴史を塗り替えてしまうだろうな」
「同感ね。彼女達の戦い、言葉だけでは語れるわけもないわ。実際に、両者がぶつかり合って初めて、その衝撃は世に知れ渡る。きっと、世の中の権力者達は焦っていることでしょうね」
「そうかもな」
微かに笑みを零して、まほはモニターに目を向けた。
◇
パーマの少女が、IV号戦車の点検をしていた茶髪の少女へと話し掛ける。その内容は、最後の対戦校の様子という至って普通の内容。
そして、いつも以上に真剣な顔をしていた彼女が気になったから、というのが本音だ。
「西住殿、知波単学園、気合いの入り方が違っていたでありますね」
「そうですね、優花里さん。でも、それは私達だって一緒」
「それは勿論! 負ける訳にはいかない戦いである上、あの知波単学園と戦えるのですから、気合いも入るってものですよ!」
そう、私達には後が残されていない。
この戦いに負けたら、こんなにも楽しかった皆との戦車道は永遠に終わってしまう。
そんなのは、嫌だ。まだまだ、皆と戦車道を続けたい。
初めて、戦車道を続けたいって思えたんだ。戦車道をやりたいって、心の底から思った。そんな皆と離れ離れになるなんて、絶対に駄目だ。
「勝つのは、私達だよ。絶対なんて絶対にないけど、でも、私達が勝つ」
「そうですね、西住殿」
沈黙の時間。だが、それを苦には思わなかった。
良い緊張だ。最高のコンディションと言える。
「みぽりーん! そろそろ説明するから集まってって!」
「分かった、沙織さん! 優花里さん、私、行くね!」
「はい! 点検は私が代わりにやっておきますので!」
きっと、この戦いは今までで一番、厳しい物になる。今までだって辛く険しい障害ばかりであったが、今回ばかりは様々な意味でこれまでとは違う。
戦いに臨む動機だって、皆との戦車道を守るというただそれだけではない。
西住みほは、
いつかの約束を果たし、こうしてこの戦いに辿り着いている。だが、それで終わりじゃない。
これから、始まるんだ。
そんな想いを胸に、みほは足を早めた。
◇
気合十分といった面持ちで歩みを進める少女、西絹代。
試合会場を少しでも、遠目からでも実際に把握せんと、己の目で見て回っているのだ。
何せ、この決勝戦の地で戦うのは初めてのこと。資料すら無いのだから当然とも言える。
そうして歩いていると、彼女を呼び止める存在が。
「大統帥閣下、此度が最後の戦いとなります。どうか、何卒我らに栄光を!」
「⋯⋯学園長先生」
例の絹代の通う知波単学園の学園長であった。
その顔は、物乞いにも似て、プライドという文字は端から存在しないか忘れ去っているか、知らないか、といったような無様な様相を表している。
必死さだけは伝わってくる。それほどまでに、優勝したいのだろう。
「我ら、知波単学園! 総員を以って、貴女方のご活躍に期待させていただきますので!」
「はい。きっと、我らが知波単学園にとって名誉ある試合をすることを誓いましょう」
「はい! その言葉が聞ければ、私は大満足です。大統帥西絹代の本気が見られる機会などこれ以外にはありませんでしょう。期待しております!」
ひきつった笑みを何とか飲み込み、西絹代は自らの同胞達の下へと歩みを再開した。
それについてくるつもりはないらしく、学園長は恭しく一礼して見送ると、反対の方向へと歩き出すのであった。一安心し、ため息を吐くと、絹代は青空を見上げて頬を叩く。
試合こそが、今日の全て。学園長などは関係無い。それを持ち込むのは、みほさんに失礼だと確信していた。
「絶対に勝てるなんて、言えない。だけど、勝ちたい。みほさんに、勝ってみたい」
図らずして、両者の思いは今この時この瞬間、完全に一致していた。そして、この試合中、二人の思いは違えることはないだろう。
望むは純粋な勝利。似て非なる存在だからこその、単純な勝利への渇望。
―――戦いが、始まろうとしていた。
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