統帥絹代さん   作:B・R

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ふう、何とか収まった(普段の約二倍)


下・テ勝ニ洗大デ力全

「大洗全軍、反対側に集結した模様です」

「III号突撃砲と八九式中戦車の二輌小隊と、IV号戦車、M3中戦車、ポルシェティーガーの三輌小隊に分かれ、市街地を走行中です。恐らく、偵察も兼ねた拠点占領かと」

「そうか。名倉、池田、偵察ご苦労」

 

 

市街地にはほぼ同時に到着したらしい。

まさか、ポルシェティーガーがこの市街地戦に間に合うとは思わなかったが、小さな誤算だ。

あの軍神が定石通りの拠点占領による戦闘の有利性の確保を目指しているとは思えない。考え過ぎは有り得ない。薄々読めてはいたが、橋を落として包囲殲滅するなどという奇策を用いてくる程だ。まだ何かあると思った方が良い。

 

 

「総軍計九輌、集結しました!」

「ご苦労。次の作戦に移る。玉田、細見、お前達は五輌を率いて敵車両を旗車一輌だけにしろ。お前達の生還の是非は問わない。⋯⋯ただし、悔いのないようにな」

「⋯⋯承知」

「分かりました」

 

 

玉田も細見も、よくぞここまでついてきてくれた。既に散った辻先輩や後輩同輩達も、こんな私に付き従い、ここまで来てくれた。

そんな彼女達を捨て駒も同然の扱いにすることを、今更どうこう言うつもりも言わせるつもりもない。勝つ為に善く進み、善く戦い、善く勝つのだ。

決意の内に出立した彼女達を敬礼で見送り、福田を見据える。

この最終局面に緊張した面持ち⋯⋯というわけではなさそうだ。これなら、彼女でもやり遂げてくれるだろう。否、元より心配も憂いもしていないが、な。

 

 

「⋯⋯我々は、二輌で旗車を、軍神を狙う」

「⋯⋯了解であります。私が軍神の車輌に先駆けて突撃を敢行し、後に西隊長が確実に仕留めると」

「ああ、その通りだ。定石ならば、その通りだが⋯⋯」

 

 

疑問符をうかべる彼女のヘルメットを小突き、笑みを零す。

定石なんかで勝てる程、容易い存在だとは思っていない。

 

 

「福田、お前が仕留めろ。私が囮を務める」

「⋯⋯了解したのであります。僭越ながらこの福田が旗車を打ち倒してみせるのであります」

「ああ、頼んだ」

 

 

予想外のことはいくらだってある。それでも、私は全力で倒す気概で囮をするのだと腹を括っている。無論、倒すことが出来るのであれば倒すつもりだ。それが、互いの最善なのだから。

だけれども、私は後輩の可能性に託してみるつもりだった。この小さな戦士に、己の命運を賭けても良いと、そう考えている。私は、勝てればそれで良いのだ。

何せ、私は戦士でも勇士でもなく、統率者、大統帥(・・・)なのだから。

 

戦闘の音を遠くに聴きながら、私達は移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「彼女達はこの市街地という有利な地形で、私達を確実に殲滅しようとしてくるでしょう。だから、私達も迎え撃ちます」

「西住殿、第三の決戦はどうするんですか?」

「それについては、お話しした策が現時点で使用不可であるため行いません」

 

 

元々、あの作戦は大統帥を誘き出して二対一で叩くというもの。こちらと知波単学園がほぼ同時にここに到着してしまった時点で、あの作戦は実現不可能となってしまっている。

 

 

「これが、本当に最後。正念場です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 

返答はなかった。それでも、皆が頑張ってくれるって私は知ってる。私には皆を信じる理由があって、理由なんかじゃ表せない友情が私達にはあるんだから。

 

 

「俄然、負ける気なんてしないよね」

 

 

全くもって、この言葉の通りだった。

俄然、負ける気はしない。

 

 

「⋯⋯来ます」

 

 

戦車に乗っていても分かるほどの地響きが、こちらへと近付いてくるのが分かる。

緊張感が高まって、それでもこの体の震えは緊張感から来るのじゃない。武者震いだ。

彼女が次に何をしてくるのか、それを私はどう打ち破れば良いのか、そしたら次はどんな策で、どんな手法でその策を倒せば良いのか。皆と勝ちたい、そんな思いを否定するような独善的な闘争への渇望が湧き出てくる。私自身が、満足するまで、終わるまで彼女と戦っていたいという破滅的な願望。これは、私の本質のひとつなのかもしれない。自らの持てる全てで以て強敵と鎬を削りたいという純粋な想い。この想いは、どれだけ傷付いても、止まるまで走り続けるだろう。

 

 

 

―――だから、私はそれを抑えた(・・・・・・・・)

 

 

 

建物の角から現れた影。それを視認して、私は口を開く。

もう既に、この戦いは私だけの戦いじゃない。アリクイさんチームの戦車道があって、カモさんチームの戦車道があって、レオポンさんチームの戦車道があって、アヒルさんチームの戦車道があって、カバさんチームの戦車道があって、ウサギさんチームの戦車道があって、カメさんチームの戦車道があって、私達の戦車道がある。

 

 

「バッタリ作戦、開始します!」

 

 

砲声が鳴り響き、車体が揺れる。初撃は陰から顔を出した旧砲塔チハを見事に撃破。しかし、別の角度からの一撃を被弾する。

シュルツェンの一枚が削れ飛んだのを確認して、後退を指示。

 

 

「⋯⋯くっ!」

 

 

後ろを見遣れば、新砲塔のチハが照準を合わせてきていた。私の戦い方は西住流ではなく、単体でも強い島田流でもない。私には、私なりの戦い方がある。

 

横合いからの砲撃でチハが吹き飛び白旗をあげる。砲撃元のポルシェティーガーの主砲からは煙が上がっていた。

 

 

『ふー、危なかったねー。じゃ、後は任せたよ』

「援護ありがとうございます。任されました」

 

 

チハ二輌からの砲撃をエンジンルームに受けて、ポルシェティーガーが撃破される。アナウンスは、新砲塔チハ一輌と旧砲塔チハ一輌、ポルシェティーガーの撃破を告げていた。

 

 

『こちらアヒル、チハ二輌に追尾されてます!』

「分かりました⋯⋯あの角で止まってください」

「分かった」

「アヒルさんチームは、出来る限り引き付けてこちらまで来てください」

『分かりました! 少しきついけど、根性でやり遂げます!』

 

 

磯野さんのいつも通りの根性節に自然と笑みが零れてしまった。

ああ、好いなぁ。みんながみんな、それぞれの戦車道に興じている。私だけの独り善がりじゃない。大洗の戦車道。

 

 

「⋯⋯3、2、1⋯⋯撃て!!」

 

 

IV号の主砲がアヒルさんチームの後ろに付いていた旧砲塔チハを撃破し、八九式の砲と残るもう一輌の旧砲塔チハの砲が同時に火を噴き、二輌から白旗が上がる。

 

 

『西住隊長、根性ですよ! バレー部魂、託しました!』

「⋯⋯根性も、バレー部魂も託されました。ありがとう」

 

 

速やかに移動を開始する。この作戦の要は遭遇戦と一撃離脱戦法。だから、止まることだけは避けなくちゃいけない。

するとその時、アナウンスが鳴り響く。撃破報告は、チハが一輌。そして⋯⋯。

 

 

『こちらカバチーム。たった一輌撃破で申し訳ないが、ここまでみたいだ。二輌、動きが違うチハがいる。気を付けてな』

「いえ、大丈夫です。情報、ありがとうございます」

 

 

III号突撃砲の撃破報告と、カバさんチームからの通信を耳に情報を整理する。

動きの違う二輌のチハ、というのは知波単学園の双龍(・・)、玉田さんと細見さんのことだろう。彼女達は大統帥の信頼が最も厚い腹心として知られている。だとすれば、大統帥はこの局面で全戦力を投入してきたのか。

 

 

『こちらウサギチーム、ごめんなさい! 履帯をやられました! カバさんチームの言っていた二輌がそちらへ向かってます!』

「分かりました。沙織さん、華さん、優花里さん、麻子さん、強敵が来ます。何とか撃破して、この戦いに勝ちましょう」

「「はい!」」

 

 

住宅地を疾駆していれば、さほど時間はかからずに例の二輌が現れた。大通りだ。動きはあまり阻害されないけど、遮蔽物がない。私達には不利な地形。

 

 

「玉田、細見が御相手致す! ここで散れ、大洗!!」

「撃滅突撃!!」

「私達は、こんなところで負けられない!」

 

 

私達の言葉の応酬を皮切りに、砲撃が始まった。

相手は二輌、こちらは一輌。練度だって、あちらの方が上だろうけど。

 

 

「⋯⋯皆、舌を噛むなよ」

「華殿、装填は任せて、確実な撃破をお願いします」

「お任せ下さい。絶対に倒します」

「あー! 通信手にも他にやれることってないのー!?」

 

 

皆、負けるなんて微塵も考えていない。それどころか、倒せるものだって確信してる。なら、負ける道理がないんだ。

 

 

「大洗、覚悟ッ!!」

「その首、もらい受ける!」

 

 

チハが両脇に付く。その砲口は寸分たがわずこちらを狙っている。マズルが太陽の光を受けて煌めく。

 

⋯⋯来る。

 

 

「⋯⋯ッ!」

 

 

身体が激しく揺さぶられる。車体が急停止し、履帯がアスファルトを削って煙を立てる。

チハの砲撃はあらぬ方向へと飛んでゆき、こちらを射線上から見失った二輌の砲塔はこちらへ向けて回る最中。もらった。

 

 

「撃てッ!」

 

 

砲撃が旧砲塔チハの装甲を抜いて撃破する。残る一輌の新砲塔チハが少し先で大回りに旋回したのを見て、その意図を悟った。

急発進。距離が急速に近づく。すれ違った時が最大のタイミング。

 

 

「覚悟ォ!!」

 

 

車体がすれ違う。二つの砲声が響く。至近距離で放たれた砲弾が砲塔に掠って衝撃が全身に伝わった。

そして、チハから白旗が上がる。アナウンスは二輌、チハが撃破されたことを教えてくれた。

 

 

「急ぎましょう」

 

 

安堵する暇はない。

きっと、決戦はこの先で待っているのだから。

 

 

 

 

 

 

「待っておりましたぞ、軍神殿」

「大統帥⋯⋯」

 

 

死地。出口は一つのみ、退路はないこの地はお誂え向けだろうさ。

決戦の地に現れた我が春最大の好敵手を、大手を振って出迎える。奇襲なんて、つまらないことはしない。まだ。

 

 

「さあ、私達の最後の戦いに、興じようではありませんか」

「そうですね。だけど、私は私だけじゃない。皆との戦車道で、貴女とぶつかります」

 

 

そうか。彼女に、強者特有の気迫が見えなかったのは、そういうことか。

⋯⋯実に、軍神らしい。いや、西住みほらしい、な。

ならば、もう言葉は要らぬ。雌雄を決するは千の言葉に非ず、一度限りの戦いだけなのだからな。

 

 

「⋯⋯戦車前進」

「パンツァー、フォー!」

 

 

戦車が動き出す。私達の想いをぶつけ合うために、地を往く。

鋼鉄の獣よ、汝の存在理由を証明せよ。それは、きっと私の求めることだ。

 

 

「⋯⋯!」

 

 

外套が翻り、砲弾が真横を通り過ぎる。回避した拍子に帽子が風に飛ばされていった。どうだって良い。

 

 

「やはり、我が好敵手。やりおる」

 

 

どちらの砲撃も当たらない。全て、地面やマンションを削るだけに終わる。双方にとって、その一撃は必ず倒す必殺の一撃に成り得る。だから、回避行動は最大限に行うように指示した。

それでも足りないだろう。大洗女子学園の何よりの恐ろしさは、戦いの中で進化すること。流動する進化と、それを導く軍神の手腕が数多居る強豪達を打ち破ってきた。

 

 

「⋯⋯お前達、被弾さえしなければ良い。同胞を信じ、鋭意全力で努力せよ」

「「御意!」」

 

 

この限界の戦いの中で、彼女達は進化し続けている。その証拠に、先までは危うげなく回避出来ていた一撃一撃が確実に近くなっている。我々にはそんな才能はない。しかし、我々には朝から晩まで高めた練度がある。

 

 

「呵呵!! 流石ですなぁ、軍神! なればこそ、我々も気兼ねなく潰しに往ける!」

 

 

そう、どんな手を使ってでも倒したいと思えてしまう。こんな極限の戦いはいつも名残惜しいが、終わりは尊い。

故に、それでは終幕と行きましょうか。

 

 

「福田、やるぞ」

『いつでもいけるであります』

 

 

操縦手に入り口で控える福田の下へ旗車を誘き出すよう支持する。

この戦い、勝たせてもらう。真剣勝負は全てを使い潰す。

 

 

 

「虎ヨ、陰ヨリ喰イ破レ」

『突撃!!』

 

 

 

福田のチハが、私を追うIV号戦車へと突撃する。見事なまでの厳かで潔い突撃。結構なことだ。

終わりだ、軍神。これが貴様らの終幕である。

 

 

 

 

「―――さ、せるかぁ!!!!」

 

 

 

 

二つの砲声が鳴り響く。

一つ限りの通路から飛び出してきた中戦車が、福田のチハを真後ろから撃った。その一撃が決定打ではない。しかし、IV号戦車目掛けて放たれたチハの砲弾は壁に向かって逸らされた。履帯が外れ、地に転がりながらも放たれた乱入者の第二撃がチハの装甲を破る。限界を迎えた兎印のM3中戦車と、福田のチハが白旗を上げたのはほぼ同時であった。

 

 

「楔を打ち込んだな。決死の玉砕、見事の一言。動け、我々で旗車を討つ!」

 

 

動き出したIV号戦車を一瞥。あちらも決着をお望みらしい。

⋯⋯いやはや、何たる無能。数と隊員の練度はこちらが上だったというのに、質を打ち破ることは出来なんだ。

自嘲の笑みを零し、それもすぐに止める。

 

古の英霊達が私を形作った。数多の同胞達の熱意が私を突き動かした。だからこそ、私は大統帥なのだ。

 

そして、それは彼女も同じ。

全てが彼女を形作り、その戦車道への熱意が彼女を突き動かしている。強いのは道理だ。

 

 

ああ、しかし。しかして。

 

 

 

 

「それでも!!」

「だとしても!!」

 

 

 

「「―――勝つのは私達だ!!」」

 

 

 

建物同士の隙間から放たれた互いの一撃が、その校章を抉る。

くく、これで後にも先にも私と貴様だけ。しがらみなんてものもとうの昔に消え失せている。

 

ああ、おかしくて堪らない!世には、斯くも素晴らしい魂のぶつかり合いがあるのか!

くくく、くはははは!!これが、笑わずにいられるか!この一瞬に比べてしまっては、世の全てが陳腐なものに見えて仕方がない!

 

 

 

「次の広場で勝負を決めに来るだろう。我々もこの戦いに終止符を打つべく突撃する。覚悟を決めろ」

「「御意」」

 

 

鼓動が否が応でも早くなっていく。

この素晴らしい戦いも、もう終わりか。

ならば、私が軍神に引導を渡してやるとしよう。

 

 

「履帯など擦り切れても構わん! 全てを出し切れ! 過去最高の巧みさで操縦し、過去最高の早さで装填しろ、過去最高の精度で撃ち抜くのだ!」

 

 

放り出されそうになるもキューポラを掴み堪える。無理な動きに履帯が捻じ曲がり、無限軌道が弾け飛ぶ。照準は常に捉え続けている。

軍神と視線が交差し、私は小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

「⋯⋯見事。嗚呼、誠見事也、大洗」

 

 

 

体感にして一秒も経たず。放たれた一撃が互いの動力部を貫通。我が耳は音を捉え、煙る視界の中、我が車から旗が上がっていることを確りと目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

『知波単学園大本営発表

奮戦及ばず、知波単学園準優勝確定。

本日執行の第六十三回戦車道全国大会決勝戦に於いて、我らが知波単学園戦車道科は大洗女子学園戦車道科と戦い、持てる全てを出し切り二倍の戦力差を覆してみせるも、履帯の故障により後一歩のところで敗北を喫した。しかし、我が校の進展と戦車道隊員の健闘を讃え、本日の食堂品目は全て百円とする。

戦車道隊員の熱意と愛校心を見習い、他の生徒も努努研鑽を怠らないことを求む。』

 

 

 

 

 

 

「うっ⋯⋯ぐすっ⋯⋯うぇ゛」

「泣くな、福田。我々はひとつの出し惜しみもなく、清々しく負けたのだ」

「ううっ⋯⋯西、だいぢょぉ⋯⋯! 私は、己の無力がぁ、なざげないでず!」

「玉田、お前もか⋯⋯お前達、少しはしゃんとしてくれ」

 

 

夕日に照らされながら待機場所に戻ってきてみれば、そこには皆一様に涙を流す同胞達がいた。皆、女子高生であると言うのに、その顔は人様に見せられるものではない。

⋯⋯いかん、目頭が。もらってしまっては、隊長として示しがつかぬ。

 

 

「⋯⋯くっ⋯⋯いや、良い戦いだった。我々は大洗さんの優勝を心から喜ぼう」

「はぃ゛!!」

「ざもあ゛りなん!」

 

 

本当に、素晴らしい戦いだった。

そして、同時に私の無力さを痛感させられる戦いでもあった。だから、涙は勝った時まで流さない。

 

 

「皆、もっと強くなろう。次は私達が勝つんだ」

「勝たいでか!!」

「さもありなん!!」

 

 

はは、その意気だ。

さあ、大洗さんを讃えに行こう。それが、私達の義務で、私達の汚れなき純粋な気持ちなんだ。

 

 

「知波単学園、讚称突撃!」

「「讚称突撃ィ!!」」

 

 

本当にお見事です、軍神。いえ、西住みほさん。

 

ですが、次は私達が勝ちます。私達だって常に強くなり続けるのですから。

首を洗って待っていてくださいね、軍神殿。

 




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