西住まほにとって、いや、西住流と黒森峰女学院にとって、知波単学園は有り体に言えば取るに足らない高校であった。
過去にはベスト4に入る程の戦績を残してはいるが、それも過去の栄光でしかなく。現状は初戦敗退が関の山。黒森峰が誇る最優の鉄血戦車師団は、今回も蹂躙するはず⋯⋯であったのだ。
だが、翻弄されて地に這いつくばったのは、猛者。鉄血の獅子達であり、立っていたのは心のどこかで見下していた者達にほかならなかった。
「大統帥⋯⋯西絹代⋯⋯」
その名は聞いたことがあった。
曰く、平々凡々とした少女である表の顔と、天ですら平然と地に墜す
心の中では、だとしても西住流には劣るであろうと侮っていたのやもしれない。
だが、実際に相見えてみて、その形容し難い
なるほど、負けて道理だ。
試合開始の時点で、私は初戦で負けるのではないかと恐怖を覚えた。しかして、私は黒森峰女学院機甲科の隊長で、西住流家元の正当後継者なのだと己を叱咤して、戦いに臨んだ。
「⋯⋯はっ、結果はこのザマか⋯⋯」
「隊長⋯⋯」
副隊長の少女、今まで私の補佐を担当してくれた逸見エリカの声に、私はゆっくりと顔を向けた。
酷い顔だろう。虚無感と、焦燥感、そして後悔だけが映っている。虚無感は、今年がこの黒森峰での最後の戦いであったこと。焦燥感は、西住流の名を背負うものとして不甲斐ない戦いをしたこと。後悔は、あの時、彼女の策を見破れていれば、というたらればの話だ。だが、私の心に侮りがなければ、私は彼女の策を見破ることが出来ていたに違いない。確信してはいるが、後の祭りであるのも事実だった。
何か、言葉をかけてやるべきか。そうしてしばらくの間俯いて逡巡していると、よく通る覇気に満ちた声が響いた。
「我が名は、知波単学園戦車道科隊長の西絹代である! 此度の健闘を讃えに参じた。西住まほさんはいらっしゃいますか?」
「⋯⋯ッ!!」
先程までの、正しく通夜のような雰囲気から一転。空気が張りつめるのを感じる。周りの隊員達も、今すぐにでも飛びかかりそうな勢いだ。
⋯⋯隊員達を抑えるのも隊長の私の役目、か。
西絹代、大統帥と名高い彼女の顔は、どこまでも清々しく人が好みそうであった。汚さ、というものを知っている。だが、それでも清濁併せ飲む器量の良さと、自らの行いを悔いない自信に満ち溢れた勇気を持っている。きっと、彼女が率いる知波単学園は私たちとの一戦を皮切りにして快進撃を繰り広げていくのだろう。
「あんた、何しに来たのよ」
「ああ、貴方は副隊長の逸見エリカさんですね。此度の戦い、学ぶことも多く、とても素晴らしい戦いでした。隊員達にも良い刺激となったことでしょう。我々と戦っていただき、ありがとうございました!」
そして、何より、自分達が弱者であると自覚しながら、蹂躙した敵兵を省みることの出来る人の良さがある。だが、その裏には、その敵兵を弱者と定め取るに足らないと断ずる、上に立つ者の傲慢さすらも持ち合わせている。
嗚呼、なんだ。なんだというのだ、この傑物は⋯⋯!
まるで、西住流の率いる黒森峰女学院など玩具で遊ぶ児童だとでも言うかのように、彼女はただそこにいるだけで我々の芯を侵食する。
我が妹とは、また違った意味での
自らの才が低い次元にあるものとは、謙遜にしても思わないが、だとしても自分では絶対に届かないものを彼女は持っているのだと、否が応でも分からせられる。それは、あの日勝利よりも人間性を優先したみほと向き合った時よりも、まざまざと。
「⋯⋯ああ、我々も、良い経験となった」
「西住流次期家元の御息女にそう言っていただけるとは、私としても感激であります。またいつか、我々と戦ってくだされば幸いです」
結局絞り出せた言葉に、彼女は屈託のない笑みを零して敬礼。我々の前から、立ち去っていった。
残された私の、なんと矮小なことか。
⋯⋯自嘲の笑みを浮かべようとして、そこでふと気付く。
私を見つめる、悔しさと自責の念に満ちた後輩達の眼差し。
私なんかよりも、彼女達の方が悔しいのだろう。私が自惚れているだけかもしれないが、差し詰め、私たち上級生にとっては最後の大会である今回の第63回戦車道全国大会を初戦敗退で終わりにしてしまったことを悔いている、といったところか。
⋯⋯悔やむことはない。いや、違うな。
「大いに悔やむんだ。私達は弱かった。見下していた知波単学園に敗北したのだから。それも、初戦で」
「⋯⋯隊、長⋯⋯!」
エリカは私の後を継いで隊長となる。エリカは、こう見えて面倒見も良いし、何よりも最も今回の敗北を悔いている。きっと、良い隊長になる。
「この負けを噛み締め、私達最上級生の無念を勝利の為の糧にしろ。私からは以上だ。次の隊長はエリカに任せる」
隊員達を見渡せば、異論を持つものは誰一人としていなかった。
ここに来て、我々はついに最強たる為の要因を得た、ということか。
「見ていてください、隊長⋯⋯来年は、私達が優勝します」
「ああ、期待している。頑張れよ、エリカ」
気が付けば、私は涙を流していた。
◇
「西住殿! 西住殿の姉上率いる黒森峰が⋯⋯!」
「⋯⋯ッ⋯⋯どうかしたの、秋山さん?」
黒森峰、その名前に身体が強ばるのを感じる。
あの時の記憶がフラッシュバックしそうだった。
やっとの思いで平静を取り戻すと、私は秋山さんの言葉について頭の中で考える。
恐らく、お姉ちゃんの率いる黒森峰が第一回戦に勝って、二回戦に順調に歩を進めた、とかそういう話だろう。私たちも、強敵サンダース大学付属高校に勝利を収め、次はアンツィオ高校との戦いが控えている。無駄にできる時間はほとんどないのだけど⋯⋯。
しかし、次いで彼女の口から飛び出してきた、予想の斜め上を行く情報に、私は言葉を失うこととなる。
「黒森峰が、大統帥西絹代の率いる知波単学園に一回戦で敗退しました!」
「⋯⋯へ⋯⋯?」
お姉ちゃんが、負けた?あの、お姉ちゃんが?
秋山さんが、こういう時にふざけた嘘をつくような人じゃないことは、まだ関わってそんなに長くないけど理解してる。だけれども、秋山さんのその言葉は到底信じられるものではない。
「彼の大日本帝国栄華の再来、西絹代が何もせずに負けるとは思っていませんでしたが⋯⋯まさか、あの黒森峰を打ち破るとは⋯⋯」
「⋯⋯西、絹代⋯⋯」
その名前を反芻する。どこかで聞いた名前だと記憶を辿ってみれば、その答えは去年、私が黒森峰に居た頃にあった。
西絹代⋯⋯母が珍しく気にかけていた人の名前だ。
なんでも、お姉ちゃんが引退した次の年は彼女率いる知波単学園がその年の一強となるだろうって言っていた。私とは学年が一緒であること以外に共通点はなかったはずだ。どうせ関わることにはならないだろうと思っていたが、まさか、ここでその名前を聞くことになるとは思わなかった。
「どうにも、今回の戦車道全国大会は波乱となりそうですね」
「⋯⋯そう、だね」
未だに信じられないという思いを抱えながら、私はまだ知らぬ強敵に思いを馳せた。
―――軍神と、大統帥の邂逅は近い。
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