大統帥的読方
戦場=いくさば
同胞=はらから
顔=かんばせ
「退くな! 楔を打ち込め!!」
「「御意ッ!!」」
「西隊長! 敵フラッグ車BT-42の猛攻が止められませんッ!」
「⋯⋯ッ! 総員、突撃準備!」
キューポラから上半身を出し、砂塵舞う戦場を見渡す。
そこには、継続高校エンブレムのBT-42に引っ掻き回され、混乱そのものといった様相の我が隊の姿があった。
継続高校のIII号突撃砲やBT-7も、奇跡的な噛み合いによる射撃で、翻弄される我々に攻撃を当てている。もう既に旧チハ一輌、新チハ一輌が戦闘不能となっているのだ。何としてでも挽回せねばなるまい。
「あわわわ⋯⋯!」
「落ち着け、福田ッ!」
玉田の喝で落ち着きを取り戻した福田を見遣りながら、私は未だ暴れるフラッグ車と、そのキューポラから顔を出すチューリップハットの少女を睨み付ける。
その不敵な笑みに、自らも口角が吊り上がるのを感じた。
◇
「まさか砂漠とはなぁ⋯⋯」
「西隊長は暑いのは苦手でありますか?」
いや、別にそういうわけじゃないんだけど。
ただ、砂漠は戦いにくいという意味であれば、確かに苦手かなぁ。
九七式中戦車旧チハに揺られ、照り付ける太陽の光に煌めく汗を垂らしながら、私は周囲を見回した。
敵はいない。だが、なんだろうかこの違和感と漠然とした不安は。
いつもならこんなことにはならない。これでは、まるでどこから出てくるとも分からない虎に、首を付け狙われているようだ。嫌な雰囲気だ。
そうして継続高校を警戒しながら熱砂の中を突き進むこと数分。隣に追従する細見が声を張り上げた。
「西隊長! 失礼ながら、進言させて頂きます!」
「よし、細見。言ってみろ!」
「私と名倉とで、先行、偵察に行って参りたく思います。何卒、ご指示を⋯⋯!」
ちらりと名倉と目を合わせれば、彼女もそのつもりであると目で訴えかけてくる。
このまま闇雲に突き進んで敵の策にはまるなどという愚を犯すよりかは、細見達に任せた方がここは確実か。
私が頷いたのを見て、細見の旧チハと名倉の新チハが隊列から離れていくのを見届ける。
今回の編成である旧チハ五輌、新チハ四輌、
どうにか、新しい戦車の一輌二輌でも欲しいものだが⋯⋯まあ、チハは知波単学園の顔だからな。外すわけにもいかないだろう。この隊を預かるものとして、勝てば良いという精神ではいられない。時には潔く散る覚悟だって必要だ。
閑話休題。さて、この判断が吉と出るか凶と出るか⋯⋯。
「隊長! 敵戦車部隊、視認しました!」
「⋯⋯やはり、ここを狙ってくるか」
「細見達を呼び戻しますか?」
「⋯⋯いや、良い。細見達には敵の伏兵を索敵してもらう。私達だけでここを凌ぐぞ」
連中の狙いも、こちらの戦力が少しでも分散した瞬間であったのだろう。
視認できる戦車の数は七輌。三輌は伏兵だろう。フラッグ車が出てきたことには驚きだが⋯⋯。
いや、良い。相手は一騎打ちがお望みなのであろう。ならば、私がフラッグ車の相手をしようではないか。
「聞いたな! 西隊長の下、我々は奴らを迎え撃つ! 奇を衒って、突撃だ! ⋯⋯そうですよね、西隊長?」
「ああ。我々を語るには、まず突撃は外せない。だが、その瞬間までは焦るな。無駄死には好かぬ」
「「了解!」」
行くぞ同胞。奴らを蹂躙せんと、戦車前進也。
◇
『申し訳ございません、西隊長! 浜田車、戦闘不能です!』
「いや、大丈夫だ。怪我はないか?」
『はい! お気遣い、感激の極みです! 健闘を祈ります!』
浜田車の被撃破報告に、内心歯噛みする。
状況は芳しくない。こちらの損害は増える一方だ。それに対して、継続高校の車輌はIII号突撃砲を失っただけ。
敵にはこの後に続く何かがある、そんな状態において私自身の実力は三分の一程まで低減する。思い切りの良い策を封じられてしまえば、結局、私は突撃しか能の無い一知波単学園戦車道科の選手に過ぎないのだ。
「⋯⋯福田ッ!!」
「はいであります!」
「久保田を連れて、細見達と合流! 協力し敵別働隊を討ち取れ!」
「⋯⋯でも!」
「でもではない!! お前と久保田は直ちに細見達と合流しろ!」
これは賭けだ。ここからそう離れていない位置で待機する継続高校の三輌を細見達が見つけてくれている。伏兵さえ潰せれば、心置き無く行動出来る!
この分散は、勝利への布石なのだ。
「我々がもし天に抗する気力がなければ、天は必ず我々を滅ぼすだろう。 諸君、必ず天に勝て」
「⋯⋯西隊長」
「偉大なる先人の言葉だが、今ほど我々に似合う言葉もそうはないだろう」
我らには祖霊が付いている。我らには誇るべき王道がある。我らにはそれを成し遂げる意思がある。
ならば、やれるはずだ。やれないわけが無い。やるのだ。やる以外に、道は無い。
「玉田、池田。相当に厳しい戦いとなるが、お前達を信じるぞ」
「西隊長、お任せ下さい!!」
「この命、貴女の下で果てましょう!」
ああ、本当に。厳しい戦いだ。だが、我々はいつだって厳しい戦いを乗り越えてきた。いつだって、下から這い上がってきた。
今回も、今まで通りに私達はやれば良い。私が指示を出し、彼女達が私の手足となって戦場を駆け抜ける。そうして、いつか列強の首に手が届くまで、私達は戦い続ける。
「全員、覚悟を決めろ! 行くぞ、吶喊!!」
「突撃ィ!!」
「突撃ッ!!」
散るな乙女よ。我ら、戦場にて花実を咲かす花の戦車道乙女!
さあ、奴らの鼻を明かしてやれ!我々には、それが出来るはずなのだから!
◇
我らが西隊長の気合の咆哮と、続き殿を務める戦友達の応の叫びが響き渡る。
私は、今回も役に立つことが出来ずにいる。
それが悔しくて悔しくて仕方が無い。噛み締めた唇から、血の味がした。
「西隊長⋯⋯」
「落ち着け、福田。西隊長は、我々を信じて送り出してくださった。何としても、我々は任務を遂行し、その期待に応えてみせる。」
「⋯⋯久保田」
「やるぞ、知波単の為、西隊長の為。私達はやらなければならない」
久保田からの激励に、気持ちが軽くなるのを感じた。
⋯⋯そうだ。私達は、あの人のお陰でここまで来れた。あの人だからこそ、私達は従っても良いと、この忠誠を捧げたく思う己の信ずるところに従ったのだ。
だとすれば、そろそろ潮時なのだろう。これまでの西隊長に全て背負ってもらってきた情けない自分達から進歩する為に、我々は歩み出さなければならない。
役に立ちたいのだ、私は。
臆病で、弱っちくて、自分の芯すら通せないような福田何某から、胸を張って大統帥西絹代の臣下であると誇れる福田に、私は成りたい。
「やるであります! 私は、母校の為、西隊長の為、この身を捧げるべく戦うであります!」
「その意気だ、福田! 全速前進!」
キューポラから乗り出す我が身にかかる向かい風が、私の往く道の困難さを暗示しているようだ。
だが、私にはそれが堪らなく嬉しかった。
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