「⋯⋯そうか、分かった」
「西隊長ッ、どうかなさいましたか!?」
無線を終えた私に疑問を呈する玉田。それに微笑むことで応えると、彼女もそれを理解してか獰猛な笑みを浮かべた。
残る敵の数はBT-42を含めた四輌。気迫というのは、飛ぶ鳥を落とす勢いで優勢軍の戦車を撃滅できるものだと実証せしめた。
両側を砂丘に固められた砂の道を疾走する我々と、それを追う形で継続高校の四輌が後ろについている。距離を詰められるのも時間の問題だろう。
「こちら玉田、残弾二発! 今ので残弾一発!」
「こちら池田、同じく残弾一発です!」
やはり、この
こちらの残弾は一発だけだ。外すことは出来ない。そして、これを撃ち込む相手もまた、相応の相手でなくてはならない。ならば、彼女達にはやってもらうしかない。
「玉田、池田、やれるな?」
「やらいでか!」
「心得ました!」
息を吸い込む。
意識を集中させる。
言の葉に祖霊の言霊を宿す。
我が身を祖霊と深い次元で合一にする。
「総員、傾聴!」
「「⋯⋯!」」
「我々は、今、この時危機に瀕している。敵は未だ未知数、我々の残弾は底を尽きかけている。だが、この危機は我々にとって最高の状態だ。
―――諸君、反撃を開始する!」
玉田と池田の眼に熱が灯るのが分かる。
玉田の新チハと池田の旧チハが緩旋回により砂の上を緩やかに反転、砲弾の雨の中、我々を追っていたBT-7とT-28中戦車へ向かい突撃を敢行する。
「西隊長! ご武運を!」
「勝利を!」
キューポラから身を出し、こちらへ敬礼する二人に向けてこちらも敬礼を送る。上官と戦友のため潔く、尚且つただでは死なぬと、乙女達は吠えた。
「「―――突撃ッ!!」」
鉄と鉄が激突。
双方の主砲が同時に放たれる。結果は言わずもがなである。乙女達は花実を咲かし、そして散ったのだ。
なんとも、素晴らしい心意気。この西絹代、その勇姿に敬服致す。
BT-42の車長、継続高校の隊長である少女がニヤリと笑いながら、口を開く。彼我の距離はあまりない。
「⋯⋯やるね」
「⋯⋯ああ、自慢の部下達だ」
「そうか。あれが、噂に名高い知波単魂⋯⋯というやつなのかな?」
「いいや、違うな。あれは、熱意だよ。後進の為、未来の為に己を擲つ覚悟だ」
「⋯⋯ふふ、やっぱりキミ達は良い。戦車道に詰まった人生の大切さを、己なりに理解している」
「褒め言葉と受け取っておこう」
もう、交わす言葉は無かった。後は、決着を着けるだけだ。
向こうも闇雲に撃ってこないということは、残弾が残り少ないのだろう。それはこちらとて同じこと。
追う形で戦況が拮抗する。無限軌道により大地を踏みしめる音だけが響く。
「⋯⋯」
だが、その拮抗も長くは続かなかった。
BT-42に追従していたBT-7が動き出した。それはつまり、こちらが動き出すことも意味する。
「傾聴!」
無線をONにして、声を張る。
それは、信頼を裏切らなかった同胞達に聞かせる、この試合最後の指令。
「親鳥ハ雛ヘ飛ビ方ヲ教授セヨ!」
『こちら
『こちら
突如砂丘を超えて現れた煙を上げる旧チハと、ハ号。二輌が共に砂丘を降る。そのまま旧チハがBT-7に衝突、その動きを止めるのはほんの一瞬の出来事であった。
今頃、継続高校隊長の無線には、二輌の敵車輌を逃してしまった旨の連絡が入っているだろう。久保田と名倉には、その身を呈して指令を遂行してもらった。
「やれ! 福田ァ!!」
「突撃であります!」
福田のハ号が、旧チハの激突により足を止めたBT-7に同じく激突しながら砲撃する。黒煙を上げたBT-7と、激突により限界を迎えた旧チハ、BT-7の死に際の致命弾を受けたハ号が白旗を上げるのは同時であった。
「やってくれるね、大統帥⋯⋯!」
「呵呵! さあ、我々も決着を着けましょうぞ!」
なんとも、素晴らしいな!これぞ、戦車道か!
履帯が擦り切れるような乱暴な信地旋回で、砂埃を巻き上げながら反転。大きく揺さぶられる身体を気合いで抑え、BT-42を迎え撃たんと全速前進。
勝利は目前、敗北も目前!ならば、勝利に喰らい付いてみせる!!
「―――突撃ッ!!」
「―――
鉄の塊同士の激突。戦車の砲声と、爆発。
砂塵の晴れた後に、勝者は決まる。
◇
『知波単学園大本営発表
快進撃、強豪継続高校撃破。
本日執行の第六十三回戦車道全国大会第二回戦に於いて、我らが知波単学園戦車道科は継続高校戦車道科と戦い、激戦と突撃の末に栄えある勝利を収めた。本日の夕餉には全生徒、豚の角煮と引き続き選択甘味一品を付ける為、英気を養うこと。』
◇
「大統帥閣下、昨日の戦いも、まことに見事でございました!」
「こ、学園長先生⋯⋯大統帥閣下などと、おやめください。私は知波単学園の一生徒です」
「いえいえいえ、黒森峰を破り第一回戦を突破したというだけでも快挙であるというのに、まさか、継続高校すら破って第二回戦を突破してしまうとは⋯⋯大統帥閣下のお力に、感激しております!」
うーん、やだなぁ⋯⋯どうして学園長からこんなに敬われなければならないのだろうか。こんな、歳も四十近く離れた男性から涙気味に大統帥閣下なんて呼ばれるのは、はっきり言って気持ち悪い。
しかも、態々学園艦から出向いて礼を言いに来るなんて⋯⋯いったい、何を間違えてしまったのだろうか。
「大統帥閣下、例のものは準備出来ておりますゆえ、第三回戦では持ち込まれるとよろしいかと」
「そうですか⋯⋯ありがとうございます」
頼んでおいた
良い。模造品とはいえ、祖霊の帯びていたそれと同じものを腰に下げられるなど、素晴らしい!こんなにも素晴らしいことがあるだろうか!
⋯⋯ううんっ!
どうにも、興奮すると試合中の私みたいになっていかん。私は、いつにも増して生気にあふれた学園長の顔を見ながら、礼をした。
「⋯⋯それでは、学園長先生。私は部下達が待っておりますので、ここら辺でお暇させていただきます」
「ええ、ええ。お引き留めして申し訳ございませんでした、大統帥閣下! 次の準決勝でも、そのお力を存分に振るい我々を勝利に導いてくださいますよう、心よりお願い申し上げます!」
夕陽に照らされて光るその薄い頭部装甲を下げて、学園長はうやうやしく一礼して去っていった。
全く、どうして学園長の姿勢があんなに低いんだ。入学当初なんて、頭から下まで知波単学園そのものみたいな誇りある人間だったのに⋯⋯。
停泊する連絡船から出て、銚子の港に下りる。
すると、そこには早々に帰らせたはずの面々の姿があった。皆一様に整列して、敬礼している。
どうしたというのだろうか?
「西隊長、此度も我々を勝利に導いて下さり、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
「お前達⋯⋯」
ああ、全く。お前達ってやつは⋯⋯!
あんなに陰鬱であった気持ちが、嘘のように晴れる。同胞達が、我が帰還を祝ってくれる。これ程までに隊長冥利なことがあるだろうか。
「よし、お前達! 今日は私の奢りだ! 銚子の美味いものをたべるぞ!」
「「いえ! 自分の分は、自分がお支払いします!」」
「⋯⋯お前らなぁ」
せっかく人が奢ってやるって言っているのに⋯⋯。というより、学食以外で使う機会がないから、今回学園長に頼んで発注していた物の代金を差し引いても、私の懐には余裕があるのだ。だから、使いたい。皆のために。
いや、だけど、まあ⋯⋯そうだな、うん。
「ふふ、あははは!」
「?」
「いや、悪い悪い。お前達らしくて良いよ」
うん。学園長とは違って、全く変わらない。いや、学園長は本当におかしいけど、だとしても、彼女達の良いところが何一つ変わっていなくて良かった。
「じゃあ、気を取り直して! 知波単学園戦車道科、私に続き、吶喊!!」
「「突撃ぃぃ!!」」
ああ、是非ともこの皆で優勝したいものだ。
いや、する。優勝しよう、私達で。
不肖西絹代、皆と共に歩む英華への道に邁進する!
感想、誤字脱字報告お待ちしてます。