統帥絹代さん   作:B・R

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誰だこれ。


アナザーサイド・先輩

家の縁側で、日に当たりながらお茶を飲む。

まるで老人のような生活だなと、苦笑せざるを得ない。しかし、私にはこれが丁度良かったのやもしれない。

本でも出そうか、などと馬鹿なことすら考え浮かぶ程には、今の私は緩く弱くなってしまったようだ。

箪笥の上に飾ってある写真立てには、まだ私が現役だった頃の皆と撮った写真が。なんとなしに見てみれば、この頃の私は誰にも誇れるような人間であったのだと誇らしげな気持ちになる。

そして、如何に弱くなったとしても、今も私は誰にも誇れる人間であると自負している。彼女のおかげで。

そんなことを考えていると、玄関の方が慌ただしくなっているのを感じた。

 

⋯⋯そう言えば、今日は彼女を家に呼んでいたのであったか。今更になって思い出し、私はゆっくりと腰を上げて玄関の方へと向かう。

 

 

「⋯⋯西か」

「はい、辻隊長(・・・)

 

 

玄関で直立して待機していた少女、西絹代を見て私は眼鏡を直す。

その佇まいはと言えば、正しく私の腹心であった頃からのより一層の成長を感じさせるもの。誇らしい気持ちと、一抹の寂しさを覚えた。

 

 

「今、知波単学園を率いているのはお前だ。私など、もはや隊長でもなんでもない」

「では、辻先輩と」

「ああ、そうしてくれ」

 

 

立ち話もなんであるので、中に入るように促すと恐る恐るといった風に彼女は我が家の敷居を跨いだ。

 

大統帥と呼ばれるようになったのに、こういうところは全く変わらないな。

 

苦言混じりに零すと、彼女は苦笑いした。

 

 

「まあ、座れ。茶でも出そう」

「いえいえ! お気になさらず!」

「いや、お前は客人だ。なんなら、今は私よりも階級も上だろう? 簡素ではあるが饗させてくれ」

「⋯⋯では、お願い致します」

 

 

戦前から続く名家であるからか無駄に広い我が家ではあるが、幸いなことに客間と台所はそれほど離れていない。

冷蔵庫から冷えたお茶を、台所の棚から茶請けとして適当な菓子類を見繕う。彼女がこういうものを食べるような類の人間ではないと知ってはいるが、それでも形だけでも整えるのが礼儀だ。知波単学園の生徒として、礼儀を弁えることは最低限の礼節である。

盆に載せて客間へ戻れば、彼女は客間から見える庭、その池を眺めていた。そんな姿すら絵になるのだから、彼女はやはり器なのだろう。

雰囲気に一瞬呑まれかけた己を律して、机を挟んだ彼女の対面に座る。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

私自身あまり口が上手くはないこと、そして、彼女は私との関わりに線引きをしているからこそ、私と彼女の間にごくごく普通の日常的な会話が成り立つことは稀だった。

とはいえ、彼女を呼んだのは私なのだ。切り出すのも私だろう。

 

 

「活躍、聞いているぞ西。なんでも黒森峰を破り、継続をも破って燎原の火の如きであるそうではないか」

「いえいえ、これも辻先輩のご指導の賜物です」

「⋯⋯私としても、隊長の座を君に譲ったこと、英断であったと確信している」

 

 

そう、今年の三月。私が三年に、彼女が二年にあがる間際に、私は隊長の座を彼女に譲った。

我が校の隊長交代は基本的に引退時だ。このことは異例ではあったが、当時から既に頭角を現して隊内で認められていた彼女に席を譲ることに関して、異議を唱える者は誰一人としていなかった。

私が隊長としては三流の器であったことも関係しているのは、今も認めたくはないが間違ってはいなかった。

 

 

「昔、お前に反目して決闘を申し付けたな」

「はい。その節は勉強になりました」

「世辞は良い。お前、あの時だって態と負けただろう?」

「⋯⋯」

 

 

嘘を吐けない彼女だからこそ、その反応がありありと肯定している。

私自身、認めたくなかった。だけれども、幼く弱い私とは違い、この西絹代は一流すらも超える大器。正しく大統帥と呼ばれるに相応しい存在なのだ。

そう理解した瞬間、私の頭は冴え渡った。

この境地に立って初めて部隊を見回してみれば、如何に自分が愚かであったのかが分かってしまった。

そして、こんな自分よりも彼女の方が隊長になるべきだったのだということも。

 

 

「お前は、隊長の座を断固辞退していたな。時には命令無視の突撃を敢行してまで、己の無力を晒そうとしていた」

「まこと、申し訳ございません」

「別にいい。私の判断が性急に過ぎたというのも問題だ。それに、現にお前は黒森峰、そして継続を破ってここまで辿り着いた。誇らしいよ、西」

「⋯⋯ありがとうございます、辻先輩」

 

 

なんとも誇らしいことだ。私の後進が、ここまでの活躍振りを見せてくれている。それだけで、私は満足だ。

 

だからこそ、押し付けて満足するだけの私でいたくはない。

 

客間に用意しておいた包みを取り上げて、机の上に。そっと彼女へと突き出す。

 

 

「西、これを受け取れ」

「⋯⋯これは⋯⋯良いのですか?」

 

 

頷く。

私にできることなど、これくらいだ。だから、受け取って欲しい。

 

 

「分かりました。謹んでお受け取り致します」

「ああ。迷惑をかけてすまなかったな、西」

「いえ。そのようなことはございません。私はこれから先も辻先輩のことをお慕い申し上げます」

「ありがとう。私もお前のような後輩に恵まれて、幸せだよ」

 

 

会話が途切れる。見れば時刻は夕暮れに差し掛かっていた。

⋯⋯もうひとつ、彼女に託したいものがある。

 

 

「もうひとつ、お前に託すものがある。付いてこい、西」

「⋯⋯はい」

 

 

正確に言えば、託すという表現は間違いだ。私は彼女にこれを貸し出す。それが正しい。まだ私が知波単学園戦車道科の生徒である限り、有効なはずだ。

彼女を連れて私が向かったのは、我が家に併設してある車庫。

そこには一輌の車輌が鎮座していた。

 

 

「⋯⋯拒否してくれても良い。だが、私は君にこれを使って勝ってほしい」

「⋯⋯辻先輩」

「これは私のわがままだ。知波単学園の伝統を貶していると捉えられても致し方のない行いだ。非生徒として、私を軽蔑してくれても構わない」

 

 

知波単学園のましてや隊長が、九七式中戦車を使わないというのは我が校の伝統に泥を塗ることにも等しい。

私のわがままを受け入れる必要はない。だが、知波単学園の元隊長としてではなく、私といういち個人はこの輝かしい女傑の栄光のひとつとなりたかった。

浅ましい、穢らしい、不誠実だ。私の芯と、私の欲がせめぎあい、結局は彼女に委ねることにした。

しばらく瞑目して逡巡していた彼女は、意を決したように目を開き私を見据えた。

 

 

 

「⋯⋯この西絹代。辻先代隊長の命、謹んでお受け致します」

「西⋯⋯」

「辻先輩、私は勝ちたいのです。この知波単学園の生徒として、貴女の後輩として。そして、大統帥西絹代として私は是が非でも正々堂々勝ちたい」

 

 

その眼は潔かった。

その言葉は潔かった。

西絹代のその本質は、どこまでも潔く、どこまでも勝利に貪欲であった。

 

 

 

―――そして、その全てはとうの昔に覚醒(・・)していた。

 

 

 

 

「故、私は勝つ可能性が少しでも上がるのであれば何であろうと拾い、使い潰す所存。所謂、常総力戦こそが我が本懐」

 

 

 

何も言えない。何かを言ってはならない。

私の後輩は、ここまでの器であったのかと、己の認識を疑う。そして、歓喜に打ち震える。

 

 

 

「大統帥西絹代として、貴女の好意、貴女の愛校心、有難く受け取らせていただきます」

 

 

 

ああ、そうか。これだ。

これが、私達を惹きつけてやまない西絹代という存在。

そのような存在から、こうして感謝の念を伝えられるという事実に、心が歓びに躍る。喜びに咽び泣く。

 

知らず知らずのうちに、私は敬礼をしていた。それも、知波単学園で培った礼儀ではなく、心からの敬礼だ。

 

 

 

「西隊長、ご健闘をお祈り致します!」

「はっ!」

 

 

やはり、この人に託して善かった。私の決断の中で、否、私の人生の中で最も正しい行いは、あの時に。

 

戦車に乗り込んだ彼女が夕焼けの向こうに去ってからも、私は敬礼をし続けた。

日が暮れて夜になって、だがいつまでもそうしたかった。

 

 




感想、誤字脱字報告お待ちしてます。

明日は多忙なのであまり書く暇がないため、次話は、もしかすると来週になるかもしれません。ケロッといつも通り投稿するかもしれませんが。

知波単学園への戦車の追加は必要ですか?

  • 1:必要。味方の戦車二輌を変更する。
  • 2:必要。大統帥の搭乗車を変更する。
  • 3:要らない。

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