上、中上、中下、下の四話構成です。
「⋯⋯」
「西隊長、時間です」
腰に下げた
「傾聴!」
「「はっ!」」
「これより、我々は強敵聖グロリアーナ女学院を相手に、戦闘を開始する! 何よりも相手は強い! 硬い! 厳かだ! 故に、我々も負けられない戦いだと意地を張るしかない!」
強さは戦ってみなければわからない。だが、硬いのは我々にとって致命的だ。しかし、厳かという面においては我々も負けるつもりは無い。勝負は五分。
「結局は根性論だ。意地と熱意と突撃と、そして、我々の心がひとつになった時、この戦いの結果は自ずと知れよう。
―――私に、皆の青春をくれ」
「「御意っ!!」」
気合十二分。聖グロリアーナと戦うのだ。十分程度では足りない。我々は、聖グロリアーナと戦って全員生き残るくらいの気概でいかなければ勝てない。
「福田、ここは任せる」
「は、はいであります!」
隊員達の様子に、これならば問題無いだろうと判断。この場を福田に任せて、私は聖グロリアーナ女学院の面々の待機場所へと向かうことにした。
待機場所には、戦車道の試合、それも全国大会の準決勝直前とは思えないような優雅な光景が広がっていた。
流石は聖グロリアーナ女学院。どこまでも気品を纏い、高貴を尊ぶ。
「あら、貴女は⋯⋯」
「お初にお目にかかります、知波単学園戦車道科隊長の西絹代です」
「西さん、お噂はかねがね伺っておりますわ。
「はい、こちらこそ」
自らこそが聖グロリアーナ女学院の隊長であると名乗った金髪の女生徒、ダージリン。不躾ではあると理解してはいるが、それでも彼女の姿に感嘆せざるを得ない。
なんと、高貴で雅な器。なるほど、彼女こそが聖グロリアーナ女学院を率いる大器。
戦車道の実力だけが隊長たる者の全てではないと、その身をして豪語するような存在。指導者とは斯くあるべきと、彼女の姿勢は雄弁に語る。
どうしようもなく惹かれる。このような生き方があるのかと、それすらも理解していなかった惰弱で下らぬ我が頭が恨めしい。
「こんな言葉を知っていて? Fear always springs from ignorance.」
「⋯⋯恐れは常に無知から生まれ出でる。ラルフ・ワルド・エマーソンの言葉、ですか?」
「ご名答。それでは、Knowing is not enough, we must apply. Willing is not enough, we must do.という言葉は?」
「知ることだけでは十分ではない。それを使わなくてはいけない。やる気だけでは十分ではない。実行しなくてはいけない。⋯⋯ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテの言葉ですね」
彼女はこうした格言が好きだと聞いたことがある。私自身も好きだ。だから、彼女の格言が誰のものであるかなど、そしてその意味など簡単に分かる。だが、その尽くは大した意味の無い言葉遊びだろうとタカをくくっていた。
しかし、これではまるで⋯⋯。
「ダージリンさん⋯⋯貴女は」
「西さん、私など眼中になかったのではなくて? なればこそ、私は今の貴女の全力を、私達聖グロリアーナ女学院の全力をもってして打ち破るまでのこと。覚悟なさい」
ああ、そうか。そういうことか。
彼女は怒っている。
そのようなつもりでなかったとはいえ、私が彼女達に勝ち決勝戦へ進むことを、何ら疑問にも思わず、自然の摂理の如く考えていたことに。彼女は憤っている。
高貴なる血が、勝利だけを求め続ける暗愚な我らを潰せと沸き立っているのだ。
「⋯⋯くく。呵呵々々!! 良い! それでこそ、我が準決勝の相手に相応しい! 聖グロリアーナ、なんと愛い強者共か!!」
ああ、馬鹿か私は。
彼女がこれほどまでに、私達との戦いを望んでいるというのに、眼中に無いだと?
―――否!断じて否!
そんなはずはない。彼女は、明確なる私達の敵だ。
この準決勝こそが、我々知波単学園の
「この非礼の詫びは、準決勝にて。我々は此度の戦いを最大の戦いとして認識し、全力で撃砕させていただきましょうぞ」
「⋯⋯よろしい。ならば、私と貴女、聖グロリアーナと知波単の全てを懸けて、今日この日を歴史に残る戦いにしてみせましょう。私達には、その義務がある」
「ノブレス・オブリージュ⋯⋯異国の言葉は好みませぬが、これ程言い得て妙な言葉もございませんな」
「ええ、そうね。その通り。出会う瞬間が違ったなら、きっと私達は良い友となれたでしょうに」
心踊り、血肉沸き立つ。
西住さん、貴女との誓い、果たせぬやもしれません。ですが、よもや貴女が私を止めるとは思えぬのも事実。
この、大統帥西絹代、この戦場にて華々しく散る覚悟で挑む所存!
―――我が身は既に、祖霊と共に。
◇
試合開始まで、あと十分もない。目を瞑り瞑想すればすぐにでも試合は始まるだろう。
隣で待機する
何用か、問えば彼女はおずおずと手を挙げて口をひらいた。
「西隊長、なにやら僥倖なことでもあったのでありますか?」
「⋯⋯ああ、そんなところだ」
そのようなことか。
ああ、確かに私は幸せな人間だ。こうも、万事に恵まれている。幸福も災難も、遍くだ。
これを幸せと言わずしてなんと言う。きっと、全てにおいて、私は万全であらねばならない。矮小で愚かな我が身では、常在戦場の気概で挑まねば、すぐにでも死に伏せるだろう。これに気が付けた、否、これをもう一度理解出来たことこそが私にとって最も尊ぶべき出来事。
私は、幸せな人間だ。人生は幸福そのもので、世界は人生に満ちている。
この熱意、この情熱、この激情を歌いたい気分ですらある!
⋯⋯さあ、時間だ。
戦いの火蓋はたった今切られた。ここから先は、我々の熱意も矜持も全力すらも擲つ総力戦也。
「総員、戦闘準備!」
抜き放たれるその時を、今か今かと待ちわびていたかのような、そんな煌めきを放つ
この刃の先こそが、我らが屠るべき敵の在る所であり、この刃の先こそが、我々が進み征く理想なのだから!
「戦車、前進!!」
空冷ディーゼルエンジンの音が響く。チハに交じって、一輌だけ、明らかに異質な存在。
長大な砲身を有した砲塔、重々しく重厚感に溢れた車体。栄えある知波単学園の校章を貼り付けたソレは、九七式中戦車の群れを率いながら、戦場へと踏み出した。
「―――
辻先輩より受け継いだこの車輌、私が知波単学園の勝利に貢献させてみせる。
戦いが、始まる。
私達の、戦いが。
聖グロリアーナ女学院を破り、知波単学園の栄光を確固たる物にせんと、私達は歩み続ける。
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