「………予定より遅くなっちゃったじゃん」
今日は朝から警備員の仕事があった。本来なら午後6時ごろには帰れたはずが、現在8時をまわっている。迷子を助けたり、迷い猫を探したり、チンピラをちょっとシメたりと関係ないことをしていたからなのだが。しかし黄泉川愛穂とはそういう人間なのだから仕方がない。
「ただいまじゃーん」
「お帰りなさーい!!ってミサカはミサカは元気よく出迎えてみる!」
少女が勢いよく飛びついてくる。黄泉川はこの瞬間がとても好きだ。この純真無垢な少女は、親愛を包み隠さずぶつけてきてくれる。
「あのねあのね、リビングに入ったら黄泉川絶対びっくりするよってミサカはミサカは抑えられない興奮を前面に押し出してみたり!」
「おうおう、今日はいつになくテンション高いじゃん」
急かす少女にリビングへと引っ張られる。この少女は喜怒哀楽が激しい方だが、ここまでなのはなかなか珍しい。リビングには一体何が……
「おゥ、帰ったか。そろそろできるから席についとけ」
目を疑った。あの一方通行が晩御飯を作っているのだ。
「ちょっと疲れが溜まり過ぎてるみたいじゃん…」
「ちゃンと現実見ろコラ」
「じゃあ何か変なものでも食べたじゃん?」
「殴ンぞ」
「しょーがないって、一度見たってのにいまだにミサカも信じられないし」
彼女の口振りから察するに朝か昼にも作っていたらしい。彼は基本そういったことをする性分ではない。一体何があったのだろうか。
「この子達、今日が母の日だからって色々してくれてるのよ」
「母の日……」
思いもしなかった。いや、今日が母の日であることは知っていた。今日助けた迷子がまさに母の日のプレゼントを買いにいって迷った子だったのだ。だから、思いもしなかったのは一方通行達が自分を母のように思ってくれていることだった。
「プレゼントもあるんだよってミサカはミサカは包装されたプレゼントを取り出してみたり」
「最終信号はお小遣い少ないからミサカと二人で買ったプレゼントだけどね」
「……………桔梗、私はもう死んで」
「安心しなさい愛穂、ちゃんと現実よ」
本当に夢ではないのだろうか。可愛らしく包装されたプレゼントが手渡される。中身は、猫を模したキャラクターがアクセントのようにプリントされたTシャツ。大人が着ても違和感のないデザインとなっている。彼女達なりに黄泉川に似合うものを考えてくれたのだろう。それだけで、黄泉川の胸に熱いものが込み上げる。
「可愛いのを選んだよってミサカはミサカは胸を張ってみる!」
「部屋着にでも使ってくれると嬉しいね」
「………ほらよ、コイツは俺からだ」
「これは……アロマ?」
「最近疲れが溜まってるとか言ってただろ。効くらしいぞ」
一方通行からも貰ってしまった。しかも、どうやらこちらを気遣ってくれているらしい。このまま気を緩めたら思わず泣いてしまいそうだ。いや、もしかしたら既に涙が浮かんでいるかもしれない。
「本当にありがとう」
「………気にすンなよ、実際オマエには感謝してる」
「うっわキモい。ちょっと今ミサカ凄くぞわってきたわー。もしかして普段は言わない感謝を言うのがカッコイーとか思ってんの?」
しんみりした雰囲気のまま食事に入ることはさせない。そう言わんばかりに番外個体がふざける。確かにこれからするのは楽しい晩御飯だ。一家団欒は楽しまなくては。
「こらこら、せっかく一方通行が慣れないことをしたんだからいじるのは野暮じゃん」
「……さっさと食え。飯冷めちまうだろォが」
「それじゃあ手を合わせてーってミサカはミサカは合図を出してみる」
「「「「いただきまーす!」」」」
「………いただきます」
(ところで、私にはプレゼント無いのかしら?)
元天才美女科学者(現在ニート)の芳川はそんなことを考えていた。なんだか良い話のようになっているが、一方通行達の親役は黄泉川愛穂一人ではない。当然芳川もである。知り合った時期で言えば芳川の方が早くさえある。カーネーションは一緒に渡されたが、プレゼントに関しては誰も一切言及しない。普通に忘れられている。
「ねぇ一方通行」
「あァ?」
「私へのプレゼントはないのかしら」
直球である。この女、恥というものがないのだろうか。それとも既に恥を感じる領域を越えてしまったのか。どちらにせよ人として良いこととは言えない。
「そォいや渡してなかったなァ。ほらよ、受け取れ」
「ありが………これは?」
「タウンワーク」
「え?」
「タウンワーク」
「働けってことかしら?」
「そォだ」
結局、ニートの野望はヒーロー様によって打ち砕かれたのであった。
「桔梗、あんまり気にしちゃダメじゃん。ちゃんとあの後プリペイドカード貰ったじゃんよ」
「流石にあれは傷つくわよ……」
時刻は深夜、一方通行達は既に床についている。彼女らは今日のことを肴に酒を酌み交わしていた。
「まさか、あの子らが母の日で祝ってくれるとは思ってなかったじゃんよ」
「家族の様には感じていたのでしょう?不思議なことではないわ」
「その通りではあるけど、やっぱり私の独りよがりじゃなかったってのが嬉しいじゃん」
誰一人血は繋がっていなくとも、家族。そういった関係を構築し、確定させた彼ら。それはこれから先、もっと強固なものへと成っていく。
「そういえば、一方通行が作った朝食はどんなのだったじゃん?」
「なかなか凄かったわ、それが────」
黄泉川家と母の日 終わり