異世界に来たことに気がついた私は過去に書いたデータをスマホで読み返しながら街へと向かう。
ヤヤの森は魔物が少ない森で、大きな街と街を繋ぐ道で半分に両断されている。
主人公で異世界転移してここに来た彼女、『千晶 蒼愛』は生まれて初めての外にパニックになり、我武者羅に道を走り続けた。
その道中、人身売買を生業とする犯罪者集団に捕まってしまい、手錠と縄で拘束された状態で馬車の荷台に乗せられる。
そこで出会った自分とそう変わらない背丈の、ハーフエルフ少女、『フェイス』と意気投合し、馬車を破壊して逃走する。
『
現代から異世界転移した14歳の少女。生まれてからずっと研究施設で研究対象としての生活を送っていた。
研究対象となってしまった特異性、それは彼女の異常なまでの影響力にある。瞬きをすれば鉄が破裂し、呼吸をすれば部屋に竜巻が発生する。腕を振るえばどうなるか、走り出したらどうなるか、彼女はそんな恐怖に苛まれていた。
彼女にとって拘束具は無くてはならないものだった。
抑えられる訳では無いが、気休め程度にはなっていた。
『フェイス』
エルフの母親と人間、では無く悪魔を父親を持つ。母親は出産時に力尽き、父親はフェイスが捕まる数日前に息を引き取った。
エルフの集落で暮らせないので森奧でひっそりと二人で暮らしていたが、父親の死を機に街で暮らすことを決めた。
資金はあまりないが、彼女はエルフ以上に、悪魔以上に魔法の才能に恵まれていた。冒険者ギルドで冒険者として活動すれば人並み以上の生活を送れると、父親からよく言われていたのでその通りに。
蒼愛と街まで逃げてからは、世間知らずで常識知らずな蒼愛の保護者的な一面を持つこととなる。が、フェイスも世間知らずなので似たり寄ったり。
この先には『サマンサ』という大きな街がある。人間以外にも様々な種族が共存しており、朝から夜まで活気に満ちた街。
街の中央には大きな冒険者ギルドがあり、そのまわりには武器屋に防具屋、回復薬なんかが売られている薬屋、ダンジョンや街の外で食べるのに向いている保存がきく弁当を売る店など、冒険者のための街と言っても過言ではないかもしれない街。
そして、この何やら呟きながら後ろをついてくる勇者、『ユウズ シャクイ』
主人公と敵対する人間で、フェイスからは何かとクズ扱いされている。基本的に軽い男で、何人もの女性を抱いている。勇者という立場もナンパで便利程度にしか思っていない。
自分の為なら味方を裏切り悪に付くくらいは平気でやる。
私が書いた設定、展開はこの程度。蒼愛とフェイスが街に逃げ込んだところでこの小説は投稿が止まった。
だから私はダンジョンでどのような魔物が出てくるかは分からない。
「おっ、重っ」
今私がしたのは、私は物に触れられるかという実験。勇者が私に触れられなかったから私も触れられないのかと思ったが、決してそんなことは無く、木の枝を振り回すことが一応、出来た。
これが人間では無いからや、私から一方的になら触れる、重要な登場人物では無いからなど、色々と仮説は立てられるがこの場には私と勇者しかいない。流石にあれには触りたくない。
今確認できることを一通り検証し終えた頃、ようやった主人公が最初に来た街、『サマンサ』に到着した。
目に映るのは沢山の大きな建物。
現代ではあまり見ないようなレンガ造りや木組みなど、使われる素材に統一性がないのにしっかりとひとつの街として完成している。
「きみ、これから暇?よかったら僕の仲間にならないかい?」
勇者が私をスカウトしてきた。どうせ、さっきのすり抜けをどうにか利用しようという腹だろう。
「これで三回目。死ね、そして帰れ」
私の無礼極まりない言葉に、勇者がついにキレた。
「このっ、人が下手に出ていればいい気になりやがって!
みんな!魔王軍の手下を一人捕まえたぞ!恨みがある人もいるんだろう!殴るチャンスだぞ!」
「は?」
一応勇者なので発言力、人気はあるのか周囲の人達が私に殺気をぶつけてくる。
クズい。さすが勇者、クズい。
まぁ、私がそういう風に作ったんだけど。
さて、せっかくだから検証。この書きかけの小説に書き足した場合どうなるのかを試さなくては。
設定集
ユウズ シャクイ
追記 女性を除いた街の人からの信用度はかなり低い。
スマホに残っていた設定集に一文を書き加えると、街の人達の目線は一変した。
勇者を見て、「またあいつか」とでも言いたげな目だ。
今回女性を除いた理由は、一応この勇者はモテるからだ。
女性からモテるという設定を消してしまえばいいのだが、今回は下手に遅れると私の怪我に繋がりかねない。
まぁ、すり抜けるかもしれないけど。
さて、今回の件で私の立ち位置というのはおおよそ理解出来た。
私は作家なのだ。
世界を作り、人を作り、仲間を作り、敵を作り、未来と過去をも作りだす。
これはただ視点が変わっただけのこと。
机で筆を握る作家が居るように、喫茶店でキーボードを叩く作家が居るように、ベッドで横になりながらスマホで打ち込む作家が居るように。
今回はただ現地に来てその場でリアルタイムに小説を作り上げているだけのこと。
私の書いた設定、展開は恐らく全て、この世界で具現化する。
ただし、矛盾は絶対に起こらない。
現実は小説よりも希なり、なんて言うけれども、今の私に言わせて貰えるならばこれは『小説とは現実なり』だ。
さて、これでひとまずすぐにやるべき事は決まった。
まずはダンジョンを完成させる。
でないと、話は進まない。あくまで主人公は蒼愛ちゃんであって私じゃない。
蒼愛ちゃんの進む道を私は作らなきゃならない。
「じゃあね、クズ勇者。私はやることが出来たからもう行く」
「あっ、ちょっと」
手を伸ばすも私には届かない。勇者の出番はまだしばらく先で、そのあとは踏み台だ。
さて、ダンジョンの設定を考えねば。
ひとまず木陰に設置されたベンチに座り一息ついたあと、ふと隣を見るとメモ帳と万年筆が置いてあった。
「…忘れ物かな?」
手に取ってみて気がつく。
これは私のものだ。
スマホに使い慣れていない頃、設定なんかを手書きで書いていた。いつの間にか無くしていた、その頃のもので、掠れて薄くなっているもののメーカーの名前も書かれていた。
そういえばこの服、ポケットないじゃん。
Tシャツ一枚と下着だけである。
まぁいっか。
ひとまずペンとメモ帳は膝の上に置いておき、ダンジョンの設定を作ることにする。
異世界モノのダンジョンにはいくつかのパターンがある。
地下に五十層や百層などまで続き、進んだらいつかゴールか行き止まりがあるもの。
そしてもう一つ、どこか別の遠い場所まで繋がった超巨大洞窟。
今回作るべきは前者だろう。
この小説で書きたかったのはあくまでも蒼愛ちゃんの平和な日常。
未知の宝を求めて冒険するでもなく、より強い相手を探すでもなく。
とりあえず層は二百層までにしておこう。今現在は凄腕の冒険者が六層目まで到達していて、伝説や言い伝えでは百層がゴールとされている。
倒した魔物はそれぞれ特徴にあった色の小さな結晶となって形に残る。それをギルドに持っていくとお金になる。これが、ダンジョン務めの冒険者の仕事だ。
一層降りる事に魔物は強くなり、また十層ごとにテーマが変わる。
十層まではスライムやグール、ミミックなどを初めとする定番の魔物達。
十一層から二十層まではキメラやガーゴイル、コカトリスなどのメジャーだが強力な魔物が蔓延る。
二十一層から三十層はリヴァイアサンやベヒモス、ヒュドラなどの超巨大魔物が群れで暮らしている。足元をくぐり抜けるなど、突破は出来なくもない。
三十一層から四十層はゾンビやキョンシー、ミイラなどのダンジョンで死に、魔物にも食われず、そのまま放置された人間が魔物化している。
四十一層から五十層はグリフォンやユニコーン、ペガサスなどの幻獣が暮らしている。仲良くなれば仲間として連れていくことも可能。
五十一層から六十層はナイトゴーントやムーンビースト、ショゴスにミ=ゴなどのクトゥルフ系の魔物が集う。
六十一層から七十層はアザトースやヨグソトースを初めとするクトゥルフ神話の神格が支配している。
七十一層以降は、一層一柱で様々な神話の神が支配している。
一番ヤバいのは五十一層から七十層のクトゥルフ神話エリアで一種のフィルターのような役割を果たしている。
とりあえずはこんなものかな。
保存をかけると、冒険者ギルドの中央あたりに光の柱が立ち上る。が、それに気づく人間は居ない。
ここで、かなりの大事件が起こった。
スマホのバッテリーが、切れたのだ。