「不幸だー」
体育館の隅で、元気に走り回る生徒を見ながら夕は聞こえるように叫んだ。
だが、その言葉は皆の歓声に儚くかきせされていった。
「どうしたの?夕ちゃん」
体育館の換気用ドアから透明な声が聞こえた。
長い黒髪を地面につけるようにかがみこみ、夕と目を合わせた彼女は、一学年上の先輩の小野木 千早(おのぎ ちはや)が居た。
「先輩?!何してるんですか。っていうか、授業は――」
「ふふ……逃げ出してきちゃいました。」
「逃げ出した?って、何からですか?」
「それはもちろん、嫌な授業からに決まってるじゃないですか。あなたもそうでしょ?夕ちゃん……」
「いやぁ、私は……」
先輩は体育館の窓際に座る私のことを自分と同じ"サボり"だと思っているらしい。
「こんな暑い日に更に暑いことをするなんて、馬鹿げていませんか?」
手で顔を仰ぎながら、先輩は言った。だけど、私はそうは思わなかった。
「私はこう、何もできない瞬間のほうが嫌ですね。なんていうか……性に合わない?ほら、えっと、何でしたっけ?止まったら死ぬ。的な……」
「うーん……回遊魚ってこと?ほら、マグロとか。」
「そう、それッス。気持ちだけっすけどね……」
先輩は、少しだけ考えると頬角をあげた。
「確かに、夕ちゃんは考えるより先に動くタイプだもんね。でも、私から見たらマグロよりはイノシシに見えるかな?」
かがみ込み体育館の中を見る。走り回る人、外側で息を整える人、談笑する人。
色んな人達がいる中で私は、少しだけ離れた場所にいた。まるで……
「さて、そろそろ次の場所に逃げようかな。」
よっこいしょ。と大げさな掛け声とともに、ゆっくりと立ち上がった先輩は最後に。
「猪突猛進。っていうんだけど、イノシシってとっても臆病なのよ?知ってた?」
という言葉を残して長い髪を揺らしながら去っていく。彼女の姿を知るものは、多分この先知るものはいないだろう。
しかしながら、私は思う。
あのミステリアスな人間ほど、裏で大きな秘密を隠しているに違いない。と、先日読んだ漫画の展開通りに事が進めばの話だが……
大きなこと、例えば……実は機密結社の幹部だったり……
「ないわー。絶対ないわー」
「夕、なにしてるの?」
「――ッ!!篠崎。どうして……ってあれ?みんなは?」
体育館の下口から顔を出した篠崎は、少しスッキリしたような顔をしていた。
だが、おかしい、先程まで体育をしていたはずなのに……いいや、それよりもだ
このシチュエーション。そう、これこそ、漫画やドラマで見かけるシーンだ。窓越しに向かい合う二人、これはきっと恋愛に発展するパティーン……のハズだが
「早くしないと次に遅れるよー」
無慈悲にも、私の気持ちは篠崎に届かなかった。
そんな気持ちを察してか知らないが、無慈悲なチャイムが次の時間を知らせる。