私、神崎 夕は時計を二度見した。
時計の針は七時を指していた。これはきっと槍でも降るのではないのだろうか?と思ってしまうほどだ。
目覚まし時計はまだ、ゆっくりとした時間を楽しんでいる。主が起きているとも知らずに……
「朝起きは三文の得。って言うけど、厳密にはどんな得があるんだろう。」
飼い犬のイノブーは短い耳を動かすが、体を動かすほどの事ではない。とそのまま眠ってしまった。
「全く、現金だなぁ……」
中型犬の大きな背中を撫でると、流石にこちらに顔を向けてきた。が、それでもすぐに眠ってしまった。
「仕方ない。散歩に出かけるか。」
という言葉に、期待の眼差しが刺さる。
「全く、現金な奴め。」
玄関を出ると外はまだ本気を出してはいないようで、過ごしやすい訳ではないが、それでもまだ過ごすのには障害はなさそうだ。
「しかし、元気ですなぁ。」
この猛暑の中でも、リードをリードする体力を持ったイノブーに引っ張られながら、不意にどちらが散歩されているのかわからなかった。
実は、私達は犬に支配されていて、犬に飼いならされているのでは!!
「なーんてね。」
こんなアホっぽい生き物が世界征服できるわけ無いか。
と私が考えていたのに気づいたのか、先程まで猛然と歩いていたイノブーは足を止めこちらを見つめていた。
「ま、まさか、心が読めるのか!!」
「フフフ……今更気づいたか。これだから人間どもは鈍感なのだ。」
「な、なに?!」
しっぽを振りながら私を見るイノブー
その純真無垢な顔に似合わず、言うことはとても邪悪だ。
「貴様を奴隷一号としてやるわーはーははは!!」
「――こんな早朝から元気っすね。先輩。」
「うん。おはよー。神崎ちゃん。」
ひらひらと手を振りながら交差点から現れる制服姿の黒い影。それは、三年の小野木 千早だった。
「どうしたんっすか?こんなとこで……しかも制服着て。今日ってもしかして学校行事でもありましたっけ?」
「特にないわよー。たまたま散歩してたら、かわいいワンちゃんと後輩ちゃんに出会ったから……ね?」
千早先輩はイノブーを両手で触りながら、楽しそうに笑った。
先輩はとても不思議な存在だ。気がつけば私のそばにいて、よくわからない空気を振りまいて去っていく。
だけど、悪い気はしていない。それが、どんな時でも……
「今日はなにか、楽しそうな雰囲気ね。何かあるのかしら?」
ニコニコとした顔を私に向ける先輩は、何やら見透かしたような顔をしていた。多分、この人は心が読めるんだと思う。
私はそう確信した。
「今日、篠崎と遊びに出かけるんですよ。新しくできた市内の――」
「あぁ、あの……だからかぁ。」
先輩は、何やら意味深な笑顔を見せると、イノブーから手を話し、ゆっくりと立ち上がっり、私にその笑顔を向けた。
そして、意味深に私の目を覗くと
「楽しみね。」
という意味深な言葉を残して去っていった。
帰り際、きれいなダイヤモンドのような髪が太陽光を反射してキラキラと輝いていた。
「先輩?」
振り返ると、そこに先輩の姿はなく。ただ、モヤモヤとした気持ちだけがそこにあった。
それが一体なになのかはわからないけど、きっとそれはこれからの期待の裏返しなんだと私は信じてしまいたかった。
早起きは三文の徳
そう言い始めた人間は、きっとこんな気持になったことがないんだろう。と私は少し意地悪に、そう思ったのだった。