携帯が鳴る。通知を見ると、栞からだった。私が栞からの連絡を無視し始めて、もう1週間が経つ。そろそろエッチが下手と言われて受けた心のダメージは癒えたし、連絡を返してあげような。
画面をなぞり、栞とのトーク画面を開く。そこには『すみませんでした 』や『もう許してください 』などのメッセージが溜まっていた。
「あ〜、仕事中に携帯いじったらダメじゃないですか〜 」
文字を入力して、送信しようとしたその時、背後から明日香ちゃんが声をかけてきた。完全に油断しきっていたため、かなり驚いた。
「ど、どうしたの明日香ちゃん 」
「露骨に動揺してますね。少しわからない事があったので教えてもらおうかと思ったんですよ 」
書類を見せながら、何点か質問して、明日香ちゃんは自分のデスクへと戻って行った。真面目ないい子だ。さて、私も彼女を見習って仕事するか。既読はつけてしまったが、お昼休憩に返せばいいだろう。私は携帯をカバンにしまい、会社のパソコンとにらめっこを始めた。
お昼。連絡を返すために私は携帯を取り出す。私が既読をつけたことに気づいてないのか、栞からの催促の連絡はなかった。
「先輩、もしよかったら一緒に食堂行きませんか? 」
「あれ、珍しいわね。普段はお弁当なのに 」
「少し寝坊しちゃって作れなかったんですよ〜 」
こんなに真面目な明日香ちゃんでも寝坊するんだなと考えながら雑談を混じえつつ食堂へ向かう。2人とも注文を終え、テーブルを挟み向かい合った。
「で、先輩。なんでニヤニヤしながら携帯いじってたんですか? 」
「ニヤニヤなんてしてないわよ 」
「してましたよ〜 」
自分の顔を触ってみる。もちろん、今確認しても全く意味は無いことなどわかりきっている。
「恋人さんですか? 」
むせてしまった。明日香ちゃんは笑顔のまま続ける。
「図星なんですね〜 」
「違うわよ。私に恋人なんていないわ 」
「フリーなんですか?先輩、こんなに美人なのに 」
お世辞だとしても、正直嬉しいし照れくさかった。急いで話題をそらさないと、ボロが出そうだ。
「明日香ちゃんは、恋人いないの? 」
「私もフリーですよ。一緒ですね 」
お互い頑張りましょうと手を握ってくる。明日香ちゃんは可愛い子だから、てっきり彼氏くらいいるものだと思っていた。そこから話は盛り上がっていき、私と彼女の仲はかなり深まったと思う。話に一段落つく頃には、もう休憩の時間が終わりかけていた。
「そろそろ戻りましょうか 」
食器を片付け、仕事に戻ろうとする。しかし、明日香ちゃんに袖を掴まれ、止められてしまった。
「あの、先輩。よかったら今夜、飲みに行きませんか? 」
頬を少し赤らめ、なんだか恥ずかしそうに上目遣いで言う。せっかく仲良くなったのだ。ここで断る理由はないだろう。
「もちろんいいわよ 」
「ありがとうございます! 」
嬉しそうに頭を下げながら、少し急ぎ足で戻っていってしまった。なんであんなに慌てていたのだろうか?私にはよくわからない。
私は携帯を取り出し、既読無視を続けてしまった栞に対して『もう怒ってないわよ 』と送り、仕事に戻った。
夜になっても、栞から返信が来なかった。何かあったのだろうか。それとも、ただ仕事をしているだけだろうか。今まで、基本的に栞から連絡があったし、私からの連絡にはすぐ返してきたから、今までこんな事はなかったのだ。
「どうかしましたか? 」
明後日の方向へ行ってしまった意識が、明日香ちゃんによって戻される。一緒に飲んでいるのに、申し訳ないことをしてしまった。
「いえ、なんでもないの 」
「そうですか? 」
胸のもやもやを、ビールとおつまみで流し込む。やはり、ビールはたまに飲むと美味しい。
「ここのお店、私のお気に入りのお店なんですよ 」
駅前にある居酒屋。確かに、明るい雰囲気で女性でも入りやすいイメージのお店だ。それに個室もあるし、誰にも邪魔されないで飲めるというのはかなり大きい。
「連れてきてくれてありがとね 」
「いえいえ、私も先輩と来たかったんです 」
グラスを小さく鳴らし、楽しく飲む。しばらく飲んでいると、明日香ちゃんが潰れてしまった。
「大丈夫? 」
返事はない。完全に寝てしまったようだ。どうしよう。家に送ろうにも、住所がわからなければタクシーも乗れない。
仕方ない。近くのホテルに今日は泊まらせよう。一応私も。携帯を使い、ホテルの場所を調べる。すると、すぐ近くにかなり多くのホテルがある事が分かった。
「ほら、行くわよ 」
明日香ちゃんを背負い、そのホテルがある場所まで行くと、何故そんなにホテルがあるのかがわかってしまった。さすが駅前と言ったところか。居酒屋から出て路地に入ったところには、見事なまでのラブホ街が立ち並んでいたのだ。このまま明日香ちゃんを背負ったまま他のホテルを探すか?いや、そんなことをしていたら、私の体力が持たないかもしれないし、明日香ちゃんが風邪をひいてしまうかもしれない。葛藤の末私は、職場の後輩をラブホテルへ連れ込んでしまった。