異世界あべんじゃーず 作:カイロ・レン(ハイパースペース特攻)
「諦めろ。もう逃げられない」
宇宙空間のような暗闇の中、仮面にくぐもった声が厳かに響く。
そこは地上でも空中でも、海の中でもない。それどころか世界の中ですらないそこは、世界と異世界を繋ぐ狭間の領域だった。
あらゆる物理法則がねじ曲がったその世界では、全身を特殊金属の鎧に覆われた白騎士がマントをたなびかせている。
そんな彼の声が向かう先には、辛うじて人の形を成していると言える、ヘドロ状の肉体を持つ禍々しい怪物の姿があった。
「君は私のことを知っているのかな? 何故私を追い回す」
白騎士は男の声を放つ怪物の顔を仮面越しの双眸で睨み、返す。
「お前は、若くしてこの世を去り、転生できなかった人間たちの怨念から生まれた存在だ」
怪物はその言葉に対して、肯定するように口と思わしき部位を歪める。
白騎士はさらに言葉を続けた。
「そして……その憎しみを受け継いだ」
異世界転生。
この狭間の領域より外側において、星の数ほど存在している数多の世界……通称「異世界」。
この世の人間が命を落とした時、何らかの理由によりあの世に逝けなかった場合、魂の一部が特例的に記憶を持ったまま別の世界にて生まれ変わることがある。
人はそれを「異世界転生」と呼んだ。
この禍々しいヘドロ状の怪物は、本来あるべき転生の輪に加わることができず、あの世にも行くことができなかった死者たちの成れの果てだった。
怨念から生まれた――白騎士にそう語られた自らの出自に対して、自嘲の色が混ざった声音で怪物が問い掛ける。
「だから君は、その憎しみの赴くまま、私が数多の世界に災いをもたらすと言うのだな?」
転生できなかった者たちの怨念から生まれた哀れな怪物は、転生した者たちを何よりも憎む。
しかしそれだけには飽き足らず、この世の全てに対しておぞましい憎悪を抱いているのだろうと白騎士は続けた。
看破された思惑に、怪物が返したのは肯定だった。
「正解だよ転生者!」
「っ、ゴブリンソード!」
――瞬間、怪物のヘドロ状の右腕が硬化した刃の形を取り、それを突き出しながら怪物が急迫する。
白騎士は明確に殺意を込めて放たれた怪物の一振りを自らの剣で受け止めると、返す刃で怪物を弾き飛ばす。
鍔迫り合いによる純粋な力比べでは、白騎士の方が勝っていると見えた。
「せああっ!」
「ぐっ……ぬう!」
ヘドロ状の怪物は不定形な自らの姿を小刻みに変化させながら、トリッキーな動きで白騎士に挑み掛かる。が、白騎士はそれらの攻撃を全て見切っているかのように自らの聖剣で捌き続け、徐々に怪物を追い詰めていった。
この狭間の領域で始まった二人のシリアスバトルは白騎士が優勢。守勢に回り、後退の動作に入り始めた怪物に対して、白騎士が向けたのは剣を持つ反対の腕を
「スライムキャノン!」
その技の名を叫んだ白騎士の大砲から、ヌルヌルとした液体を凝縮させた一発の砲弾が迸り出る。
モンスター・スライムの酸化能力を圧倒的な密度へと凝縮した必殺の一撃、スライムキャノン。それは特殊な出自を持つ白騎士が保有する固有能力の一つだった。
かのドラゴンすら一発で全身を酸化してしまう一撃である。着弾すれば、怪物の肉体を完全に溶かし切っていたことだろう。
しかしその一撃は、突如として朧のように掻き消えた彼の姿にすり抜けながらかわされることとなる。
『もう誰にも止められはしない……このテンプレクスによる、異世界転生の終焉だ!』
消えゆく彼は、去り際にそう言い残した。
彼が消えた先はわかっている。
誰よりも異世界転生を憎み、誰よりも異世界転生者を憎む怪物――テンプレクス。そんな彼が逃げる先など、この領域の外側のどこにでもある「異世界」に他ならなかった。
「逃がしたか……!」
白騎士――スライリンは「モンスター転生者」である。
彼は生前、挨拶がわりにトラックに撥ねられて死亡した後、異世界のメジャーモンスター「ゴブリン」に転生し、その後は数々の戦いの中で盟友「スライム」と合体しジョグレス進化することになった摩訶不思議な生物なのだ。
彼がこの姿に生まれ変わってから、既に千年以上は過ぎ去っている。とうに転生前の記憶など忘れ果てているが、自らが転生者であることに関してはおぼろげながら覚えていた。
そんな彼の頭脳が今、警鐘を鳴らしている。
世界が……転生者が……破滅に向かって歩み始めていると。
今この時、かつてない危機が異世界転生者たちに襲い掛かろうとしていた!
【超融合! 時空を超えすぎた転生者】
そこは、次元の海にありふれたファンタジー世界の一つだった。
例によって中世風な景色が広がっている美しい世界の中には、例によって転生者がいた。
黒髪黒髪のどこにでもいる平凡な顔と言う風に見せかけて、実は普通にイケメンの少年。名前は
彼のジャンルは転移型の異世界転生であり、神様のうっかりミスで無事死亡したところを、詫びのチート能力付きで異世界に蘇らせてもらうというメジャーパターンだった。
職業はもちろんファイナルでファンタジー的な冒険者である。
彼は冒険者生活の中で神様からつけてもらった能力をフルに生かし、例によって美少女ばかりが集まった華やかなパーティメンバーと共にダンジョン攻略を行いながら、誰もが羨む順風満帆な異世界ライフを満喫していた。
そんな彼は今、自らが発掘した財宝を売った金で建てた豪邸の中で、一等品のシートに腰掛けながらスマホを弄っていた。
スマホである。
中世風ファンタジー世界にはあまりに不似合いな、極めて現代のテクノロジーである。
朝起きれば少年がスマホを弄っているという、屋敷内では既に日常化している光景に対して、同居人の少女が眉をしかめながら呼び掛ける。
「ねぇホータロー、スマホばっかり見てないでクエスト行こうよ〜」
少女の名はレーラ・ツンデツンデ。金髪ツインテールの美少女は、その名の通りパーティのツンデレ担当である。因みに他のメンバーには無口系ロリと感度すごそうな忍者娘などがいるのだが、現在外出中のため割合する。
閑話休題。レーラが咎めたのは、もちろん彼が依存と言っても良いほどに四六時中いじくり回しているスマホに対してである。
基本的に中世的な世界観をしているこのファンタジー世界において明らかに浮いている物体であるが、通称「ディメンション・スマホ」は「マジックアイテム」という括りのれっきとした現地アイテムである。
ある日偶然ダンジョンにてこのスマホを発掘したホータローは、以来過去を懐かしむかのように画面を弄り回していた。
ディメンション・スマホ。
それは次元を越えて異世界と交信する力を持つ、古代ファンタジー文明に伝わる古のロストアイテムである。
その力を扱うことで地球のネットワークとの接続に成功したホータローは、ソシャゲアプリさえもダウンロードし、現在没頭中だ。
因みにアプリ内課金を行う場合には、魔法的な力が発動し彼の金品からその金額分自動的に支払われる仕組みになっている。恐るべし異世界ファンタジー。
「その必要はない。今月分の使用量は全て振り込んでいる」
「でも、だからって一ヶ月間引きこもりっぱなしはどうかと思うわ」
彼にとってはかつての日本を思い出させてくれる上に、この世界では貴重な娯楽品である。このスマホを手に入れて以来彼の日常は間違いなく充実していたが、傍からすればそれは良いことばかりではなかった。
趣味も度が過ぎれば毒となる。彼の場合、それは一日中画面と向き合っているという異世界ファンタジーにあるまじき不健康さにあった。
「ふぅん……前のダンジョン攻略で手に入れたこのプレミアシートがある限り、たかが一ヶ月程度の引きこもり生活など痛くも痒くも無いわ」
「はあ~……ほんとダメ人間。なんでこんな奴とパーティ組んでるんだろあたし」
「嫌なら勝手に出て行けばいい。俺はソロでも十分だ」
「……そのマジックアイテムを拾う前までは、カッコ良かったのになぁ……」
「何か言ったか?」
「何も言ってないです~」
かつての輝きが見る影ない堕落ぶりだと、以前までの彼を知る少女は呆れ返る。こう見えても彼は、パーティを組んだ当初は真っ当な冒険者をしていたのだ。
ある種の人種であればご褒美にもなり得よう、失望したレーラの冷たい眼差しもどこ吹く風か、ホータローは一人ソシャゲのプレイに勤しんでいた。
「ほう……ドッカンバトルは七夕フェスか。LR超4コンビが復刻だと? これは引くしかあるまい!」
LRブロリーも当然課金するがな……そう呟きながらホータローはワキワキと指を鳴らし、画面をタップする。
スマホの画面が映しているのはソシャゲ名物「ピックアップガチャ」だ。
今まさに深淵に向かって足を踏み入れようとするホータローに向かって、レーラが身を乗り出しながら叫んだ。
「外せ! 全部外してお金無くなって、あたしとクエストを受けざる得なくなりなさい!」
「この俺のリアルラックを舐めるなよ小娘! ゆけ! ブルーベジットになれ!」
ガチャを回せば石が無くなる。
石を増やせば金が無くなる。
金が無くなればダンジョン攻略に乗り出すしかない。
適度な頻度でダンジョン攻略することを望む活動的少女であるレーラとしては、この際ホータローが引き籠り生活を脱却するのであれば、廃課金で彼の財布が追い込まれてくれる方が都合が良かった。
そんな彼女の願いを受けながら、彼が回した10連ガチャは演出画面へと切り替わっていく。
映し出されたのはピックアップキャラ確定の特別演出であり、それを受けたホータローは邪悪な笑みを浮かべながら興奮状態に陥った。
――しかしその彼の心は、唐突なまでに横槍を入れられる。
轟音が響く。
突如としてこの屋敷を物理的な爆発が襲い、砕け散った壁の破片がパラパラと襲い掛かってきたのである。
「ダァ!?」
「きゃあ!? な、なに!?」
堪らずホータローの身体は腰掛けていた高級椅子ごと吹っ飛ばされ、近くにいたレーラもまた覆いかぶさるように投げ出されていく。
それによりホータローとレーラは選ばれし者の特権とばかりにラッキースケベな密着状態になるのだが、今はそのことで騒ぎ立てる事態ではないのでその後の喧騒は省略する。
ともあれファンタジー冒険者として人並み外れた肉体を持つ二人は爆発の煽りを受けても怪我一つ無く起き上がれたわけだが、そんな彼らを見下ろしていたのは人ならざる異形の怪物であった。
「須間宝太郎。チート能力は「幸運」だったな」
まるでヘドロのような、ドロドロとした液体状の肉体。
それが辛うじて人型を成している姿はまさしくこの世界に闊歩するモンスターの一種のようであったが、彼の口と思わしき部分から出てきた言葉は人の言葉だった。
突如として現れ、壁を爆破しながら我が屋敷に侵入してきた化け物。
町中である筈のこの場所にモンスターが現れたというだけでも大事件であるが、今回はそれに輪を掛けてタイミングが悪かった。
「貴様……!」
お楽しみのガチャタイムを邪魔された怒りに歯を軋め、ホータローは視線だけで殺せそうな形相で怪物を睨む。
そんな彼はいつの間にやら部屋着から冒険用戦闘コートに着替えており、その姿はとてもソシャゲ中毒の引き籠りとは思えない威風堂々たるものだった。
しかし今の彼が放つ迫力を前にしても、ヘドロ状の怪物は一切動じていなかった。
「私の名は、テンプレクス」
テンプレクス――自らの名をそう呼んだ怪物は二メートル以上ある巨体からホータローを見下ろすと、目にも留まらぬ速さでその胸ぐらを掴みかかった。
「ぐっ……!」
「君のチート能力、いただいていくぞ」
須間宝太郎。彼が転生時に付けてもらったチート能力とは、シンプルにして強力な「幸運チート」である。
その能力はあらゆる事象に対して幸運が働き、主人公補正かの如く彼の選択を有利な状況へ導いてくれるというものだった。
転生してからこの方、彼が何一つ不自由なく暮らせたのも。
共に冒険するパーティメンバーの人格、容姿に恵まれたのも。
ディメンション・スマホのようなダンジョン攻略の戦利品に恵まれたのも。
ガチャの引きが良いのも。
全てはこの幸運チートによる産物だった。
「ホータローを離しなさい!」
テンプレクスと名乗った怪物を彼から引き離すべく、レーラは愛用の剣を振りかぶり果敢に切り掛かっていく。
しかしその刃は何故か怪物の身体を切り裂くことが出来ず、まるで雲を掻くように擦り抜けていった。
その手応えの無さに目を見開くレーラに、テンプレクスが告げる。
「無駄だ。ありきたりなツンデレヒロインの攻撃など、既に「鈍感チート」を手に入れた私には通用しない」
「は、はあ……?」
剣が効かない理由は、まるで意味がわからないものだった。
そんな彼は動揺する彼女には目もくれず、ホータローの胸元から「何か」を抜き取った。
それは淡い色の光となってテンプレクスの手に収まると、彼の身体の中へするりと飲み込まれていった。
怪物が、歓喜の叫びを上げる。
「ふはははは! いい能力を手に入れたぞ! 幸運とは転生者にとって必要不可欠な能力だ。これで私はさらなる高みへと上り詰めた!」
抜き取られた時の痛みは無かったが、何かをされたのだということはわかる。
解せない感覚に戸惑いながらも、胸ぐらを掴まれたままのホータローが気丈に問い質した。
「貴様……俺に何をした!?」
「奪ったのだよ、君の幸運チートを!」
「なんだと!?」
チート能力を――奪った。怪物の爆弾発言に、ホータローは驚愕する。
相手のチート能力を奪うチート能力――それはまるで、クラスメイトごと異世界召喚されたスクールカースト下位の少年が、追放後目覚めたかのような能力だった。
その能力をあろうことか、人ならざる怪物が保有していたのである。
「おのれぇ……!」
「チートを手に入れた今、君はもう用済みだ。再びあの世へと消え去るがいい!」
彼の転生後のイージーな人生は、付属された幸運チートの恩恵があったればこそだった。
それが失われた今、彼はもはや非力な冒険者に過ぎない。
嘲るような視線を浴びせながら、怪物テンプレクスは彼の息の根を止めるべく首を締め上げようとする。
「やめて! ホータローを放してよっ!」
彼を救出すべくなおもテンプレクスに攻撃を仕掛けるレーラだが、その剣は全て怪物の身体をすり抜けていく。
このままでは彼が殺される……涙ぐんだ声で制止を訴えかける彼女だが、健気な声はテンプレクスの愉悦を深めるばかりだった。
異世界に転生してから、初めて直面した命の危機。
追い詰められた転生者、須間宝太郎は――それでも動じなかった。
「うろたえるな! レーラァ!」
「…………っ」
ドスの効いた叫びを上げ、ホータローは右腕を振り上げる。
瞬間、眩い光が半壊した屋敷を包み込み、その光を間近で浴びたテンプレクスを動揺させた。
「う、うおおおおっ!?」
テンプレクスは堪らず手を離し、直視できぬとばかりに後退っていく。
放たれたそれは、聖なる光だった。
邪悪なるものを打ち消さんとする神聖な光。それはホータローが高々と掲げ上げた右手の先――スマホの画面から放たれたものだった。
「見よ! この輝きを!」
テンプレクスの拘束から解放されたホータローは、どこか英雄然とした佇まいをしながら聖なる光を放つスマホの画面を見せびらかす。
「何……? そのスマホは……!」
「俺の武器が、幸運チートだけと思ったか!」
須間宝太郎が、転生時に受け取ったチート能力――それは先ほどテンプレクスが奪い取った幸運チートであって間違いはない。
しかし彼がその幸運で手に入れたマジックアイテムの数々もまた、十分すぎるほどチート染みた逸品であった。
「覚悟しろ、化け物。この俺の手でなぶり殺しにしてくれる……!」
「か、かっこいい……」
「ふ……面白い。能力頼みの転生者だと思っていたが、なかなか興味深い男だ」
何より、チート能力を奪い取られても動じない、強靭なメンタルもまた評価すべき点であった。その気高さと無駄な神々しさを前に、ツンデレヒロイン属性の筈のレーラさえも恍惚の目を向けている。
この時、テンプレクスは初めて目の前の転生者自身に好奇の目を寄せた。
――コイツを倒すには、少し時間がかかりそうだ……そう呟いた後、ヘドロ状の怪物は気取った口調で言い放つ。
「しかし生憎、私も忙しくてね。君とだけ遊んでいるわけにはいかんのだ」
「逃すと思うか? 異世界攻略を意のままにするアンティーク・スマホを持つ、この俺が」
これほどの騒ぎを起こしながら、おめおめと離脱しようとするテンプレクスの口ぶりに反応し、ホータローはスマホを握る手を締める。
これからが戦いの始まりだと思った矢先に、水を差された気分だった。
逃がすつもりなど欠片も無い。ましてや生かして返す気もホータローにはなかった。
しかしそんな彼に、テンプレクスは語る。
「だがその小道具に、世界を渡る力はあるのかな?」
「なに?
「そうとも。私こそ、全ての異世界を制する者……私はこの次元、全ての異世界を自在に渡ることができるのだ。ふははははっ!」
高らかに哄笑を上げるテンプレクスの身体を、闇色の渦が包み込む。
「須間宝太郎、勝負は預けておこう」
その言葉を言い残すなり、彼はこの場から、この世界から消え去っていった。
気配がなくなり、数拍の間を経て彼が何処かへ消えたことを理解したホータローは未だ得体の知れない怪物に対し困惑する。
「消えた……?」
「いったい何なのよ、アレは……」
明らかに、ただのモンスターではなかった。
それに、チート能力や転生者のことまで知っている様子だった。
ただ一つ、何か良からぬことが起ころうとしていることだけを、半壊した豪邸の姿が物語っていた。
ジャンルはシュールギャグ……でいいのでしょうか。
多分五話以内には終わります。次回は悪役令嬢の世界に行きます。