裏庭で時間を潰した俺たちは、次に戦車道の練習場に向かう。
なかなか事情が事情で来れなかったが、今日はみほが珍しく気合いが入っている。
なので、俺はその意思をできる限り尊重したいと考え、今日は練習に参加するつもりだ。
しかし、みほはまだ心に傷が残っている。
なので代理として俺が戦車道の練習に参加する予定なんだが。
(……なんだこりゃ)
数人の冷たい目線が俺に、みほに突き刺さる。
おそらく、大人たちが言ったことを鵜呑みにして、10連覇を逃した戦犯であるみほを恨んでいるのかもしれない。
しかしそれも数人だけであり、ほかの隊員たちは気持ちを切り替えているようだ。
これも隣に立っている姉であるまほのお陰だろう。
しかし、感情は燻っている筈だ。
なぜ、あそこで助けたのか。
なぜ、黒森峰は10連覇を逃したのか。
それは全てみほに集中する。
「これでミーティングは以上とする」
「はい」
静寂の中に手を挙げた女子生徒がいた。
先程俺たちに冷たい目線をさしていた人物だ。
どうやら質問があるらしく、まほに問いたいそうだ。
しかし、その問いはみほにとってはかなりキツイものとなってしまう事になる。
「どうして、西住みほさんが未だに副隊長なのでしょうか」
(!)
精神の中でみほが涙目になったのが分かった。
俺の心もそれに合わせ、動悸が速くなっているのが分かった。
まあ、それもそうだろう、敗北の原因となった者を副隊長として置いとく理由はない。
通常の選手なら降格ものだろう。
みほが精神の中で震え始めたのが分かった。
やはり来るべきでは無かったのでないかとも考えている。
試合の後、実の母親である西住しほに糾弾され、世間からもバッシングを受けている。
こんなもの、ただの女子高生が受ける仕打ちではない。
(…………もう……やだ)
みほが泣きながらこう呟いた。
……この問題ばかりはどうしようもない。
誰が悪かったとか、そういうのは仕方ないことだ。
──ーしかし、それは別として。
みほを泣かす奴は気に入らねぇ。
俺の頭に血管が浮き出たのがわかる。
俺はその女子生徒やみんなに向かってこう言った。
「ああ、たしかにその通りですね」
「!?」
「! ……みほ」
口を開くはずがないと思っていた人物から声が出る。
それにみんなはびっくりしていた。いい景色だ、どいつもこいつも口を開けてぽかーんとしてやがる。
「なら、私が転校すればいいだけですよね?」
「な!?」
「みほ!」
(……た、貴明さん?)
そんな声出すなって。
俺はただ助けるだけで、本当に転校を決めるのはみほだ。
だけど、やっぱり我慢ならなくてな。
「それと……誰だったかな」
「っ!」
俺は先程意見を上げていた、女子生徒に近づく。
おや、よく見れば今朝、靴箱の前でコソコソしていた一味の1人じゃあないか。
こいつは結構。
「朝はよく舐め腐った真似してくれたなぁ、おい」
さっきまでみほの雰囲気になるべく近づけていたが、この女子生徒の耳元で囁いたのは紛れもなく俺の性格からくるものだ。
「ひぃ!」
「次、同じ事やったらどうなるか分かるよな?」
「え?」
「喰っちまうぞ」
「はっはい!」
「ま、次あるかどうか分かんないけどな」
女子生徒は怯えて、その場で顔を真っ赤にして固まってやがる。
へっ、根性無しめ。
「じゃあ、練習頑張ってください! お疲れ様でした」
そして、俺はみほの声、雰囲気でこいつらに別れを告げた。
────
「み、みほ?」
私は何が起こったのかさっぱり分からなかった。
みほが急に豹変して、女子生徒を何か脅すような事を言っていたのは分かる。
しかし、それは妹には考えられない行動だった。
何故ならみほは昔こそやんちゃだったが、今は大人しく、普通の女子高生だった。
それが、何故あんな事に……。
みほが居なくなった後は大変だった。
顔を真っ赤にして、その場にヘタリ込む隊員を保健室に連れて行き、その場を収めたりしていたのだ。
今日だけで、隊長の仕事を数日分したような感覚に陥る。
「今日はお疲れ様でした、隊長」
「ああ、エリカか」
「コーヒーです」
「ありがとう」
この子は逸見エリカで、みほが居ない間、みほの代わりを務めてくれた。
エリカの入れてくれたコーヒーを一杯飲んで落ち着く。
ふむ、うまい。
「それにしても、今日の副隊長……何かおかしく無かったですか?」
「……エリカも感じたか」
「それに……転校だなんて」
私もその転校が気になった。
やはり、あんな事があった後だ、やはり色々とナーバスになっているに違いないと思い、そっとしておいたのだが。
──ー間違いだったのだろうか。
あの後、みほから転校に必要な書類を全部受け取った。
後はお母様にみほが直接言いに行くだけなのだが、その時のみほの様子は、やはり顔に曇りが見えた。
あの啖呵を切ったみほとは大違いの顔つきだった。
みほ……妹は一体どうなってしまったんだ?