拝啓、皆様へ。
なんだかうちの妹が怖いです。これまでみほが明らかにドス黒いオーラを放ったのはいつ以来だろうか。あ、ここ最近でしたね、すいません。
どうやら、みほは不埒な俺が許せないらしい。心の内は読めないが、不機嫌なのはそういうことなのだろう。
どういう訳か、みほと俺は記憶自体は共有できるが、考えなどは共有できないらしく、別々の思考回路を持っている事になる。
そのため、人格などもお互いにうまく掴めることが出来ないのだ。
会話は念話? というのだろうか、まあ多分そういうスピリチュアルなもので会話できるし、声を出すことで鮮明に分かる。普通の会話と一緒だな。
そのため、家の妹が何を考えているのか分からないので怖い。
というより、なんでみほは俺の考えていることが分かったのだろうか? それも怖い。
あの後は生徒会から全校生徒体育館へ集まるようにと校内放送があったので、行く事になった。
このような突拍子もないことはもはや大洗女子学園では日常らしく、全員体育館へきちんと整列しており、その中の一人も疑問を持っていないように思えた。
まあ、ここが大洗の良いところなのかもしれない。
そして、必修科目のオリエンテーションが始まった。
大きなスクリーンに映し出された『戦車道入門』という文字。
そこから、戦車道について色々なことが語られていく。みほは見るのも少し辛いらしく、俯いてしまう。
(おい、みほ。大丈夫か? 俺が変わるが……)
(……はい、大丈夫です。ありがとうございます……)
見るからに元気がなさそうなので少し可哀想だ。
画面に注目すると、そこには多勢の男どもに手を振られている選手の映像が流れる。多くの男性に好意を持たれるだって? 嘘つけ。好意を持ってくれるのは同性か、ただの物好きな男だけだ。
世間一般の男の戦車道女子の評価は『めちゃくちゃ怖い』らしい。それなら、なぎなたや華道をやった方が幾分かマシだろう。
例えば将棋を思い浮かべてほしい。
今の将棋で第一線で活躍しているプロ棋士は男しかいない。女は未だアマのままかプロの道を諦めて女流へ転身するのが殆どだ。
戦車道はその逆と言っていい。女が第一線で活躍し、男は裏方を任される。理由は至極簡単。戦車道に置いて男は女にどう足掻いても勝てない。
近頃は男の選手も非公式ながらいるらしいが、どれもパッとしない成績だ。
みほが読んだ本の中で面白い実験があった記憶がある。
戦車道選手とプロ棋士を戦わせてみたというものだ。基本は戦車道のルールに乗っ取ったものだが、棋士の方は自分の戦車を手駒のように動かせる。言わば司令塔のような役割で試合を開始した。その試合内容、『戦車道側一輌対プロ棋士側十輌』
結果はプロ棋士の完敗。
棋士の方に大きなハンデを与えた上での戦車道選手の圧勝だった。
理由はまたもや簡単で、『脳の作りが違う』という今、戦車道をやっている男選手に最もダメージを与えた結果だったという。
そんな感じで、戦車道は将棋や囲碁と全く正反対の世界なのだ。
故に、そんな殺伐とした世界に身を置いている女性がモテる訳がない。
おっと……考えに耽っていたらいつの間にか、映像が終わっていた。
『来たれ! 乙女達!』という文字が大きく映し出されたと同時に、派手に大きな音が鳴る。
全く……なんでここまで戦車道を推す必要があるのかさっぱり分からん。
どうも話を聞く限りでは、戦車道の世界大会が開かれる事になり、文科省から戦車道に力を入れろと全国の高校に達しがあったらしい。
しかし……その力を入れろという部分、何も強制ではないはずだ。それなのに何故、戦車道経験者であるみほを半ば強引に勧誘する必要があったのか、それを俺は聞きたかった。
両隣はさっきの映像でなんだかヤル気を出してしまっているみたいで、みほも戸惑っている。
まあ、最終判断はみほに任せるが、俺はみほの嫌がることは極力させなくないので、基本否定に回るつもりではある。
それになんだ、華道とかやってるみほの姿を想像すると、なんだかほっこりしてくるではないか。
もう少し話を聞いてみると、特典として成績優秀者には『食堂の食券100枚』『遅刻見逃し200日』さらに『通常授業の三倍の単位を与える』といった破格の待遇だった。
怪しすぎる。絶対にめんどくさい何かをさせる気満々だろう。美味しい話には裏がある、先人がそのような言葉を残してくれてるじゃないか。無理に罠にかかる必要性が全く持って見出せない。
こんな、条件で戦車道を取る奴なんざ、戦車道に手を出すほど男に飢えてるやつか、マジで留年の危機に晒されている奴か、とんでもない変わり者か、ただのバカぐらいだろう。
全く……そんな奴いる訳……。
「私、戦車道やる!」
いたああああああああああああ!!!!
中庭を歩いて教室に戻っている途中、武部が急に真剣な表情でみほに向かって言っていた。
マジか……あれでやろうとする奴マジでいるのか……。
みほのかなり驚いた様子で、不安そうな表情を浮かべていた。うん、気持ちわかる。いや、同じ気持ちかどうかは知りませんけど。
「最近の男子は、強くて頼れる女の子が好きなんだって」
オカンの事かな?
「それに、戦車道をやればモテモテなんでしょ!?」
ええ、モテモテですね。主に同性に。
戦車道というのはおかしな競技で、モテるモテるとは言っているが、それはハッキリと男性にとか言ってるわけではない。
基本的に戦車道をやってる選手がラブレターを貰うのは日常茶飯事らしいが、それも全て女性からのラブレターだ。ソースはまほ。
異性からモテる? 逃げるの間違いでは?
「みほもやろうよ! 家元でしょ!?」
……みほが一瞬困ったような表情を浮かべた。
そうだよな……どこに行ったって、戦車道って名前がある限り、西住という名前はその縛りから抜け出すことができない。
だから、みほは精神を病んでしまったし、それを助けるために俺が生まれた。
いつかは向き合う事も必要ではあるが、ただいかんせん、時間が早すぎる。
転校初日でこれとは……この先どうなることやら……。
「私はやっぱり……」
「そうですよね、私、西住さんの気持ちよく分かります。家も華道の家元なので」
「そうだったんだ……」
五十鈴も家元なのか。不思議な縁があるな。
「でも、戦車道って素晴らしいじゃありませんか」
「え?」
「私、実は華道よりアクティブなことがやりたかったんです」
お、おい……まさか……。
もしかして五十鈴も……?
「私も戦車道……やります!」
「ええ!?」
これにはみほも大変驚いたようで、とんでもない顔を見せた。
いや……正直俺も驚いている。しかし、何もおかしなことではない。五十鈴は華道にハッキリ言えば少し飽きてしまったから、せめて学校では体を動かしたいと言うことだろう。
みほもその逆だ。
戦車道に疲れてしまったから、今度はゆったりとした事をやりたいのと一緒なのだ。
「西住さんもやりましょうよ! 色々ご指導ください」
そう言って、五十鈴はみほに頭を下げる。
おおう、この人ら見かけによらずアクティブな人ばっかりだ。推しが強いというかなんというか……。大洗ってこんな人が大勢いるのだろうか?
「ああ……えっと…………」
「みほがやれば、ぶっちぎりでトップの成績取れるよ!」
武部が屈託なく笑い、みほに戦車道を進める。
……ハッキリ言って、俺は少しイラッとしてしまった。しかし、それはお門違いな怒りである。この子達にみほの学校に来る前に起きた惨事の事は話していない。だからこそ、未知の可能性である戦車道という競技に夢を見出しているのだろう。
さらに、友達にその道に詳しい人がいたとする。俺だって、そんな人がいれば一緒にやってほしいと言ってしまうだろう。
だから、俺は敢えて何も言わずに、この件はみほがじっくりと考えればいいと思った。
大洗に来たときは時間が解決してくれると思ったのだが……その時間も、待ってはくれやしなかったのだった。
──────
私は、自分の部屋で戦車道と大きく書かれた文字を見ながら膝を抱えていた。
目を閉じれば、あの日水に沈んでいく仲間達が思い浮かぶ。必死になって、戦車から引っ張り上げた小梅さん達は息も出来ないくらいに苦しい思いをしたと思った。
お兄ちゃん……私はどうしたらいいの?
お兄ちゃんは、一晩自分でゆっくり考えたらいいと私に言った。
今も、お兄ちゃんは私を無言で見守ってくれている。まるで、抱き抱えてるボコの中に入って私が答えを出すまでジッと見つめているようだった。
────ハッキリと言ってしまって、私が戦車道をやる事で、またあんな事になってしまうと思うと怖い。
怖くて、気づけば無意識のうちに涙が出ていた。
やっぱり私には出来ないよ……。
──────ー
机の上にみほが出した用紙に『香道』と書かれた文字の横に丸が付いていた。
そうか……これがみほの出した答えか。ならば、俺はそれに答えなければならない。何がなんでも、みほから脅威を退き、守ってやろう。
みほは二人に謝罪する。どうしても戦車道がしたくない。その一心でみほはこの学校にやってきた。
逃げている。そう思われても仕方がないだろう。しかし、それでもこれが最善の選択だと言わざるおえない。
すると二人も、戦車道に二重線を引き、香道に丸をつけた。
この二人はどこまでも優しい。
このまま戦車道をやっていると、みほには辛い思いをさせてしまうと思ったからだろう。本当は戦車道がしたかっただろうに。どこまでもお人好しだ……。
みほは本当にいい友達を持てた。ここから先は、俺の出番だ!
昼食を食べていると、そこらかしらから戦車道の話題が湧いて出てくる。
今は俺が入れ替わっている状態だ。どうも嫌な予感がして、みほには無理を言って引っ込んで貰った。
普通に談笑しながら飯を食べていると、その時がやってきた。
『普通一課、二年A組西住みほ、至急生徒会室に来る事』
来やがった。恐らく生徒会は戦車道を選んでない事に対し腹を立てているのだろう。だが、腹わたが煮え繰り返っているのは俺も同じ事。
俺は席を立ち、生徒会室に向かおうとした。
「みほ! 一緒について行こうか!?」
「いや、大丈夫。武部さんと五十鈴さんはここで待ってて」
ここから先のみほはこの二人に見せちゃいけない。
だって、みほでは無く……、俺が入れ替わっているからな。