戦車道で優勝して廃校を回避する。我ながら荒唐無稽すぎる事を言ったと覚えている。しかし、あの私たちを舐め切った目をする役人を度肝を抜かせてやりたい。そう私は子供ではあるが思った。
昔からこの学校が大好きだった。友達と毎日楽しく通えて、それでいて私を成長させてくれた学校。生徒会長になってからそれは益々大きなものとなっていった。大洗女子学園無くして私無し。みんなからはいつも飄々とした態度だと思われているが、心の内では本当にこの学校を愛している。
昔から背が小さい事をいいことに周りからバカにされてきたが、それも生徒会長になることで実績を示してそんな奴らを片っ端から黙らせた。
そんな土台を作ってくれた大洗に感謝していた。
だから、私は廃校になると言われた時本当は一番に目の前にいる大人に殴りかかりたかった。しかし、それを聞いて激昂した河嶋が私の怒りを鎮めてくれた。
冷静だ、こんな時こそ冷静にどっしりと構えるべきだ。トップに立つ人間とはかくあるべきだ。そう、これまで勉強してきた中で学んだことだ。
戦車道をやるにあたってまずはリサーチが必要だと思った。私は生徒会の仕事は二人に任せて、近くでやっていた戦車道の試合を見にきていた。仕事の方は河嶋が良くやってくれてるし、小山も副会長として私が居ない間の業務はなんとかするはずだ。
私の今回の仕事は、戦車道とはどんなものかしっかりと見極める事だ。
素人であんな大口を叩いたからにはどんな事があろうとも戦車道を勉強すると硬く誓った。
結論から言おう。
これ、無理じゃない?
初めて見る試合でどちらも無名校ではあるが、それでも高度な読み合い。戦車戦。それらを全て掌の上で操るかのような隊長の手腕。素人ながらも【とんでもないハイレベル】だと感じ取れた。
これで、全国レベルではないというのだから恐ろしい。全国大会で……上位校というのはどれほどの物なのだろうか……。
あんな事を言った、それと私は生徒会長という立場。役職上、隊長をやらないといけないと思っていたのだが……これは……戦車道経験者を学校内から探して隊長に就任させた方が絶対にうまくいく。
しかし……学校内から戦車道経験者が見つかるだろうか?
そう思いながらも学校内で経験者を探す作業が始まったのだが、それが早く終わってしまった。
西住みほ。なんとあの戦車道界でもトップの実力を誇る黒森峰女学院から転入してきた生徒だった。しかも、日本戦車道界のトップに君臨し続けるあの、【西住流】だと言うじゃないか。
これはかなりの好都合。二人も手を合わせて喜んでいる。でも……なんか、うまくいきすぎじゃない? 廃校になりそう→戦車道やる→隊長無理……→西住ちゃん発見!
どう考えてもうまくいきすぎている……。
この場合は裏を調べてみる必要がありそうだ。
そう思って、心のうちは出さずに二人と一緒に西住ちゃんの事を調べ始めた。そして、なぜ戦車道界のトップである西住流である彼女がうちに来たのかが分かった。
黒森峰は前回の全国大会で9連覇をしていたのだが、この試合で一両、抜かるんだ地面に履帯を取られて、そのまま川に転落してしまう事故が起きた。それを西住ちゃんは自分の危険を顧みずに助けてしまったのだ。
しかし、その後黒森峰は敗退、西住ちゃんは責任を負わされる形になり、世間からバッシングを受けていた。しかしそれは一部の西住流信者だけであって、他からは概ね称賛されていたらしい。
しかし、メディアは西住流には逆らえないらしく、世間とは裏腹に西住ちゃんを非難するような記事を書き始めてしまった。
恐らくこれが転校してきた理由だろう。
私は頭を密かに抱えた。こんな子に学校の未来を託してしまって良いのだろうか? 恐らく家からも追い出されて、戦車道のせの字も見たくないような状況の彼女が私たちに協力してくれるだろうか?
久しぶりに胃が痛くなるような感覚に陥った。
……こんな子に……戦車道をやれと直接言わないといけないのだろうか……。そんな鬼畜に、私はなれるのだろうか?
…………罪悪感で押しつぶされそうになる。勿論、西住ちゃんは誘わないと言う選択肢もある……でもそれじゃ……ダメなんだ。それじゃ、この学校はお終い……。
なるしかない……鬼になるしかない。この学校を守るために鬼畜になるしか……ない……。
私は必死に罪悪感を飄々とした態度で押しつぶした。
こうする事で、私はなんとか耐えられる。
そして西住ちゃんにこう言い放つのだ。
「選択必修科目、戦車道取ってね。よろしく」
西住ちゃんは驚いた顔をした後に私に言い返してきた。
「必修選択科目は自由に選べる筈だ、その生徒の権利を横暴で奪い取るつもりか」
西住ちゃんは鋭い目線を私に送ってきた。
その瞳をみるとなんだか体が震えてきそうでそれをなんとか必死に抑えた。これが恐怖心という物なのだろうか? 全身の本能が目の前にいる少女から逃げろと危険信号を送っている。
……これが……西住流……。
事前に調べた限りでは西住ちゃんは大人しい女の子だという話だったが、どうやらそれは間違いのようだった。私とも対等に渡り合えそうな胆力があると私は思った。
その後、河嶋が文句を言いそうになったのを抑えて、私は逃げるように西住ちゃんの元から離れた。
……絶対怒らせたよね……。
しかも、西住流を隊長に据えるとなると、大洗自体が西住流と事を構えることになるんじゃ……?
それになんだか鋭そうだったし、こちらの考えも全て読まれているように感じた。
恐ろしいな、西住ちゃんは。
それでも逃げてはいられない。なんとしても戦車道をやらせなくては。
そして帰ってきた書面を見て、やはりかと思った。
戦車道に丸をせずに提出しているのを見て一言呟く。
「いや〜そう、うまく行かないかぁ」
ヘラヘラしながら、呟いた。そうでもしないと、これから西住ちゃんと話し合いをするにあたって精神が持たなそうだからだ。
二人は私の態度を見て何か考えがあるのかと思っているだろう。残念ながら何も考えてない。
この後の話し合いで西住ちゃんを戦車道に勧誘して、その後、どう丸く収めるか、それすらも考えられていない。
つまり、このあとは運に頼るしかないのだ。
日ごろの行いは……良い方ではない。徳は積んできた覚えもないが、それでもやるしかない。
そう覚悟を決めて西住ちゃんを生徒会室に呼び出した。
生徒会室に入ってきた西住ちゃんは大層お怒りだった。
正直言って怖すぎる。今すぐにでも逃げ出したいと思っている。小山も感じ取ったらしく、芝居もどことなくぎこちない。
河嶋は……うん、アイツは通常通りだ。すごく頼もしい。
そして話を進めて行くが、西住ちゃんはかなり手強い。恐らくもうあちらはこの学校に何かあると感づいているだろう。
「私が戦車道を履修するとなると、西住流と事を構える可能性が高まりますよ、それでも良いのですか?」
「……それでも良いと私は思っている」
良い訳がない。
絶対に不利益しか被らないでしょそれ……。それに……娘を誑かしたとあちらの家元かなんかに知られたら……私は生きてるのかな?
どうかコンクリ詰で海には放られない事を祈ろう。
そして、等々、内部的な話をする様に勧められた。
これは……した方が良いのだろうか……。西住ちゃんは大丈夫だろうか? 益々、戦車道を履修してくれなくなる可能性が高い。
……だけど、腹を割って話すっていうのも必要だよね……。
このまま西住ちゃんに黙ってばかりも申し訳ないし、最悪、履修してくれなくてもそれはそれで良い気もしてきた。
だから、話そう。西住ちゃんに廃校の事。
ちゃんと話して、対等な関係になろう。
そして廃校の事を話し始めると、西住ちゃんは顔が見る見る暗くなっていった。
やはりダメだろうか?
……でも私は!
「虫がいい話ってのは分かってる、西住さんも前の学校で苦しい思いをしたっていうのも分かってる。でも……! それでも、私たちはこの学校を守りたいんだ……!」
頭を下げた。下級生に頭を下げた。河嶋も小山も西住ちゃんも驚いた表情でこちらを見ている。
でも……これが私の……角谷杏の嘘偽りのない気持ちだ。
これでダメなら諦めよう……そう思った時だった。
「よく言ったぁ!」
西住ちゃんはいきなり大声を出して、握り拳を作っていた。
……もしや……これは……!
「この学校を守りたい……理由はたったそれだけだが、いいじゃあねぇか! だったら俺も協力してやるよ! やろうぜ! 戦車道!」
私は初めて、飄々とした仮面を外したのかもしれない。何か心の奥から熱いものが込み上げてきて、目から出そうになってきた。
良かった……! 良かった……!
「ありがとう……!」
私は涙声でお礼を西住ちゃんに言った。
こうして、西住ちゃんは戦車道をやってくれることになった。しかもメンバーを二人も連れてきてくれて。
今の西住ちゃんにはあの時のような覇気は無いけど、彼女も仮面を被っているのかもしれない……いや、もしかしたらあっちが本心なのかもしれないな。
西住ちゃんはボロボロになった戦車を見て、笑みを浮かべて私にうなづいた。
うん、分かってるよ西住ちゃん。私は君の為ならなんでもしよう。
それが私の精一杯の恩返しというものだ。西住流との抗争? やってやろうじゃないか。
私は……大洗女子学園生徒会長、角谷杏だ!