とある弱小鎮守府が史上初のドロップ艦を手に入れたよというお話。
しかもレア艦。

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レア艦をドロップしました

 海から現れる侵略者、深海棲艦と戦うとある鎮守府。

 どこにでもあるような普通のその場所に、普通どころではないとんでもない一報が舞い込んできた。

 

 ──出撃していた艦娘が、見慣れない艦娘を引き連れて帰ってきた。

 

 司令室で報告してくる艦娘──陽炎をよそに、眉間を揉んでいた提督が尋ね返す。

 

「すまん。もう一度言ってくれ」

「だから、深海棲艦を倒したら中から艦娘が出てきたんだって。何度も言わせないでよね、司令」

「……マジ?」

「マジ」

 

 真顔で頷く陽炎。

 そんな話聞いたことがない。ゲームのドロップじゃああるまいし、深海棲艦の中から艦娘が出てくるなんて。

 

 艦娘が着任するのは、建造のみ(・・・・)というのが原則だ。

 それなのに、深海棲艦……敵の中から産まれるとは。桃から産まれた桃太郎、竹から産まれたかぐや姫。今回もそれと似たような類だろうか。

 おとぎ話のように、めでたしめでたしとなるかは疑問だが。

 

「そいつ、本当に艦娘か? 深海棲艦が化けてるんじゃないか?」

「司令はスパイって言いたいのね? 私も疑いたくなる気持ちはわかるわ。でも、大丈夫だと思うわよ。まあ、実際に見てもらった方が……来たみたいね」

 

 近づいてくる足音。二人の視線がドアに向くと同時に開かれて、一人の少女がやってきた。

 長い銀髪が美麗に翻る。直角に曲がるツインテールのような独特な髪型。右手を腰に添えながら、勝気な表情を浮かべて口を開く。

 

「いい風来てる? 次世代型駆逐艦のプロトタイプ、私、天津風の出番ね。ということで、よろしく」

「……天津風?」

「そ。そこにいる陽炎と同じ、陽炎型九番艦よ」

「というわけなの。司令、私が言いたい意味がわかった?」

「たしかに、陽炎の知っている艦娘なら信じたい気持ちはわからなくもないが……」

「信じたい? なんの話をしているのかしら」

「いや、なんでもない」

 

 本物にしろ、深海棲艦が化けているにしろ。それを天津風本人に伝えるのは、下策だろう。本物なら気分を害してしまうだろうし、偽物なら言わずもがな。

 

 提督の個人的感想を言うと、天津風は本当にただの艦娘見える。

 深海棲艦が持つ独特な嫌な感じがしないし、見た目は陽炎達と同じ、可愛らしい少女の姿。

 しかし、艦娘が海で誕生するなんて前代未聞だ。天津風という名前自体も、他の鎮守府で聞いた試しがない。

 ──深海棲艦から現れた得体の知れない艦娘。それが、客観的に見た天津風の立ち位置だった。

 

(少し、様子を見る必要があるか)

 

 上に報告するためにも、天津風の人となりは知って損はないはず。とはいえ一人で歩かせるのは色々と不安なので、陽炎に目配せ。

 優秀な秘書艦は直ぐに意味を察し、アイコンタクトで了承を伝えてくる。

 

「とりあえず、我が鎮守府は新たな艦娘を歓迎するよ。施設案内は陽炎に任せるから、彼女に従って見回ってくれ」

「了解。それじゃあ、案内をよろしくお願いするわ」

「任せなさい。じゃあね、司令。連絡は追ってするから」

 

 退室した二人を見送った提督は、少しだけ考えて携帯を取り出す。

 知っている艦娘の番号を入力して、通話開始。

 

「俺だ。今、陽炎が新しい艦娘を案内しているんだけど、お前もそれとなく見ていてくれないか?」

『まあ暇だったので構いませんけど、随分と不安そうですね?』

「うっ……わかるか。簡単に事情を説明すると、その艦娘が敵側のスパイの可能性がある。だから、なにか怪しい動きをしていないか見張っておいて欲しいんだ。杞憂ならそれでいいんだけどな」

『……ほほぅ。それはいい情報を聞いちゃいました!』

「あんまり好奇心で変な行動を起こすなよ?」

『わかってますよぅ。鎮守府を守るのが第一。それは理解してます。それじゃ、陽炎ちゃんのところに行きますので!』

 

 切れた携帯を机に置いたあと、提督はため息をついて報告書類を手に取る。

 

「頼む人選間違えたかな……まあ、嘆いていても仕方ない。上用の報告書を作るか。はぁ、うちみたいな弱小鎮守府に特大の爆弾がやってくるなんて。あとで、大淀に胃薬貰うか」

 

 訪れる胃痛を予期して、提督は憂鬱になるのだった。

 

 


 

 

「ふぅん……」

「どうしたの?」

「いや、別に。いい鎮守府ね」

「でしょ? 司令が私達艦娘が快適になるようにって、色々してくれるからね!」

 

 誇らしげに笑う陽炎を横目で見た天津風は、廊下を歩きながら鎮守府内を見回していた。

 

 天津風は、気がついたら海の上で呆然と立っていた。

 抜けるような青空に照らされ、思わず手をかざしてとても驚いたものだ。

 人間の身体だ……自分はただの駆逐艦だったはずなのに、どうして人になっているのか。

 混乱していると、前から自分と同じ姿をした人間がやってきた。

 その一人が、今天津風を案内している陽炎。自分と同じ陽炎型で、その名前は馴染み深い。

 

(艦娘、深海棲艦、提督ね)

 

 案内の途中で、大まかな世界情勢は聞いている。自分達は擬人化した艦、通称艦娘というものらしい。艦娘達を指揮するのが提督で、海からの侵略者である深海棲艦と日夜戦争を繰り広げているのだとか。

 また、艦娘をサポートする妖精なるものも知った。

 

(なんだか、変な感じ)

 

 本来ならば、建造される時点でその辺の知識は頭に入っているようだ。深海棲艦を倒す……そのために艦娘は産まれ、提督に使役される。

 しかし、天津風にはそうした知識がなかった。あるのは生前の艦としての記憶。それも朧気で、霧を掴むように曖昧だった。

 

(まあ、艦娘は提督に従うようだし、そうすればいいでしょ)

 

 施設案内する陽炎の言葉に相槌を打ちながら、天津風は自身のあり方をそう決めた。

 どうやら自分は艦娘らしい。艦娘は提督と一緒に戦うらしい。だから自分も、同じようにすれば良いだろう、と。

 そんな酷く他者に依存した、薄い決意を。

 

「あら? 新しい艦娘ですか?」

「あ、神通さん。そうです。本日より着任した天津風です」

「どうも、天津風です」

「初めまして。軽巡洋艦、神通です……どうか、よろしくお願いいたします」

 

 前からやってきた神通と挨拶した天津風は、内心でなんとも言えない気持ちを抱いていた。

 

(なにかしら、この違和感。この人は大人しそうなのに、なんというか凄みがあるというか)

 

 少ない記憶や知識をかき集め、違和感の正体を掴もうとしていく。

 

(あれよ、あれ。すっごく強くて逆らえないような存在……棲姫じゃなくて、そう! 水鬼! この人からは鬼の感じがするんだわ)

 

 納得して神通を見ると、ニッコリとした微笑みを返された。

 怖い。

 普通に、怖い笑顔だ。

 

「どうかしましたか?」

「な、なんでもないわ!」

「あの、神通さん。私は天津風の案内の続きがあるから」

「そうでしたね。引き止めてごめんなさい。あ、でも。せっかくですし、訓練場の方にも寄りませんか?」

「あー……どうする?」

 

 陽炎に促されるが、天津風としては断りたい気持ちでいっぱいだった。

 だって、神通の目が凄いキラキラ(ギラギラ)しているし。全身から「この子と戦って今後の訓練プランを練りたい! 今すぐに!」というオーラがめちゃくちゃ出ている。

 

(なに、艦娘って先輩から洗礼を受けなきゃいけないわけ?)

 

 そんなことはない。ないけれども、この鎮守府では神通から逃げることはできないだろう。隣の陽炎の顔が、ご愁傷さまと書いてある。

 

 ため息をついて、気持ちを切り替える。

 どう見ても断れない状況だし、断る必要性もそこまでない。

 自分の身体を確かめたいのも事実で、神通の提案は渡りに船だ。

 

 急速に気に入りつつある髪を払った天津風は、大胆不敵に笑って頷く。

 

「構わないわよ」

「ありがとうございます。じゃあ早速……の前に。あなたも見学しますか?」

「うん?」

 

 自分達の背後に呼びかける神通。釣られて振り返ると、開いていたドアの影から一人の少女が近づいてきていた。

 まったく気配を感じなかった。いまだ慣れていない身体とはいえ、あんな近くにいてわからないなんて。

 驚愕で目を見開く天津風に、彼女は人懐っこい笑顔で声をかける。

 

「いやぁ、見つかっちゃいましたね。ども、青葉って言います。早速ですが、天津風さん。一言どうぞ!」

「え? なにこれ?」

「あー、青葉さんは取材が好きな艦娘なのよ。まぁとりあえず、挨拶がてら答えてあげて」

「なるほどね。ふふ、いい風感じているかしら?」

「ほほぅ! 天津風さんは風が好きな艦娘っと。メモメモ」

「さん付けなんてむず痒いから、呼び捨てでいいわよ」

「そうですか? じゃあ天津風ちゃんで!」

「ちゃん付けしろとは言ってないわよ!」

 

 目を吊り上げて怒る天津風を、どうどうと宥める青葉。陽炎にアイコンタクトをしながら、苦笑いを浮かべる。

 

「まあまあ、そのうち慣れますって。それで、天津風ちゃんの洗礼の話でしたっけ?」

「だからちゃん付けっ……はぁ。まあいいわ。洗礼かなにか知らないけど、多分そんな感じ」

「なるほど、なるほど。ではでは、早速行きましょうか! ゴーゴー、レッツゴー!」

「テンション高いわね、この人……」

「それが青葉さんだから」

 

 訓練場に行く前から、疲れる天津風だった。

 

 


 

 

 幸いとでも言うべきか、訓練場には誰もいなかった。

 現在この部屋にいるのは、陽炎、神通、青葉、天津風の四人。

 見知らぬ人がいるより、よっぽどやりやすい。

 

 神通と向かい合いながら、天津風は目を瞑って全身で風を感じていた。

 場外訓練場を駆け抜けるそよ風が、心地よい。

 

(……いい風ね)

 

 艦娘になってから覚える、この感覚。微睡みに包まれているとでも言うべきだろうか。五感を通じて、天津風は自分の心が満たされていくのを実感していた。

 

 目を開いて、待っていてくれた神通に微笑む。

 

「それで、なんだったかしら。私の動きを見たいんだっけ」

「そうです。建造されたての艦娘の中では、上手く身体が動かせない娘もいますから」

「頑張ってね、天津風! 陽炎型としての力を見せなさいよね!」

「青葉も取材映えのする戦いを求めますっ」

「あなた達ね……」

 

 こうるさい野次に呆れながらも、我流で構える天津風。

 対する神通も、隙のない佇まいをする。

 

 さて、どう動くべきか。流石に神通に勝てるとは思っていない。

 というより、先ほど彼女が言ったように、これは自分の動きを確認するための慣らし運転。艦で言う実験航海のようなものだ。

 

(とりあえず、全力で打つ!)

 

 考えていても仕方がない。そう結論付けて、地を蹴った天津風。

 拳を構え、殴りかかる……ことはできず、急速に近づいた神通に投げ飛ばされてしまう。

 

「っつ……!」

「身体に振り回されていますね。それでは、実戦でもまともに動けませんよ」

「わかってるわよっ!」

 

 今の攻防で、神通は動いていない。彼女の言う通り、予想以上に高い身体能力に対応出来なかっただけだ。

 起き上がって汚れを叩き、再び構えて突進。今度は十分に力をセーブしたため、思うように身体を動かすことができた。

 

「今度は遅いですね。これでは、敵に攻撃してくださいと言っているようなものですよ」

「ふっ! はっ! せいっ!」

「その調子です。もっと自分のスペックを掌握してください」

 

 右。左。右。左と見せかけ、また右。足も振り抜き、回し蹴り。回避されたところで、抉り込むようなラッシュの嵐。

 徐々にギアを上げていくが、神通は全て涼しい顔で受け流してくる。

 額から汗が垂れる。体温も上がってきていた。全身を撫でてくる風が、気持ちいい。

 

「はぁッ!」

 

 渾身のパンチも、神通に止められてしまった。余裕そうな微笑み顔がムカつく。左手でアッパーを繰り出せば、腕を掴まれて地面に転がされてしまう。

 

「このぐらいにしておきましょうか。どうやら限界のようですし」

「はぁ……はぁ……ま、待ちなさい。まだ、終わってないわ」

 

 時間にして数分程度なのに、疲労感が凄まじい。それだけ動きに無駄があるということであり、身体に振り回されているということでもある。

 震える身体に鞭を打ち、立ち上がった天津風。弾む息を整えながら、神通を睨みつけた。

 

「……わかりました。もう少し続けましょう」

 

 どうやら、挑んでくる自分が嬉しいらしい。真面目な顔の神通からは、隠しきれない期待のオーラが漂っていた。

 

(本当なら、これに砲撃や魚雷を使って戦うのよね)

 

 海の上で、深海棲艦相手に。今の自分にできるのかと聞かれれば、できると答えるだろう。ただしそれは、身体能力のゴリ押しでだ。

 そんな攻撃が敵に通用するとは思えないし、よしんば勝てたとしても、連続戦闘には耐えられない。

 

 だからこそ、まずは艤装を使わない状態の身体を掌握する。その後で艤装を展開し、それも十全に扱えるように練習すればいい。

 こんなところで諦めるわけにはいかなかった。

 

(神通さんに、一矢報いる!)

 

 そのために必要なのは、スピードだ。駆逐艦では、軽巡洋艦に火力で勝てない。反面、スピードは勝っていると思う。だから、彼女が対応できない速さで攻撃を仕掛ける。

 

(風よ……私は風になるのよ……!)

 

 感じろ、全身で。この訓練場にあまねく存在全てを。先ほど味わったあの感覚を。

 目を瞑り、思い出す。触れた時間はまだわずかなれど、自分はちゃんと知っているはずだ。

 ──いい風を。

 

「ふっ!」

 

 ふわりと。

 初動は酷く軽やかだった。まるで体重がないかのように、風に背中を押されたかのように。

 天津風はこれまでとは比べ物にならない速さで、神通に肉薄していた。

 

 目を見開く彼女の懐に入り込み、風の動きに従って拳を打つ。

 受け流されて腕に手を添えられるが……ふわり。風に身を任せたまま、天津風は回転する。

 

「えっ!?」

 

 輝く銀髪が翻った。辺りに銀の燐光を散らばせながら、背後に着地した天津風が神通の背を殴打。

 

(取った!)

 

 しかしそれでも──彼女には、届かない。

 

「え?」

 

 気がつけば、自分は空を見上げていた。数瞬遅れて、背中に痛み。内臓まで染み渡る鈍痛が、全身を震わせている。

 

「くぅっ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「うわー。思いっきり叩きつけられたわよね」

「ちょうど投げられている瞬間を撮れましたけど……これは痛そうですねぇ」

「だ、大丈夫よ……」

 

 駆け寄ってくる神通を制しながら、なんとか立ち上がった天津風。

 虚勢を張る言葉とは裏腹に、足はがくがくとリズムを刻んでいた。明らかに、痛みが蓄積されている。

 

(私、投げられたってわけね)

 

 現状を理解したが、信じられない。あの時、確実に神通の背中を取っていたはずだ。彼女も驚いていたし、有効打を与えられたと確信していたのに。

 

(まだ、足りないってことかしら)

 

 ──速さを。

 もっと、もっと。

 神通に……いや、誰にも捕えられない、風のような圧倒的速度を。

 心が燃え上がる。神通への憎悪(対抗心)を焚べて、天津風は更なる力を求めていく。

 

(……憎悪? 私は、彼女が憎い……?)

 

 気がついたら、心の奥底に潜む魔物が自己主張を始めた。

 なぜ。彼女とは初対面なはずで、まったく面識がなく──

 

 神通の背後に映る、こちらを見ている陽炎。心配そうな表情を浮かべていて、そんな風に見られるのが嬉しい(憎たらしい)

 自覚した次の瞬間には、天津風は自分の心を制御できなくなっていた。

 

 彼女の雰囲気の変化を感じたからか、神通が真面目な顔で近づいてくる。

 艦娘は、敵だ。

 敵なら、どうする。

 簡単だ──殺せ。

 

「っ!?」

 

 怪物の顎と化した両腕を振るい、神通に噛み付く。半身になって躱された。憎悪が燃えたぎる。

 驚いたように目を見開く顔が、腹立たしい。なんだ、その人間みたいな顔は。お前は、艦娘だ。化け物だ。我々深海棲艦(・・・・)と同じ存在だ。

 

「神通さん!?」

「……恐れていたことが当たっちゃいましたか」

 

 ああ、あそこにもいたな。特に、あの駆逐艦。あいつは、必ず殺す。絶対に、許さない。膨れ上がった憎しみを糧に、腕を構えて撃つ。

 ()から出た砲撃に、二人は慌てた様子で飛び退いていた。

 

「よそ見はダメですよ」

「がぁっ!」

 

 意識が逸れた隙を狙った神通が、天津風を転ばせてうつ伏せにさせる。

 関節を決めて、自分は膝を彼女の背中に乗せる。流れるような関節技だった。

 相変わらず優しそうな微笑みを湛えているが、眼光は鋭く抜き身の刃の如き雰囲気だ。

 

 動けない。

 身じろぎすれば、腕を伝って全身に痛みが走る。

 このままだと、神通から逃れないだろう。

 だから、深海棲艦としての力を解放することにした。

 

 全力で、跳び上がる。

 不安定な体勢からだったのに、跳躍距離は数メートルまで行く。

 背中から、息を呑む気配が伝わった。

 

「がぁぁぁ!」

「くっ……!」

 

 身体を回して振り払い、空中で無防備になった神通に殴りかかる。

 両腕でガードされてしまったが、問題ない。自分が狙うべき仇敵は、あそこにいる駆逐艦だ。

 神通を吹き飛ばして着地。艤装を構えている陽炎の元に、駆けていく。

 

「天津風! 一体、どうしちゃったの!?」

「アァァ!!」

「話を聞いてって!」

 

 走りながら、両腕から弾丸の連撃。訓練場で爆音が連鎖して、壁が崩れ落ちた。

 戸惑いの表情の陽炎は、天津風に攻撃できないようだ。回避しながらも、反撃してくる様子がない。

 そんなこちらを慮る姿が、癪に障る。化け物のくせに、人間らしい情緒を見せてきて。

 

「アァァァァァァッ!」

 

 殺せ。

 艦娘を殺せ。

 同胞を殺す化け物を殺し尽くせ。

 ──(駆逐イ級)を轟沈させた、艦娘(陽炎)に復讐しろ。

 

「天津風ちゃんの時より、よく見えますねぇ」

 

 真横から襲いかかった砲弾に、天津風は吹っ飛ばされてしまった。

 勢いよく壁に激突し、全身がバラバラになりそうな激痛に顔が歪む。

 立とうにも身体が動かない。紛れもなく大破状態だった。

 

 邪魔してきた下手人を睨めば、艤装を解除した青葉が肩をすくめていた。

 重巡の火力相手では、駆逐艦の紙装甲は心もとない。避けられないのなら、当然の帰結であった。

 

「青葉さん!? 天津風を殺す気ですか!?」

「あはは。そんなつもりはないですけど。ほら、青葉は司令官に頼まれていましたから」

「それは……理解していましたけど。でも天津風は」

「深海棲艦、ですか?」

「神通さん……」

 

 陽炎の隣に並んだ神通が、ぐったりとしている天津風の腕を見やる。

 

「あの腕、駆逐イ級ですよね。天津風さんは、深海棲艦なのですか?」

「違う……と思います。私も詳しくはわからないのですけど、多分天津風の産まれ方が原因じゃないかって」

「深海棲艦を倒したら、そこから天津風ちゃんが出てきたんでしたっけ。いやー、そんな事例聞いたことがないですよ! 深海棲艦の、新しい策かもしれないですねぇ。我々を陥れるための」

 

 朗らかに笑う青葉の瞳は、冷たく輝いていた。

 

「……もしかして、青葉さん。天津風を始末しようとしていますか?」

「そんなことないですよ? ただ、突然深海棲艦になった天津風ちゃんを轟沈させたとしても、それは仕方のないことですよね? だって、司令官の身に危険が迫るかもしれないんですから」

「まあまあ、二人とも。そんなに怖い顔をしないでください。天津風さんに関しては、提督の指示を仰ぎましょう」

「……そうですね」

「神通さんにそう言われたら、そうするしかないですね」

 

 緊迫していた空気が緩んだ。残念そうに肩を落とした青葉をよそに、陽炎が天津風に駆け寄る。

 天津風は既に意識が朦朧としており、睨む気力もなかった。

 

「大丈夫、天津風?」

「それじゃあ、青葉は司令官に報告してきますね」

「私は訓練場の後片付けを」

 

 瞼を薄く上げながら、天津風は陽炎を見つめる。

 

「……ぁ」

「待ってて。今すぐ天津風を入渠……入渠したら回復するのかしら」

 

 どうして。

 さっきまで殺そうとしたのに、私を助けようとするの。

 わからない。

 思考がまとまらない。

 眠い。

 でも、これだけはわかる。

 陽炎に抱かれると──温かい。

 

(……ふふっ)

 

 薄く微笑んだ天津風は、意識を落とすのだった。

 

 


 

 

(……ここは?)

 

 気がつけば、天津風は暗闇の中を漂っていた。

 上下左右の感覚がない、温い湯に浸かっているかのような場所。

 肌を包み込む感触が気持ち悪く、思わず眉を潜めてしまう。

 

『殺せ』

『殺せ』

『艦娘を、殺せ』

 

(くっ……なによ、これ)

 

 脳裏に響き渡る、得体の知れない声。声色は老若男女定まっておらず、どこか機械的にも聞こえる。

 心を撫でる不快感。無視したいのに、無視できない魔性の籠る誘惑。頭を振って追い出そうとするが、声量はますます大きくなっていく。

 

『躊躇うな』

『艦娘は敵だ』

『奴らは存在してはいけない』

『この世に蔓延る悪だ』

『殺せ、殺せ、殺し尽くせ』

 

(うるさい! 私に指図するな! 消えなさい!)

 

 頭を抱えて叫ぶけれど、声は止まらない。それどころか、声を通して心に染み渡ってくるのだ。艦娘への憎悪が。

 

 産まれたてで無垢だった天津風の心が、黒く染まっていく。

 真っ白な紙に一滴の墨が垂らされ、波紋を描いて広がる。

 墨は薄まることなく大きくなっていき、それに比例して憎悪が膨れ上がった。

 

『そうだ』

『それでいい』

『我々深海棲艦は、海を守る』

『下賎な人間どもと、それに使役される艦娘』

『海を侵略する奴らを殺せ』

 

(わた……しは……深海棲艦……?)

 

 一度声に耳を傾ければ、あとは簡単だ。坂道を転がるように、加速度的に心が定まっていく。

 艦娘に傾きかけていた存在が、深海棲艦の方へと戻りはじめる。

 

(そう……私……私は──)

 

 天津風が決定的な言葉を発しようとした時、前方の闇に一筋の光が舞い降りた。

 光を浴びて、暖かさを思い出す。ここに来る前に感じた、微睡みのような温もりを。

 思わず身体を動かし、光の方に手を伸ばす。

 

(あそこに──)

 

 光に手が触れた天津風は、急速に訪れる眠気に抗えなかった。

 

 


 

 

 ぱちり。

 目を開ければ、真っ白な天井が目に入った。

 なんとなく右手を上げる。いつの間にか、腕は乙女の柔肌に戻っていた。

 

「起きたのね!」

「……陽炎?」

「待ってて、今司令を呼んでくるから!」

 

 慌てた様子で部屋を出ていく陽炎。その時離れた感触から、どうやら左手は彼女に握られていたらしい。

 ……少しだけ、離れた温もりが寂しかった。

 

 身体を起こして、ぼーっと室内を見回す。

 視界に映る物達はどれも知識になく、改めて記憶が少ないことを実感してしてまう。

 辛うじて、ここが医務室だとわかるぐらいだ。艦だった頃にあった部屋と似ていた。

 

「あの声……もう聞こえないわね」

 

 しかし、あの声……深海棲艦の怨嗟は、まだ心の中に溜まっている。

 せり上がる不快感が、まだ消えていなかった。

 

「天津風! 目を覚ましたって本当か!」

「……うるさいわね」

「あ、ご、ごめん」

 

 勢いよく入ってきた提督をジト目で見やれば、恐縮そうに肩を縮めていた。

 

「なんで私はここにいるの?」

「天津風を入渠施設に入れたはいいんだけど、傷が癒えても目を覚まさなかったからな。とりあえず医務室のベッドに寝かせたってわけだ」

「ふぅん。……ねぇ、私はこれからどうなるのかしら」

「どうなるって」

「私、深海棲艦なんでしょ。覚えているわ。腕が化け物みたいになったの」

 

 提督が息を呑んだ。

 それに苦笑いしながら、ベッドから降りる。

 

「心配しないでも、ここから出ていくわよ。流石にまた死にたくないし、適当に海で自由気ままに暮らすわ」

「え?」

「ああ、艦娘には近づかないようにするから。お互い不干渉でいきましょ。ふふっ、いい風を求めて旅をするのも良いかもね。まあ、ここで吹いた風ほどいい風に会えるかはわからないけど。それじゃ、短い間だったけどありがと。中々居心地が良かったわ」

 

 呆然とする提督の隣を通り過ぎようとしたら、腕で遮られた。

 眉を寄せて見上げれば、真面目な顔をする提督に見つめられ、知らず胸が跳ねる。

 

「どこに行こうとしているんだ?」

「どこって、知らないわよ。気ままに海を漂おうとしているだけ」

「はぁ……」

「むっ。なによ、そのため息は」

「当然だろ。部下が逃げようとしているなら、止めるのが上官として当たり前だ」

「普通ならね。でも、私は深海棲艦よ? 陽炎達の報告で聞いたでしょ? 今は艦娘の姿をしているみたいだけど、本当は化け物──」

「関係ない」

「──えっ?」

 

 真っ直ぐにこちらを射抜く提督の目には、確かな信念が宿っていた。

 

「正直、お前に関しては色々と思うところもあるし、不安だってある。俺のところみたいな弱小鎮守府が抱える案件じゃないともな」

「だったら、私を引き止める必要がないじゃない」

「ある。一度、お前を部下として迎えた以上、提督としての責任は果たさなきゃならない。だから、天津風は俺の部下で、勝手に外に行かれたら困る」

「あ、あなたねぇ……!」

「まあ、一番の理由は陽炎に懇願されたからなんだけどな」

「あの子が?」

 

 目を丸くする天津風に頷き、頭に手を乗せてくる提督。

 

「一緒に頑張りたいから、天津風が逃げないように説得してくれ。攻撃されたことは気にしていないから、だってさ。だから、そんなに思い詰めなくてもいいんだよ。天津風も陽炎達と同じ艦娘で、俺達の仲間なんだから」

「……」

「どうした?」

 

 首を傾げる提督に触れられた頭から、仄かな暖かさが身体に染み渡ってきていた。

 先ほど感じていた陽炎の温もりとは別の、ぽかぽかとしている陽気。

 なんだこれは……そう思うのと同時に、直ぐに暖気の検討がつく。

 

(そういうこと、だったのね)

 

 天津風の心に巣食っていた復讐心が、提督から伝わってくる絆によって浄化されていく。

 まだ薄いそれなれど、効果は凄まじい。こびりついたカビを落とすように、みるみる心が綺麗になっていた。

 

(私達艦娘は、提督がいて初めて艦娘足り得る。提督を信じ、背中を預け、ようやく艦娘になれる)

 

 この瞬間から、天津風の心境は変わる。

 当初の他者に依存した決意ではなく、提督を支えたいと心から湧き上がる信念へと。

 

 一歩下がって、提督の目を見る天津風。

 不思議そうな彼に微笑みかけ、確固たる想いを込めて告げる。

 

「私──風になるわ。あなたの元に届ける、勝利のいい風に」

 

 これは、誓いだ。

 艦娘として生きる自分が提督に捧げる、祝福の天津風。

 自分を深海棲艦から救ってくれた、ただ一つの恩返し。

 

 言葉の意味はわからなくとも、雰囲気で大体のことは察したのだろう。

 嬉しそうな笑みを浮かべると、提督はもう一度天津風の頭に手を置く。

 

「期待してるぞ」

「やだ、髪は触んないでよ。吹き流しが取れちゃうでしょ」

「あ、ごめん」

「まったく……」

「司令! 報告は終わったわって。なによこの空気。天津風に変なことをしたんじゃないでしょうね?」

「陽炎!? いや、俺はそんなことしてないから!」

「さっき、私の大事な部分を触られたわ」

「……司令? ちょっと、私とお話しよう?」

「怖い! 顔が怖いから!」

 

 凄みのある笑顔で迫る陽炎に、提督はタジタジだ。

 部屋に入ってきていきなり変わった空気を感じて、天津風は内心で苦笑いを零す。

 

 こういったやり取りが、日常的に行われているのだろう。

 二人からは気安い雰囲気を感じるし、天井裏からもニヤニヤした気配を感じ取っている。

 チラリと目を向ければ、バレたと思ったのだろう。天井のタイルが動き、そこから青葉が降ってきた。

 

「いやぁ、よくわかりましたね」

「そこから良くない風を感じたの。だから、なにかいるのと思ったのよ」

「へぇ……風、ですか。それは興味深いですね」

「あ、青葉! 助けてくれ! 陽炎が話を聞いてくれないんだ!」

「司令官が呼んでいるので、その話はまたあとで聞かせてもらいますね!」

 

 提督の元に行ってからかい始めた青葉をよそに、ベッドに腰掛けた天津風。

 色々あったが、どうやら自分はここでお世話になるようだ。いつの間にか、心に巣食っていた不快感は消え失せていた。

 

「本当に……平和で、いい風」

 

 自分が求めていたのは、こういった光景だったのかもしれない。

 争いもなく、嫌なこともない、平穏で心穏やかな日々。

 ──守りたい。

 

 目を瞑った天津風は、この風に身を委ねるのだった。

 

 


 

 

 とある弱小鎮守府には、不思議な艦娘がいる。

 他の鎮守府では見たことも聞いたこともない名前で、かつてあった陽炎型のプロトタイプと同じ艦名を持っているらしい。

 どこぞの一番の速さを目指す艦娘と同じく、スピードを求めて駆ける銀髪の妖精。

 

 演習などで見かけた別の提督達は、その銀の軌跡を描く少女に魅了された。

 祝福の風をまとって、鎮守府に勝利を届ける駆逐艦。

 空高く吹き抜ける風と共に行く彼女の名は──

 

「ふふっ。いい風感じてる?」

 

 

 

 

 




今年の春イベで天津風をドロップできた記念に書きました。
レア艦ドロップは嬉しくなりますね……。
投稿がイベント終わってからになったのは仕様です。

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