新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット   作:KITT

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第六話 氷原に眠る、兄の艦! Bパート

 

 ルリとハリが食堂でお茶を楽しんでいた頃、アキトはユリカと医療室で合流していた。

 その理由は至って簡単。ユリカがほかのクルーによって医療室に運び込まれ、処置を受けていただけだ。

 

「――で、背中とか脚とか腕とかが攣って、動けなくなったと?」

 

「……うん、心配かけてごめんなさい」

 

 雪に体をほぐしてもらいながら、消え入りそうな声でユリカが謝る。あの時元気よく挨拶をしたところ、全身が『ビキッ!』と攣ってその場で動けなくなったのだと聞いた。

 声もなく青くなって硬直するユリカに驚いたクルーはそのままコミュニケで医療室に連絡。迎えに来た雪や医療科の人間に運び込まれて治療とあいなった。

 ――アキトがすぐにそのクルーに謝罪と感謝を伝えて、せめてものお礼として飲み物を奢ったのは、とても自然な流れだっただろう。

 

「多分筋力の低下が原因で姿勢が悪くなって、あちこちに負担が掛かっているんだと思います。それに、どうしても運動不足になりがちですから、ね」

 

 ユリカの整体をしながら雪が説明する。多芸な子だな、とアキトは思った。

 

「ぅ……んっ……はぁ~……気持ち良いぃ~」

 

 整体してもらっているユリカも心地よさそうにしているが、アキトは心配が尽きない。はたしてこのままユリカに艦長を続けさせるべきなのだろうか。

 いや、代わりを務められる人間がいないことは重々承知だ。このヤマトは従来の地球艦艇のノリで運用するとまったく力を出し切れない。正しく乗組員の意思をまとめ上げる象徴としての艦長が必要であり、そのためには優れた指揮能力と人間的な魅力が要求される。

 いまのヤマトにはユリカに変わってそれが務まる人間がいない。ジュンは型にハマってこそ力を発揮するタイプから、こんな特殊な運用を必要とする艦の指揮官には向いていない。ただ、副官としてなら問題ない。むしろ型外れな指揮官をある程度抑えたり、常識的な見地からの指摘は必要なことだ。

 ルリもどちらかというと駄目だろう。残念だがルリはその容姿からくる人気は絶大だが、人間的な魅力で人をまとめるカリスマには大きく欠けている。この人についていけばなんとかなる、と思わせるような魅力が不足しているのだ。ただ、やはり副官と言うか縁の下の力持ちとしては必要な存在だろう。

 いまのヤマトでユリカに変われそうな人材は――おそらく進だけだ。あの熱い人間性と意外なほど柔軟な思考を持ち、これと決めたらやり通そうとする意志の強さ。

 師事していることも含めて、ユリカの代わりにヤマトを引っ張っていけるだけの地力があるはずだ。

 だが彼は経験が不足している。熱血直情型の性格ももう少し落ち着かないと、昔の自分たちのようにここぞという時に大きな失敗をしかねない危うさがある。

 

「はい、これで終わりですユリカさん。あとは湿布を貼りますから、できるだけ安静にしててください」

 

「えぇ~。艦内見回るって言っちゃてるのに、ここで止めたら信用なくしちゃうよ~」

 

 唇を尖らせるユリカの姿を「ちょっと可愛い」とか思いながら、アキトは助け舟を出すことにする。

 

「雪ちゃん、車椅子用意できない? 俺が押して回るから」

 

「用意できますけど。それだと艦長の具合を却って心配されませんか?」

 

「言い訳なら考えてあるから問題ないよ。ユリカの体調が周知のことなら、夫の俺が過度な心配をしてそうしたって言えば誤魔化せるさ。それに病状の悪化じゃないんだから、バレてもそこまで深刻じゃないよ……笑い話にはなるかもだけど」

 

 朗らかに笑いながら告げると雪も「それもそうですね」と応じて、壁の収納庫に仕舞われている車椅子を引き出してアキトに渡す。そのあとはあまり匂わない湿布を貼って貰ったユリカを車椅子に座らせて艦内を練り歩く。

 

 予想通りユリカの具合が悪いのかと心配されたが、本人がいたって元気なのと、アキトが心配そうな顔をして見せればそれで大体納得してもらえた。

 ――そもそもヤマト艦内でこの二人の扱いは『ヤマトきっての熱愛(バ)カップル』であって、こういう組み合わせにさほど違和感を抱かないのである。

 痴話喧嘩に医務室でのアッツ~いラブシーンに、先日のなぜなにナデシコでのアキトの行動は、すでに艦内に知れ渡っている。

 そうでなくてもこの二人になにがあったのかをおおむね察しているクルーたちなので、アキトの心配もわからないでもないと考えているのも追い風となった。

 元々ヤマト再建に尽力した(=最後の希望を繋いだ)ユリカを救うことを望むクルーは多かったので、この一幕でより気合が入ったクルーも多かったといわれている。

 

 ――しかし同時に。

 

「お願いですから巡視中にイチャつくのは勘弁してください口から砂糖が出てしまいます壁に大穴を開けたくなってしまいますお願いだからピンク色な空気を出さないで特に艦長自重して~」

 

 というクルーの心の叫びは、残念ながらいろいろ我慢し過ぎたせいでタガが外れているこの夫婦には、びみょ~に届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、ヤマトはようやく土星の姿を視界に捉えていた。

 

 太陽系第五惑星土星。

 誰もが知る有名な星であり、特徴ともいえる巨大なリングが生み出す神秘的な姿。同じ太陽系内の星でありながら、いままで人類が直接訪れたことのない未知の惑星だ。

 映像資料や写真などで知名度は極めて高いとはいえ、実際にその姿を肉眼で確認したのは採掘に来たユリカが初めてであった。

 そのため、コスモナイトを手に入れるために土星圏に初めて足を踏み入れたユリカは、初めて見た不思議な光景にはしゃいで、資料作成のため持ち込んでいたカメラで思う存分周りの景色を撮影、目的も果たして帰還した時も、ジャンプの後遺症で具合が悪くなっているにも拘らず「スッゴイ感動的だったよ! みんなも見て見て!」とテンションも高くカメラを振り回して、「安静にしてなさい!」とエリナとイネスに怒られたという逸話も存在していた。

 ヤマトが立ち寄るのはその数多い衛星の一つ、タイタンだ。惑星である水星よりも大きい土星最大の衛星で、濃密な大気を持ち、生命が存在する可能性を示唆されている。

 太陽から遠いため、表面の温度は低く氷に覆われているが、多くの金属元素が眠っているとされていた。

 ヤマトは波動エンジン補修のため、この星に微量ながら埋蔵されているコスモナイトを必要としているのだ。

 ヤマトは主翼を展開しつつ、補助エンジンを使ったタイタンの軌道に到達。上空から地表の様子を調べたあと、静かに降下していく。戦闘能力を事実上喪失しているヤマトを軌道上に置き去りにするのはリスクが高いと考えられたからこその判断であった。ヤマトはこれから地表探査の結果を基に身を隠せそうな渓谷へと移動する予定である。

 

 

 

 

 

 

 そんなヤマトの姿を遠くから捉える影がある。ガミラスの高速十字空母だ。ヤマトに気づかれぬよう土星の輪の陰からそっと様子を伺っている。

 そして捉えたヤマトの映像とパッシブセンサーが拾った情報を、悟られぬよう慎重に冥王星前線基地に送り届けていた。

 

 

 

「ヤマトが土星のタイタンに降下しただと?」

 

「はい、シュルツ司令。偵察に出ていたの高速十字空母から報告です」

 

 発令所のモニターには、空母が送信してきたヤマトの姿が映し出されている。

 ヤマトは横っ腹から見慣れぬデルタ翼を広げ、タイタンの大気を滑空するようにして地表付近に降り立とうとしている。

 

「ガンツ、解析データを出せ」

 

「はっ!」

 

 と応じて副官のガンツが送られてきたヤマトのデータをコンピュータにかけ、速やかに解析。モニターに表示されたヤマトの解析データを口頭で読み上げて報告する。

 

「エネルギー極度に微弱」

 

「なに? エネルギー極度に微弱だと?」

 

 シュルツが解析データに頭を捻る。

 

「故障かもしれません。ただちに我が艦隊を繰り出して――」

 

「待て、油断するな。相手はヤマトだ。慎重に挑まねば勝てぬ相手だぞ」

 

 シュルツは顎に手を当てて思案する。ヤマトにはいままで散々煮え湯を飲まされている。

 功を焦っても勝てる相手ではない。

 これまでの解析データからして、悔しいが単艦での性能ではわがガミラスの戦闘艦を大きく上回る化け物であることが明白。

 これが攻撃を誘うための演技の可能性すら捨てきれない。それにヤマト迎撃のため、戦力を冥王星基地に集中して作戦を練っている最中。迂闊に動かせば、こちらが隙を見せることになりかねないリスクがある。

 

「しかし連中は、タイタンでなにをするつもりだ?」

 

 シュルツはヤマトの行動を予測できずにいる。ガミラスが太陽系に侵入してまだ一年。事前調査でおおよその星系図は作成したが、ここの星――それらが保有する衛星などの調査はまったくといっていいほど進展していない。そんな暇はないからだ。

 資源を手に入れるだけなら開発が進んでいた木星圏を手に入れればそれで事足りたし、連中は手を付けていなかったが、衛星のいくつからかコスモナイトも手に入れることもできたため、わざわざ貴重な時間と労力を割いてまで他の星を開発する必要もなかった。

 そんなことは地球を手に入れてからゆっくりとすればいい。

 ガミラスが太陽系で完全に支配下に置いているのは前線基地を築いた冥王星を除けば、つい先日ヤマトにダメにされてしまった木星圏のみ。

 火星はボソンジャンプ関連の資料を求めて襲撃したが、勢い余って施設を破壊してしまったためそのまま放置しているくらい、ガミラスとて余裕がない。

 当然土星は手付かずだ。強いていえば……この間の戦闘で撃沈した地球の駆逐艦一隻が墜落したので、それの捜査に部隊を送り込んだことがあったくらいだ。おかげで何人か貴重な地球人のサンプルを手に入れることに成功し、本国に送還してひと月ほどが経っている。

 もしかしたらヤマトは、タイタンに友軍艦が墜落したのを知って、その捜索にでも向かったのだろうか。

 

「探らせましょう。ヤマト偵察中の高速十字空母、応答せよ。高速十字空母、応答せよ」

 

「こちら高速十字空母、どうぞ」

 

「ヤマトのタイタンでの活動の目的を探れ。状況は逐一報告せよ。偵察を悟られないように慎重に事に当たれ」

 

「了解」

 

 冥王星前線基地からの指令を受けた高速十字空母は、土星の輪から抜け出してタイタンに接近する。

 ヤマトに発見されないよう反対側から慎重に回り込みつつ、偵察のための艦載機を発艦させたのであった。

 

 

 

 

 

 

「よし、手早く作業しちゃいましょう! ヤマトの停泊理由を悟られたら大問題だしね」

 

 第一艦橋にて、ユリカは明るい声で意気込む。いま第一艦橋にはいつものメンツのほかに、雪も呼ばれていた。

 ヤマトは現在地表のクレバスに身を隠し、ロケットアンカーを左右の崖に撃ち込むことで艦体を固定している。

 

「二班に分けます。進君と雪ちゃんとハーリー君は信濃で周囲の偵察をお願いします。真田さんは工作班からチームを作ってコスモナイトの採掘、できればほかの有用そうな資源も確保しちゃってください。作業を迅速にしたいので、ハイパワーなダブルエックスを忘れずに! 場所は渡したメモにばっちり書いてありますから。といっても、コスモナイトだけ抜き取ってきたから表面から見てもわからないと思うので、超音波探知とかで不自然な空洞を探してもらえると、一発だと思います!」

 

 ユリカは極力楽しそうに指示を出す。波動砲の一件以来沈みがちだった第一艦橋の空気が目に見えて明るくなって、気分が楽になるのを感じる。

 カラ元気も元気の内というが、本当らしい。

 

「ただし、ヤマトはいまとても不調でまともに機能していません。ですので、行動は慌てず急いで正確に、状況判断を間違えないでくださいね」

 

 と締めて『パン!』とかしわ手を打ち鳴らす。

 

「はいっ! 『コスモナイトを手に入れてヤマトを元気にしよう作戦』開始です!」

 

 ユリカはそう宣言した。

 

 その宣言を聞いて、「ネーミングセンスどうにかならなかったのか」とは誰もが思ったが、疲れそうなので突っ込む者はいなかった。

 まあ、わかりやすいのはいいことだろう。と、強引に納得した。

 

「よし、偵察は任せたぞ、古代!」

 

「了解! そっちこそ手早く頼みますよ、真田さん!」

 

 互いに頼もしい笑顔で応じる進と真田に、ユリカも満面の笑みで見送るのであった。

 

 

 

 真田たちが各種運搬船や作業艇、ダブルエックスを引き連れて発進したあと、進、雪、ハリの三人は艦首底部に格納された『特務艇(または重攻撃艇)信濃』に乗り込んでいた。

 全長八一メートルにもなる大型の搭載艇で、ヤマトの作戦行動の幅を広げるために貴重な艦内スペースを割いてまで搭載した新装備である。

 潜水艦の様に凹凸が少ない艦体を持ち、艦首に引き出し式のT字型安定翼(スラスター内蔵)を装備し、艦尾には取り外し可能なブースターユニットを装備している。

 武装は上面の二四発の垂直ミサイル発射管(VLS)だ。

 艦橋もほぼ埋没したシルエットで、優れたステルス性能や対電磁波シールドをもつ、先行偵察や敵陣に突入してかく乱を主目的としている設計である。

 積載された二四発の波動エネルギー弾道弾は、ヤマトのミサイルや主砲以上の火力を発揮する、波動エネルギーを転用したミサイルだ。封入された波動エネルギーは、トランジッション波動砲の八〇分の一と、波動カートリッジ弾よりも増えている。

 その火力や生産性の低さなどから使いどころはやや難しいが、上手く使えればヤマトの火力支援としては申し分ない性能をもっている。

 しかし発射実験はまだ済んでいない。旧ヤマトの波動カートリッジ弾をベースに開発しただけあって、波動エネルギーの安定封入には成功しているが、実際の効果が未知数のままだ。

 そもそも波動エネルギーを実際に扱えたのがおおよそ二週間前と日が浅く、テストに割ける時間がなかったのだから致し方がないが。

 また信濃は波動エンジンを搭載していないため、単独でワープはできず、構成素材こそヤマトと同じだがフィールド出力も大きく見劣りすると、総合的な戦闘能力ではガミラスの艦艇には及んでいない。

 そもそもがヤマトの専属支援艦なので、単独で敵艦と正面から戦うことは想定されていないのだ。

 実際の運用に際しては障害物を利用した闇討ちか、ヤマトと連携して敵の注意を惹かぬように立ち回りながら、その絶大な火力を行使する火力支援が主であると想定されている。

 場合によっては格納庫が上下逆転でも収納できる構造なのを活かして、ヤマトの下方攻撃用VLSとして扱ってもよしとしていた。

 

「よし、火器管制システムは異常なしだ。雪、レーダーはどうだ?」

 

「こちらも異常なし。通信システムも正常。ハーリー君、そっちはどう?」

 

「航法システムにも異常ありません。いつでも発進できます」

 

 信濃の点検は済んだ。全員が長袖の手袋にヘルメットを身に付け、隊員服を簡易宇宙服として機能するようにしていることも確認する。「よしっ」とすべての準備を終えた進はすぐに管制室に連絡してハッチを解放させた。

 ヤマト艦首底部の大型ハッチが観音開きに開いて、そこからゆっくりと信濃の姿が現れる。

 オレンジを基調に青のアクセントの艦体色で、安定翼の側面に漢字で艦名の信濃と書かれている。艦尾にはヤマトと同じ白い錨マークも施されていた。

 格納庫から離れた信濃はゆっくりと安定翼を展開して加速、ヤマトから離れていく。このままタイタンの地表付近をアクティブ・ステルスを発動しながら飛び回り、パッシブセンサーで周辺を警戒する予定となっていた。

 

 

 

 その頃、ヤマトを離れた真田率いる工作班は、かつてユリカがコスモナイトを発掘した場所に来ていた。

 ユリカによれば、元々ヤマトの天文データの中にあった座標を指針にして調査したらしい。

 真田も手早く指定された座標で探査機を動かすと、すぐにユリカの作業跡を発見する。

 

「あったぞ。手早く表面の岩を砕いてしまおう。アキト君、早速頼む!」

 

「了解! しかし、よくこんな装備考えますね……これセイヤさんの仕事か?」

 

「お? 気に入らねえかテンカワ。棘付き鉄球は男のロマンだろ?」

 

 と三者三様のやり取りを繰り広げる。

 現在ダブルエックスは専用バスターライフルの代わりに、巨大なハンドガード付きのグリップとスラスター付きの棘付き鉄球がセットになった新装備――Gハンマーを携えている。

 対ディストーションフィールド対策の一環として考案された装備で、

 

「質量攻撃に弱いんだから鋭く尖った重量物なら突破しやすいんじゃね?」

 

 という発想とウリバタケの「男のロマン」によって試作されたイロモノ装備。地味にダブルエックスの開発に関与していた時から考えていたのだとか。

 ――なんでも、「ハイパービームソードのアイデアを真田に取られた」とウリバタケが敗北感を感じたのがきっかけで、よりロマン特化の武器を開発したのだとか。ありがた迷惑な話だ。どうせ作るならもっと使いやすそうな武器にして欲しいとアキトは真剣に考える。

 ――ロマンを感じる気持ちはわからないでもないが。

 グリップと鉄球はカーボンナノチューブワイヤーで結合されていて、最大で一五メートルほど伸びる。

 伸びた状態で内蔵されたスラスターや腕を使った制御で勢いをつけて、フィールドコーティングも施した鉄球を相手に叩き付けるという、シンプルイズベストな武器。スラスターは軌道変更にも使える。

 ……なのだが、いかせん鉄球自体がかなり重く、相転移エンジン搭載型のダブルエックスの強靭な骨格とパワーがないと満足に扱えない困ったちゃんなのだ。当然アルストロメリアではまともに使えない。

 ぶっちゃけ対機動兵器戦闘には向いていない。こういう破砕作業とか対艦攻撃で使い道があるかないかというところだろう。

 おまけにサテライトキャノンの砲身と胸部に着くAパーツが邪魔になるため、肝心要のGファルコンDXの姿ではまともに使えるかどうかも怪しい。

 一応、ほかにもダブルエックス用のオプション装備として、柄の上下からビームソードを出力するツインビームソード、ビームソードよりも間合いが長く投擲にも対応したビームジャベリン。大型の弾頭を発射するカンフピストル風のロケット投射機ロケットランチャーガンなどが用意されているが、いずれもまだテスト未了であった。

 なんでも完成したのがヤマト発進の直後らしく、アキトらのテストに間に合わなかったのだとか。

 

「じゃあ行きますよ。下がっててください!」

 

 アキトはGハンマーのワイヤーを緩やかに伸ばしながら、鉄球を頭上で旋回させて勢いをつけた。

 

「フィールド出力安定。砕け!」

 

 ハンマーにフィールドを収束してスラスターに点火! 凄まじい勢いで岩壁に激突したハンマーは容易く岩壁を打ち砕いて周りに凄まじい土煙とつぶてをまき散らす。

 ダブルエックスもあっという間に土煙に飲み込まれてつぶてに全身を打たれるが、さすがダブルエックス。まったくの無傷でセンサー類の保護グラスにすら傷がない。

 湧き上がった凄まじい土煙もディストーションフィールドを上手く使って吹き飛ばして視界をすっきりさせる。

 成果のほどはまずまずで、岩壁を砕いで奥にあるコスモナイトの金色の輝きがわずかだが伺えた。

 

「よしっ! アキト君、この調子で続けてくれ」

 

「はいっ! これは――病みつきになりそうだ!」

 

 一気にテンションの上がったアキトが、ハンマーを岩壁に叩きつけては煙を吹き飛ばす作業を何度も繰り返す。

 二日前に苦しんだユリカの姿を見てから、溜まりに溜まっていた鬱憤をすべて岩壁に叩き付けてやる、といわんばかりのアキトの猛攻に、哀れ岩壁は粉々に打ち砕かれしまったのである。

 

 ――なお、その鬼気迫るといっても過言ではないアキトの猛攻撃に、そばで見ていた真田とウリバタケを始めとする工作班の面々は背筋がぞっとしたとか。

 

(――ああ、あいつもストレス溜まってるんだな)

 

 と同情もされたらしいが、その要因もどうせわれらが艦長だろうと考えると、普段目の毒になるほどイチャイチャしてるのだから、これといって言葉をかける必要はない、と投げ出されたことを、アキトは終ぞ知ることはなかった。

 

 

 

 タイタンの地表付近、クレバスや山間を極力発見されないよう、推力を抑えながら飛んでいる信濃の中では、雪が幻想的な景色に心を躍らせていた。

 

「うわぁっ! 古代君見て、すごく奇麗な景色よ!」

 

 ブリッジの窓から除く景色は、一面に広がる氷の大地と地平線から顔を覗かせる土星の姿。

 地球では決して見ることのできない神秘的な景色は、見る者を魅了するといっても過言ではないだろう。

 

「こら雪、遊びに来てるんじゃないんだぞ――でも、たしかに奇麗な景色だ。こりゃ、偵察任務に出た甲斐があったかもな」

 

 進も一応叱りながらも同調する。雪はその姿にユリカの影響を見た。

 そもそも雪を信濃に乗せて偵察任務に就かせたのはユリカのお節介である。ちょっとでも関係が進展したらなぁ、という親(馬鹿)心であった。

 最初この偵察任務兼デートと形容すべき任務を聞かされた時は公私混同と後ろめたかったが、実際に出てしまえばなかなかに心地よい時間である。

 

「たしかに凄い景色ですね。宇宙ってホントに凄いんだなぁ」

 

 宇宙の神秘を体感したハリも、感動を顔中に張り付けている。

 彼も同行しているのは、もちろん任務のバックアップのためでもあるが、彼なら人の恋路をむやみに邪魔しないだろうと考えられたからだ。

 実際彼は真面目に任務に打ち込んでいるようで、観光も楽しんでいるらしく、特に咎めるような発言もなければ進との会話に割って入っても来ない、実にいい感じの同行者と言えた。

 

「ルリさんにも見せてあげたいなぁ。きっと今頃電算室の中でデータと睨めっこしてるんだろうし。こういう景色を見てリラックスして欲しいなぁ」

 

 てな感じでハリがついつい本音を漏らすと、進は悪い笑みを浮かべて、

 

「おやおや、愛しのルリさんとデートの妄想かぁ? ハーリーも隅に置けないなぁ~」

 

 とからかう。

 ……ハリは邪魔しなくても進はそうではなかったようだ。

 雪は顔を一気に赤くしたハリを見て、

 

「古代君やめなさいな。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られちゃうんだからね!」

 

 と雪が庇う。他人事ではない話題なのだからしっかり釘を刺しておかなければ。

 

 対して進は「へいへい申し訳ございませんでした」と表情を変えずに形だけの謝罪。――もう少し礼儀を教える必要があるか……。

 しかし唐突に顔を引き締めて、

 

「ん? いまなにか見えたぞ!」

 

 二人に警戒を促す。雪もハリもすぐに計器を確認して痕跡を調べる。

 

「これは、ガミラスの航空機です。おそらくわれわれを偵察に来たと思われます!」

 

 ハリが報告すると同時に雪は無線機を手に取って、

 

「こちら信濃。タイタン上空にガミラスの航空機を確認! 繰り返す――」

 

 速やかにヤマトに連絡を取り、詳細な座標を転送するのであった。

 

 

 

「こちらヤマト、了解。信濃はそのまま警戒を続けてください。――工作班に告ぐ、タイタン上空でガミラスの航空機を補足、厳重注意の上、作業を急げ!」

 

 通信席でエリナが真田率いる工作班に注意を求める。

 艦長席のユリカも険しい顔で信濃から送られてきたデータを睨みつけていた。

 

「艦長、念のため航空隊の出撃準備をしておきますか?」

 

 ジュンが確認を取ると「そうだね、お願い」とユリカも短く応じる。

 

「艦長、バイパスを通せばショックカノンも三発までなら保証します。しかし、ヤマトのエネルギーもほぼ空になるのと、場所が場所なので煙突ミサイルが最適かと」

 

 砲術補佐席のゴートがそう進言した。相転移エンジンの出力だけでは満足に戦えないヤマトにとって、ミサイルはエネルギーを抑えつつ使用できる最後の切り札。しかし余裕をもって使えるほどの弾数はない。

 ヤマトの場合、ほかの装備で内部容積が圧迫されていることと、艦内工場で資材さえあれば補充ができるという変わった特性を有していることから、各ミサイルの弾薬庫の規模はやや抑えめとなっている。

 その分のスペースを福利厚生やら資材倉庫に充てているので、ミサイル攻撃は主砲と副砲のサポートとして用いるのが限界なのだ。

 

「ヤマトの所在を明らかにするのは得策ではないので、直接攻撃は最後の手段とします。コスモタイガー隊はヤマト発進後、距離を取って潜伏し、万が一に備えて下さい」

 

 ユリカはそう指示を出す。いま襲撃されたヤマトは一巻の終わりだ。なんとしても凌がなければ……。

 

「こうなると、信濃が頼りだなぁ」

 

 

 

「くっ。まだ予定量のコスモナイトを採掘できていないというのに……!」

 

 工作船の中で真田が歯噛みする。アキト(の八つ当たり)のおかげで手早く岩壁を除去できたので、早速コスモナイトの採掘作業を始めてはいるが、十分な量を確保できていない。

 ヤマトの回復と今後の補給のことを考えれば、ここで諦めるわけにはいかないし、時間のロスも最小に抑えたい。

 

「真田さん、俺が警戒に回ります。工作班のみんなは、そのまま作業を続けてくれ」

 

 アキトがダブルエックスで周辺の警戒を担当することを進言し、真田も頷く。

 いまは彼だけが頼りだ。

 

 許可を得たアキトは機体を素早く岩陰に隠し、ちょっとした裏技を使って本来はサテライトキャノンの砲身の固定と照準に使う、両肩に内蔵されたマウント兼スコープユニットを展開して警戒にあたった。

 アクティブセンサー類を使うのは見つけてくれといわんばかりなので、パッシブ光学センサーが頼みだ。

 一応電波の逆探知もできるが、おそらく向こうも発見を避けるため、アクティブセンサーは必要最低限以下に抑えているだろう。

 

「先制できればめっけものだけど、そうも言っていられないか……」

 

 いまダブルエックスは固定武装の大小合わせた六門の機関砲以外に射撃兵装がない。はたしてこの装備でどこまでやれるのやら。

 棘付き鉄球が役立てばいいのだが。

 アキトは緊張で額に汗を滲ませながら警戒を続ける。こうなると、敵の不意を突いて先手必勝を狙うしかない。

 ……上手く行かなかったらとりあえず変な武装を考えたウリバタケを殴る。アキトはそう心に誓うのであった。

 

 

 

「雪、母艦の反応はまだないか?」

 

「ええ、まだ見つからないわ」

 

 ガミラスの偵察機を発見した信濃は、ステルスを継続しながらタイタンの空を飛んでいた。とにかく本隊に連絡される前に叩き潰してしまわないとヤマトが危険だ。

 逆にここで手早く片付けて本隊との連絡を絶つことができれば、いくばくかの時間を稼げるかもしれない。

 

「ハーリー、敵の母艦がいるとしたらヤマトの索敵範囲の外のはずだ。タイタンの地形データをもう一度確認して、隠れられそうな場所を探してくれ」

 

「了解」

 

 と応じたハリが改めてタイタンの地形データを参照する。いまのところ地球が遭遇した空母タイプは高速十字空母だけだ。

 あの形状とサイズから隠れられそうな地形を算出するが、いかんせん候補が多い。

 

「――仕方ない。高度を上げて探索しよう。一刻も早く探し出さなければ」

 

 進は操縦桿を引いて高度を上げる。胸中には焦りが渦巻き、額に汗が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ガミラスの偵察機はついに真田率いる工作班の一団を見つけていた。

 

「あれは……コスモナイトか!」

 

 偵察機のパイロットは、地表から露出する金色に輝く鉱石を見て即座にヤマトの目的を察した。

 

「そうか、コスモナイトはエネルギー伝導管とコンデンサーに使う物質。ヤマトの不調は機関トラブルか」

 

 と唇の端を歪める。そうとわかれば話は早い。機関トラブルでは、あのタキオン波動収束砲も使えないだろう。ヤマトを叩く絶好の機会だ。速やかに本体に連絡してヤマトを――!

 そう考えて彼は通信機に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞガミラス! 連絡はさせないからな!」

 

 偵察機の姿を確認したアキトは脇目も振らずバックパックのメインスラスターを最大出力、頭部バルカンで牽制を掛けながらGハンマーを思い切り振り抜いた。

 ガミラスの偵察機はダブルエックスには気づかなかったようで、好都合なように頭上を無防備に飛んでくれた。

 Gファルコンがなくてもダブルエックスの推力は桁外れに高い。戦闘機相手ならいざ知らず、偵察機ごときに後れを取るようなことはない!

 アキトの気合と共に射出されたハンマーは、そのままガミラス偵察機の翼に命中して粉砕する。辛うじて機体を捻ることで、胴体への直撃は避けたようだ。

 中々良い腕をしている。しかしバランスを失った偵察機はそのまま錐もみ状態で墜落を始める。

 アキトはダブルエックス胸部に備わった四門の機関砲、ブレストランチャーを撃ち込んで容赦なくハチの巣にした。

 ブレストランチャーは近・中距離での使用を想定した攻撃用の内臓機関砲である。その威力は一門で現行のラピッドライフルと同等というのだから、内蔵火器としては破格にも程がある火力を有している。欠点は弾数が少ないことと、射程が短いことだ。

 その容赦ない弾丸の雨に晒された偵察機は、ボロ雑巾のような姿になったあと爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

「偵察機一二四号、偵察機一二四号、応答しろ。偵察機一二四号!」

 

 ガミラスの空母では突如として連絡を絶った偵察機の行方を求めていた。

 

「最後に反応のあった地点はどこだ?」

 

 艦長の指示に応じて部下が座標を報告する。

 

「よし、すぐに艦載機を向かわせろ! なんとしてもヤマトの動向を掴むのだ!」

 

 

 

 

 

 

「あれは……!」

 

 進は山の陰から飛び出すガミラスの艦載機の姿を見つけた。とすればそこに母艦があるはずだ。

 

「よし! 母艦を叩くぞ!」

 

「ヤマトに連絡しないの?」

 

「通信を傍受されるかもしれない。奇襲で一気に叩く!」

 

 進は言い切ると操縦桿を捻って信濃を敵母艦の予想潜伏地点に向かわせた。大型艦のヤマトと違って軽快な運動で信濃は山間を駆け抜ける。

 

「見えた!」

 

 ついに信濃はガミラスの空母を捉えた。

 進は出力を喰うアクティブ・ステルスをカットして火器管制システムを立ち上げる。まだ試験もしていない波動エネルギー弾道弾だが、威力は十分なはず。

 

「これでも食らえっ!」

 

 発射レバーを下げると、信濃甲板の垂直ミサイル発射管(VLS)のハッチが二つ解放され、二発の大型ミサイルが発射される。白い弾頭はロケット噴射で加速。ガミラス高速空母に接近する。

 空母側も信濃に気づいて迎撃態勢を取り、上部に備わった五連装ミサイルランチャーを起動して撃ちかけてくるが、進は懸命に操縦桿を操って信濃の巨体をまるで戦闘機のように動かし、追いすがってくるミサイルを躱す。

 ガミラス高速空母も持ち前の快速で波動エネルギー弾頭弾を回避しようとするが、近接信管で起爆した波動エネルギー弾道弾の爆発に煽られてよろめき、脚のように伸びだ艦載機射出口四本の内二本をもがれて錐もみしながら墜落する。

 直撃でもないのに凄まじい威力だ。

 波動エネルギーを兵器転用することの恐ろしさを、改めて伝えられているような気持になる。

 しかし、墜落した空母は小規模な爆発を繰り返して炎上しているが、奇跡的にもほぼ原形を留めているではないか!

 

「ん? どうやら爆発しなかったようだな。……これは、資料を得るチャンスかもしれない!」

 

 と進は沸き立つ。長いことその正体が謎に包まれてきたガミラスだ。その資料を得ることは、今後のヤマトの戦いにおいても決して無駄なことではない。

 

「雪! すぐにヤマトに報告だ! 俺たちはこのまま――」

 

 偵察を続ける、と言うはずだった進の言葉は途中で止まってしまった。

 

「どうしたの古代君?」

 

「古代さん?」

 

 雪とハリも進の様子がおかしいことに気付いてどうしたのかと尋ねてくるが、進の耳には入らない。

 空母が墜落したすぐ近くに、巨大な氷塊がある。

 いや、炎上する空母の熱に晒されて、その表面がわずかに溶けているではないか。そこから見えるのは――。

 

「あ――あれは、あれは兄さんの艦だ! 兄さんの!!」

 

 進の絶叫に雪とハリも慌てて確認する。

 そう、そこにあった氷塊は墜落した駆逐艦アセビ。冥王星海戦で進の兄、古代守が乗っていた艦だったのだ。

 進は止める間もなく信濃をアセビと墜落した空母の近くに着陸させた。

 着陸を確認するとすぐにブリッジの後ろに向かって駆けだして、ジェットパックを掴むと後部にある搭乗員口を開いて外に飛び出す。

 ――進の眼前には破壊され、穴だらけになったアセビの無残な姿が晒されている。冥王星空域で撃沈されたあとタイタンに不時着したのか、その艦体はまだ原形を保っている。

 ――もしかしたらまだ生きているかもしれない。

 根拠のない期待を抱いた進はジェットパックを背負って信濃から飛び降り、アセビに駆け寄る。

 

「兄さん! 兄さん! いたら返事してくれぇーっ! 兄さぁぁ――ん!!」

 

 進はアセビの周辺を駆けまわり、なんとか内部に入れないかと探るが、破損個所も含めたあちこちは凍結してしまっていて、侵入口がない。

 堪えきれなくなった進は侵入口を作ろうとコスモガンを抜いて凍り付いたアセビを撃つ。抑えきれない衝動をぶつけるかのようにひたすら撃つ。

 砕かれた氷が散乱する。その中の一際大きな氷塊が足元に転がって来て、慌てて避けると凍り付いた地面に金属片が埋まっているのが見えた。

 その金属片を見て、進は愕然として膝をつく。

 

 それは、氷中に埋まった――守のドッグタグだった。

 

 守は、もうここにはいない。墜落の衝撃で体がバラバラになってしまったかもしれない。もしかしたらそれ以前に宇宙に投げ出されて――。

 呆然とその場に座り込んでしまった進に、雪もハリも掛けるべき言葉がなかった。

 

 

 

 その後、出撃したガミラスの航空隊を難なく退けることに成功したヤマトは、停泊地点を移動しながらも念願だったコスモナイトの回収に成功した。

 早速真田はラピスを伴い、艦内工場にて波動砲とワープの負荷を考慮したエネルギー伝導管とコンデンサーの製造を始める。

 さらにコスモタイガー隊の力を借りてコスモナイトを余分に回収しつつ、いくらかの鉱物資源も採掘して、ヤマトの倉庫を潤わせた。

 今後どこで補給できるかわからない以上、ここで倉庫を満載にしておいたほうがいいだろう。

 さらに、信濃が撃沈したガミラスの空母の解析も並行して行われた。残念なことに内部は火災で酷く焼けていて、生存者はもちろんまともな遺体の回収すらもできなかった。

 しかし、無事だったいくつかのコンピューターを回収することに成功し、いままでまったく不明瞭であったガミラス艦のメカニズムについて、理解を深めることに成功したのは僥幸だったといえよう。

 

 

 

「――進君が戻ったら、艦長室に来るように言っておいて」

 

 ユリカはそう言うと座席ごと艦長室に上がっていく。心なしか元気がない。

 

「アセビのこと、堪えてるよな……」

 

 ジュンが心配そうに艦長席を見上げるが、そこにすでにユリカの姿はない。

 

「そうかもしれません――ユリカさん、凄く気にしてましたから」

 

 沈んだ声でルリも同調する。

 あの場でアセビと、守を見殺しにしたのはユリカで、それを止めることができなかったのはルリなのだ。気にならないわけがない。

 

「思いつめなければいいんだけど……」

 

 昨日の今日なのでまた体調を崩してしまわないか心配になるエリナだが、冥王星海戦に参加していないエリナでは慰めようがなかった。

 

 

 

「すまん、少し外の空気を吸ってくる」

 

「わかりました。こちらで作業を進めておきます」

 

 真田はラピスと部下たちに断って艦内工場区を出ると、その足で右舷展望室に入った。展望室から覗くタイタンの景色は寒々としていて、いまの真田の心境を現しているようだった。

 

「守……」

 

 行こうと思えばアセビのそばに行くこともできた。だが、真田にはその勇気がなかった。

 親友の墓標と言うべき艦に向き合うには、心の準備ができていない。まだ、内心では認めたくないのかもしれないと述懐する。

 

「……おまえの弟は、よくやっているよ。俺が、おまえの代わりに見守っていこうと思う――守、安らかに、な……」

 

 真田は視界の先にあるであろう守の墓標に敬礼する。

 その目には珍しいことに、涙が流れていた。

 

 

 

「古代です」

 

 艦長室のドアの前で声を張り上げる。

 あのあと進はコスモガンの銃把で氷を砕いてドッグタグを回収、最低限の調査を行ってから信濃に戻り、しばらく周囲を偵察してからヤマトに帰艦した。

 雪もハリも必要なこと以外は喋らず、そっとしておいてくれたことに感謝しながら、進はなんとか任務を終え、報告のために第一艦橋に上がったところで艦長室に呼ばれていると言われた。

 用件はおおよそ見当がついている。――彼女にも、関係のある内容だ。

 

「入って」

 

 重い気分を引き摺ったままドアを開けた進は、艦長席に座ったまま窓の外を向いているユリカの姿を認めた。

 

「報告して。――駆逐艦、アセビのことを」

 

「は、はい。――タイタンに不時着したと思われる駆逐艦アセビに……生存者は、生存者は……なく……っ!」

 

 無残なアセビの姿を思い出して涙を、嗚咽を堪えて黙る進。

 その手には、守のドッグタグが握り締められていた。

 

「生存者は、なく、か――」

 

 進の報告にわかっていたにも拘らず、涙を流さずにはいられない。

 あの戦いで負けるのはわかりきっていた。だからこそ、ユリカは早々に撤退を促してひとりでも多く助けるつもりであの戦いに参加した。

 無論、サーシアと合流するために必要な陽動も兼ねていたが、それは彼らの与り知らぬことで、ユリカもそれを踏まえたうえで全力で臨んだ戦いだった。

 まさか、ヤマトの乗組員候補としていた守が残るとは思わなかった。本当なら進と守の兄弟を乗せて、ヤマトで旅立つつもりだったのに。

 結局守は死に、進は心に深い傷を負った。それが悔しい。自分の無力さが情けない。

 

「進君」

 

 そこでユリカは進に向き直る。涙を拭い去り、毅然とした顔で進に向き合う。

 

「地球を、アセビみたいにはしたくないよね」

 

「……はい!」

 

 進は涙を堪えた顔で力強く頷いた。ユリカは渾身の力で立ち上がると、杖を使わずよろめきながらも進に近づき、そっと抱き締める。

 

「――冥王星基地を叩こう。守さんが護り抜いてくれた私たちが、このヤマトで」

 

「はい……! 兄さん仇は、必ず!」

 

 ユリカの言葉に、とうとう進は堪えきれず泣き出す。

 力が抜けて崩れ落ちる進を支えられず、ユリカも一緒に膝をつくが、改めて進の頭をその胸に抱いて、優しく髪をすき、背中をやさしく叩いてやった。

 

「いまはたくさん泣いていいんだよ。悲しみを吐き出して。私が受け止めてあげるから。――だから、泣き終わったら前を向いて歩くんだよ、進。ここで立ち止まったら駄目だからね。あなたには、まだまだいろんな未来があるんだから」

 

 ユリカに母の温もりを感じながら、進は大いに泣いた。ユリカの体にしがみ付いて、声を出してわんわん泣いた。流した涙がユリカの胸元を濡らしていく。

 ユリカは黙ってその涙を受け止め、優しく進をあやし続ける。

 進はそんなユリカに甘えてしばらく泣き続けた。ここで悲しみを洗い流し、来るべき戦いに備えるために。

 より力強く、明日を歩いていくために。

 

 

 

 翌日、修理を終えたヤマトは静かに土星をあとにする。

 

 ヤマトが地球を発ってすでに五日が過ぎていた。

 

 地球で待つ人類は、冷え切った地球で刻一刻と近づく破滅の時を恐れながら耐えている。

 

 急げヤマトよ、三三万六〇〇〇光年の旅を。

 

 人類滅亡の日まで、

 

 あと、三六〇日しかない。

 

 

 

 第六話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 

    第七話 ヤマト沈没! 悲願の要塞攻略作戦!!

 

 

 

    戦え、未来のために。


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