新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット   作:KITT

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第一話 人類SOS! 甦れ、希望の艦! Bパート

 

 艦首に生じた膨大なエネルギーが敵艦体の中央に投げ込まれると同時に、空間の相転移現象が広がる。

 指定範囲内のすべての物体に等しく降り注ぐ破滅の現象。たとえ優れた性能をもつガミラスであっても、直撃を受ければただでは――。

 

「くっ、読まれちゃったか。あの状態で小ワープできるなんて、本当に侮れないなぁ、ガミラス……」

 

 まだ結果すらわかっていないはずなのにユリカが緊張に満ちた声を上げる。その言葉の意味を問い質す前に異変は起こった。

 

「重力振多数、地球艦隊の内側です!」

 

 ハリの警告が飛ぶと同時に、地球艦隊の内側にガミラス艦が出現する。この現象は――。

 

「ワープ!?」

 

 ユキナが引きつった声を出す。

 

 ユリカはガミラスのワープ能力の高さに唇を噛んだ。いまだに演算ユニットへのリンクを保持している彼女は、ある種の超空間的な感覚を持ってそれを知覚したのだ。

 ――ワープ。

 それはガミラスが波動エンジンの力を利用して行う超空間航法の一種だ。

 ボソンジャンプの様にボース粒子への変換や時間移動などのプロセスを行わず、波動エネルギーが生み出す時空間の歪曲作用を用いて空間を歪め、宇宙が四次元的には曲がっていることすら利用し、物理的な距離を限りなく〇に近づけたワームホールを自力で生成、その中を通過することで極々短時間で超長距離を移動するというものだ。

 この超空間航法の存在も、地球側がガミラスに後れを取る要因のひとつであった。その単純な跳躍距離は、地球側が使えるボソンジャンプの比ではない。

 

 正確に言えば、ボソンジャンプでも理論上は同程度の航続距離を出すことは可能だ。

 しかしA級ジャンパーによるナビゲート能力ではイメージ能力の限界から、惑星間跳躍が限界であり、恒星間航行は座標指定の問題で危険極まりない。

 容易く光年単位で跳躍するワープに対抗するには、イメージを補助するなんらかのマーカーを使うか、高性能なチューリップを使用するか、かつての自分のように演算ユニットに生体ユニットを組み込んだうえでもっと踏み込んだアプローチが必要になる。

 

 しかしボソンジャンプの完全上位互換とは言えない性質でもあった。

 ワープは空間歪曲と宇宙の四次元的な湾曲を利用した跳躍であるため、その気になれば数センチ単位での調整が可能なボソンジャンプよりも振れ幅が大きく精密性に劣る(特に戦術レベルでは影響が大きい)。

 ほかにも個人単位での輸送はできない、密閉空間への跳躍は精密性の問題から不可能に近い、タイムパラドックス誘発もできないと、ボソンジャンプとはまったくベクトルの違う技術であった。

 

(高難易度の短距離ワープで回避する、か。学ばせてもらったよ、ガミラス)

 

 ユリカはこの戦いの敗北を確信して、次に――ヤマトでの戦いに活かすとこぶしを強く握りしめた。

 

 

「ルリちゃん、すぐに対処しないと危険だよ! 完全に敵の思惑にはまってる!」

 

 ルリはアームレストを強く握りしめる。

 ユリカの指摘どおり、状況は最悪だ。完全に虚を突かれた。機動兵器部隊の展開はまだ始まってすらいない。

 その状態で地球艦隊にとって最悪の構図である接近戦に持ち込まれるとは。

 ガミラスにとっての必勝パターンにまんまとはめられてしまった悔しさも露に、ルリは応戦を決意する。

 これが事実上最後の作戦行動だという認識が、即時撤退という判断に至らせなかった。 ……ヤマトのことなど、ルリの眼中にはない。

 

「エステバリス隊の発艦を急がせてください! 古代さんはミサイルで可能な限りの応戦を!」

 

「了解! 全ミサイル発射管解放! 諸現データ入力!」

 

「エステバリス隊は発進急いでください!」

 

 あくまで徹底抗戦の構えを見せるルリとそれに同調するクルーたち。

 だがユリカだけがそれに異議を唱えた。

 

「駄目、そんなんじゃ間に合わない! ルリちゃん、すぐに撤退しないと全滅しちゃうよ!」

 

「この状況で撤退しようにも振り切れません。そんなこともわからないあなたではないはずです」

 

 ルリは冷静を装って拒否した。元々速力その他で負けているのだ、全力で後退したところで逃げ切れるわけがない。――通常航行では。

 

「私がナビゲートしてジャンプで逃げればなんとかなる! 各艦にデータリンクとボソンジャンプフィールド展開の指示を出して! このままじゃみんな無駄死にする!」

 

 切羽詰まった声で提案するユリカに、ルリは頭に瞬時に血が昇った。かつてないほどの感情の発露を現すかのように、シートの肘掛けを思い切り叩いて反抗した。

 

「これ以上負担をかけないでください! あなたの体はもう限界が近いんですよ!」

 

「この場でみんなを無駄死にさせるわけにはいかないでしょ!――ルリちゃん、個人的な感情で見殺しにするの!? それでも艦隊司令!?」

 

 激昂するルリに対抗するかのように大声を張り上げるユリカ。

 

 ユリカに負担を掛けさせまいとするルリと、そんなことお構いなしに最善の手段を執ろうとするユリカ。

 二人の思いがけない対立にナデシコCの艦橋は困惑の色を深めていた。

 

 もちろん進も困惑していた。

 ユリカとは初体面になる進ではあるが、大介共々事前に彼女が重病人であり、本来は現場に出るべき人間ではないということだけはルリに聞かされていて、あまり彼女に負担を掛けるようなことは避けるようにと釘を刺されていた。

 それゆえに、まだ若く血気盛んな進などは内心場違いな人がいると内心侮っていたところがあったくらいである。

 だが、

 

(単なる重病人でも場違いな人でもなかった。この人は、本当に実力がある人なんだ)

 

 進は無自覚に見下していた自分を恥じた。誰よりも早く戦況を見抜いて危機を回避しようとする姿勢。並大抵の実力ではできないだろう。

 そう考えた進は黙って事の推移を見守ることにした。

 もし撤退になるのなら、口惜しいがそれでも構わないと内心考えていた。

 ――そうすれば、進の大切な人が命を落とさずに済む。だから気持ちとしてはユリカがこのままルリを押し切ってくれることを期待した。

 これが、進がユリカを意識した最初の出来事であったと言えよう。

 

 

 

 ユリカとルリが激突している間にも、状況は刻一刻と悪化していく。

 味方の艦載機の展開が追い付いてないのに、高速十字空母は凄まじい勢いで全翼機型の航空機を展開して、次々にミサイルを叩きつけてくる。

 特に敵に目を付けられているナデシコCは優先して狙われているようだった。

 想定外の急襲にわずかに残ったエネルギーでディストーションフィールドを展開せざるをえなくなり、そちらにエネルギーを取られてエステバリス隊の展開作業も遅れている。

 まだ一機も出撃できていない。

 隣のアマリリスや駆逐艦アセビが、懸命に無防備なナデシコCを守ってくれている。だが時間の問題だろう。

 徐々に、そして確実にその身に傷を刻み込まれ、少しづつ抵抗力を削がれていくのが手に取るようにわかる。

 ――ほかの艦艇も似たようなものだ。驚くべき速さで、すでに半数近くの艦艇が傷つき、沈もうとしていた。

 こちらの反撃は――そのほとんどが空しく弾かれている。こちらの損害に対して敵の損害の小ささたるや……空しさすら覚えるほどだ。

 辛うじて展開したわずかな艦載機も、出撃したそばから艦砲射撃やミサイルの爆発に巻き込まれて撃墜されていくではないか。

 それを免れた機体も敵の航空編隊にかく乱され、母艦の援護もままならぬままなぶり殺しにされていく。

 全員がまさかのワープ戦術に浮足立ち、力を出し切れていないのが手に取るようにわかる。

 ――ガミラスの猛攻が続く。容赦なく砲火を地球艦隊に放ち、この宙域に沈めようとしている。彼らはこの圧倒的優位な状況にあっても、遊んではいなかったのだ。

 

 

 

 ……また、負けてしまった。ルリは歯を食い縛って悔しさを露にする。

 これ以上ないほどに惨めな敗北だった。今度こそはという誓いはまたしても破られ、醜態をさらしている。

 ――またユリカに負担をかけなければならない。そんなことにならないようにしたかったのに。

 ルリが悔しがっている間にも、被害は拡大し続ける。

 アマリリスとアセビの健闘も空しく、ついにナデシコCもディストーションフィールドを突破され、直撃弾が生じた。

 右舷重力ブレードの先端、相転移砲の発射口付近が破壊された。

 このまま被弾が続いてディストーションフィールドを失ってしまえば――エネルギーが完全に空になってしまったら――ボソンジャンプで逃げることすらできなくなってしまう。

 ……ルリは決断しなければならなかった。艦隊司令として、私情を押し殺して。

 自責の念が襲い掛かってくる。

 たしかに帰還のためにはボソンジャンプが必要だった。だからユリカに負担をかけるのはこの作戦が決行されたときから避けられないことだと理解していた。

 それでも――それでも戦いに勝ちさえすれば、彼女のコンディションを整える時間くらい与えられると思っていたのに。

 

(私たちが不甲斐ないから……!!)

 

 ルリは血がにじむほどに右手を握りしめながら、命令を下した。

 

「……ユキナさん、各艦に通達。ナデシコとデータリンクしてボソンジャンプフィールドを展開。ボソンジャンプで撤退します」

 

「了解……各艦に通達します。ナデシコとデータリンクを開始してボソンジャンプフィールドを展開してください。ボソンジャンプで戦域を離脱します。繰り返します――」

 

 ユキナが各艦にルリの指令を伝達する。

 その目には薄っすらとだが涙さえ浮かんでいるのが見えた。

 ルリだって泣きたくて仕方がない。もう――人類に希望は残されていない。

 ――動くことすらできない戦艦に期待などはなからしていない。あとは滅亡するのを待つしか、人類に残された選択肢はない。

 

 各艦から了解の返事を受けとる最中、駆逐艦アセビだけは命令に背き、敵艦に向かって突撃を開始していた。

 

「――!? 艦長、アセビが命令を拒絶しています!」

 

「艦長は誰ですか? 命令に従うように言ってください」

 

 ルリがアセビに再度通達を指示している。

 進はアセビの動向が気になって仕方なかった。なぜならあの艦の艦長は――。

 

「アセビ艦長、古代守中佐から通信です」

 

「ホシノ艦長。ここは自分が引き受けます。ナデシコはほかの艦を連れて、早く行ってください」

 

 ウィンドウ内の古代守艦長が静かに告げた。ほかの乗組員の表情も穏やかなもので、それが決して艦長の独断ではないことを示している。

 

「なにを言っているんだ兄さん! 撤退の指示が出てるじゃないか!」

 

 進は思わず声を張り上げていた。

 新兵である進が艦長同士の会話に割って入るなど許されることではなかったが、そんなことはお構いなしに声を張り上げる。

 ――だって彼にとって守は唯一残された肉親――実の兄だったのだから。

 幼い日に両親を失った進にとって、守は大切な家族として心の支えであった。決して失いたくない存在なのだ。

 相転移砲の引き金を任されたときも兄のことが頭を過って手が震えるくらい、彼の存在は進の心に根を張っている。

 だからこそ進は敵に背を向けて逃げ帰る恥辱よりも、事態を好転させられないことの悔しさよりも、ユリカが訴えた撤退を支持していたのだ。兄を失わずに済む、と。

 なのに肝心の守は命令を無視して死にに行こうとしている。

 進には、到底受け入れられない決断であった。

 

 

 

「進。これは誰かがやらなければならないことだ。――いま生き残らなければならないのはナデシコ、いやホシノ艦長とミスマル大佐だ。彼女たちが残れば、きっと地球は救われるさ」

 

 柔らかい笑みを浮かべ、守は断言する。

 彼は知っていた。地球を救う最後の希望――宇宙戦艦ヤマトが目覚めようとしていることを。

 そしてそれを操る人間は、再建計画の責任者も同然のユリカと、その仲間たちであることも。

 だからナデシコCとアマリリスを最小限の被害で守り抜くことこそが、自分の役割であると悟っていたのだ。

 無念ではあった。

 要請どおりヤマトに乗って、重責を背負わなければならない彼女を支えてやれないのは。

 だが、ここでこの命が潰えてもヤマトが蘇りさえすれば――。

 

「兄さん!!」

 

「繰り返します古代艦長。撤退します。同行して下さい」

 

 ルリは進を咎めようとせずに繰り返し命じている。

 ――彼女も一度は家族を奪われた身。下で騒いでいる進の心情を慮っていることが理解できた。

 しかしそれでも、守は従わない。従えなかった。

 

「ミスマル大佐。ボソンジャンプをお願いします。ほかの艦の準備も終わる頃でしょう。――進、強く生きるんだぞ。俺たちの地球を――人類の未来がかかってるんだ」

 

 

 守の言葉にユリカは顔を歪め、両手を握り締めた。

 ユリカとて守の行動に納得できない。自分たちに従うことを求めている。

 だが同時に彼が残って戦うことで――いや生贄になることで、ガミラスを満足させることができれば、撤退した部隊が追撃を受ける可能性を減らせると悟ってしまった。

 ボソンジャンプで逃げたところで敵にはワープ航法がある。追撃されたら逃げ延びられない。わかっていたことだ。

 だがガミラスは地球の戦力では抗えないことを理解している。それに彼らにはこの程度の脆弱な艦隊をわざわざ追撃するよりも先に、やらねばならないこともあるのだ。

 

「ミスマル大佐、地球を、弟のことを頼みます。最後の希望を、あなたたちに」

 

「……」

 

 そこまで言われて、ユリカは決意した。この場で恨まれたとしても、生き延びて明日を掴むと。――そして、彼の弟は自分が責任を持って導いてみせると。

 

「――ジャンプします。あと一〇秒」

 

 感情を押し殺して静かに告げたユリカに進が噛みつく。

 

「なに言ってんだアンタは!? まだ兄さんが……!」

 

「ユリカさん駄目! 説得しますから時間を――」

 

 進とルリの悲痛な叫びに胸が痛い。

 

「――ヤマトの航海の無事を、祈っています。ミスマル『艦長』」

 

 守の最後の言葉を胸に刻んだ。――あとは、任された。

 

「――ジャンプ」

 

 ナデシコCは生き残った艦隊を伴い、ボソンの輝きと共に冥王星海域から離脱した。

 

 

 

 艦隊を見送った守とその部下たちは満足そうに笑みを浮かべる。

 これで最後の希望は守られた。あとはせいぜい奴らに思い知らせてやるだけだ。

 ……地球人類の意地を。

 その後アセビは猛奮戦の末、魚雷を撃ち尽くし十字砲火を浴びせられて爆発炎上。宇宙の彼方へと消えていった……。

 

 その戦場の脇を掠めるように超高速の移動物体が通過したことを知っているのは、余裕のあったガミラスの旗艦とジャンプ寸前のユリカだけだった。

 

 

 

「なんで! なんで兄さんを見捨てたんだ!! 連れ帰れたはずなのに!!」

 

「古代やめろ! あの場は仕方なかったんだ!」

 

 ナデシコCのブリッジは騒然としていた。

 兄を見殺しにされたことで激情に駆られた進は、獣のように素早い身のこなしで自分の席を飛び出して、兄を見捨てたユリカに掴みかかっていた。

 さきほど彼女の実力を認め、撤退を促してくれたことに感謝したことすら吹っ飛んで、ただただ感情のままに荒れ狂う。

 大介が止めようとしても止まらず、襟を掴んで引っ張り上げて渾身の力で頬を殴りつけようと腕を振りかぶる。

 しかしユリカは抵抗の意思を見せない。

 ナノパターンの発光の止まぬその瞳は真っすぐに進を見詰め、先を促しているようにも見える。

 ――まるで、断罪されたがっているようだ。

 その目が癪に触って、進はこぶしを振り下ろす。望みどおり、その顔を思い切り殴り飛ばしてやる!

 

「お願いだからやめてぇぇぇ!!」

 

 上から浴びせられた悲痛な叫びに、進は冷や水を浴びせられたかのように硬直する。

 ユリカを殴りつけるはずだったこぶしは寸でで止まり、届くことはなかった。

 ゆっくりと顔を上げて声の方向を仰ぐと、そこには両目からぼろぼろと涙をこぼして進に訴えるルリの姿があった。

 

「家族を奪われる苦しみはよくわかります! でもお願いだからやめて! ユリカさんを殺さないでぇ!! もう私から奪わないでぇ!!」

 

 嗚咽交じりに訴えるルリの姿に進は戸惑う。いくらなんでも大げさ過ぎると思った。一発殴り飛ばしてやろうとしただけなのに。

 しかしその意味をすぐに知った。そして思い出した。

 彼女は――。

 

「う……っ!」

 

 呻き声が聞こえたと思ったら、ユリカを掴み上げている左手に生暖かい液体が触れる。

 ぎょっとして視線を向ければ流れるような鼻血を出して、焦点の定まらない目をしているユリカの姿があった。

 素人目にも危機的状況であるとことが一目で窺える。

 そうだ、彼女は人体実験の後遺症で重病人だった。もしも本当に殴っていたら、殺していたかもしれない。

 ……思い出した。彼女はルリにとって愛してやまない、一度は失ったと思われていた『家族』であったことを。本人の口からそう告げられて、もしもユリカの様子がおかしかったらすぐに知らせるようにと懇願されていた。

 その時に見せた真摯で必死さを湛えた瞳を、進はようやく思い出したのである。

 進の頭からさっと血が下りて顔が青くなる。――とんでもないことをしてしまった。肉親の死で錯乱していたとはいえ、こればかりは……!

 

 出足が遅れた大介がようやく進に組み付いてユリカから引き剥がす。

 ぐったりと座席に身を沈めるユリカの鼻に持っていたハンカチを押し当てて止血を試みるが、白いハンカチはあっという間に朱に染まる。血が止まる気配がない。

 

(出血の止まらない……! すぐに医者に見せなければ助からない!)

 

 

 大介は大声を張り上げるようにユキナに医務室に連絡するように指示を出す。慌てた様子のユキナもすぐに応じて艦内通話を立ち上げた。

 

 ブリッジは先ほどまでとは別の意味で混乱していた。

 ユキナからの連絡を受けて大急ぎで駆け付けた医師は、同行させた看護師二名と共にユリカの容態を確認すると、注射器を取り出して薬を注射する。

 しかしこの場では手に負えないと判断したのか、用意してきた担架を使ってすぐにユリカを運び出した。

 

 ユリカが運び出されたあとのブリッジには、心配そうにユリカが出て行ったドア見つめるユキナ。ルリに駆け寄りたいのを我慢して各艦の状況確認を懸命にこなすハリ。「気持ちはわかるが自重しろ!」と進を叱り飛ばす大介。 艦長席で嗚咽を漏らして泣き崩れるルリ。

 ――そして、左手に付いたユリカの血と、泣き崩れるルリの姿に怒りも冷めて呆然としている進が残されていた。

 

 

 

 しばらくして、医務室からユリカは持ち直して小康状態になり、しばらくは医務室で監視の元休養させるという連絡があった。

 だが病状の進行については現状でははっきりしないという一言が、ルリの心をかき乱した。

 既に余裕のないルリは進を注意もせず、罰しようともせず、ただ自分の家族が彼の家族を見捨てる決断をしたことを謝罪しつつけた。

 

「ごめんなさい古代さん。本当なら私は、あなたを止められるような立場にないのに……」

 

 泣き続けて目元を赤く腫らしたルリが何度目かの謝罪をする。

 結局あのあと、職務遂行は無理と判断した副長の高杉サブロウタが格納庫からブリッジに舞い戻り、ルリと進をブリッジから追い出したのである。

 厳密に言えばルリにはあの場を納める義務があった。

 そもそも役職こそ浮ついたものだが、まだまだ駆け出しの新兵である進が、一応は大佐の階級を授かっているユリカに手を挙げるのはご法度だ。真っ当な軍隊なら即軍法会議ものである。

 だがルリはそんなことなど考えもつかず、家族が進にした仕打ちにのみ意識が向いてしまっていた。

 

「いえ、僕のほうこそすみませんでした。つい、カッとなって」

 

 頭が冷えて冷静さが戻った進は、ユリカを許す許さない関係なくルリを宥める。

 

「わかってるんです。家族を奪われることがどういうことなのか……ユリカさんだってわかってるんです。わかってるはずなんです……」

 

 懸命に訴えるルリに進はバツが悪そうな顔をする。だがルリはそんな進の表情に意識を向ける余裕はなかった。

 

「ユリカさんだって、アキトさんを、最愛の夫を奪われて今日まで会えてないんです。それなのに、それなのにあんな決断をしなければならなくなって、きっとユリカさんだって辛いはずなんです。許してくれとは言いません。でも彼女に当たるのだけは勘弁してください。――殴りたいのなら代わりに私を殴って構いませんから。止められなかった私も同罪です」

 

「いえ、もういいんです。感情的になってすみませんでした」

 

 進は頭を下げると足早に去っていった。

 残されたルリはそんな進を沈痛な面持ちで見送り、涙を拭うとブリッジに戻るべく踵を返した。

 

 

 

「ようハーリー、頑張ってるじゃんか」

 

「からかわないで下さいよ、サブロウタさん」

 

 ブリッジでは逃げ帰った艦隊の状況確認が終わり、クルーの面々は沈んだ表情で粛々と己の職務に没頭している。

 ――全員が気落ちしていた。最後の反抗作戦は無残にも完敗で終わってしまった。

 生き残った艦は半分以下の十二隻。どの艦も損傷激しくまともな戦闘能力は残されていない。

 ナデシコCも損傷こそ右舷重力ブレードの破損程度だが、この艦単独で敵に勝てるなどという夢物語を語る者がいるはずもない。

 全員が理不尽な現実に叩きのめされ、明日への希望を失いつつあったのだ。

 そんな中でも極力平静に振る舞おうとしているのが、マキビ・ハリと高杉サブロウタだった。

 職務遂行が不可能と判断してルリをブリッジから追い出したサブロウタは、すぐに副長としてハリが行っていた艦隊の損害確認作業を手伝いつつ、ナデシコC自体の状況確認を済ませると、泣き言ひとつ言わずに頑張ったハリの頭をわしわしと乱暴に撫でてやる。

 以前なら子ども扱いを怒っていたハリも、いまはこの程度の事で文句を言うことはない。――例外があるとすれば、ルリの前で賑やかしを目的としたときくらいだ。

 ルリの前では、できるだけ明るく振舞いたい。沈み込んだ彼女の顔を見るのは、サブロウタも辛い。

 

「いやいや、上出来だぜハーリー。よく艦長をフォローしたな」

 

「僕はただ、艦長の助けになりたいだけです……艦長、この一年追い込まれてばかりで、可哀そうですよ」

 

 ルリの話題になるとハリも気落ちを隠せない。

 ルリがユリカを助け出した直後、とても嬉しそうにしていたのをサブロウタも覚えていた。

 あんなルリの姿は見たことがなかった。だからこそ自分の命を鑑みないユリカの行動には腹が立つハリの気持ちもわからなくもない。

 それを見せつけられて追いつめられるルリの姿なんて、サブロウタだって見たくもないのだ。

 だからこそだろうか、ハリはガミラスとの戦いが始まってからは変わったと、サブロウタは感じた。

 ルリの負担が少しでも軽くなるようにと、どんなに辛くても極力弱音を吐かないようにして、懸命にルリの補佐を務めあげている。驚くべき成長だと、サブロウタは内心嬉しく思っていた。

 それでもハリはまだまだ成長途上の子供だ。手落ちもある。だからサブロウタは自分がそばにいる時はすかさずフォローして、彼の背をそっと押してやったことが何度もあった。

 サブロウタの助けを借りながら、ハリは頑張っていた。

 時間を作ってはルリに余計なことを考えさせないようにと、邪魔を覚悟で一緒に食事をしたり他愛のない話をしたり、時には真面目に職務の話をしたり。

 サブロウタと二人三脚で、今日まで支えてきたのだ。

 だが、それももう限界が近い。このままではルリは――。

 

「なんで、なんでユリカさんはあんな無茶を重ねるんですか? あんなことしても艦長を追い込むだけだってわからないんですか? それとも、テンカワ・アキトさんに、旦那さんに捨てられたと自棄になってるんですか? 僕には理解できません……」

 

 矢継ぎ早に不満を訴えるハリに、サブロウタは神妙な面持ちで自分の意見を語る。

 ここはおちゃらけて見せる場面ではない。年長者としてしっかりとその気持ちを受け止める必要があると感じた。

 

「――さあな。だけどよ、俺は彼女が自棄になってるようには見えないぜ? なんと言うかこう、もっと先を見据えて、そのための準備として無茶をしているような気がするんだ。……例のヤマトも、この状況じゃあどこまで役に立つかわからないが、読ませてもらった資料の限りじゃ、あれだけがガミラス野郎に対抗できる現状唯一の戦力だ」

 

 サブロウタも将来的な乗艦を打診されている身の上なので、ネルガルから送られてくるヤマトの資料には最低限ではあるが目を通している。

 目を通したあとは要廃棄を求められていたためすでに手元にないが、そう思わせるには十分なスペックが、資料には書かれてはいた。

 ――もっとも、戦艦一隻でどうにかできるような状況ではないと、冷静な軍人としての自分が警告もしていたが、この場は気休めでも期待しておいたほうがいいだろうと思う。 藁にも縋りたい気持ちなのは、サブロウタとて同じなのだ。

 

「まあ考えてみりゃ、先の戦争じゃあ俺たちは結局ナデシコA一隻に振り回されて、終戦まで持ち込まれたようなもんだ。万が一はありえるかもな」

 

 と回想する。

 あの火星での痴話喧嘩はいまでも覚えている。

 その時のやりとりが、自分達のいまを決定付けたことを考えると感慨深くもあり、同時にそのきっかけとなった夫婦が、かつての自分達の大将に蹂躙されて悲惨極まりない状況に置かれていると考えると、サブロウタとしてもなんとかなって欲しい思うことはある。

 そもそもなんとかなってくれないと、敬愛するわれらが艦長殿がどうにかなってしまいそうで怖いのだ。フォローはもう限界だ。これ以上はルリが持たない。

 いまのルリにとって、アキトとユリカは過去ではなく現在なのだ。

 彼女にとって渇望して止まない、幸せの象徴。

 それがこんな形で壊れていくさまを見せつけられるくらいなら、それこそ本当に事故死していたとか、実験中に死んでいたとかの方がマシだったと思う。

 辛い現実には違いないが、生々しさを伴わいだけルリにとっては救いになったはずだろう。

 それがこうも生々しく、確実に壊れていくさまを見せつけられるのは、ユリカと親しいとは言えないサブロウタですら、キツイと感じることがあるのだ。

 とにかく、いまは救いが欲しい。それがサブロウタの本心だ。

 

「ミスマル大佐がなに考えてるのかはわからんが、彼女がそれだけ期待をかけるヤマトだ。いざとなったら、俺たちがそのヤマトでこの状況をひっくり返すだけだ。――そうだろ?」

 

「……もちろんですよ、サブロウタさん。僕はなにがあっても、艦長を助けます」

 

 

 

 ルリと別れた進は、行く当てもなく艦内を歩き回っていた。

 本当ならブリッジに戻るべきなのだろうがいまは戻りたくない。どうしてかは知らないが、特に咎められていないことを考えるといまは戻ってくるなと暗に言われているようにも思える。

 ――気が付くと、医務室の前に足を運んでいた。

 深い考えもなしにそのドアを潜ると、戦闘での負傷者や、倒れたユリカがベッドの上に寝かされている。

 負傷者連中は呻き声をあげて苦しんでいるが、対照的にユリカは静かだった。

 ……しかし目は半開きで、焦点定まらぬ虚ろな視線を天井に向けている。

 半開きになった口からは呼吸音に交じりうめき声のようなものも聞こえる。

 最後の撤退で使ったボソンジャンプの反動。それが彼女の体を蝕んでいることは明らかだった。

 最後の肉親を見捨てた張本人だというのに、進は掴みかかった自分を恥じたい気持ちで一杯になった。

 彼女もまた、命を懸けて自分たちを救ったのだと思い知らされたからだ。

 なんとなしにその顔に触れてみようと左手を伸ばすと、拭い去るのを忘れていた彼女の血がこびり付いていた。

 すっかり乾いて黒ずんだそれは、ユリカの状態と合わさると進にこれ以上無く『死』を連想させられて欝な気分にさせられる。同時に、激情に駆られ、考えなしに重病人に暴力をふるおうとした自分の矮小さすらも突き付けられているようで、心底嫌になってくる。

 たとえ兄を見殺しにした人であっても、だ。

 

 結局、踵を返して医務室をあとにした。行く当てもなく再び艦内をさまよおうとしていた進は、ある女性クルーに呼び止められた。

 

「あら、古代君じゃない。手に血が付いてるけど、どこか怪我でもしたの?」

 

 振り返って呼び止めた人物を確認すると、医療班に配属された森雪の姿を認める。

 彼女も今回の作戦でナデシコCに配属された新人で、進と大介の同期であった。と言っても学生のときは接点もなく、ナデシコCに配属されたとき、乗艦前の集まりで偶然知り合ったに過ぎない。

 ただ、同期の中でもとびっきりの美人さんと名前くらいは聞いたことがあったもので、知り合えたときは大介と共に舞い上がったものだが、いまはとてもそんな気分ではない。

 そう言えば、さきほどユリカを運んだ看護師の中で姿を見たような気がする。

 ――自分の醜態には気付かなかったらしい。

 

「……いや、これは。ミスマル大佐の血だよ。俺が、掴みかかった時に付いたんだ」

 

 罪を告白する気分で雪に告げる。

 ――進は誰かに罰してほしかったのかもしれない。罵倒してほしかったのかもしれない。

 守を失った悲しみに飲まれていたとはいえ、見殺しにしたとはいえ、文字どおり命を削って自分たちを助けてくれた人に手を挙げた後悔は強い。

 軍の広告塔として名を知られ、上官として敬意を抱いていたルリを泣かせてしまったことのバツの悪さもある。

 いろんな感情が入り混じって自分でもどうしたいのかがわからない。ぐちゃぐちゃの心境だった。

 

「そう、お兄さんのことね……」

 

 雪は悲しそうに顔を俯かせた。

 すぐに雪は「そうだわ」とポケットからハンカチを取り出すと、近くにあった化粧室に入り、水道でハンカチを濡らしてから進の元に戻って、手に付いた血を拭ってくれた。

 乾き切った血は簡単には落ちない。それでも濡れたハンカチは黒ずんだ血で汚れていく。

 進にはその光景がまるで、雪に自分の汚れを移してしまっているような気がして、ことさら気分が悪くなった。

 

「もういいよ。自分で洗ってくるから」

 

 と雪からハンカチを取り上げて「あとで洗って返すよ」と一方的に告げてその場を去る。正直乱暴だとも恩知らずだとも思ったが、かまうものか。

 いまは他人に優しくできる余裕などありはしない。自分のことですらままならないというのに。

 進はまたナデシコCの中をさまよい始める。自分でも制御できない複雑な感情を抱えたまま。

 

 そんな進を見送りながら、雪はやるせなさを感じていた。

 乗艦前に知り合って二人と仲良くなった雪は、話の流れで進の兄・守がこの作戦に参加していることも知っていたし、その彼がどのような結末を迎えたのかも、知っている。

 出会って間もないとはいえ同期生で、しかも兄・守のことを自慢げに話していた進の姿は印象に残っている。だからこそ、雪も悲しかった。

 雪は進の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしたあと、医務室に戻ってベッドに横たわるユリカの姿を見つめる。

 彼女がなにをしようとしているのか、雪は知らない。だが、命を削ってでも成し遂げたいなにかがあるのだと言うことを、本能的に察していた。

 だから雪は、彼女の世話を任されたときから真摯に接してきた。

 初めて会ったとき、「これからよろしくね、雪ちゃん!」とやたらフレンドリーな対応をされたのは面食らったが、彼女の人柄は好ましく思えたのですぐに仲良くなれた。

 ――天然ゆえにたまに会話が噛み合わなかったりすることがあるのが、時折疲れるが。

 ユリカの病状や、そもそもなぜそうなったのかについては聞かされていたが、聞きしに勝るとはまさにこのこと。

 ユリカの衰弱は激しく、普通の人間ならとっくの昔に心折れて自殺しているだろうと半ば確信するほどだ。

 彼女がどうしてそこまで耐えられるのか疑問に思っていたが、雪はこっそりと教えて貰えた。

 火星の後継者による悲惨な事件には同情し、怒りを覚えずにはいられなかった。元よりテロリストに共感など抱いていなかったが、生涯彼らを軽蔑し続けるだろうと確信した瞬間だった。

 ……だが聞いてて一番辛かったのは、そのあとすぐに始まった子供時代から引っ越しで別れれるまでと、ナデシコで再会し結婚に至るまでの惚れ気話の数々だった。

 延々と数時間にもわたったそれは、色恋沙汰に興味津々の雪であっても少々辛く、「はいはいごちそうさまでした」で済ませたくなったことは数回では利かない。

 とは言え、そこまで熱烈に愛せる人がいるということは羨ましく思えるし、自分もそのような相手に巡り合いたいと漏らすと、

 

「大丈夫だよ。雪ちゃんなら、きっとすぐにそんな人に会えるよ」

 

 と断言されてしまった。なぜユリカが言い切れたのかは長らく不明だったが、間違った言葉ではなかったと、後に雪は述懐している。

 雪は確かに、そんな人に巡り合えたのだ。

 

「ユリカさん。あなたも、旦那さんと再会できるとよいですね」

 

 虚ろな目で天井を見つめるユリカを見つめながら、雪は願う。

 彼女の体調は深刻で、まだ医療従事者としては日が浅い雪の目からも絶望的だ。

 そして、残念だが地球も救われることはないだろうと、諦めの気持ちも強い。

 ユリカは「最後まで諦めちゃ駄目。まだ地球には希望が――ヤマトがあるから」と口にして、たびたび雪を励ましていたが、それがなんなのか詳細までは語ってくれなかったので実感はわかなかった。

 それでも、ヤマト、という名前には妙に心惹かれる自分を覚えてもいた。

 なんどもそう言われるにつれ、患者が諦めていないのに医療従事者が諦めるわけにはいかないと、雪は気持ちを前向きにして頑張ることを決めた。

 だから、最後の日を迎えるよりも先に彼女が夫に再会できる日が来ることを切に願う。そのためにも、彼女を一秒でも長生きさせるために、努力を積み重ねるのであった。

 

 

 冥王星での戦いで敗走してから二日が過ぎた。

 残存艦隊はユリカのナビゲートで火星近海にジャンプアウトしていたが、残存艦の大半が傷つきまともに航行できなかったため、最低限の補修を試みたり、駄目だとわかると生き残った艦への移乗を行ったりと、時間を取られたのだ。

 最終的に稼働できたのは戦艦アマリリスとナデシコCを含め八隻に留まり、ほかの艦はその場に捨て去って帰路に就くことになってしまった。

 ――ただでさえ貴重な戦力をまたしても消耗したことで、ただでさえ低下していた士気はいよいよ危ういところに達していた。

 それでもオープン回線で流れた守とナデシコCのやり取りが、生きてさえいれば抗うことができると、彼らの背中を支えていた。

 ――まだ抗えると。

 

 火星近海は決して地球に近いとはいえない場所であったが、改良された相転移エンジンの巡航速度なら、ここから地球に戻るまで約二週間。今後のことを考えるにはちょうどいい時間と言えた。

 ユリカの容態も落ち着き、意識を取り戻したのもちょうどこの頃だった。

 本人曰く、多少のふらつきはあるが特別変わったことはないとのことで、なんとか現況維持に成功したらしいことが伺えた。これには医者も胸を撫で下ろし、ルリも安堵の表情を浮かべた。

 ……ただし無茶したことに対しての小言と癇癪は口をついたが。対するユリカはその胸にルリの頭を抱き締める事でその場を収めてしまった。

 昔のような潤いと張りを失った肌に悲しみを覚えながらも、大好きな姉――または母の胸に抱かれたルリは、一時の幸福を感じていた。

 願わくばもっと味わいたい。ご都合主義でもなんでもいいからユリカが全快して、アキトも帰ってきて、また家族の生活を味わいたい。

 そう考え黙って抱かれていたルリにとっての誤算は、途中で感情を堪えきれなくなったのか、

 

「ホントに心配かけてごめんねぇ! もうジャンプしないから許してぇ~~~!!」

 

 と泣き出したユリカに全力で抱きしめられて、口と鼻がその胸元で塞がれて息ができなくなったことだろう。

 必死に腕を叩いて訴えるも、ユリカは泣きじゃくるばかりで一向に気付いてもらえず、結局ルリが気絶してからようやく放してもらえたとか。

 あと数分遅かったらルリは天国に旅立っていたと告げられ、医師に怒られて気落ちしているユリカに「気にしてませんから」とフォローしてその場は終わらせる。

 しかし……。

 

(私も、あれくらいのボリュームが欲しかったな……)

 

 医務室を出てからそっと両手を自らの胸元に宛がう。ユリカに比べると慎ましやかで主張の少ない胸元に、言いようのない敗北感を覚えながらルリはブリッジへと戻る。

 今後成長することはあるのだろうか。してほしいなぁ。と少し緩んだ頭で願いながら。

 

 ブリッジも敗戦の重い空気を何とか逸脱し、落ち着いた様子を見せている。

 雑務を片付けたハリとサブロウタは、交代でルリに構って心のケアに努めることになった。

 ついさきほどなどは、ユリカの見舞いに行ったルリが医務室を出るタイミングでハリを送り込んで捕まえさせて、一緒に昼食を取らせたり、戻ってきたルリに今度はサブロウタが真面目に職務の話を振りつついつもの軽い調子を披露して、彼女が極力暗い考えに捕らわれないようにフォローに奔走していた。

 時にはユキナも混じってとにかく賑やかな状況を作ってルリの気持ちを持ち上げようと、努力を重ねていた。

 

 そんな仲間たちの気遣いにルリは間違いなく救われ、癒されていた。

 肝心のユリカもアキトも、そして母なる星――地球の未来も、先を感じさせないお通夜ムードを払拭できてないが、いくぶん気持ちがマシになった。

 それにさきほどの見舞いでユリカからも、「ジャンプはもうしない」と断言されたことで気分的にはかなり持ち直せた。――全力全開なハグもしてもらえたし。

 なにかあれば使いそうな予感がするが、突っ撥ねられていたいままでに比べれば遥かにマシだ。

 少なくとも、ジャンプが原因でこれ以上病状が悪化することだけはないと思えるだけで。

 ……あとは地球の現況をどうするか、どうやってガミラスを退けるか、どうやって……ユリカの体を癒すかが今後の課題だ。

 そこまで考えると、いままで意識していなかった、いや憎悪の対象にすら思えた宇宙戦艦ヤマトのことが気にかかり始める。

 現金なものだと自分でも思ったが、ユリカが命を削って再建を指揮した、並行宇宙の戦艦。

 彼女はヤマトを指して『厄災に立ち向かうための希望』と断言した。なぜそう主張するのか、なぜあれほどに期待をかけるのか、最初はわからなかった。

 だがいまはわかる。演算ユニットだ。時間と空間の概念がないとされる空間跳躍システムの中枢。

 おそらく火星から地球に帰還する時のジャンプ中になにかあったに違いない。

 その時に彼女は厄災――ガミラスの襲撃と宇宙戦艦ヤマトを知ったに違いない。そう考えればユリカのあの行動も説明が付く。

 そうだ、あの時彼女はヤマトを指して『片割れ』と言った。

 だとすればもう一つ、もう一つなんらかの『希望』を知り得たに違いない。

 だがユリカはそのことをいままで一度たりとも口にしていないため、なんのことを指しているのかわからない。

 だがもしかしたら、その片割れとヤマトが揃うことで、この状況を打破するどころか、完全にひっくり返すウルトラCが実現するのかもしれない。

 心労が和らぎ、幾分聡明さを取り戻した頭脳がその可能性に行き着いた時、ルリは心に決めた。

 ――ネルガルからの要請に従い、ヤマトに乗る。

 愛着のあるナデシコを降りるのは辛いが背に腹は代えられない。ユリカも乗り込むはずだ。

 軍に復帰したのはそのためで、反抗作戦の立案やナビゲーターとしての行動に意見具申。すべて自分がまだ健在であることを、この脅威に対して命を捨てる覚悟で挑む心意気を持っていることを示すためではないのだろうか。

 彼女はまだ絶望していない。未来を信じているに違いない。

 そうと決まれば話は早い。早く地球に帰還してヤマトの再建に協力しよう。

 あとはエンジンさえ、波動エンジンさえ完成すればヤマトが使えるようになる。

 ヤマトの力でガミラスを退けることができれば……。あそこまで進んだ科学文明だ。医療技術だって進んでいるはず。その技術を手に入れる機会も巡ってくるに違いない。

 少なくともこれまでの戦いで、特にルリのシステム掌握を試みたことで、容姿はいまだ不明ながらも、ガミラスがヒューマノイドタイプの知的生命体であることだけはわかっているのだ。

 だとすれば地球人に応用できる可能性も残されている。ユリカの希望もそこに根差しているのかもしれない。

 ルリがそんなことを考えていると、思わぬ事態に直面した。

 

「艦長、本艦の右後方から高速で接近する物体、一!」

 

 レーダーを見ていたハリの声に意識を切り替える。情報を表示させ、ルリ自身も解析を試みた。

 

「これは……宇宙船ですね。随分と小さいけど、亜光速に近い速度が出ていますね」

 

 だとすればとてつもない科学力を持っていることになる。

 望遠カメラで辛うじて捉えた映像は不鮮明ではあったが、ガミラスとも地球とも違う、有機的なデザインを持つ、フライパンのようなシルエットをした宇宙船の姿を映し出している。

 黄色を基調とした色合いをしていることまではわかった。そして、ガミラスの砲撃でも受けたのか、後部から煙を吹いて制御を失っている様子だった。

 

「一分後に本艦と交差! このままでは衝突します!」

 

 悲鳴に近いハリの声にルリは即座に命令を下す。

 

「ディストーションフィールド展開。速やかに回避行動を。……島さん、頼みます」

 

「了解。取り舵二〇、全力回頭。回避行動に移ります」

 

 ディストーションフィールドを展開した、巡行形態のナデシコCの姿勢制御スラスターが火を噴き、三〇〇メートルを超える巨体がゆっくりとその進路を変える。

 接近する物体に比べると遅々たる動きだが、それがナデシコCの全力だった。

 

「交差まであと一〇……九……八……」

 

 ハリが秒読みを開始するのに合わせて、ナデシコCと宇宙船の距離が急激に縮まる。

 ――刹那の交差。辛うじてではあるが、ナデシコCは宇宙船との衝突を回避することに成功した。

 だが、両者がすれ違おうとしたまさにその瞬間、宇宙船からナデシコCに向けて『なにか』が射出されたではないか。

 フィールドに接触したそれはいくらか勢いを落としながらも弾丸のようにナデシコCに命中、右舷重力ブレードの装甲板を貫通して艦内に入り込む。

 衝突の衝撃は艦内全てに伝わり、乗組員の不安を否が応にも煽った。

 

「隔壁閉鎖。保安部は速やかに不明物体に接触してください。艦内に侵入されたかもしれません」

 

 額に汗を滲ませながらルリが指示を出す。

 ふと思い出したのは最初のナデシコの航海で、サツキミドリから脱出したアマノ・ヒカルの脱出ポッドがナデシコに命中した瞬間だ。

 懐かしい過去を思い出してルリはわずかな郷愁に駆られる。

 そんなルリを現実に強引に引き戻したのは医務室からの報告だった。

 ――ユリカが姿を眩ませた、と。

 その報告にくらりと頭が揺れるがすぐに怒りが湧き出して怒鳴るように『捕獲』を指示する。

 『保護』ではなく『捕獲』という表現が出たあたり、ルリの心中が伺えるというものだろう。

 

 

 

 そんな風にルリが激怒しているであろうことを予測し、心の中で謝罪しながらも、ユリカはナデシコCに突入してきた物体に接触すべく、ふらつく足を叱咤して艦内を進む。

 キャスター付きの点滴台を杖代わりにヒイヒイ言いながら進んだ先に、それがあった。幸い周囲の気密は破れておらず空気漏れの心配はなさそうだ。

 ――予想どおり、脱出カプセルだ。教えて貰ったものと形状は同じ、まず間違いない。

 だが脱出カプセルは衝突の衝撃で破損したのか、それとも搭乗員が自分から開けたのか、ハッチが開いているではないか。

 慌てて視界を巡らせると、その搭乗者であろう、薄紫色をしたドレスを着た長い金髪が美しい絶世の美女が、カプセルから少し離れた場所に横たわっていた。

 まるで絵画から抜け出してきたような神秘的な美しさにユリカは目を奪われる。相も変わらず美しい人だと感心する。

 だがすぐに気を取り直して、

 

「大丈夫? しっかりして! サーシア!」

 

 と声をかけてその体に触れる。

 まだ温かい事に一瞬喜びを露にしたが、すぐに落胆するはめになった。

 呼吸が止まっている。心臓の鼓動も。目立った外傷はないと思われたが、よく見ると首の骨が――。

 なんということだろうか。地球の危機を救うべく手を差し伸べてくれた恩人のひとりは、生きてその任を果たすができず、遠い異郷の地でその命を儚く散らしてしまったのだ。

 生きて大任を果たしたのなら、再起を果たしたヤマトで故郷に連れ帰る予定だったのに……。もっといっぱい、話したいこともあったのに……。

 まさかガミラスの妨害を受けて被弾するなんて、予想もしていなかった。

 イスカンダルに対する敵意はないし、冥王星海戦のごたごたを利用すれば問題ないだろうと、ひそかにタイムスケジュールを合わせたはずなのに。

 やはり早急に撤退しなければならない事態に追い込まれたことが効いているのだろうか。

 結局、守も見捨てなければならなかった。

 肉親を失う痛みはよく知っている。ユリカとて母を亡くしたし、家族もバラバラにされた痛みはまだ新しい。

 古代進には同じ悲しみを味わわせたくないと頑張ったつもりだったのに、肝心の守を見捨てて逃げなければならないなんて、とんだ皮肉だ。

 ユリカは沈みそうになる気持ちをなんとか奮い立たせる。弱気は厳禁、命を繋ぐためにも。

 もしも自分が倒れてしまったら、それこそ地球は救われない。

 地球を救うためにも、自分が未来を手にするためにも、なんとしても彼女の故郷に行かねばならないのだ。

 ユリカは静かにサーシアに黙祷を捧げると、彼女が手に握りしめているカプセル状の物体を認め、彼女が命と引き換えに持ち込んでくれた、最後の希望のかけらをその手に抱く。

 ――これこそ自分が待ち望んでいた最後のピース。いままで彼女たちから秘密裏に得られていた援助と合わせて、地球を救うための手段がすべて揃った。

 あとは実行に移すのみ。

 ヤマトとの邂逅の際に見た、ガミラスに侵略されてあるべき姿を失った、未来の地球の姿を想う。

 

「ありがとう、サーシア。あなたの犠牲は決して無駄にはしないよ……私たちはきっと、イスカンダルに行く。あの遥かなる星に。……さあ、じっと耐えるのはもう終わり。これからは反撃開始よ! この絶望、ヤマトで必ず覆す!!」

 

 

 

 第一話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 

    第二話 最後の希望! 往復三三万六〇〇〇光年の旅へ挑め!

 

 

 

    愛は世界を救えるのか?

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