新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット   作:KITT

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第四話 ワープテスト! 出撃、ダブルエックス!! Aパート

 

 

 ガミラスの襲撃を受けて第一艦橋を飛び出した進は、移動しながら艦内服の襟元に隠された気密確保用のインナーを顎まで引き出し、戦闘指揮席から持ち出したヘルメットと電磁的に密着させ、気密を確保する。

 このヘルメットは衝撃吸収能力に優れ、高圧縮酸素ボンベを内蔵し、気休め程度だが空気の清浄装置も内蔵されている。

 そこに袖に密着する造りになっている袖の長い手袋を身に着けると、艦内服はそのまま簡易宇宙服となる。この機能は以前のヤマトからそのまま継承された機能で、このままの装備でも一時間程度なら宇宙空間で活動することすら可能としていた(推進器がないので『溺れてしまう』が)。

 

 走りながら準備を終えた進が格納庫へ続くドアを潜る。眼前に広がる格納庫は、再建に伴う大規模な改装を施され、以前にも増して機能的になっていた。

 格納庫の艦首側の壁面には新たに管制塔が設けられ、艦尾側の壁面も含めて電光掲示板が新設されて、パイロットや作業員が情報を共有しやすくなるなど配慮されている。

 両側面の壁面には上下二段に区切られた格納スペース(左右合わせて六〇スペース)が設けられているのは変わっていないが、エレベーターとターンテーブルを使って移動させていたいままでと違って、ロボットアームによる運搬方式に改められたことでより迅速かつ下段の機体からしか発進できないという欠点が解消されている。

 さらに発着口が二つ増設され、前後に並んだ形になっていた。艦尾側の一回り小さい方が通常の機体、艦首側の一回り大きな方が重爆装備の大型機用と、機体に合わせて選択可能にすることで、より効率的な離発着を可能としているのだ。

 そして新生ヤマトの艦載機としては、アルストロメリアとその強化パーツまたは高性能戦闘機として配備されている、Gファルコンの姿があった。

 

 Gファルコンは支援戦闘機とも呼ばれていている。機首を構成するAパーツと、胴体を構成するBパーツが合体して完成する、分離合体機能を備えた戦闘機だった。

 Aパーツは主にセンサーユニットの役割を果たしていて、戦闘機のコックピットのような意匠の部分や、機首に内蔵された高感度センサー(光学カメラやレーダーなど)で情報収集を担当し、武装としてドックファイトの要になる大口径ビームマシンガンを二門搭載していて、その後ろに装備されている折り畳み式の翼は重力波フロートとしての機能を持ち、運動性向上はもちろん、静粛性を高めて単独での偵察機としても使えるようになっている。

 Bパーツにはコックピットやエンジンを搭載した中央ユニットであるウイングユニットと、カーゴスペースを兼ねるコンテナユニットで構成された、主に機動兵器用の追加パーツとしての機能が与えられた部位だ。

 ウイングユニットの両翼端には拡散グラビティブラストが、コンテナユニットの前方には一〇発のマイクロミサイルランチャーが内蔵されている。

 さらにウイングユニットとコンテナユニットにはそれぞれ大口径スラスターが二発づつ装備されていて、破格の大推力を発揮する。

 もちろんディストーションフィールドは改良タイプを採用し、装甲材質も表面の防御コートもヤマトと同じものを使っているなどと、破格の防御性能すら有していた。

 その性能を支えているのは、ヤマトの技術で大幅に小型化された相転移エンジン。

 小型戦闘機に装備出来るサイズにも拘らず、相転移炉式駆逐艦に匹敵する出力を発揮する最新モデルだ。

 加えて単独で戦闘機(大気圏内外兼用)としても運用出来るポテンシャルはあるのだが、元来が機動兵器用のパーツとして設計されたものであるため、単体でガミラス機に勝てるほどの性能はなく、専ら合体用の強化パーツとして運用されていた。

 またGファルコンは本来『相転移エンジン搭載型人型機動兵器』との合体を前提に開発・設計された機体であるため、すでに型遅れ同然とも言われているエステバリスではそのポテンシャルを発揮できなかった。

 特に対艦攻撃を行うには出力不足で、主砲の拡散グラビティブラストをもってしても火力不足になることが実戦で証明されてしまっていた。

 しかし致し方ないことだった。従来機の延命に使うこと自体が、開発担当のウリバダケのアイデアであり、本来想定されていなかったイレギュラーなのだから。

 

 そのためエステバリスに合体するためには、重力波ユニットを撤去して代わりに合体用コネクターを取り付ける必要があり、動力と主推進装置を失ったエステバリスは単独では身動きすらままならないとか、機体剛性不足で推力を最大にできない、さらにバランスを取るため合体するBパーツも可変が必要になるせいで推力を集中できないなど、多くの制約を抱えていた。

 だが、それでも大きな改修もなく合体可能で、かつ合体したエステバリスが制約があってなお、ガミラス機と対等以上に渡り合ったという実績があった。

 そのためネルガルも軍も、Gファルコンが既存機の強化パーツとしても有益な存在であると認識し、すぐさま正式採用して可能な限りの量産体制を築き上げたのである。

 

 そういった状況を鑑みて、完全新規設計された機体以外にもGファルコンの性能を引き出せる機体も用意されることとなった。

 その機体の名は――アルストロメリア。本来はボソンジャンプ戦フレームとして開発されたエステバリスの後継機である。

 しかしヤマトの技術伝来に合わせて再度設計を変更、ボソンジャンプ対応能力はそのままにGファルコンとの連動を前提に各部を強化、バイタルパート部分の装甲にはGファルコン同様、ヤマトと同じ素材を使用し、それ以外の各部の装甲や露出したフレーム部分にもやはり同型の防御コートを塗布するなどした結果、エステバリス以上にGファルコンのスペックを引き出すことに成功している。

 エステバリスが重力波ユニットを撤去したのに対して、アルストロメリアのユニットはコネクターを増設しても一切干渉しない構造であったので母艦の重力波ビームを有効に使え、機体自体のバランスも一切損なわれていない。

 また可変させて接続するエステバリスに対して、アルストロメリアはBパーツを可変させずにそのまま垂直に交わるようにして合体することができる。

 この恩恵で推力を分散してしまうエステバリスよりも最高速や加速力で上回るこができ、その気になれば戦場での分離合体すら視野に入れることが可能となっているなど、エステバリスで抱えていた欠点はすべて改善されていた。

 さらに人型である展開形態では使用しないGファルコンのAパーツを頭に被せ、Bパーツ内部に機体を収納する戦闘機形態――収納形態も使用可能となった。機体を露出した展開形態ではAパーツをBパーツのカーゴスペースに固定することで紛失せずに済むように配慮されている。

 強いて欠点を挙げるとするならエステバリスよりも高価なことと、出力系をチューニングされているとはいえ、重力波ビームによる補填だけでは火力不足を改善するには至っていないということだろうか。

 ネルガルはヤマトの搭載機としてこのアルストロメリアをなんと二四機も都合してくれた。まさに大盤振る舞いだ。

 しかし、ヤマトの発進に間に合わせるためと、特徴の短距離ボソンジャンプはジャンパー処置したパイロットの少なさを考慮して、ジャンプユニットを組み込んだ機体はたったの二機、それ以外はユニットをオミットして一部機能を落とした廉価版であった。

 完全版の搭乗者は、かつて搭乗して火星の後継者の鎮圧に尽力したこともある月臣元一朗と、ヤマト配属後に任された古代進の二名が専任で任されていた。

 進はヤマト配属以前まではジャンパー処置を受けていなかったが、ユリカの勧めもあって処置を受けていたので、この機体のパイロットに選ばれた経緯がある。その時は未配備の新型機のパイロット候補としての処置であったが、結果として無駄にならずに済んだといえよう。

 

 格納庫では作業員が右に左にと走り回り、管制室からの制御で天井に四基備えられたロボットアームが格納スペースからアルストロメリアを引きずり出し、駐機スペースに置いていく。

 駐機スペースに置かれたアルストロメリアの元に、別のアーム運んできたGファルコンが運搬される。

 自動制御でBパーツの先端から離脱したAパーツが、重力波フロートを駆使してBパーツのカーゴスペース内に移動して固定される。

 Gファルコンがアルストロメリアに接続、ほぼ同時に床下の武器格納庫から一年前に比べて大幅に強化された大型レールカノンとラピッドライフルが、ウェポンキャリアーに載せられて上がってくる。

 一部の機体は収納形態の状態でGファルコン下部に、全長一〇メートルもある新配備の大型爆弾槽を二基取り付けた重爆撃装備に換装されていた。対艦攻撃力の不足を補うために急遽用意され、なんとかヤマトに配備が間に合った装備だった。

 

 出撃準備を終えたエステバリスの元にパイロットが次々と駆け寄ってはコックピットに収まり、愛機を立ち上げていく。起動した機体は再びロボットアームが釣り上げて、格納庫中央のカタパルトレーンに載せられていく。

 

 進も遅れまいと自分のアルストロメリアに乗り込む。

 指揮官なので個人用にカラーリングを弄っていいと言われたので、頭部や重力波アンテナ、膝と肩の先端を赤で塗ってもらった。そして戦闘班長の機体ということを示すため、肩には「01」と機体番号が振られている。

 これはデータで見せてもらったことがある、ヤマトの内部に残されていた艦載機の残骸、コスモゼロからインスピレーションを得たものだ。

 できれば乗ってみたいとは思っていたが、ヤマトの格納庫と発進設備を人型機動兵器用に改造する過程で、結局放棄されてしまった。使われていた技術は、新型機全般に活かされているらしいので、そういう意味ではこの機体もコスモゼロの子なのだろうか。

 そういった思いもあって、せめて名前だけでも――妙に心惹かれるコスモゼロの名前を残したいと考え、ユリカの許可をもらったうえでこの機体の愛称として使わせてもらうことになった。

 そのことをユリカは涙を流して喜んでいたが、その理由を進が知るのはもっと先のことであった。

 

 ――直後、彼女は進に感化されたのだろうか、ヤマトに所属する航空隊の名称を、かつてヤマトの航海を支えた名機、『コスモタイガーII』からとって『コスモタイガー隊』と命名してしまったりもした。

 

 そんなことをふと思い返しながらIFSボールに右手を置くと、コックピットの計器に光が灯り、コスモゼロが起動していく。

 ――チェック……異常なし。

 Gファルコンとの合体は収納形態を選択してスタンバイする。

 

「コスモタイガー隊は順次発進。ヤマトの護衛任務につけ」

 

 コックピットの中でコスモタイガー隊に発進命令を下す。

 指示を受けた管制塔からの操作で、格納庫中央の床が傾斜して発進スロープへと変貌する。

 スロープの上には四基のGファルコンアルストロメリアが並び、スロープの形成に伴って等間隔に改めて並び直された。

 そのあと、スロープで生まれた空間を区切るように艦尾側からシャッターが閉じて格納庫と切り離す。

 閉鎖されたスロープ内はそのまま減圧室を兼ねた発進ゲートとなり、減圧完了後に艦尾艦底部の発進口が開いた。

 ブラストリフレクターがせり上がり、後方の機体を噴射圧から守る。起動した重力波カタパルトの勢いで次々とアルストロメリアが宇宙空間に向かって放出された。

 放出された機体は、ヤマトの重力制御装置が生み出す不可視のトンネルをくぐる形で消耗することなく敵機の接近方向に進路を向けら、スラスターを全開にして飛び去って行く。

 スロープ内の機体がすべて発進すると、発進口にディストーションフィールドが展開されて気密を確保、スロープ内が加圧される。

 加圧が完了するとシャッターが開いて、次の機体が並べられる。

 並べ終わるとシャッターが閉じて減圧。ハッチを覆っていたフィールドが消失してまた次の機体が射出される。

 この構造は発進口を狙い撃ちにされても格納庫への被害を抑え、同時に作業員が宇宙服を着なくても整備作業を問題なく行えるようにするためのものだ。

 そうやって発進作業を繰り返して、計二四機の機体が射出される。搭載スペースの残りは予備機と組み立て途中で搬入された試作機の部品で占拠されている。

 進のコスモゼロと月臣のアルストロメリアは別のアームで持ち上げられて、上部の発進口へと誘導される。

 ヤマトの艦尾上部の側面が発進ゲートだ。そこがスライドしてハッチが解放されると、ロボットアームで艦尾に設置されたカタパルトの上に接続される。

 このカタパルトは人型には対応していない航空機用のもので、Gファルコンと合体して戦闘機形態をとることができるアルストロメリアと、未配備に終わった新型機のみが使用することができる、戦艦大和の頃から残されている航空設備であった。

 コスモゼロは左舷側のカタパルトに、右舷側のカタパルトには月臣のGファルコンアルストロメリアが接続され、それぞれの機体が敵機が接近する方向に向けられた。

 

「発進!」

 

 進の合図でカタパルトが作動。コスモゼロとアルストロメリアが時間差をつけて発進する。

 凄まじい勢いで発射されたコスモゼロとアルストロメリアは、Gファルコンの推力を活かして先発したコスモタイガー隊を追いかけるのであった。

 

 

 

「よっしゃ見てろよガミラス! 冥王星での屈辱を晴らしてやるぜ!」

 

 と吠えるのはスバル・リョーコ、ナデシコCにも乗り込んでいた木星戦役時代からのベテランパイロットで、ヤマト配属後赤く塗られたアルストロメリアに乗り換えていた。

 彼女は火星の後継者事件のあと、そのままナデシコCに所属され幾多の戦いを生き抜くことはできたものの、ガミラスにやられっぱなしで酷くストレスを溜めていた。

 最後の決戦とされていた冥王星では出撃する間もなく撤退ということもあって、ヤマトにかける意気込みは決してユリカ達に劣るものではなかった。

 ……もっとも、彼女がストレスを溜めていたのは戦友であるユリカのことも関係していた。そう、例の無茶に憤ったのは、リョーコも同じなのだ。

 幸いヤマト計画が表沙汰になったことで矛先を収めることができたが、そうでなければ友情は完膚なきまでに瓦解していたかもしれないと、本人は断言している。

 

「はいはーい。リョーコは相変わらずだねぇ~」

 

「突っ込むのはいいけど、油断してると棺桶行きだよ」

 

 かつての戦友であるアマノ・ヒカルとマキ・イズミがリョーコに続く。

 この二人はヤマト乗艦以前は民間人として生活していたのだが、ルリの頼みに応じて快くヤマトに乗ることを選んだ。

 彼女らも、思うところがあったのだろう。

 

「まあ、あたしは漫画のネタになりそうだから冒険は大歓迎だけどねぇ~。未知なる宇宙の冒険譚! 異星人の侵略ものはしばらく勘弁だけど、これを題材にして漫画書きたいねぇ!」

 

 彼女は廃業寸前にまで追い込まれてなお、ヤマトの航海を通じてネタを確保し、蘇った地球での再起を願っている。

 

「アタシは連中が気に入らないだけさ……これ以上葬式に参加するのは、ゴメンだよ」

 

 いつになくシリアスな雰囲気のイズミ。

 ガミラスの攻撃で多くの人命が失われた世の中だ、過去のトラウマに触れるものがあるのだろう。

 リョーコを中心としてヒカルの黄色、イズミの水色のアルストロメリアが続く。

 

「おうおう燃えてるねぇ~。でも、俺もいい加減負け続けはウンザリなんでね……ここらで逆転させてもらうぜ!」

 

 サブロウタも気合を入れ直す。

 こちらも青いアルストロメリアに機体を乗り換え心機一転、いままでの借りを返さんと牙を研いでいる。

 スーパーエステバリスに乗っていた名残で、両肩のパーツは同機のものを加工して移植してもらった。おかげで火力は通常の機体よりも上となっていた。

 

 全員がいままでの雪辱を濯ごうと燃えていた。

 ヤマトが立ったいま、ガミラスのいいようにはさせないと、全員が燃えているのだ。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 

 第四話 ワープテスト! 出撃、ダブルエックス!!

 

 

 

 ヤマトから発進したコスモタイガー隊を迎え撃つべく、高速十字空母からも戦闘機が出撃する。

 全翼機のような姿のそれはアルストロメリアよりも遥かに大型の機体で、機動力と航続距離、ディストーションフィールドの出力など、ほとんどの性能で地球側を凌駕する性能をもっている。

 幸い人型特有の運動性能と火器の取り回しのよさを活かすことで渡り合うことはできていたが、Gファルコンが配備されるまでは機動力と火力が不足して決定打をもてず、という具合である。

 しかしいまは、Gファルコンの性能をより引き出せるアルストロメリアに搭乗している。この機体ならば、エステバリスのような遅れは決して取らない。

 コスモタイガー隊は自分たちの新たな力を見せつけんとばかりに果敢に戦いを挑むのであった。

 

 

 

「予想してはいたけど思ったよりも早かったなぁ、ガミラスさん。せめてあと一時間遅く来てくれれば」

 

 ユリカは疲労で靄がかかってきた頭を振りつつ文句を垂れる。さすがになぜなにナデシコは調子に乗り過ぎた、前ならあんな着ぐるみなんでもなかったのに。

 ユリカの疲労に気づいているエリナはしきりに心配そうな視線を向けてくるが、仕事の手は休めていない。

 

「コスモタイガー隊と敵航空戦力が接敵、駆逐艦はそのままヤマトに向かってきます」

 

 ルリの報告にますますユリカの顔が険しくなる。

 どうする、ワープテストを延期してでもヤマトで砲撃すべきだろうか。

 未配備の新型ならともかく、重爆機を編成してもアルストロメリアの火力で対艦戦闘は少々辛い。

 重爆撃装備の機体は駆逐艦の数に合わせて五機出撃させたが、足りるかどうか。

 空母がいるとなれば艦載機が出てくることになるため、対空戦闘が絶望的の重爆機を増やすことができない。

 Gファルコンとの連動で対抗したということは、言い返せば貴重な格納庫の容積の半分を強化装備のために潰しているということであり、ヤマトの艦載機総数は決して多いとは言えないのだ。

 Gファルコンなしでも対等に戦える機体を用意して、倍の六〇機の航空機を運用する案もありはしたが、そんな機体を大量配備する余裕は今の地球にはない。

 合体したまま格納する案も出たが、ヤマトの搭載機が最後の最後まで確定しなかったことが影響して、そのための設備が用意されず仕舞いに終わり、実現していない。

 

「せめて、ダブルエックスが間に合っていれば……」

 

 ないものねだりだがやはり欲しかった。相転移エンジンを搭載したネルガルの最新鋭機。

 単独で駆逐艦程度の艦艇なら撃破できる火力と、ヤマトかGファルコンと連動すれば要塞攻撃の要としても運用できる、大火力機。

 アルストロメリアすら一蹴性能を秘めた、決戦兵器。

 だが最終調整が間に合わないと、ヤマトへの配備が結局見送られてしまった。あの機体なら一機あるだけでもかなり違っていただろうに。

 

 

 

 案の定、コスモタイガー隊は苦戦を強いられていた。

 性能差が埋まったとはいっても多勢に無勢、そうそう押し切ることはできない。

 出撃した重爆装備の機体は、高性能爆弾を二六八発内蔵した大型爆弾槽を駆逐艦に叩きつけることに成功していたが、配備されたばかりの装備であったことや、敵艦載機の妨害もあって十分な効果を発揮することができなかった。

 それでも傷ついた敵艦に必死の猛攻を加えて撃沈したのが四隻。新型機の威力を見せつける大戦果といえたが、それ以上は無理だった。

 残った駆逐艦一隻は敵機の妨害が激しく碌にダメージを与えられないままヤマトに向かっていく。

 必死に追撃を仕掛けようとしたコスモタイガー隊を敵航空部隊が足止めにかかった。

 

「いかん、ヤマトが!」

 

 アルストロメリアの中で月臣が呻く。

 襲い掛かる敵機を躱し、右手のレールカノンを撃ち込んで叩き落すのだが、すぐに後続に襲い掛かられては追撃などできない。

 短距離ボソンジャンプで追いつくことは可能だ。しかしいま戦列を離れると艦載機もヤマトのほうに抜けかねない。

 それでも月臣は懸命に敵機を退けヤマトに向かおうとあがくが、その努力も報われぬままヤマトと駆逐艦の距離が縮まっていく。

 額から流れる汗が止まらなかった。

 

 

 

「敵駆逐艦一隻がヤマトに接近中。まもなく射程に入ります」

 

 ルリの報告に第一艦橋の面々の表情が強張る。

 ヤマトの武器は現状なに一つ使えない。

 優れた耐久力を有するヤマトだ、早々沈みはしないが、テスト前に損傷するのはトラブルの基になる。なんとしてでも避けたいが。

 ユリカは徐々に接近する機影を睨みつける。

 

 ――アキト。

 

 ふと、いまはいない夫に助けを求めてしまう。

 それではいけないのに、彼はもう戦ってはいけない、むしろ自分が助けなければいけないのに。だが緩んでしまった心の檻は、気持ちを抑えてはくれない。

 そうしている間にも敵は近づいてきている。

 ユリカは観念してヤマトでの反撃を指示すべく口を開く。ワープテストは少々延期するしかないだろう。

 

 ヤマトに接近中だった駆逐艦が破壊されたのはまさにその瞬間だった。

 

 爆炎の中に一体の機動兵器のシルエットが浮かび上がった。

 エステバリスに比べてより頭ひとつ分背が高く、人間らしく均整の取れた力強いシルエット。

 ディストーションフィールド頼みで装甲が薄く、最小限のエステバリスと違って股関節を保護するスカートアーマーが装着されているなど、全体的に装甲部位が多いのが一目でわかる。

 全体のカラーとしては白を基調にしつつ、暗めの紺で塗られた胴体と肩と手足の装甲の一部、腹の部分にはアクセントとして赤が配され、突き出した胸部の上下にクリアグリーンのカバーで覆われたセンサーユニットらしきもの。

 白い頭部の額には四つに分かれた金色のブレードアンテナが装着され、瞳は緑に輝き、人間の口に相当する部分には縦に並んだ『ヘ』の字スリットが二つ、目のくまどりと顎の突き出た部分は赤く塗られたフェイス。

 頬の部分には冷却用のダクトが設けられ、斜め横に突き出したプレートがまるでヒゲのようで、ブレードアンテナと合わせて『X』のシルエットを形成している。

 背中には巨大な翼のようなプレートが一対、身丈ほどもありそうな長大な砲身が一対、そのシルエットもまた『X』を形成していた。

 右手には白を基調に紺でアクセントを加えられた長銃身のライフル。左手には衝角としても使えそうな先端を持つ白と赤に塗られたショートシールドを装備。

 一見して地球製とわかるデザインだが、エステバリスともステルンクーゲルとも違う、独特なデザイン。従来機とはまるで方向性が異なっているのがありありと伺える、異様な機体。

 

「だ、ダブルエックス……?」

 

 その姿を認めたユリカとエリナの声が奇麗に重なる。

 そう、その機体はヤマトへの配備が間に合わないと搬入が見送られて彼女らを落胆させた、ネルガル重工の新型機動兵器。

 機体名――ダブルエックス。

 開発にあたっては、相転移エンジン搭載フレームである月面フレームのノウハウと、かつてウリバタケが『趣味かつ横領』で造り上げたXエステバリスを組み合わせた、双方の発展後継機ともいえる、ダブルエックスだ。

 機体名もXエステバリスの後継を意識しつつ、異なる系列であることからエステバリスを名乗っていないなど異質な機体である。

 さらにアルストロメリアの経験を活かした短距離ボソンジャンプにすら完全対応した、史上初の全高八メートル以下の相転移エンジン搭載型人型機動兵器。

 ネルガル渾身の地球最強を冠する機体であり、ウリバタケ・セイヤにとっても生涯最高傑作と言われた機体であった。

 

「なんで、なんでダブルエックスが? 完成間に合わなかったんじゃ」

 

 ユリカは困惑する。もしかしたら発進後になんとか間に合って送り込まれた可能性もゼロではない。しかし、レーダー警報すらなくあの場に出現したということは……。

 

「艦長、あの機体の出現の際、ボース粒子反応を検知しました。あの機体はボソンジャンプで出現したと思われます」

 

 ルリの報告を受けて大介を除いた全員が身を固くする。アルストロメリアの短距離ジャンプではないのは明らか。

 とすれば乗っているのはA級ジャンパー。消去法でたった一人しかいないじゃないか。

 

「ダブルエックスから通信? つ、繋ぎます」

 

 通信席のエリナが咄嗟に回線を開く。第一艦橋正面、窓のすぐ上の天井に設置されたメインパネルが点灯し、パイロットの顔を映し出す。

 その人物とは――。

 

「ヤマト、聞こえるか? テンカワ・アキト、ダブルエックスと一緒にヤマトの航海に参加させてもらう。――いいな? ユリカ」

 

 

 

 

 

 

 アカツキからすべてを聞かされたアキトは無力感に打ちのめされていた。

 アカツキは決して責めるようなことを言わなかったが、ユリカが悲壮な決意を固めて戦い続けていたことを余すことなく伝えてくれた。

 

 ――俺が、俺が迷っている間にユリカが、ユリカが――

 

 ユリカは確実に破滅への道を進んでいる。

 だがそれは地球と人類にとっては救いの道。イスカンダルに辿り着きさえすれば、ヤマトは必ず地球を救う。

 だが、今のままではユリカが助かる確率は低い。

 もう彼女の体と心は限界に近い。このまま無茶を続ければ――遠からず……。

 

「ユリカ君の決意――わかってくれたよね? 彼女にとって君はいまでも一番星なのさ。だから彼女はヤマトの再建を成功させ、イスカンダルの支援すら取り付けることができた――君はその気持ちをどう受け止める? 変な意地を張っていると取り返しがつかないことになるぞ」

 

 アカツキの言葉を受けて、アキトは自分がすべきことを悟った。それ以外に道はない。そうしなければ、ユリカはイスカンダルに辿り着く前に果てる。

 そんなことは――許されない!

 

(ユリカ……)

 

 アキトの脳裏に彼女との思い出が巡る。

 火星で一緒だった頃の記憶、ナデシコで一緒だった頃の記憶、ボロアパートで一緒だった頃の記憶、結婚式の記憶。

 いつでも自分に全力で好意をぶつけてくれた彼女。鬱陶しく思ったことも多いが、その嘘偽りのないい好意にいつしか心惹かれ、彼女を選んだ。

 ――嗚呼、最初からいますべきことは決まっていた。

 火星で最初に木星に襲われた時、エステバリスで逃げようとして敵中に放り出されて硬直した時、いずれも救ってくれたのはユリカのイメージ。

 優柔不断で気持ちと向き合えず、傷の舐め合いからメグミ・レイナードと仲良くなったりいろいろあったけど、ずっとずっと想っていたのは――。

 だから悔しかった。奪われて。

 だから申し訳なかった。護れなくて。

 もう、後悔は十分だ。

 あとは突き進むだけだ! この想いのままに!

 

「――俺は行く。ヤマトに! まだ間に合うはずだ、艦内見取り図を見せてくれ! ボソンジャンプで直接乗り込んでユリカを助けるんだ! 頼む!」

 

 アキトは土下座してアカツキに助けを請う。

 アカツキはそんなアキトを見て嬉しそうに笑うと「それだったらあれも持って行ってもらわないと困るんだ。実は搬入が間に合わなくてね」とアキトを格納庫に誘った。

 かくしてアキトは調整が間に合わなかった、と嘘をついて残されていたダブルエックスに導かれた。

 その左肩には白い百合の花弁に包まれるように小さな黒百合の花弁が描かれている。

 それがなにを意味しているのかは考えるまでもない。

 アキトはアカツキに感謝の言葉を述べると、そのままダブルエックスで旅立っていった。

 

 

「やれやれ……約束を破った甲斐があればいいけどねぇ。ホントに手間がかかるんだから」

 

 アカツキはとても清々しい笑みを浮かべていた。

 アキトが、自分の意思で戻るきっかけを作るためだけに、アカツキは持てる権力を使ってアキトにユリカの演説の映像を見せたのだ。――どこにも放送などされていない、隠し撮りの映像を。

 

 視線の先には、月軌道上でワープテストに備えたヤマトの姿を捉えたモニターがある。敵に襲撃されているようで、対応に苦慮しているようだが、ダブルエックスは間に合ったらしい。

 

「ふぅ。柄じゃないと自分でも思うんだけどさ。……ヤマト、あの家族の運命も――君に託す。頼む、絶対に護り抜いてくれ。そのために、僕は君の再建に力を尽くしたんだぞ」

 

 

 

 

 

 

「ア、キト?」

 

 ユリカはわが目を疑った。どうしてここにアキトがいる。どうしてダブルエックスに乗っている。思考がぐるぐると渦巻いて正常に働かない。

 

「おい、聞こえてないのか? とりあえず連中を叩いてくるから――」

 

「なんで来たの?」

 

 アキトの言葉を遮ってユリカが言葉を絞り出す。

 口に出してから、わけのわからない怒りが込み上げてくる。そして感情のままに喚き散らした。

 アキトはここにいちゃいけない。その考えだけが膨れ上がり、艦長としての立場も威厳も宇宙の果てに吹っ飛んだ、大爆発だった。

 

「なんでアキトがここにいるのよ! ダブルエックスだけ置いてさっさと帰りないよこのバカ!」

 

「ばっ!?」

 

 いきなり罵倒されてアキトも狼狽する。だが、我慢する。そもそも置いて逃げた自分が悪いのだから。

 

「アキトはヤマトに乗っちゃ駄目! 月でも地球でもどっちでもいいからヤマトの帰還を待ってればいいの!」

 

「――そんなこ」

 

「言い訳無用! 帰りなさい!」

 

 取り付く島もない拒絶。容赦ない言葉の暴力にアキトもとうとう我慢の限界を迎え、反撃の火蓋が切って落とされる。

 

「帰れるわけないだろうが! アカツキから聞いたぞ、余命半年ってなんだ!?」

 

 痛いところを突かれたユリカが「うぐっ!」と言葉に詰まると、アキトの攻勢が始まる。もう遠慮なんてない、言いたいことを言いたいだけ言ってやるとばかりに胸の内をぶちまけた。

 

「ルリちゃんたちにも凄く迷惑かけたっていうじゃないか! もう少し考えてから行動しろこのバカッ!」

 

「――っ! に、逃げてた人に言われたくない!」

 

「お、おまえだって避けてたんだろうが! お互い様だ!」

 

 売り言葉に買い言葉。わあわあぎゃあぎゃあと、とても理不尽な悲劇に引き裂かれた夫婦の感動の再会とは思えない痴話喧嘩。ヤマトのクルー一同、戦闘中だと言うのに頭を抱えたい気分になった。

 そう、『クルー一同』だ。

 アキトの姿を認めたエリナは艦内、どころかコスモタイガー隊にいる旧ナデシコのメンバーにもこのことを伝えようと焦ってうっかり操作ミス、全艦放送してしまったのである。

 つまり、火星極冠遺跡の再現であった。

 

 

 

「おい! 戦闘中に痴話喧嘩してんじゃねぇ! 気が散るだろうが!」

 

 リョーコが怒鳴り返すが届いていないのか聞いていないのか、喧嘩はますますヒートアップ。気が散ると言いながらもその動きのキレはまったく衰える気配がない。

 いまこの瞬間も後ろを取った敵機にミサイルを撃ち込んで撃破、爆風を利用して射線を隠したレールカノンと拡散グラビティブラストの散弾を放って、瞬く間に二機の戦闘機を撃墜している。

 

「ある意味らしいよね、なんか昔に戻った気分」

 

 ヒカルは先程までよりもさらに肩の力を抜いて新たな愛機を操る。

 その見事な操縦技術はブランクを感じさせず、的確な位置取りと素晴らしい判断力で、ガミラス機を翻弄、撃墜する。

 

「――――ふっ」

 

 イズミもなにかしらのギャグを言ったようだが、生憎リョーコにそれを聞く余裕などなかった。

 イズミのアルストロメリアも精細さを欠くことなく、むしろさらに鋭く敵機に喰らい付き、その正確無比な射撃で確実に葬り去っていく。

 

「おいおい、戦闘中に痴話喧嘩って……火星での決戦思い出すなぁ~。あれがなけりゃ、木星と地球の関係もまた違ってたのかしらねぇ」

 

 サブロウタが笑う。

 動きも軽やかに敵機の攻撃を躱し、返す刀で損傷を与える。被弾した敵機が錐もみして味方に激突して、果てる。

 両肩の連射式カノンの弾幕とミサイルの雨あられ、そこに重力波の散弾とレールカノンの高速徹甲弾と、持てる火力の全てを出し尽くした猛攻の前に、ガミラスの戦闘機隊も攻めあぐねる。

 

「ふっ。ようやく振り切ったようだな、テンカワ。待っていたぞ」

 

 月臣も嬉しそうな笑みを浮かべながら、左腕のクローを敵機のエンジン部に突き立てる。

 余裕を取り戻したこともあり、短距離ボソンジャンプも織り交ぜた変幻自在の戦闘機動で敵機を翻弄、確実に撃墜していく。

 

「あれが、テンカワ・アキトさん。艦長の旦那さんの」

 

 コスモゼロのコックピットで進も困惑しながらも、感動(?)の再会を果たした夫婦を見守る。

 困惑はしているが何故か胸が熱くなる。怒ってるようで、彼女はとても嬉しそうだった。

 さすがにベテランパイロットたちには及ばないが、あの二人の邪魔はさせまいと進もシャカリキになって攻勢に転じる。

 大切なユリカのためにも、この場はなんとしても死守する腹積もりで、進は果敢にガミラスと戦う。

 もう二度と失わないために。

 

 

 

「アキトさん……」

 

 痴話喧嘩を聞きながらルリは涙を滲ませた目でモニターを見つめる。会話のノリは完全にナデシコ時代のそれだ。黒衣を纏った復讐者の面影がない。

 この場に来たということは、アキト自身の意識にも変化はあったのだろうけれど、ユリカと言葉を交わしただけでこんなにもあっさりと、以前の彼を覗かせる。

 自分のときは、黒衣を脱がせることはできなかったのに。

 ――やっぱり、お似合いの二人です。

 ルリは再び二人が巡り合えたことに喜びの涙を流す。

 ――そしてさよなら、私の初恋。

 

 

 

 お互い罵倒しあっていい加減疲れたアキトとユリカは、荒い息を吐いてようやく言葉の応酬を止める。

 

「おまえなぁ、せっかく会えたのに嬉しくないのかよ……」

 

 アキトが思わず本音を漏らす。非難は覚悟していたがまさかここまで拒絶されるとは。

 本当は愛想を尽かされたんじゃないかと疑いたくもなってくる。

 

「嬉しいに決まってるじゃない!」

 

 即答したユリカにアキトはびくりと体が震える。

 

「アキトはいまでも私の王子様で、旦那様なんだから! なにがあったとしても、アキトがどんな姿になったとしても、ずっとずっとそうなんだからぁ! 私はずっとずっとアキトが大好き!! 一生そうなのぉ!!」

 

 ユリカの絶叫がアキトの胸を打つ。

 怒りをとおり越して悲しくなったのか、涙を振りまきながら叫ぶ姿は、ある意味最も見たくない顔だ。

 でも、そのおかげでアキトは迷いを完全に振りきれた。

 

「でも、だからアキトはもう戦っちゃ駄目! 無理して傷つく必要なんてない! 今度は私がアキトを護る! アキトの未来を切り開いてみせる! だから帰りを待っててよ! もう一度ラーメン屋ができるようにリハビリしててよ! お願いだからぁ!」

 

 さきほどから支離滅裂になりながらもユリカが繰り返している主張だ。

 心の準備もなく突然の再会にパニックに陥って、論理的な思考など望めなくなったのだろう。ひたすら感情のままにアキトを追い返そうと必死だった。

 この先どう転んでも避けられない自分の姿を、見せたくないという気持ちもありありと伝わってくる。

 

「駄目だ。それを聞いたらますます戻れるわけないだろ。ヤマトには、ヤマトにはな……俺とおまえの未来も掛かってるんだよ! だいたいな、お前が隣にいてくれなきゃ、夢なんて終えるわけないだろうが! もうラーメン屋は俺だけの夢じゃない。二人の夢なんだろ!」

 

 そう言われてユリカが言葉を失う。両目から涙が溢れ、ぽたぽたと艦長席のコンソールに落ちた。

 ユリカはアキトを止める事が不可能だと悟ったのだろう。もうそれ以上、拒絶の言葉はなかった。

 

「アキトぉ……」

 

「すぐに行くからとにかく待ってろ。俺たちの希望は、ヤマトはやらせない。この場は俺たちがなんとかする」

 

 一方的に通信を切断し、駆逐艦の残骸付近に留まっていたダブルエックスを、最大戦速で敵航空部隊に向けた突撃させた。

 

 

 

 両手で顔を覆って泣き出すユリカ。

 いまの彼女に指揮を求めるのは無理だと判断したジュンが代わりに、

 

「ワープ開始予定まであと一五分だ。コスモタイガー隊は帰艦を急げ!」

 

 帰艦命令を出す。

 やっぱり乗艦して正解だった。いままで無理をしてきた分、アキトとの再会がよほど堪えたのだろう。

 ――想定外の事態ではあるが。

 ジュンの胸の内で『空気読め』『最高のタイミングで来てくれた』相反する感情が駆け巡った。

 

 

 

 ジュンの命令がコスモタイガー隊に届いてから少し遅れて、ダブルエックスが戦線に到着する。

 

「アキト、帰艦命令だ! ワープまで時間がないぞ!」

 

「わかってる。殿を務めるからリョーコちゃんたちは戻ってくれ。ダブルエックスならすぐに追いつける」

 

 リョーコの叱責アキトはすぐに応答した。

 コスモタイガー隊の必死の活躍で、敵の航空戦力はすでに壊滅的な打撃を被っているが、健在な機体もまだ少し残っている。ヤマトの安全を考えるなら、すべて撃墜しておきたい。

 ダブルエックスは味方機と敵の射線上にわざと飛び込んで、敵のビーム機銃弾を受け止めて防ぐ。ほとんどの攻撃はフィールドが弾き返し、フィールドを破ったはずのビーム弾もシールド表面であっさり弾かれた。

 従来機ではあり得ない、脅威的な防御性能だ。

 

「一人でやる気か!?」

 

「ダブルエックスだからできるんだ。この機体は相転移エンジン搭載型で、そっちよりも数段上なんだ! すべてがね!」

 

 言いながら操縦桿を捻り、右手に握られた専用モデルのビームライフルを発砲する。発砲するたびに、機関部の排気口から気化した冷却材が少量噴き出して、白い煙となった。

 

 ショックカノンの原理を応用した新型ビーム砲。針のように細い高収束粒子ビームを猛烈な勢いを付けながら回転させて撃ち出す。

 命中するとドリルのように対象に抉り込むようにして破壊する作用があるため、エステバリス用の大型レールカノンと同等か上回るとさえ言われるほどのフィールド貫通力を誇り、接射に近い距離に限られるとはいえ、ガミラスの駆逐艦ならこのライフル一丁で十分戦えるとまで評されるほど。

 つい先程も至近距離から機関部に連射することでガミラス駆逐艦を撃沈したことからも、それが正しかったことが伺える。

 それでいて速射性・連射性ともに損なわれておらず、徹底してシンプルな内部構造による軽量さよる取り回しのよさ、そして長銃身による高い収束率と命中精度、破格の有効射程距離を併せもった、最強クラスの携行火器。それがこのDX専用バスターライフルだ。

 その威力の源は発射システムだけではなく、ダブルエックスに搭載された大出力型小型相転移エンジンにもある。

 Gファルコン以上の出力をもつ(巡洋艦相当の)相転移エンジンを搭載し、特殊装備を除いてシンプルで汎用性の高い機体構成による余剰出力を活かすことで、この大出力兵器の運用を可能としているのだ。

 

 アキトはその強力無比なビームライフルから次々とビームを発射、その都度吐き出される冷却材の煙の尾を引きながら機体を縦横無尽に走らせガミラス機と相対し続ける。

 撤退支援も目的としているので、Gファルコンアルストロメリアに向かおうとする敵機の眼前に躍り出て、撃ちかけられるビーム機銃弾を破格のフィールドと装甲で弾き飛ばしつつ、反撃のバスターライフルで確実に粉砕していく。

 発射されたミサイルはこめかみの部分に内蔵された小口径のバルカン砲で余さず迎撃。

 ミサイルの爆発による煙を利用して近くにいた敵機に急接近。上から被さるように距離を詰め、左腕を大きく後ろに引き、マウントしているショートシールド――ディフェンスプレートの先端にフィールドを集中展開、収束。

 フルパワーで振り下ろされたダブルエックスの左腕は敵機の左翼を貫通、半ばからへし折る。ついでに機首のコックピット目掛けて頭部バルカンを撃ち込んでやる。

 近接戦闘で甚大な被害を受けたガミラス機は、そのままきりもみして宇宙を蛇行して進み、ダブルエックスを狙って放たれたミサイルの進路に割り込んで破壊された。

 ダブルエックスは数機ものガミラス機を同時に相手取るむちゃくちゃな戦いをしている。

 にもかかわらず、苦戦しているようなさまは一切見せない、逆に余裕すら感じさせる動きで敵機を翻弄している。

 

「母艦も牽制しておく!」

 

 アキトは後方に位置する十字空母目掛けてライフルを三連射。距離があるためフィールドで弾かれたが、牽制ならこれで十分のはずだ。

 特殊装備を搭載したダブルエックスのセンサーはアルストロメリアやGファルコンを凌ぐ性能を誇る。

 また、特殊装備を活かすため敏捷性よりも安定性を重視した姿勢制御スラスターのセッティングとOSの調整と相まって、アルストロメリアですら真似できない長距離狙撃を軽々実行できる性能を持っているのだ。

 散々テストパイロットとして乗った機体。癖も大体わかっているし、知らないことと言えば教えてもらえなかった特殊装備全般のことだが、それが二門の大砲なのはわかっているので、おそらく合体した時だけ使えるグラビティブラストの類だろうと推測していた。

 ふと思ったが、だったらそれを使ってあの空母を沈めてしまえば、ヤマトは安全になるのではないだろうか。

 

(――いや駄目だ。確かこの特殊装備はヤマトからの供給かGファルコンのアシストがないと使えないって言われてたっけ?――ワープ、確か時間と空間を跳び越える、ボソンジャンプとは違う空間跳躍航法だったか? それの準備中にこっちに回すエネルギーなんてないか。Gファルコンもないし。――つか、どうして外部電源が必要なんだ? 相転移エンジン搭載なのに?)

 

 いまさらながら疑問に思ったが考えていても仕方がない。

 アキトは正面モニターに被さったヘッドアップディスプレイに映るロックオンマーカーを目で追う。

 そこに敵機が重なるたびに右操縦桿のトリガーを引いてバスターライフルを発射、次々と粉砕していった。

 

 アキトの支援を受けたリョーコたちは速やかにヤマトに帰艦、艦底部のハッチを潜って次々と着艦していく。

 殿を務めたダブルエックスも敵機を全て撃破してから、最後に発着口を潜った。

 だが安心は出来ない。航空機は全て叩いたが空母はほぼ無傷だ。空母にも武装が施されていることはこれまでの戦闘で分かっている。

 

「艦載機、すべて着艦。未帰艦なし」

 

 管制塔からの報告が第一艦橋に響く。ワープ開始まで後五分。

 

「ワープ五分前。各自ベルト着用」

 

 涙を拭ったユリカが指示を出しながら、自らも安全ベルトを締める。

 格納庫から戻ってきた進も戦闘指揮席に座り、安全ベルトを締めて体を固定した。

 

 時間曲線を示すモニター表示を見つめながら、大介がワープスイッチレバーに手を伸ばす。

 五本の横線がモニター上を左に流れ、中央を光点が上下に動くモニターは、ワープシステムによって捻じ曲げられる時間曲線を示している。

 この時間曲線が捻じれた一点に、ヤマトが現在いる時間を示す光点が重なる瞬間にワープしなければならない。

 極短い時間なら保持できるのだが、タイミングを逸するとまた計測し直しになる。ワープテストの時間をずらせなかった理由のひとつだ。

 もっとも、初回であるため慎重に慎重を重ねているからこそここまで時間がかかっているのであって、慣れてくればもっと早くワープを実行できるようになる。

 余談だが、このタイミングを計算せずに適当なタイミングで飛ぶことを『無差別ワープ』と言い、宇宙の歪曲任せの跳躍になるためどこに出現するかわからない危険なワープだった。

 

 ワープ準備をすべて完了し、あとは跳ぶだけになったヤマトをついに射程に捉えた高速十字空母が、上部ミサイルランチャーを起動、ヤマトに向かって発射する。

 それとほぼ同時に、ワープモニターの時間曲線の捻じれとヤマトの時間がピタリと重なって保持される。

 

「ワープ!」

 

「ワープ!」

 

 ユリカの号令に従って大介がワープスイッチレバーを押し込む。するとヤマトの艦体が青白い輝きに包み込まれ、空間に溶け込むようにして消え去る。

 ヤマトに向かって発射されたミサイルは、突然目標を失って空しく宇宙を彷徨った。

 

 その光景を目の当たりにした空母艦長は「バカな……」とつぶやいていた。

 

 

 

 ボソンジャンプとは似て非なる不可思議な空間の中を、ヤマトは進む。

 まるで一秒にも一分にも感じられるような不可思議な感覚にクルーたちは驚く。

 通常時間にすれば一瞬としか言えない時間を経て、ヤマトは通常空間に復帰、火星近海に出現していた。

 ワープの衝撃で軽く意識を飛ばしていたクルーたちが呻きながら起き上がり、眼下に広がる火星の姿に喜びを露にする。

 ヤマトはワープ航法を成功させた。これでイスカンダルへの道筋が開けたと。

 喜びに沸くのは第一艦橋でも同じだった。

 特に大介は熱いものが込み上げるのを堪えきれず、ガッツポーズをとって喜んでいる。

 だがすぐに全員が異変に気付いた。艦長席があまりにも静かだからだ。普段なら我先に喜んで騒いでそうなのに。

 振り向いた先に見えたのは、ぐったりと青い顔で座席にもたれ、気絶しているユリカの姿。全員の顔が青褪める。

 もしかして、負荷に耐えきれなかったのではないか。

 

「ユリカ、しっかり! やっぱり発進になぜなにナデシコにテンカワとの痴話喧嘩の連続はきつかったか……!」

 

「後ろ半分は自業自得な気もするけどね……ユリカ、しっかりして、大丈夫?」

 

「医務室、医務室に連絡を! ユリカさんしっかりして!」

 

「ユリカしっかりして! 死んじゃいやぁ~!」

 

 ルリさんもラピスさんも落ち着いて! アキトさんが帰ってきたならユリカさんはきっと大丈夫です!」

 

「みんな落ち着け! とにかく医務室に運ぶんだ。古代、手伝え! 俺とおまえで運ぶぞ」

 

「雪! 艦長が倒れた、医務室に運ぶから受け入れ準備を!」

 

「艦橋は俺と副長達が引き受けた。頼むぞ古代」

 

「戦闘指揮席は俺が受け持つ、頼んだぞ」

 

 ワープ成功の喜びも吹っ飛んで、第一艦橋はパニックだった。

 

 

 

 

 

 

 妙にフワフワした感覚に包まれながら、ユリカは目を覚ます。目の前に映る景色は第一艦橋ではない。ここは、医務室だろうか。

 そうか、ワープテストで気を失ったのか。ワープが初見ではキツイと言うのは覚悟していたが、まさか気絶とは。他のクルーを心配させてはいけないと言うのに。

 ユリカは若干の後悔を感じながらも身を起こそうと体に力を入れた。

 

「ユリカ、気分はどうだ? 気持ち悪かったりしないか?」

 

 声の方に目を向けると、心配げな顔をしたアキトの姿が視界に入ってきた。

 少々暗い色使いのラフな普段着姿。多少大人びたと言うか、眼つきが鋭くなった以外はあの頃のままの、ユリカの愛してやまないアキトの姿がある。

 そのことが無性に嬉しくて、涙がこぼれる。

 この一年間我慢を重ねてきた反動といわんばかりに、とめどなく涙が溢れて流れていく。

 

「アキト、体は、体は大丈夫なの?」

 

 渾身の力で上半身を起こして、涙ながらに問うユリカにアキトは何度も何度も頷く。

 

「ちゃんと治ったよ。味覚も元通りで、それ以外の部分も――だから泣くなよ。こっちまで、泣けてくるじゃないか」

 

 アキトの目にも涙が浮かぶ。

 ずっとずっと逢いたくて、逢えないと思っていた最愛の妻とようやく逢えた。直前まであんなに会うのが怖かったのに、いざ対面したらこのざまだ。

 嬉しくて嬉しくて仕方ない。今眼の前にユリカがいる。

 最も愛おしい女性が、眼の前に――。

 

「俺、おまえにちゃんと謝らないといけないんだ。俺は――」

 

「なにも言わなくていい。言わなくていいよ。私もなにも言わない――辛かったでしょう、寂しかったでしょう。でももう大丈夫。私がずっと傍にいる。もう離さない、一人になんて、しないから。地獄の底までだって着いて行くよ」

 

 涙を流しながらユリカがアキトの手を掴んで顔に引き寄せ、唇の代わりと言わんばかりに掌にキスをする。

 本当はユリカだって辛い。

 こんな弱り切った、いまにも枯れ果ててしまいそうな自分の姿を、これから先避けることのできない姿を、見て欲しくない。

 健闘空しく死ぬかもしれないから、あまり大きなことは言いたくない。

 でも、でも一緒に居たい。もう離れたくない。

 その一心で、アキトを繋ぎ留めたくて、必死になる。

 

「ああ、俺だってもう離さない。離してなるものか……こんな、こんな最高の女を二度と離すもんか。ユリカ、愛してる。アカツキから全部聞いたよ。いままで本当に頑張ったんだな――ありがとうな、希望を護ってくれて。だから、絶対にイスカンダルに行こうな。イスカンダルで、おまえを元通りにしてもらって、一緒にまたラーメン屋をやろう。一緒に……幸せな家庭を――っ!」

 

 アキトは掴まれた手でユリカの頬をそっと撫でる。

 ユリカはアキトの言葉を聞いて、彼が『すべてを承知のうえでヤマトに来た』ことを悟った。

 ――ならば、もう迷いはない。アキトと一緒に、みんなと一緒にイスカンダルへ。

 ヤマトなら、それができるはずだ。

 だからいまは、この再会を喜びたい。

 

「おかえりなさい、アキト」

 

「ただいま、ユリカ」

 

 本当の意味で再会を果たした二人は、自然と抱き合い、唇を重ねるのであった。

 

 


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