ここまで読んでくださった皆様に最大限の感謝を。
とある日の勇者部部室--
りみ「ちょっと聞いてください…。」
深くため息をつきながらりみが部室へと入ってくる。
高嶋「どうしたの?りみちゃん。」
りみ「昨日の夜、またお姉ちゃんが気絶しちゃったんです…。」
ゆりはお化けや怖い話などの恐怖体験が苦手である。以前山奥の旅館で有咲とあこが昏睡してしまった時には、山の呪いの事を聞く度に幾度となく気絶してきた。
紗夜「また…ですか…。一体何があったんですか?」
りみ「それがですね……。」
--
昨晩、牛込宅--
りみ「あはは!このお笑い番組面白いね、お姉ちゃん。」
ゆり「そうだね。中々にハイセンスだよ。」
りみ「あっ、私この人好きなんだ!」
ゆり「え?どれどれ?」
芸人「裏に飯屋があるんだってさ。うらめしや〜!なんつって!!」
りみ「あははは!どう、お姉……。」
ゆり「…………。」バタッ
りみ「お、お姉ちゃん!?」
--
りみ「………って事なんですよ…。」
部室が一斉に凍り付く。
美咲「いや…そんな事で気絶すること自体がもうギャグだよ……。」
中沙綾「ゆり先輩のその癖、悪化する一方だよね……。身体は大丈夫かな…。」
香澄「治せるのなら治した方が良いよね。」
薫「確かに……。治すべきだね。」
小沙綾「それにはまず、何処までが平気で、何処からがアウトなのかを検証しないとですね。」
それぞれがゆりのボーダーラインについて話し合う。
友希那「私が思うに、ゆりさんは血には耐性があるんじゃないかしら?料理とかで血は見てる筈よ。」
燐子「ですが…前の旅行では、血が吹き出る話にすぐ気絶していました…。」
リサ「そういえばそうだね。血を見ても平気なのに、血の話は駄目だなんて。」
彩「ゆりさんはお化けが苦手なんだよね?」
夏希「でも、ハロウィンの仮装とかは大丈夫でした。」
あこ「誰がやってるか分かるからじゃない?だってお化け屋敷は駄目だよね?」
花音「普段のゆりさんからは想像つかないなぁ…。」
その時、何も知らないゆりが部室に入ってくる。
ゆり「おはよう。みんなして何話してたの?」
小たえ「おはようございます。今はですね、おば……。」
ゆり「………。」バタッ
最後までたえが言い切らずに美しさを感じる程に見事な気絶っぷりを披露するゆり。その間僅か1秒にも満たない。
有咲「んなっ!?一瞬で気絶した!?ここまで重症化してたのか……。
薫「これは……早急な治療が必要だね。」
部員達は止む無く強硬手段を取る事に決める。
---
花咲川中学、夜の渡り廊下--
ゆり「うぅぅ……。何で私だけ肝試しなの……。土下座でも何でもするから勘弁してぇ…。」
りみ「お姉ちゃんの為だって説明したでしょ?」
中沙綾「ゆり先輩は部長で司令塔ですから、すぐ気を失ってたら、私達が困りますから。」
有咲「そうだぞ。勇者部全員の為だと思って気絶癖を克服するんだな。」
ゆり「くぅ……後輩にそこまで言わせるなんて…。自分でも、治さなきゃとは思ってたけど…。」
薫「ゆり……頑張るんだ。」
ゆり「や、やるしかない……か。香澄ちゃん!」
香澄「はい!」
ゆりは気絶した時の為に備えて、香澄に気絶したら叩き起こしてもらうようお願いする。
香澄「分かりました!それじゃあ、みんな!よろしくね!」
香澄の掛け声で、プログラムがスタートする。すぐさま、廊下を生暖かい空気が包み込む。
ゆり「………な、何が始まるの……?」
紗夜「大惨事ぃ………。」
いきなりゆりの真後ろから紗夜がおどろおどろしい声をあげる。
ゆり「ギャーーーーーッ!うっ………。」バタッ
秒でゆりが気絶する。
紗夜「い、今のでですか………。」
香澄「ゆり先輩、失礼します!喝っ!!」
そして、すぐさま香澄はゆりの首筋を思いっきり叩いた。
ゆり「ぐはっ!あ、ありがとう香澄ちゃん。ま、まだだよ……まだ大丈夫!」
中沙綾「こちら山吹。総員に要請。恐怖要素を一段階降格!どうぞ!」
友希那「こちら湊。了解したわ。」
今のを基準沙綾は脅かし部隊にレベルを下げるよう通達する。
夏希「はーい、毎度どーも!お化けでございますー!」
ゆり「ぐっ………。」バタッ
夏希「えっ……!?」
香澄「喝ーーっ!!」
ゆり「うぅ……ちょっと不意を突かれただけ…だよ……。ま、まだだよ…。」
脅かされ、気絶しても香澄の助けで何度も立ち上がるゆり。
薫「……そうだよ、ゆり。その意気だ。」
中沙綾「こちら山吹。総員に要請。恐怖要素を更に降格!どうぞ!」
小たえ「こちらたえ小。了解です。」
第三の資格がやって来る。
モカ「はいー。せーので出ますよ?せーので出ますからね?せーの!」
彩「こんばんは、丸山彩ですっ♪」
ゆり「ぬはっ………。」バタッ
香澄「喝ーーっ!!」
ゆり「ぐはぁ!!わ………私は……ま…まだ………まだやれるよ……。」
その後もすぐに気絶をし、香澄の喝で復活するを繰り返すゆり。
--
有咲「何か………もう、香澄がいれば気絶しても良いんじゃないかって気がしてきた…。」
香澄「でも、こんな事繰り返してからゆり先輩の首が保たないよ……。」
有咲「そこは手加減しろぉ!バーテックスにやるみたいにするな!」
中沙綾「これはもう癖になっちゃってるね…。心の問題は慣れじゃ治療出来ないよ。」
りみ「そんなぁ……。お姉ちゃん、気を強く持って!お姉ちゃんでしょ!」
ゆり「うぅぅ……もう私が妹で良いよ…。だからもうギブアップさせてぇ……。」
度重なる気絶でゆりの足は生まれたての子鹿の様にプルプル震えていた。そこへ薫がやって来て、
薫「ゆり……。少し話さないかい?」
ゆり「え?」
薫「少し2人きりにしてくれないか。」
薫はそう言って、ゆりと2人で屋上へと移動した。
---
花咲川中学、屋上--
ゆり「話って……急にどうしたの?」
薫「……聞いて欲しい事があるんだ。」
薫は神妙な面持ちで話し始めた。
薫「私は………元の世界に戻ったら……死ぬだろう。」
ゆり「ちょっ……いきなり何言い出すの!?」
薫「事実だ。」
薫は真っ直ぐな瞳でゆりを見つめて話し続ける。
ゆり「や、やめてよ!怖い話なら、そのネタは……シャレにならないんだから…。」
薫「事実なんだ………。」
ゆり「や…やめてって……言ってるでしょ……。そんな話、聞きたくない……。どうしてそんな事!」
薫「いくら沖縄県民が長寿だからとはいえ、300年も生きることは出来ないからだ。」
ゆり「へ?300年!?なんだぁ……寿命的な話?びっくりさせないでよ……もう。」
ゆりは冗談だと笑っているが、薫の目は真剣だった。
薫「でも私は……ずっと、待とうと思う。」
ゆり「へ?意味が分からないよ。待つって、どうやって何を?」
薫「幽霊になって……300年の間………ゆりが生まれて来るのを待ちたい。」
ゆり「えっ…………?」
薫「私の幽霊でも……怖いかい?気絶してしまうだろうか……。」
ゆり「ど、どうだろうね………。」
--
一方その頃、屋上入り口では--
中沙綾「………何の話をしてるんだろう?」
香澄「幽霊になるとかならないとか言ってるよ?」
有咲「薫の幽霊は………怖くない…のか?」
りみ「ど、どうかなぁ…。」
残った勇者部員達が2人の話をこっそりと聞いていた。
--
花咲川中学、屋上--
薫「今まで漠然と死を覚悟しながら……私はどこかで死を恐れてもいた。だけど、もう違う……。」
ゆり「…………そう。」
薫「死んで幽霊になれば……また逢える。そう思ったんだ……。だが…気絶されてはショックだからね。」
ゆり「それは………そうだよね………。」
段々とゆりの声色が震えていく。
薫「だから、出来れば私がここにいる間に、気絶癖を治して欲しい……。でないと死んでも死にき………。」
ゆり「やめて…………。」
薫「ゆり……。もうすぐその時が来てしまう。その前に話しておかないといけない話だと………。」
ゆり「やめてって言ってるでしょ!?寿命でも何でも死ぬ話なんて、仲間の口から聞きたくない!!!」
それは今までとはまた違った恐怖--
現実の世界でゆりが一番恐れていた事--
仲間が死ぬという絶対的な恐怖--
薫「……………。」
ゆり「お願いだから……そんな話を、私にしないで………。」
薫「ゆり………。」
ゆり「勇者になってから………いつも隣には死があった。私にも……みんなにも……。だからいつもそれを意識しないよう、楽しくやって……どうして今、死んだ後の話なんて……。誰にも死んで欲しくない…。そんなの想像するのも……話すのも嫌なの!!」
神世紀での御役目の発端はゆりが勇者部を作った事がきっかけだった。勇者としての真実を知り、暴走した沙綾を止めた後もゆりはずっと香澄達を勇者部に誘った事を後悔していた。いつも死と隣り合わせの御役目、誰がいつ死んでもおかしくないのだから。
薫「すまない……ゆり。しかし……そういう訳にもいかない……。私が帰らないと…未来が変わる。四国の……ゆり達の未来も変わってしまうんだ。だから……。だから、私は帰って……君達の過去を………ちゃんと作るよ。」
ゆり「やめて……。言わないで……。」
ゆりの目から涙が止めどなく流れてくる。自分でも抑えが利かない程に。
薫「ふふ……。こんな気持ち、以前には無かった……。自分が逝った後の未来の事など、頭の隅にも…。でも、未来がこうなるのだと解って……それが私を強くしてくれたんだ。」
ゆり「え………?」
薫「神世紀がこんなに素晴らしいなら……私の戦いは無駄ではない。帰ったら、一層勇敢に戦えるだろう。」
ゆり「そんな事望んでない…。勇敢に戦って散るのが私達の為……?冗談じゃないよ…。」
薫「重いかい?でも、それを今度は…ゆり達が背負って次の世代へと引き継ぐんだ……勇者として。それが……勇気のバトンだ。」
ゆり「うぅ……っ。うぅぅ………!」
薫「そんなに泣かないでくれ……。」
薫は優しくゆりを抱きしめた。
ゆり「誰が泣かせてるのよ………。」
ゆりも薫を抱きしめ返す。3年生として、部長として、司令塔として誰にも言えない不安を抱えていたゆりだったが、今それを全部吐き出す事が出来たのだ。
薫「私は戻って来るよ……。300年、ゆりの誕生を待って…待って…待って……そうしたら………また…逢おう。」
ゆり「…………薫。」
薫「安心してくれ。ゆりの背中は私が守る……。いつも………傍にいるから……。」
ゆり「…………約束…だよ。」
薫「あぁ……。」
---
屋上入り口--
香澄・高嶋・りみ「「「うぅ…っ。うぅ…ぅぅ……っ。」」」
有咲「な…何なんだよ……背後霊になる約束とか……バカ…じゃねぇか……。うぅ…っ。」
りみ「薫…さん……そ…そこまで……お姉ちゃんを……うぅ…あ、ありがとうござい…ます……っ。」
小沙綾・夏希・小たえ「「「うぅぅ…ぅぅ……。」」」
コソコソ聞いていた香澄達も涙を止める事が出来ずにいた。
あこ「か、薫ぅ……カッコイイよ……。」
燐子「うぅ…私達、もう引き上げましょう…。このまま…うぅぅ、邪魔しないように……。」
紗夜「ええ……賛成です。立ち聞きした挙句、邪魔するなんて最低ですから……人として。」
香澄達は屋上入り口を後にする。
---
屋上--
2人はまだ抱き合っている。ゆりの顔にもう恐怖は微塵も無かった。