"一口ちょーだい"。全てはこの一言から始まった。
たかが唐揚げ一つ、されど唐揚げ一つ。この世界は常に等価交換で成り立っているのである。
勇者部部室ーー
中沙綾「只今より、緊急裁判を開廷します。」
部室内に重苦しい空気が流れている。何故こうなってしまったのか。それは少し前に遡るーー
ーーー
かめやーー
花音「♪〜。このお店って、麺類以外にも色々あって、選ぶの迷っちゃうな。」
つぐみ「私は……おかめうどん。あっ、やっぱり梅カツうどんに。」
六花「私は山菜うどんと釜飯のセットにします。」
香澄「うーん…今日は卵とじうどんと、シューマイにしよっと!」
香澄達は本日の依頼が終わったので、うどんを食べかめやへとやって来ていた。
蘭「注文し終わって、待ってる間はなんか侘しいよね。」
ーー
数分後ーー
全員の目の前に注文したうどんがやって来る。
全員「「「いただきまーす!」」」
赤嶺「シューマイ美味しそうだね。一口ちょーだい♪お返しに、私のコロッケ、一口どーぞ♪」
香澄「ありがとー!モグモグ…美味しいね!みんなでご飯食べるの大好き!」
赤嶺「彩ちゃんの玉ねぎサラダ、一口ちょーだい♪お返しに私の海藻サラダ、一口どーぞ♪」
彩「ありがとう!うん、とっても美味しいよ!」
赤嶺はみんなで食事をする時、いつも"一口ちょーだい♪"と言って、おかずの交換をしていた。殆どがそれを好意的に受け取っているのだが、1人だけは違っていた。
あこ「うぅ…………!」
イヴ「あこさんは、どうして唸ってるんですか?」
りみ「な、何でだろう……。」
一通り堪能した赤嶺が次に狙いを付けたのは、あこだった。
赤嶺「あーこちゃん、その唐揚げ一口ちょーだい♪」
あこ「えー、唐揚げ一口って丸々一個だよ。食べたいなら、もう一皿頼めば良いのに。」
赤嶺「んー。でも、それだとお腹いっぱいになっちゃうかもだし、ちょっと味見したいだけなんだもん。」
あこ「味見って、何度もここの唐揚げ食べてるじゃん!」
赤嶺「けど、一回の食事で色んな味を楽しみたくない?ほら、私のもあげるから、分けっこしよーよ♪」
そう言って、赤嶺が差し出したのはキュウリの浅漬けだった。
あこ「キュウリの浅漬けと唐揚げじゃ、釣り合わないよ!!」
赤嶺「そうかな?さっぱりするし、相性良いと思うよ?分けっこするにはぴったりの料理でしょ?」
あこ「あこは分けっこしなーーーーい!!あこの唐揚げはあこだけの物だよ!!!」
鬼の様な形相で、あこは唐揚げが乗ったお皿を抱え込む。
燐子「あこちゃん……大きな声はお店に迷惑かかっちゃうよ…。」
あこ「唐揚げは4個しかないんだよ!?一個あげたら3個になっちゃうじゃん!」
紗夜「引き算が出来るなんて凄いですね、宇田川さん。」
花音「でも、あこちゃんが言ってる事もちょっと解るかも……。これは微妙な問題だよね。」
美咲「確かに、唐揚げと浅漬けじゃ等価交換にはならないかも。」
赤嶺「わ、解ったよぉ。そんなに唐揚げが好きならもう良い。ケチンボだなぁ、あこちゃんは。」
あこ「あこはケチじゃないよ!大っきいお皿にのってるなら別だけど、この唐揚げは4個しかないから、4個食べたいんだもん!」
ゆり「いい加減にしなさい、2人とも。」
側から見れば、何とも幼稚な子供の喧嘩である。
小沙綾「はぁ……仮にも勇者なんですけどね…。」
千聖「情けないし、恥ずかしいわ…。」
友希那「あこが申し訳ないわ……。はぁ…。」
ーーー
それから数日後、勇者部部室ーー
あこ「ふざけるのもいい加減にしてよーーー!!」
今日もあこの怒号が部室内に響き渡った。
リサ「ど、どうしたの!?あこ。」
赤嶺「ちょっと聞いてみただけじゃん、ケチ。」
薫「一体何の騒ぎだい?」
紗夜「またですか、宇田川さん。頭がガンガンしてきます。」
中沙綾「喧嘩してる理由は何?」
赤嶺「あこがね、アイス食べてたから私が一口ちょーだいって言っただけ。」
千聖「また……。一口ぐらい良いんじゃないかしら?」
あこ「これは絶対ダメなんです!」
全員が赤嶺の味方をするので、あこはその元凶となったアイスをみんなに見せる。すると、何人かの目の色が変わったのだった。
あこ「今食べてたアイスは、"雪目だいふく"だったからだよ!!」
夏希「なっ………そ、それなら納得です!」
有咲「"雪目だいふく"は1パックに2個入り…流石にそれを一口っていうのは中々…。」
あこ「そう!そうなんだよ、夏希!これは正気の沙汰じゃないよ!!"雪目だいふく"は買う度に小さくなってる非情なアイスなんだよ。」
友希那「丸々一個とは言ってないのでしょ?少し怒りすぎじゃないかしら?」
花音「でも、"雪目だいふく"は確かに考えちゃうなぁ。"ペノ"ならまだしも。」
"ペノ"とは1パックに6個入りのアイスである。食べやすく、分けやすいのでこちらも非常に人気のアイスなのだ。
あこ「"ペノ"でも絶対ヤダよぉーー!」
香澄「まぁまぁ、友達なんだし分けてあげようよ。」
あこ「あこは分けっこしないのーー!」
ゆり「アイスの1つや2つ、また買えば良いでしょ?赤嶺ちゃんも、欲しかったら買えば良いのに。」
赤嶺「そこまでは食べたくないです。一口欲しいだけだし。」
あこ「赤嶺の方がおかしいよねぇ!」
六花「ですが、しょうがないですよ。香澄族なんですから。」
中沙綾・紗夜・つぐみ「「「うんうん。」」」
あこ「うぅ………あこは赤嶺を訴えるんだからぁーーーー!!」
こうして、何故だか分からないが、勇者部にて緊急裁判が開かれる事となったのである。
ーー
中沙綾「只今より、緊急裁判を開廷します。」
ゆり「勇者部内での"一口ちょーだい"について。まず、各々の言い分を聞くね。」
花音「ふえぇ……。まず、あこちゃんは"一口ちょーだい"の全面禁止を求めています…。」
小たえ「一方赤嶺先輩は、あこ先輩の頑なな態度で心に深い傷を負い、処罰を望まれています。」
赤嶺「あこちゃん、絶対に誰にもくれないんですぅ。こういうのって良くないと思いまーす。」
あこ「ぐぬぬぬぬぅ………。」
イヴ「裁判長、一言宜しいでしょうか…。」
ゆり「発言を許可します。」
イヴ「私、あこさんが一口あげたところを見た事があります…。」
赤嶺「え!?それ本当?」
イヴ「はい。燐子さんにです。」
今のこの発言で陪審員達に大きな衝撃が走る。
美咲「それじゃあ、あこは赤嶺さんだけにあげないって事?」
中たえ「それは意地悪だよ。」
あこ「あ、あこが意地悪!?」
友希那「意義ありよ!あこはそんな子ではないわ。」
あこ「ゆ、友希那さん……ありがとうございます!」
友希那「あこは赤嶺さんに意地悪している訳ではなく、単に燐子に甘いだけよ。」
燐子「友希那さん……。」
あこ「ちょーーー!友希那さん、それじゃあ、あこの心証が悪くなっちゃいますよ!」
日菜「なんだ。やっぱりケチじゃん。」
あこ「ケチじゃなぁーーーい!!」
あこに部が悪くなってきたその時、彩と沙綾が妥協案を提示する。
彩「大皿料理にだけ"一口ちょーだい"を許可したらどうかな?」
赤嶺「大皿料理はみんなのものでしょ?それをわざわざ"一口ちょーだい"って言う?」
高嶋「でも、あこちゃんがこんなに嫌がってるんだし…。赤嶺ちゃん、あこちゃんにはやめてあげない?」
リサ「そうだね……世の中には回し飲みや、他の人の手作りが苦手な人だっているし、強制は良くないかな。」
赤嶺「そっか……うん、そうだね。分けっこが苦手な人がいてもしょうがないのか…。確かにそうかも。」
他人の考えを聞き、すんなりと理解を示す赤嶺。
紗夜「案外すんなりと納得するんですね。」
中沙綾「流石は香澄の名を持つ人。」
香澄「えへへ……。」
有咲「そこ、あんたの照れるところじゃ……いや、良いのか。ん?良くないのか?」
赤嶺「悪かったよ、あこちゃん。私、もう"一口ちょーだい"って言わないから安心して。」
あこ「う、うんうん、解ってくれれば良いんだよ。」
2人は仲直りの握手を交わし、勇者部内での裁判は閉幕するのだった。
ーーー
それから更に数日後、勇者部部室ーー
リサ「前に荷下ろしの手伝いをしたお店から、勇者部にお礼のお菓子が沢山届いたよ。」
ゆり「それぞれ中身が違うみたいだから、みんな好きなの一個持っていって良いよ。」
夏希「一人一箱!?やったー!」
美咲「じゃあ、私は……これ。おっ、クランチチョコだ。」
千聖「これ美味しいわよ、彩ちゃん。食べてみる?」
彩「良いの!?じゃあ、一口……うん!甘くて美味しいよ!」
リサ「友希那もはい、どーぞ。」
香澄「さーやの美味しい!!はい、これはお返し♪」
中沙綾「香澄のも美味しいね!じゃあ、もう一回お返し♪」
みんながみんなそれぞれのお菓子を分けっこしながら味わっている。そんな中だった。
あこ「………美味しい!あこのも凄く美味しいよ、りんりん!」
燐子「良かったね、あこちゃん……。でも、あこちゃんとは交換しない決まりになっちゃったよね……。」
あこ「え?りんりんは良いんだよ?」
燐子「私だけ特別扱いは…ダメだよ……。」
あこ「…………へへーん。あこのが1番美味しいんだからね!」
精一杯の強がりを見せるあこ。
中たえ「分けっこすると、一粒で二度も三度も美味しいね。」
イヴ「凄く得した気分です。……たえさんのも美味しいですね。」
みんなが交換し合っているのをあこは見ているだけ。流石のあこも羨ましさの方が勝ってきてしまう。
あこ「ゴクリ……。ね、ねぇ……誰かあこと……。」
赤嶺「あこの美味しそう……ぁあ、ダメダメ!ごめんね!もう欲しがらないって約束だもんね。」
あこ「い…いや……その……。」
全ては自分で巻いてしまった種。それが芽を出して、今自分の首をゆっくりと締め付けているのだ。
その時、樹海化警報が部室に鳴り響くーー
友希那「モグモグ…ほぅいん……ゴクン、失礼。総員出撃よ!」
ーーー
樹海ーー
あこ「てやーーーっ!だりゃあーーー!!」
日菜「なんだ。嫌なタイミングで来たわりに、雑魚ばっかりだったね。」
あこ「よし、全部倒したね!それじゃあ帰る!!」
あっという間に全てを片付けてしまった勇者達。息づく間も無く、あこは踵を返して部室へと戻ってしまった。
りみ「早い!?」
薫「もう姿が見えなくなってしまったね。」
その理由はすぐさま解る事となるーー
ーーー
勇者部部室ーー
全員「「「お菓子が……全滅してる……!」」」
リサ「ご、ごめんね…。」
彩「止めはしたんだ……。」
六花「勢いが凄すぎて…巫女の力じゃどうにも出来ませんでした…。」
部室には散乱したお菓子の空箱。そして満足そうに横たわっているあこの姿。
あこ「あ…余りにもみんなのが美味しそうで………我慢出来なかったよ…。」
美咲「我慢出来なかったって……あの量を全部一人で!?」
紗夜「はぁ……呆れて物も言えませんね。」
あこ「うぅ……あこも悪い事してる自覚はあったんだけど…欲望に負けちゃったんだよぉ…!」
友希那「だからって、この件でみんながどれだけ時間を割いたと思っているの!」
殆どの人があこを責め立てる中、ただ一人あこを庇う人物がいた。
赤嶺「みんな、あこちゃんを責めないであげて!私には解る。他人の物って、すっごく美味しそうに見えるもんね。」
あこ「あ、赤嶺……許してくれるの…?こんな自分勝手に食べちゃったあこなのに…。」
赤嶺「うん、許すよ!これからはお互いを尊重して分けっこ出来るよう、仲良くやっていかない?」
あこ「うぅ………うぅぅぅぅっ!あこ、あこ!これからは分けっこするよ!ありがとーーー赤嶺ーーー!!!」
赤嶺「あーこちゃーーーん!!これからは私達、分けっこ友達だよーー!!!」
2人は涙を流しながら、固く抱き合うのだった。
花音「こう言ったらアレなんだけど……クールな赤嶺ちゃんが何だか懐かしく思えてくるよ…ね?」
有咲「やっぱり、赤嶺も香澄の名を持つ者なんだな……はぁ。」
この後、ゆり達が全てを食べ尽くしたあこに対してブチ切れるのだが、それはまた別のお話。