戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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時系列は第4章。語られる事の無かった巫女としての物語。若干最終章"約束の言葉を胸に"との繋がりがあります。

そしてまさかの新キャラ登場。キーワードは"やりきったかい?"




外伝〜今井リサの章〜
巫女の想い


 

"メメント・モリ"という言葉がある。"自分がいつか死ぬ事を忘れるな"という意味だ。人間は"自分がいつか死ぬ"事を信じていない。何処かの国の哲学者ですら"自分が死ぬという事実を信じる事が出来ない"と述べる程だ。

 

人生は薄氷(うすらい)の上を歩く様なもの。そんな人間が信じていない"死"は、いつもその大きな口を開けて人を呑み込もうとしている。

 

2015年に起こった災害--後に"7.30天災"と呼ばれる大災害。バーテックスと呼ばれる化け物が突如として天から現れ、多くの人の命を奪い去り、四国や諏訪、沖縄、北海道を除く全ての文明を崩壊させた。

 

そんな中、一部の少女達に特別な力が芽生える。バーテックスに対応出来る唯一の力を発現した"勇者"。そしてその勇者を導く為に神託を受ける事が出来る"巫女"である。

 

 

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そこから時が経ち3年後の2018年、バーテックスへの対策は、大社と呼ばれる組織が指揮を執っており、5人の勇者をバックアップしている。巫女の数は勇者よりも多く、1人を除き全員が大社の施設内で生活していた。

 

中でも巫女達で特に中心となっている人物が3人。1人は"今井リサ"。勇者達のリーダーである"湊友希那"の親友であり、巫女の中で最も能力が高い。

 

2人目は"宇田川巴"。"氷川紗夜"を発見した人物で、元々は神社の娘だった少女。そして3人目が"戸山明日香"。"宇田川あこ"と"白金燐子"を見つけ出した少女である。

 

先に述べた通り勇者は5人いる。最後の1人である"高嶋香澄"を見つけ出した人物は"都築詩船"という女性。彼女もかつては巫女だったのだが、3人よりもずっと歳上で、巫女としての力は既に失ってしまっている。

 

世界を滅ぼすバーテックスに対抗する勇者。巫女はそんな勇者達をサポートするべく、日夜大社で自分達の力を磨く為努力の日々をおくっていた。

 

 

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大社、教室--

 

巫女としての1日は早朝の水垢離から始まる。そしてそれが終わると教室での座学が始まる。授業開始の時間となり、教室に1人の神官がやって来る。彼女が元巫女の都築詩船その人だ。

 

詩船「それでは、授業を始めるよ。」

 

授業とは言っても巫女達の年齢はバラバラで、下は小学生から上は高校生までいる為一律で授業を受ける事は出来ない。基本的には教科書や参考書で自習をして、分からない場所を個別で詩船が教えるスタイルを取っている。詩船が小学生に算数を教えている最中、明日香は隣に座っている巴に話しかける。

 

明日香「勇者達の事心配?」

 

巴「環境は問題無いよ。でもバーテックスがどれだけいるかは分からない。もし紗夜さんに何かあったら……。」

 

明日香「巴さんは心配症だね。大丈夫、勇者達はめちゃくちゃ強いんだよ。」

 

巴「でも紗夜さんは他の勇者達より繊細なところがあるから…。明日香は燐子さんやあこが心配じゃないのか?友達なんだろ?」

 

明日香「大丈夫でしょ。2人も勇者の力を持ってるんだから。」

 

そんな事を話しながら午後には教室での授業は終了し、ここから本格的な巫女としての時間となる。

 

午後は祝詞を覚えたり、神道の知識の勉強、舞いや雅楽等儀式に必要な技能を身につけていく。夜は全員で食堂に集まって食事を摂り、終われば宿舎に戻り就寝時間。そんな1日を繰り返しながら生活している。

 

 

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ある日の午後、大社が騒がしくなっているとの事を明日香と巴は耳にした。大社の神官が話してる内容に耳を澄ませるとどうやら諏訪との通信が途絶えたとの事だった。諏訪にも人類の生き残りがおり、僅かに残った人々を勇者"美竹蘭"と巫女である"青葉モカ"が導いていたのだ。

 

2人の顔色は血の気が引いた様に青ざめていく。人は簡単に死んでしまうという事を改めて思い知らされる。バーテックスの圧倒的な物量。諏訪は四国程広くは無いが、それでもたった2人で3年間も諏訪を守りきれた事自体が奇跡と言っても過言では無い。

 

2人は更に耳を澄ませて話を聞く。そして2人は更に驚愕した。リサが神託を受け取り、その神託の内容が近々四国にバーテックスの大群が襲いかかってくるとの事。2人は話を聞くのを止め、すぐさまその場から離れるのだった。

 

巴「諏訪が壊滅してその大群が今度はこっちを襲うって事?」

 

 

明日香「多分……。」

 

 

それぞれが勇者達の事を思い浮かべる。だが自分達に出来る事は何もない。ただ、ひたすらに勇者達の無事を祈る事しか出来ない。天から襲いかかってくる敵なのに天を仰いで祈るとは皮肉なものだった。

 

 

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それから数日が経ち、バーテックスが丸亀城を襲撃、5人の勇者達は巧みな連携で襲い来るバーテックスを全て撃退。後にこの戦いは"丸亀城の戦い"として歴史に名を刻む事となる。四国は守られたのだ。そしてしばらくバーテックスの襲撃は無いとの神託を受け、勇者達そしてリサを含めた6人は壁の外を調査する為に調査遠征に向かうのだった。

 

6人が調査に向かったその日、明日香は大社近くにある小さな山に登っていた。次の日も。その次の日も。山の上からは海が見え、そしてその向こうには四国を取り囲むかの様に植物の様な組織で出来た壁が聳え立っている。

 

明日香「あこ……燐子さん……リサさん………。」

 

壁の外には白く不気味な化け物が跳梁跋扈している。その中をいくら勇者達がいるからとは言え、普通の少女と何一つ変わらないリサが旅をしている。明日香はリサの言葉を思い出す。

 

 

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リサ「それに……みんなが帰ってくるのをただ待ってるのは、もっと辛いから……。」

 

 

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明日香は目を瞑った。目を閉じれば今でも3年前の悲劇が昨日の様に鮮明に思い出される。すぐそこに迫ってくる"死"という概念。待っているより一緒についていく方が何倍も怖いに決まっている。それでもリサは自分より親友の心配を優先したのだ。自分より他人が--大切な人を失ってしまう方がもっと辛いから。

 

明日香「私だったら………。」

 

その時、

 

巴「はぁ、はぁ……ここにいたのか。」

 

声の主は巴だった。肩で息をしながら巴は尋ねる。

 

巴「何してるんだ、こんな所で。」

 

明日香「海が……見たくなってね。」

 

咄嗟にはぐらかす。だが巴にはお見通しのようで、

 

巴「心配なんだな、2人の事が。前に私の事を心配症だって言ったのに、本当は明日香の方が心配症だったか?」

 

明日香「そ、そんなんじゃ……ううん、そう。心配してる。すっごく。」

 

2人は近くのベンチに腰を下ろした。

 

明日香「ねぇ。巴さんはリサさんみたいに、勇者達の傍にいたいと思う?」

 

巴「………どうだろうな…。」

 

明日香「私には、"天恐"の家族がいるんだ。症状が重くてずっと病院に入院してる。本当だったら傍にいてあげないといけないのに、私はずっと大社にいて、殆ど会いに行けてない……。」

 

巴「大社の巫女だから仕方ないさ。もしかして明日香は、家族の治療を優先的に行なってもらう為に巫女になったのか?」

 

巴の推測は正しかった。"天空恐怖症候群"に罹っている人は多くいる為治療の手が足りていないのが現状であり、明日香は身内に大社の巫女がいれば優先的に治療してもらえるかと思い、打算で巫女になったのだ。

 

明日香「でも、本当は巫女になるより、家族の傍にいてあげる方が良かったんじゃないかって思うんだ。それと同じで………私はリサさんみたいに、あこや燐子さんと一緒にいた方が良いのかもなって思うんだよ。」

 

勇者達はバーテックスと日夜戦っている。いつその命を落としてもおかしくないのだ。最悪の事態は想像したくはないが、会えるうちに出来るだけ会っておくべきじゃないかと考える。いつ会えなくなっても不思議ではないから--

 

巴「……何も出来ないだろ。」

 

明日香「え?」

 

巴「明日香には何も出来ない。家族の傍にいても、"天恐"を治療出来る訳じゃないし、勇者達の傍にいても、リサさんみたいに巫女の力が高い訳でもないんですから。」

 

明日香「………。」

 

巴「だから、明日香はここにいて、自分に出来る事をやるべきだよ。それが何より家族の為にも、勇者達の為にもなる。明日香は1番合理的な行動をとってる。」

 

不器用な巴なりの励まし方。だけど不思議とスッと心に染み渡っていく優しさを感じた。

 

巴「"官を侵すの害は寒さよりも甚だし"。」

 

唐突に巴は呟いた。自分の職業を全うする事が重要という意味であり、分を弁えて、それ以上の事を無理にやろうとするのは、寧ろ害悪にしかならないという意味の諺である。

 

明日香「そっかぁ……。」

 

空を見上げる。青く澄み切った青空は、広く、深く、美しい。あの日人類を崩壊寸前まで追い込んだ化け物を降らせたとは到底思えない様な青空が広がっている。今となっては凶々しい憎悪すべきものとなってしまったが、それ以前の空は人類にとって希望や吉祥の象徴だったのだ。

 

明日香「……大変な時代に生まれちゃったね、私達。」

 

巴「私はこの時代に生まれて良かったと思う。」

 

明日香「え?」

 

巴「だって、この時代に生まれたお陰で、私は紗夜さんに会えたんだから。」

 

迷いの無い清々しささえ覚える程の口調で話す巴。ふと明日香は巴に尋ねる。

 

明日香「そういえばさ、巴さんはどうやって紗夜さんと出会ったの?」

 

巴「………。」

 

少しの沈黙の後、巴は口を開いて話し出す。

 

巴「あれは--」

 

 

---

 

 

2015年、7月30日。高知--

 

日本全国にバーテックスが現れたその日の夜、巴は自分でも全く理解出来ない衝動に突き動かされ、自転車で家を飛び出していた。今となっては分からないが、これも巫女としての覚醒で神託を無意識に受け取ったからかもしれない。

 

幸い巴がいた地域では、バーテックスが出現しておらず、時々強い地震が起こり足止めされる程度で危険に遭う事無く移動する事が出来た。

 

 

--

 

 

何かに導かれ、暫く自転車を走らせた巴が辿り着いた場所は、管理する者がいなくなり荒れ果ててしまった小さな神社の社。

 

巴「この神社は………。」

 

社は度重なる地震のせいで既に崩壊していたのだが、その壊れた社の前に、錆びた刃物の様な物を持った、1人の少女が蹲っていたのだ。

 

巴「あの子は一体……?」

 

月明かりの下で蹲る水色の美しい長髪の少女は何故か涙を流していた。その光景は現実離れして見える。整った容姿でありながら、濡れた瞳に酷く暗いものが宿っているせいだろうか--

 

それとも、その手に持っている錆びた刃物が、幼い少女という存在に対して酷くアンバランスだったからか--

 

巴は中々声をかけられずにいた。目の前にいる人物が、まるで神様か天使かの様に見えたからだ。体が緊張で強張り上手く呼吸が出来ない。暫く眺めていると、その彼女は涙を拭って巴の方を振り返った。

 

?「ともえ………?」

 

彼女の第一声に驚いた巴。それもその筈少なくとも巴自身初めて会う少女なのに、その少女は巴の名前を言い当てたからだ。

 

巴「ど、どうして私の名前を……!」

 

心臓の鼓動がどんどんと大きくなり、さっきよりも呼吸が上手く出来なくなる。人は神の前にたった時、その存在に平静ではいられなくなるという。今の巴は正にそんな状況だった。

 

誰もが人類最悪だと感じる日。その日巴は神と出会ったのだ--

 

 

 


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