?「ともえ………?」
巴「ど、どうして私の名前を……!」
必死で記憶を手繰るが今目の前にいる少女との面識は一度も無い。それなのにその少女は巴の名前を言い当てたのだ。驚きと感動で声が出せない巴にその少女は指を向ける。
?「その紋様……。」
巴「え?」
?「巴紋ですよね…。」
少女が指差したは自転車。自転車の籠部分に大きく巴の紋様が刻まれていた。巴はそれを自分の名前を当てた事と勘違いしてしまったのだ。
巴「……なんだぁ。本当に神様か何かと思いました。初めて会う私の名前を一発で当てるなんて。」
?「ふふ……。」
先程まで感慨にふけり涙を流していた少女が少し笑った。
巴「でも、この状況……。あなたは本当に神様かもしれませんね。私は巴。宇田川巴です。」
?「私の名前は--」
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巴が出会った神秘的な少女、氷川紗夜。神様では無いが、勇者の力を持つ特別な少女。紗夜は大社に保護され、巴は紗夜を見出した巫女になった。
巫女--神社等にいる巫女では無く、神の声、神託を聞く力を持つ女性。巴が紗夜と出会う事が出来たのはその巫女としての力のお陰だった。
巴はその事を家族に相談するが、最終的な判断は自身に任せると家族は選択を選ばせてくれた。"もう一度紗夜に会いたい。"その気持ちが巴を突き動かし、大社に入る事を即決させる。
しかし巫女は大社で暮らし、勇者は丸亀城で生活している。巫女と勇者との間に接点は無かったが、サポートをする立場である為5人の勇者達のプロフィールや生い立ちを教えてもらう事が出来、特に紗夜に関しては見出した立場の為大社が持っている情報は全て教えてもらう事が出来た。
生い立ちを知った時、酷く吐き気を催す程劣悪な環境だという事が分かった。父親は子供がそのまま大人になってしまったかの様なクズで、母親は不倫し、紗夜を捨てた。周りの人々はそんな紗夜を蔑み、嘲笑し、忌み嫌った。学校ではイジメを受け、心身ともに虐げられていた。
巴「私が……私が傍にいないと…。」
これからの紗夜は幸せでなければならない。彼女は勇者に選ばれたのだから。そう巴は心に誓い今日までの日々を送っていた。
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大社近くの山--
明日香「そうだったんだね……。」
巴「紗夜さんを手助けする為に大社に来たけど、結局その後1度も合わずに3年経ったんだ。」
話を聞いているうちに夕日が沈みかけた為、2人は大社へと戻る。そしてその翌日、勇者達は四国へと帰って来たのだった。
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大社、食堂--
明日香と巴は食堂で昼食を摂りながら話す。
明日香「勇者とリサさん無事で良かったね。誰かが怪我する事も無かったって聞いたし。」
巴「そうだな…。」
明日香「リサさん達、思ったよりも帰ってくるの早かったね。」
巴「そうだな…。」
さっきから二つ返事しかしない巴。そして訝しむように続ける。
巴「いくら勇者達の移動速度が常人より速いと言っても、あの短期間で日本中を全て回れたとは思えない……。」
そう思うのも一理あった。詳しいルートは聞かされていないが、大阪や名古屋、東京といった主要な都市を含め、連絡が途絶えた諏訪、更に生存反応があった北海道まで調べる事になっていたらしい。たった3日程度の時間で、それだけ多くの箇所を調査出来るとは到底思えなかった。その時、隣の席にたまたま座っていた詩船が答える。
詩船「途中で引き返して来たんだ。今井に神託が下ったらしいよ。四国に間も無く危機が訪れるから引き返せと。」
明日香「え?でも、私達にはそんな神託、無かったと思いますけど……。」
詩船「そうだね。大赦の巫女で神託が下った者はいないよ。だけど、今井は神樹に1番気に入られている巫女だからね。彼女にだけ神託が下ったとしてもなんら不思議じゃないよ。」
明日香「成る程…。」
詩船「取り敢えず大社は、その危機が何なのかって事を調べてる。そして勇者達が遠征で持ち帰ったサンプルの調査もしているよ。まぁ、どれだけの事が出来るか分からないけど、私達もやれるだけの事はやるつもりさ。」
そう言い残し、詩船は食事を終えたトレーを持って席を立った。
明日香「大人達も大変だね。」
巫女達は神樹に仕え、その神託を聞く事が仕事だが、それ以外の事に関してはやはり子供な為大した事は出来ない。調査だとか対策だとかは全て大社という組織が担っているのだ。
巴「大社に入って3年以上経つけど……。」
ふと巴が不満げに言葉を漏らす。
巴「私は未だにこの組織が一体何なのか理解出来ないところがある。私の観点から言えば、この組織は歴史上稀に見るほど歪な組織だよ。」
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大社、食堂--
明日香「リサさんが受けた神託の"四国の危機"まだ来ないね。」
勇者達が帰って来てから日は経ち、今は2019年の3月末、もうすぐ桜が咲く季節だ。リサが"四国に危機が迫る"との神託を受けてからバーテックスの襲来は1度もない。例え月日が経っても何かが変わる訳では無い。同じ教室で授業を受け、巫女としての修行の日々が続く。生活する宿舎も変わらないし、新しく巫女が入ってくる訳でも無いから周囲の人間関係も変わらない。
明日香「そういえばさ、巴さんのお父さんって大社の神官なんだっけ?」
巴「ああ、そうだよ。」
大社は神職で構成された組織な為、巴が巫女として大社に入るよう求められた時に、一緒に父親にも声が掛かったのである。
明日香「結構重要な役職だったりするの?なんたって勇者の巫女の父親だし。」
巴「いや、全く要職じゃないよ。父さんは向いてないんだ、大社の神官なんてのは。」
家族に対して随分な毒を吐く巴。
明日香「それはまたどうして?」
巴「父さん自身が向いてないって言ってたんだ。父さんは神職としては優れた人。だからこそ、大社は似合わない。」
巴の父親は神社の長たる宮司でありながら、その性質は宗教者ではなく経営者だった。自らの神社を"会社"と考え、そこで働く巫女や神職を"社員"と呼んだ。初詣や七五三等の定期業務をしっかりと盛り上げ、神社として横の繋がりを強める事で営業を行い寄付を募り、地鎮祭等の仕事を貰い、日々の売り上げを上げて社員を養っていたのだ。
その結果、立地も悪く観光地でもない小さな零細神社を、廃れさせずに守る事が出来ていた。巴の父親は神社の経営者としては優秀と言えたのだ。
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それは巴が大社に入るよう要請を受けた頃--
巴父「巴。神社ってどんな所だと思う?」
巴「えっと……。基本的には人が御参りをしたりする所だけど……。」
巴父「大まかに言ってしまえばそうだ。だが、神社とはサービス業を行う会社なんだ。」
巴に対しいつも口にしている一言だ。科学が隆盛して以降、御祓や
巴「成る程ね……。やっぱ考えてる事が凄いよ父さんは。」
巴父「だからイベントプランナーである私達が、外敵との戦いで指揮を執ったり、勇者という名の兵士のサポートをしたり等、上手く出来る訳がない。私はそう思ってる。」
現代の神職達は、神に関して言えば専門家だが、戦争に関しては全くの素人、門外漢である。だから巴の父親は自分に大社の神官など務まらないだろうと考えたのだが、結局は時代の流れには外れるべきでは無いと判断して大社に入ったのである。
大社はバーテックス対策の中で悪手を打ったり、上手く動かなかったりする事が少なくない。それも至極当然の事である。大社に所属する神官達の多くは巴の父親と同じ様に、戦争の為に何をすれば良いのか分からず、手探りで物事を進めているのだから。
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巴「………どうして急に父さんの事を聞いたんだ?」
明日香「あはは…。もし巴さんのお父さんが大社の偉い人だったら、私達が知らない情報も知ってるんじゃないかなって思って。リサさんの神託の事で、四国に何か危険な兆候でもあるのかとかさ。」
その時、背後から誰かが明日香に声をかけた。
詩船「だったら、今井本人に聞いたらどうだい?」
声の主は詩船だった。たまたま通りかかったのだろう。
詩船「今井が明日、大社に来るらしい。新しい神託があったのか、何かバーテックスとの戦いに変化があったのかを聞いてみたらどうだ。」
特にバーテックスとの戦いに関しては"樹海化"のせいで、勇者にしか分からない情報も多い。だからこそ勇者の近くにいるリサは持っている情報量も多いと踏んだのだろう。
勇者達の戦いは特殊な環境で行われる。バーテックスが結界を越えて四国に侵入すると、四国の大地や生物達は植物組織へと変化する。これが"樹海化"であり、神樹が人間を守る為に起こしている事だとされている。
樹海化した状態では、バーテックスの攻撃を受けても人間が傷付く事はない。しかし樹海化した空間を認識し、行動する事が出来るのは勇者とバーテックスのみ。巫女である明日香や巴、1番近くにいるリサでさえ、勇者とバーテックスの戦いが始まった事にさえ気付けない。そして気付かぬうちに戦いは終わってしまうのだ。
明日香「明日、リサさん来るんですね。」
声のトーンが少し上がる。リサは巫女のみんなから好かれている為、彼女の訪問を楽しにしている者は多い。それに対して詩船の表情は少し険しかった。
詩船「今回の今井の訪問は、あまり喜べる事じゃなさそうだ。良くない報告があるらしい。」
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翌日早朝、大社--
リサが大社に到着し、すぐに大人達に勇者の現状報告と相談を行い、すぐさま会議に入った。リサが解放されたのは夕方になってからだった。明日香と巴は昨日の詩船の言葉が気になり、解放されてからすぐにリサの部屋を訪れる。
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リサの部屋--
リサ「いらっしゃい、明日香。それに巴も。」
朝早くから駆り出され、缶詰状態だったにも関わらず、リサは笑顔で2人を迎え入れる。
明日香「リサさんも大変ですね。朝早くに丸亀城からここまで来て、すぐに何時間もぶっ通しで会議だなんて。」
リサ「確かに大変だけど、正確に勇者達の事を大社に伝えないと、いざっていう時に問題が起こったりしたら大変だから。少しでも勇者達の助けになるなら、私1人の苦労なんて大した事ないよ。」
そう笑顔で言いながらリサは部屋から出て行き、お茶菓子と飲み物を持って来た。
巴「リサさん、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。」
リサ「いやいや。巴も座って。良いお茶が手に入ったから、お土産に持って来たんだ。」
大人びた振る舞いや雰囲気。巴はお茶を入れているリサを見ながら小さくため息を溢した。
巴(はぁ…。リサさんと接してると、やっぱ私はリサさんを嫌いになる事は出来ないなって思うよ……。)
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三年前、大社--
巫女になる事を承諾した巴は大社へとやって来た。紗夜と一緒にいられない事には不満を覚えたが、一般人と勇者達との距離を考えれば、巴と紗夜の距離は圧倒的に近い。
大社には大勢の巫女がいるが、その中でもリサは特別な存在感を放っていた。小学生とは思えないくらいの落ち着きと聡明さ、そして持ち前の明るさでリサは一瞬で巫女達の中心になってしまったのだ。一通り巫女が揃った後、1人の神官がやってきて告げる。
神官「この中の誰か1人に、勇者達と共に生活する御目付役になってもらいます。」
神官は付け加えて話し続ける。
神官「御目付役は巫女としての能力が高い者。戸山さん、宇田川さん、そして今井さんの誰かが適任だと考えています。」
その言葉を聞いた途端明日香はどうしようかと迷い、巴とリサがすぐさま手をあげる。お互いに思っている事は同じのようだった。
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それから数日が経ち、御目付役はリサに決まる。巫女としての能力はリサの方が高く、精神面でもリサの方が安定していると判断されたようだった。
もちろん巴は悔しがった。紗夜に近づくチャンスが失われてしまったからだ。それが理由で当初巴はリサの事を快く思っていなかった。劣等感を抱いてたとも言えるだろう。
その後はリサは丸亀城で生活するようになり、時折大社へと勇者達の事を報告する為に大社へ訪れた。他の巫女達がリサと接する事が出来る時間はそんなリサが大社へとやって来る時のほんの僅かな時間しかなかった。
しかし、その僅かな時間の中で、巴がリサに抱いていた苛立ちや嫌悪感はすぐさま消えてしまう事となる。巫女達は大社に集められたばかりの頃、年齢がバラバラだった事や急な環境の変化によるストレスの為かよく諍いを起こしていた。
だが、リサは大社を訪れると、他の巫女達の相談を真摯に聞き、彼女達の間に起こっていた不和を次々に解決していったのである。リサが聡明で問題を解決出来るアイデアをすぐに思い付く事が出来る--それも一理あるが、それ以上にリサが調停役として優れている理由はその姿勢にあった。
巫女達の話を真摯に聞き、共感し、どうすれば解決出来るかを真剣に考えてくれる。その為には敢えて自分自身が悪役になって嫌われたり、不利益を被る事も厭わない。巫女達はそんなリサを見ているだけでケンカをしている自分達を恥ずかしく思い、諍い等を止めてしまうのである。
そんなリサを見ていると巴の中にあった嫌悪感や劣等感は消え失せ、いつの間にかリサを嫌うどころか好きになってしまったのである。
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巴(今になって思えば、御目付役になったのがリサさんで本当に良かった。私よりもリサさんの方が、間違いなく勇者達の役に立つ事が出来る。その方が紗夜さんにとってもきっと良い事だと思う。)
明日香「詩船先生から聞いたんですけど、何か良くない報告があるって聞きましたけど…。」
明日香が少し躊躇いがちに質問をし、リサも少し弱々しいトーンで質問に応え始めた。
リサ「そう…だね。今日私が大社に来たのも、その報告の為なんだ。」
巴「何があったんですか…?」
明日香「もしかしてこの前リサさんに神託があった"四国の危機"の事ですか?」
リサ「いや。…………先日の結界外遠征の後から、勇者達の様子に少し異変が見られるんだ。」