戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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告げられる残酷な真実--
大切な人との別れはいつ何処で起こるか分からない--




永遠の別れ

 

 

リサ「…………先日の結界外遠征の後から、勇者達の様子に少し異変が見られるんだ。」

 

明日香「異変?」

 

明日香は聞き返し、巴も目線をリサへと向けた。

 

リサ「あこは原因不明の不調を訴えてる。不調って言っても"体に何か変化な感じがある"って曖昧な感じで、はっきりとした症状が出た訳じゃないんだけど……医者の検査でも体は健康そのものだって。」

 

明日香「あこが………。」

 

明日香は考え込み、黙ってしまう。

 

巴「他の勇者達はどうなんですか?紗夜さんは?」

 

リサ「あこと同じような症状を訴えてる人はいないけど……紗夜はかなり精神的に弱ってるみたい。」

 

巴「精神的に………って?」

 

リサ「口数が少なくなって、険しい表情を浮かべてる事が多くなったんだ。現状に不安を抱えてるのかもしれない。………きっと結界外遠征で、四国の外の様子を目の当たりにしたからだと思う。」

 

大社にいる巫女にも、先日の遠征で勇者達が見た四国外の状態については話が伝わって来ていた。日本各地は悉く破壊されており、神戸や大阪、名古屋といった主要都市ですら生存者は発見されなかった。去年にはまだ生存者が残っていたあの諏訪も、徹底的に蹂躙され尽くした後だったという。

 

明日香「私は……結界の外の話を聞いただけでも、喪失感が凄かった。実際に惨劇を目の当たりにした勇者のみんなは、もっと絶望的だっただろうね………。」

 

勇者達は必死でバーテックスから四国を守る為に、心身を削る程の苦しい戦いを強いられている。それでも戦い続けられるのは、"いつかバーテックスから日常と国土を取り戻す"という想いに支えられているからだ。

 

しかし既に取り戻すべき世界は破壊し尽くされ、生き残っている人もいなかった。心を折られる程の衝撃だっただろう。

 

明日香「紗夜さんやあこ達の不調は、その時のショックが原因かもしれないですね……。」

 

リサは無言で頷いた。言葉が途切れ、3人の間に沈黙が落ちる。戦争に関して大社は素人だ。戦場に出る者達のメンタル面のサポートは、充分に出来ない可能性がある。

 

3人は必死で考える。大社にいる大人達よりも勇者達の年齢に近い分、彼女達に寄り添う事が出来る筈。私達にしか出来ない何かがある筈なのだと。

 

巴「勇者達の精神的な落ち込みが不調の原因なら……何か気晴らしになるような事が出来れば良いんじゃないですか?」

 

ふとそんな事を零す巴。するとリサは少し表情を和らげ、

 

リサ「ナイスアイデア!結局それが1番良いのかも。あっ、そういえば前に友希那の提案でレクレーションと称して勇者達全員で模擬戦を行ったんだ。明日香も知ってるよね?」

 

明日香「……そういえばそんな事ありましたね。私はその後のライブしか見てないですけど、みんな楽しそうでしたね。」

 

バトルロイヤル形式での模擬戦。巴も友希那の事は資料で知ってはいるが実に友希那らしい事だと思った。

 

巴「レクレーションがバトルロイヤルって…。でも、結局優勝したのは湊さんじゃないんですか?リーダーだし、勇者の中では1番強いんですよね。」

 

明日香「いや、最終的に優勝したのは燐子さんだったんだよ。」

 

巴「え!?意外ですねぇ……。どんな作戦使ったんですか?」

 

驚いた表情を浮かべ2人に尋ねる巴。燐子が争う事が得意ではないのは知っていた。だから勇者全体の指揮を取ったり、作戦行動を立案したり等参謀的な役目を担っている。だからこそ巴は燐子が友希那を打ち破った事が不思議でならなかった。

 

リサ「あはは。燐子がどんな作戦を使ったかは秘密だよ。」

 

スマホを手に持ちウインクをしながらサラリと躱すリサ。そして話題を変える。

 

リサ「でも巴の言う通り、気晴らしをするのが1番かもね。遊びなら何でも良いんだよ。そうする事で、少しでも悪い雰囲気が紛れれば………。」

 

ただの現実逃避だと言われれば、否定する事は出来ない。勇者達の気分が晴れようと、現実にバーテックスの侵攻は起こり続けるし、四国の外が壊滅しているという事実は変わらない。

 

リサ(それでも………。)

 

それでも今を生きる者達が、今を楽しめる事自体に価値があるのではないだろうか。

 

 

---

 

 

その後リサは再び丸亀城へと帰って行った。今回は大社に泊まる事はせず、勇者達の精神状態を鑑みて丸亀城から離れている時間を極力減らすつもりらしい。リサが帰った後も、明日香と巴は勇者達の気晴らしについて話し合っていた。

 

明日香「お花見とかどうかな?」

 

巴「それ良いな。丸亀城は桜の名所だし、お花見客とかも多いって聞くよ。」

 

明日香「だね!勇者達と巫女達全員で合同お花見会でも開こうか!」

 

 

--

 

 

そうと決まればすぐさま行動に移す2人。早速この事を詩船へ話した。

 

詩船「……悪くないね。私から上に提案しておこう。けど許可が下りるまで多少時間は掛かるよ。何せそういうイベントは初めてだからね。」

 

明日香「桜の時期は短いですから、散る前にお願いします!」

 

詩船「分かってる、最速で通すよ。2人も企画を立てたんだから最後までやりきりな。」

 

珍しく乗り気な詩船。内心彼女も高嶋の事を心配しているのだろうか。そんな事を思いながら2人はハイタッチをしたのだった。

 

 

---

 

 

翌日、大社厨房--

 

次の日は日曜日。日曜日は授業も修行も無い完全な休日となっている。しかし2人の1日はいつもと変わらない。同じ時間に起きて食堂で朝食を食べて1日を過ごす。しかし朝食を食べ終えた後、明日香は巴から料理を教えてほしいと頼まれ2人で厨房を訪れていた。

 

明日香「珍しいね。どうして急に料理を作りたいだなんて言い出したの?」

 

少し照れながら巴は答える。

 

巴「あー……勇者達とのお花見の時に、せっかくだから紗夜さんに料理を持って行こうと思ったんだ。こういう事頼めるの明日香しかいなくってさー………。」

 

明日香「ナイス提案だよ!出来るところは私が教えてあげるね。」

 

巴「助かるよ!ところで、明日香は料理出来るのか?」

 

明日香「リサさん程じゃないけど、ある程度は出来るよ。どんな料理が作りたいの?」

 

巴「カツオ料理かな。」

 

即答だった。紗夜の出身である高知の名産品であるカツオ。前に紗夜がカツオ料理を好む事はリサから聞いていたのだった。

 

巴「既製品の惣菜を持って行っても良かったんだけど、折角だから手料理も良いよな。」

 

予め料理の練習用にと用意しておいたカツオを厨房の冷蔵庫から取り出した巴。

 

明日香「カツオ料理だね。何を作りたいとかある?」

 

巴「1番美味しい食べ方は、カツオのたたきだと思うけど……朝作って持ってくとなると、生物は避けた方が良いだろ?」

 

明日香「うーん……そうだね。でも、良い方法があるよ。」

 

明日香は端末でレシピを見ながら、いくつかの料理案を提案する。そしてカツオのたたきの竜田揚げ、そしてカツオの照り焼きを作る事に決めたのだった。

 

 

--

 

 

明日香「料理ってね、案外難しい事ないんだよ。基本的にレシピ通りに作れば、ちゃんと出来上がるから。凝った料理じゃなければ、何回か作れば誰だって簡単に作れるようになるんだよ。」

 

そう言いながら明日香は手際良く料理を教えながら進めていく。お手本で作った後に巴も真似をしながら作っていく。少し失敗する事もあったが滞りなく進んでいった。

 

明日香「そういえば巴さんって、紗夜さんとはよく会ってるの?」

 

巴「バーテックスが出現した時には会ったけど。」

 

明日香「その後は?」

 

巴「………一度も会ってない。」

 

明日香「そっか……。どうして会わないの?巴さん、紗夜さんの事大好きなのに。」

 

巴「……………。」

 

その質問に巴は言葉が出なくなってしまう。勇者と巫女は暮らしている場所こそ違うが、全く会えない訳ではないのだ。大社からの許可が下りれば、連休などにお互いに予定を合わせれば会う事が出来る。現に、明日香も年に一度くらいはあこと燐子に会っている。

 

しかし巴は"7.30天災"以降、一度も紗夜に会っていなかった。当初は勇者達のお目付役になってまで傍にいようとしていたのにだ。

 

巴(どうしてだろうな………。)

 

巴「紗夜さんの連絡先知らないから予定を合わせられないし……。」

 

明日香「リサさんに頼めば、間を取り持ってくれるんじゃない?」

 

明日香の言う通りである。今巴が口にした言葉はただの後付けの言い訳にしか過ぎなかった。会えない--会おうとしない理由は自分でも分かっていた。

 

巴「………勇気が、出なかったから…かな。」

 

明日香「勇気?」

 

料理をしていた2人の手が止まる。

 

巴「……紗夜さんを見出した巫女って扱いになってるけど、リサさんや湊さんのように昔からの知り合いじゃない…。バーテックスが現れた日に初めて会って、少し話をしただけなんだよ。私にとって紗夜さんは特別でも、きっと紗夜さんにとって私は……きっと何処にでもいる記憶にも残らない程度の人間かもしれない。そう思い知らされる事が………怖かったのかも。」

 

明日香「…………。」

 

巴「私はリサさんの様に巫力が強い訳でもないし、人間性が優れてる訳でもない…。会って嫌われるかもしれない……。」

 

勇者達のお目付役になろうと挙手をしたあの時、巴は自分が巫女として特別になったのだと思い上がってしまっていた。興奮状態で冷静に物事を見ていなかった。そしてお目付役の選考に落とされ、自分は凡庸な人間だと突きつけられてしまった。そして気付けば--もう、会いに行く勇気がなくなってしまったのである。

 

いつ紗夜に会っても話題に困らない様に、リサから紗夜の色々な話を聞いて、同じゲームをやったりしていたけれど、その知識は役に立つのか--そんな事を思いながらそれでも情報収集を続けていた巴。

 

明日香はそんな後ろ向きな巴の背中を優しく叩き、笑顔で答える。

 

明日香「だったら、これから会う様にすれば良いんだよ。このお花見会を切っ掛けにしてね。大丈夫、美味しい料理を作って行けば、きっと仲良くなれるよ。美味しい料理は人を笑顔にするんだから。」

 

巴「そう……かな……。」

 

明日香「絶対にそう!私が保証する!」

 

確証も無い事を明日香はさらっと口にする。しかし、その言葉は巴にとって背中を押してくれる言葉であり、勇気をくれた言葉なのだった。

 

 

---

 

 

料理も出来るようになり、後はお花見会の許可が下りるだけとなった。しかしその日の夜、2人と数人の巫女が夢で神託を受け取ったのだ。丸亀城にいるリサも同じ神託が下ったとの事だった。

 

それぞれ巫女達が見た神託は内容に誤差があったが、大部分は同じであり、"無数の星が集まり、有り得ない程に巨大化する"という内容だった。大社は間も無くバーテックスの襲来が起こり、未曾有の事態に発展すると結論付け厳戒態勢を取るようになる。

 

戦いはいつ起こるかは分からない。1時間後かもしれないし、数日後かもしれない。もしその戦いで勇者達に何かあれば、お花見どころではなくなってしまう。

 

明日香「戦いは起こらないで欲しい……。」

 

巴「紗夜さん……無事でいてください…。」

 

2人はそう祈る事しか出来なかった。戦いが始まり樹海化が起これば、始まった事にすら気が付けないのだから--

 

 

---

 

 

神託から数日が経った日の夜--

 

明日香と巴は詩船の部屋に呼び出されていた。

 

詩船「今日の午後に、勇者と巫女の合同花見会の許可が下りた。」

 

明日香「本当ですか!?」

 

喜ぶ明日香に対し、詩船は淡々と話し続ける。

 

詩船「丁度勇者側からも花見をやりたいって意見が出てね、それが決め手になったんだ。宇田川あこと白金燐子の2人がね。」

 

明日香「あこと燐子さん!やっぱり2人は私の事分かってるね。」

 

しかし詩船の一言で明日香から笑顔が消える。

 

詩船「だが、ついさっき花見は中止に変更された。」

 

明日香「えっ!?何でですか!?」

 

驚き聞き返す明日香。それでも詩船は無表情に淡々と言葉を続ける。

 

 

詩船「今日の夕刻、バーテックスと勇者達の交戦があった。」

 

 

勇者達の戦いは勇者達にしか認識する事が出来ない--

 

 

 

詩船「襲来したバーテックスの数は、前回の丸亀城の戦いよりも少なかった。」

 

 

 

巫女達もその戦いを知る事は出来ない--

 

 

 

詩船「だが、過去に出現例が無い、大型でとてつもない力を持ったバーテックスが出現した。」

 

 

 

2人が知らないうちに戦いは始まり、そして知らないうちに戦いは終わる--

 

 

 

詩船「勇者達は最善を尽くしたが、歯が立たず--」

 

 

 

だから--

 

 

 

 

詩船「"宇田川あこと白金燐子が戦死したそうだ"。」

 

 

 

 

2人は勇者達が死んだ事にさえ気付く事が出来ない--

 

 


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