戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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"完成型"を前に散っていった2つの魂。残された者は何を思い、何を成すのか--




心の穴

 

 

2015年7月30日--

 

明日香は父親、母親、弟と幼なじみの宇田川あこの5人で愛媛県のキャンプ場へと来ていた。だが、その日の夜突如強烈な地震が発生し明日香達は車で避難所として設定されている近くの小学校を目指した。

 

車のラジオからは、災害を伝えるニュースが途切れる事なく流れ、避難を呼びかけていたが車はすぐに進まなくなってしまった。渋滞で道が塞がっていたからだ。住人達の多くが車で移動しているからだろうか。それとも渋滞の先で警察や消防隊が止めているからだろうか。

 

しかし、これらの予想は全て外れていた--

 

道路の先から沢山の人達が悲鳴をあげながら逃げてくるのだ。その時だった。唐突に明日香の体の内側からとてつもない恐怖感が湧き上がってきたのである。

 

明日香(まずい…まずい!この先にいるものはとてつもなく恐ろしい存在だ……!)

 

あこ「どうしたの、明日香?」

 

人間が本能的に恐怖を覚える何か。どうしてそう感じたのかは分からなかったが、明日香はすぐさま4人に伝える。

 

明日香「お父さん、引き返して!別の道から避難所へ行って!私はちょっと行かないといけないところが出来たから!後で必ず行くから、先に逃げてて!!」

 

そう言い残し明日香は車を飛び出してその場から駆け出す。あこも明日香の跡を追って飛び出した。

 

明日香母「待ちなさい、明日香!あこちゃん!どこへ行くの!?」

 

母親が呼び止めるものの、2人は足を止めず振り返らず走り去った。ただ無心で走っていた。何処へ向かってるかなんて分からない。ただただ何かに引き寄せられる様に走り続けた。

 

 

--

 

 

走り続け2人が辿り着いた先は港近くの小さな神社だった。そしてそこで明日香は目にする。異形の化け物を--言葉では言い表し難い白い"もの"。それが目の前の神社の社に体当たりを繰り返し、今にも破壊しようとしていたのだ。

 

あこ「何なんなの、あれ!?」

 

明日香「あこ!あの神社!!」

 

あこ「あの神社がどうしたの?明日香。」

 

明日香「分かんないけど、あの神社から声が聞こえる。」

 

あこ「とりあえず、行ってみよう!走るよ!」

 

不思議な何かに導かれた明日香は咄嗟に道端に落ちていた石を投げ、化け物の気を逸らす。その隙にあこは神社の扉を開けるとそこには鉄か何かで出来た円盤の様な物があったのだ。

 

明日香「とにかくそれ持って!逃げ--」

 

言葉の途中で、悪寒に襲われ後ろを振り返ると化け物が眼前に迫っていた。明日香が死を覚悟する中、あこは円盤を化け物の方へ向ける。その時円盤が光輝き、円盤の周囲から光の羽--いや、刃が出現し、2人と化け物の間を遮る障壁になったのである。

 

明日香「これは………楯…。」

 

あこ「すっごい……!」

 

こうして2人は何とか化け物--"バーテックス"と呼ばれる異形の化け物から逃げる事が出来たのである。

 

明日香があこの元に導かれたのは神託の一種だったのかもしれない。あこと逃げ切った直後、同じ様な不思議な感覚でもう1人助けなければならない少女が近くにいる事を察知する。明日香はすぐさま駆け出そうとしたのだが、さっき逃げた時に足を挫いてしまった為、あこにその少女の事を任せあこは1人でその少女を助けに行った。

 

 

--

 

 

あこ「大丈夫!?」

 

?「………。」

 

あこ「安心して。あこが必ずあなたを…えーっと…。」

 

燐子「燐子…。白金燐子…です…。」

 

あこ「じゃあ、りんりんだね!安心してりんりん、これからはあこが守ってあげるから!」

 

 

--

 

 

その時にあこが助け出した少女が白金燐子だった。2人が明日香の元へ戻って来た後、3人は避難所になっている小学校へ辿り着く。しかし、校庭に入ってみると何かがおかしい事に気付いた。校舎の一階の窓と出入り口の向こう側には、椅子や机が乱雑に積み上げられており、外から開かない様になっていたのである。完全にバリケードになっていた。

 

そして校庭には、赤黒い液体と肉片の様なものが一面にぶちまけられていた。明日香はすぐさまそれが何なのかに気が付き、嘔吐する。

 

明日香(こ、これは……人間…人間だったものだ……!あの化け物に、造作もなく食い殺されたんだ……!)

 

そしてすぐさま今置かれている状況を理解する。あの化け物が既に校内に入り込んでいるという事実を。

 

それはすぐにやって来た。三体の化け物が校舎のドアを突き破り出てくる。明日香は足がすくんでその場から動く事が出来なかった。死を覚悟した--

 

あこ「あこに任せて!!」

 

だが、あこだけは怯える事無く、その化け物に真正面から対峙したのである。円盤を楯にして突進を防いだ後に、その楯をディスクの様にして化け物目掛けて投げつけた。光の刃に化け物は切り裂かれ、それを何度も繰り返しあっという間に化け物を倒してしまったのである。

 

その後3人は校舎の中に入りある程度バリケードを補修して一息ついた。怪我人は多数いたが幸い襲われずに無事だった人も多かった。だが一部の人は外に出る事を極端に恐れた為、残った人と別の避難所へ移動する事が出来なかった。明日香達は校舎の中で救助が来るのを待ち続けた。

 

 

--

 

 

1日が過ぎ、2日が過ぎ--その間化け物が再び襲ってくる事は無かった。校舎にいる間、3人は常に一緒に行動していた。

 

あこ「だけど、あの白いお化けみたいなのは何なんだろうね?りんりん、明日香。」

 

明日香「あんな生き物見た事無いし、微妙に浮いてたよね。」

 

燐子「私…怖いです……また現れたら……。」

 

あこ「大丈夫だよ、りんりん!りんりんはあこが守るから!」

 

あこは強気で言う。どこか姉妹に見える2人を明日香は微笑ましく思うのだった。

 

 

--

 

 

校舎内に避難していた人の一部には、奇妙な症状をみせる者がいた。明日香の弟もその1人である。窓から外を見るとパニック状態に陥り、とにかく窓の見えない場所へ行こうとするのだ。

 

燐子「空を…怖がってるんじゃないでしょうか……?」

 

明日香「空?どういう事?」

 

燐子「明日香さんの弟さんもそうですけど……その症状をみせるのは、白い化け物が空から降って来たのを見た人に限られてるんです……。だから…空を怖がってるんじゃないかと…。」

 

明日香「成る程…そう言われてみれば……。」

 

あこ「りんりん頭良い!あこ全然分かんなかったよ!」

 

何故か自慢げにあこは胸を張る。

 

 

--

 

 

時には怪我をしている人の治療薬や、食糧を調達するべく外へ出なければならない時もあった。その際は3人で出かけた。この中で戦えるのはあこだけだし、明日香は後に神託だと分かる不思議な感覚で化け物の出現を予測出来たからだ。

 

燐子「いつまで…こんな生活が続くんだろう……。」

 

あこ「泣いちゃダメだよ、りんりん!あこがいるから!」

 

明日香「きっとすぐに元に戻るよ。それにしても、ここが学校じゃなくてイネスだったら遊び場とかもあるのにね。」

 

あこ「イネス!?イネスってあのでっかいショッピングモールだよね?あこ、一回しか行った事無いよ。」

 

明日香「映画館とかもあって楽しいよ。それに公民館もあるしね。」

 

燐子「確か大きな本屋さんもあるんですよね……!行ってみたいです…!」

 

さっきまで泣きそうになっていた燐子の表情から暗い陰が消え、目を輝かせていた。燐子は本が大好きなのだ。学校に閉じ込められてる時でさえ、図書室に足を運んでは、本を持ち出して読み漁っている程だ。本人曰く、何もしてないより本を読んだ方が気が紛れ落ち着くらしい。

 

明日香「燐子さんって本当に難しい本読んでますよね…。」

 

あこ「うへー……あこは漫画しか読まないよ!」

 

明日香「自慢する事じゃ無いよね。」

 

燐子「漫画も面白いですけど…小説には小説の面白さがあるんですよ……。外に出る事が出来たら、私が持ってるお勧めの小説を貸します……。」

 

本の話をしている時だけは、燐子は笑顔を見せるのだった。

 

 

--

 

 

学校に閉じ込められていた時間は、長い時間では無かった。1週間は経って無いだろう。その間3人は色々な事を話していた。学校から出たら何をしよう?とか一緒に何処か遊びに行こう、好きなテレビ番組や学校の勉強の事、友達関係やちょっとした悩み事等。短い間だったけれど、3人の友情はより深いものになっていった。

 

やがて校舎の前に神社の神職の様な格好をした人達。"大社"と呼ばれる組織の神官がやって来る。あこと燐子は勇者として大社に組み込まれるという。

 

明日香(燐子さんは気の弱い子だ。そんな子があの化け物と戦えるのかな……。あこは無鉄砲過ぎるから、危険な事して大怪我したり、考えたくも無いけど………命を落としたりする事もあるかもしれない。)

 

そんな事を思いながら、神官に連れられていく2人を見送った。特に明日香はあこに対して危ういものを感じていた。

 

明日香(あこには"恐怖心"ってものが欠けてる気がする……。)

 

痛みや恐怖というものは、差し迫る危険を避ける為に必要なもの。最初に神社を見つけた時だってそうだった。咄嗟に明日香が化け物の気を逸らしていたが、何の躊躇いもなくあこは神社へと駆け出して行ったのだ。恐怖心が無い人間は、危険の中に身を置く事を躊躇わない。命を落としやすい--あこは戦う上では重大な欠陥を抱えている可能性があった。

 

別れ際、明日香は丸亀城へ行く事になった燐子から一冊の本を渡される。それは海外の小説だった。そしてその後明日香も巫女として大社へ入る事となる。元々は神様や宗教に興味があった訳では無かった。だけど、明日香はそれ以来祈るようになった。願う事は世界の平和やバーテックスに対する勝利でも無かった。

 

 

"弟の天空恐怖症候群が治る事"そして"あこと燐子の2人が無事である事"--

 

 

ただそれだけだった。この2つが叶うのならば他に何も要らない。どうか無事でいて欲しい。そうして3年と9ヶ月が過ぎた--

 

 

---

 

 

大社--

 

明日香は自分の部屋のベッドで仰向けに寝転がったまま天井を眺めていた。いつの間にか部屋に入ってきた巴が明日香に声をかける。

 

巴「明日香、起きてるか?」

 

答える気力が無かった。自分が今起きてるのか寝てるのかさえ曖昧な状態だった。巴は続ける。

 

巴「あこと燐子さんの葬儀日程が決まったよ…。2人の死を世間一般に公表しないように、葬儀は大社関係者の一部だけで行われる……。」

 

明日香「……………。」

 

巴「2人の遺体の清めだけど……明日香がやるか?明日香はあこと燐子さんの巫女だから………。」

 

明日香「……………。」

 

巴「無理……だよな。いや、当然だよ。大切な友達の遺体の処理なんて、出来る訳……無い…よ。」

 

明日香「……………。」

 

巴「だけど食事だけはせめて摂ってくれ。でないと、明日香が死んじゃうよ。」

 

いつの間にか巴はいなくなっていた。ぼんやりとした感覚だった。さっきまで巴が話していた事すら思い出せない。自分自身が今何をしているのかさえ分からない。何も考える事が出来ないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 

--

 

 

あれからどれくらい経っただろうか。2人の戦死報告を聞いてから大分時間が過ぎた様な気がする。いつの間にか2人の葬儀は終わっていた。明日香は2人の死体を見て泣いていた。だけどそれすら夢だったのか現実だったのか分からない。

 

時間だけが虚しく過ぎていく。明日香は何日も部屋から出なかった。授業も全く受けず、巴が持ってきた食事にすら手を付けていない。

 

明日香(私はどうして、もっとあこと燐子さんの傍にいてあげなかったんだろう?私はどうして間違ってしまったんだろう?リサさんの様な勇者のお目付役じゃなくても、授業や訓練なんかサボって、無理矢理にでも2人に会いに行けば良かった--)

 

 

 

明日香(もっと我儘になれば良かった--)

 

 

 

 

 

明日香(自分の思いを優先させれば良かった--)

 

 

 

 

 

 

明日香(2人の、友達の傍に居たい--)

 

 

 

そんな思いが明日香の中で渦を巻く様に残っていた。ベッドから窓の向こうに目を向けると、桜の花はもうすっかり散ってしまっていた。

 

明日香「今からお花見をしても……もう遅いよね…。」

 

 

---

 

 

ある朝、巴は制服に着替えながら明日香に話しかける。

 

巴「今日も授業には出ない?」

 

毎日巴は明日香に尋ねる。でも明日香に答える気力は無かった。いつもだったら巴はそのまま部屋を出るのだが、今日はまだ授業まで時間があるからなのか話を続ける。

 

巴「明日香は……このままずっと不貞腐れてるつもりか?明日香が何をしてても、あこや燐子さんは生き返らないんだ。」

 

明日香「………………そんな事、分かってるよ。」

 

巴はベッドの梯子を登り、寝ている明日香の顔を覗き込む。

 

巴「いい加減にしろ!」

 

明日香「……………。」

 

覆いかぶさる様に巴は明日香を見下ろして続ける。

 

巴「起きて、ちゃんと"生きて"欲しい。」

 

突き刺さる視線から逃れる様に明日香は顔を逸らす。

 

巴「食事もせず、人と話す事もしない……そのまま自殺でもするつもり?」

 

明日香「……………。」

 

それでも何も言わない明日香に、巴はため息をついた。

 

巴「明日香は私がどうして身体が弱いのか知ってるか?」

 

明日香は首を横に振って答える。

 

巴「小学校低学年の時海で溺れたんだ。そのせいで重い病気になってな、それ以来同年代の人より大分風邪も引きやすいし、身体が弱くなったんだ。」

 

話を聞きながら明日香は海の中を想像する。水の中で息も出来ず、助けてくれる人もいない。何も出来ずに死んでいく--想像するだけで気分が悪くなる。

 

巴「海に沈んでいく間、私は色んな人を恨んだよ。自分がこんなに苦しんでるのに何もしてくれない海岸にいる人達に。泳げなかった自分自身に。私を海に連れてきた家族に。最終的には海の水にすら恨んだよ。でも……最後の最後の瞬間に、そんな気持ちが急に消えてな、その代わりに後に残った人達への心配が心に浮かんできたんだ。」

 

明日香「……心配………?」

 

巴「自分が死んだらきっと家族は悲しむ。でも、私は残された人が苦しむ事は嫌だって思ったんだ。残された人には、せめて前を向いて欲しいからさ……。」

 

明日香「……………。」

 

巴「死を蔑ろにするなって事じゃない。死んだ人を悼む事は必要だけど、それと同じくらい生きる事を蔑ろにしちゃダメなんだ!今の明日香は生きる事を蔑ろにしてる!そんな事、あこや燐子さんが望むはずないだろ!?」

 

明日香「………。」

 

巴「授業には出なくても、食事は食べに来て!」

 

そう言い残し巴は部屋を後にした。出ていった後、明日香は横になったまま呟く。

 

明日香「あこと燐子さんが望むはずがない……か……。」

 

 

---

 

 

夕方--

 

明日香は部屋を出た。何日振りに自分の部屋を出たのだろうか。夕飯の時間になった為明日香は食堂へ入る。何日も授業をサボっていたが、神官達や詩船先生はそれを咎める事はなかった。

 

しかし、何処か食堂の空気がおかしかった。いつもであれば食堂に他の人達の話声が聞こえるはずなのに、今日は全員が押し黙っているのだ。明日香は巴の姿を探すのだが、いる様子は無く代わりにリサを見つける。

 

明日香「今日はこっちに来てたんですね、リサさん。」

 

リサ「うん。……明日香、酷い顔してるよ。顔色が悪いし、少し窶れてるんじゃない?」

 

明日香「あはは……まぁ、しばらく引きこもってましたから。」

 

力なく笑いリサに巴の事を尋ねると、リサは言いづらそうに眉間にシワを寄せながら答える。

 

リサ「ここじゃちょっと………後で話すよ。」

 

 

--

 

 

食事が終わり、2人は食堂から少し離れた廊下で話す。

 

リサ「巴は今、別棟の部屋に隔離されてる。」

 

明日香「え!?な、なんで……?」

 

事態は明日香が伏せている間に目紛しく移り変わっていた。

 

 

 

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