戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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巴の選択、そして紗夜の選択、それが正しかったのか間違っていたのかは誰にも分からない。

皆さんも気をつけてください。今このご時世、誰もが紗夜さんと同じ状況に陥る可能性があるんですから。




巴の選択

 

 

巴(私は紅く咲き乱れる花々の中にいた。彼岸花--あの人が戦いの時に身に着けている花だ。燃えるように紅く、身体の内に毒を持ち、それでいてどこか弱い--美しい花だ。)

 

巴は辺り一面を埋め尽くす彼岸花の中に腰を下ろしている。そして彼女の腕の中には、目を閉じ動かない愛する人が穏やかな顔で眠っていた。

 

 

 

これは幸せな光景なのだろうか--

 

 

 

 

それとも哀しい光景なのだろうか--

 

 

 

 

 

 

巴にはそれが分からなかった。

 

 

---

 

 

大社、別棟--

 

巴が目を覚ますと、天井が見えた。普段の自室では二段ベッドの下に寝ている為、いつも朝に目が覚めて一番最初に目に入るのは上段ベッドの裏側だった。その上には明日香が寝息をたてているのも聞こえた。しかし、ここ数日はずっと目が覚めてからは最初に天井を見ている。一段ベッドで寝ているからだ。明日香の寝息も聞こえない。

 

数日前から巴は別棟で生活をしている。理由は大社を脱走しようとしたからだ。脱走の理由を取り調べる為に、巴はこの部屋に軟禁されている。起きてからしばらくすると、部屋がノックされ、朝食を持った詩船が部屋に入ってきた。

 

詩船「どうだい、巴。ここで1人で生活しているのも辛いだろ。そろそろ大社から逃げ出した理由を話して、元の部屋に戻らないかい?明日香にも会えなくて寂しいだろ。」

 

巴「そうですね。ですが、1人で生活するのが辛いなんて事ありません。巫女の修行もやらなくて済みますし、以前より快適なくらいです。」

 

皮肉を込めた物言いで詩船に答える巴。軟禁されていると言っても、牢獄ではない。エアコンも付いているし、食事も3食キチンと用意されている。神官と一緒なら、外に出る事だって出来るし、入浴も出来る。唯一の不自由な点をあげるとするならば、テレビが無い事ぐらいだ。

 

詩船「まったく……。神官と喧嘩して、大社が嫌いになったから脱走したのかい?」

 

巴は詩船の問いかけを無視して朝食を食べ始める。

 

詩船「………違うね、あんたはそこまで子供じゃない。それに、大社への反抗を示す為なら、寧ろその事をはっきりと主張する筈だ。反抗は主張しなければ意味が無いからね。」

 

巴「…倫理学では、"トロッコ問題"という思考実験があるそうですね。」

 

朝食を食べ進めている手を止めて巴は呟いた。

 

詩船「あぁ、有名だね。」

 

 

『1台のトロッコが走行中に故障し、停止出来なくなる。トロッコが走る線路の先には、作業中の"従業員5人"がいる。このまま走り続ければ従業員5人は轢き殺されてしまうが、今すぐに線路の分岐を切り替えれば、トロッコは別線路へ進み5人は助かる。しかし、その別線路の先にも"従業員1人"がいて、線路を切り替えればその1人が轢き殺される。あなたは線路を切り替えますか?』

 

 

巴「切り替えなければ、5人はあくまで"事故死"です。助ける事が出来たのに見殺しにしたって後味の悪さは残りますけど。だけど、線路を切り替えれば死ぬ人数は1人に減りますが、明確な"殺人"になる。その1人が確実に死ぬように仕向けたんですからね。」

 

詩船「………。」

 

巴「大社は"線路を切り替える"という考え方ですよね。勇者達を--紗夜さんを犠牲にして、より多くの人間を救うスタンスなんですから。でも、私は思うんです。そのトロッコ問題の中で、元々線路の先にいる5人を私が殺してしまったら…既に救う人間がいなくなれば、線路を切り替える必要はなくなる。」

 

詩船「それは……トロッコ問題の前提を無視しているけども、あんたはそうする為に大社を脱走したのかい?」

 

淡々と、巴が述べた事を咎めるでもなく、事実を確認するかのような口調で詩船は話す。

 

巴「いいえ。ですが、選択肢としてはあり得るという事です。」

 

少しの沈黙の後、詩船は少し笑って答える。

 

詩船「その考え方……私は嫌いじゃないよ。他の神官達は巴には伝えるなと言っていたんだが、やはり伝えておこう。……氷川紗夜が凶行を働いたそうだ。」

 

巴「凶行……?」

 

詩船「帰省中に勇者の力を使い、一般市民を襲撃した。止めに入った湊友希那も殺されそうになったらしい。」

 

その言葉を聞いた途端、巴は頭に血が昇り、反射的に詩船に掴みかかっていた。

 

巴「こうなる事が…こうなる事が分かっていたから!!紗夜さんを帰らせる事に反対したんだっ!!!」

 

しかし次の瞬間、巴は詩船に腕を取られ、関節を極められ壁に押し付けられていた。

 

巴「うぅ………!」

 

詩船「…"分かっていた"とはどういう事だい?」

 

巴「……私は紗夜さんの実家や、その周辺の環境や状況を、あんた達大社以上に把握してるんだ。紗夜さんの地元の子達についてだって、学校の成績や休日に遊ぶ場所、お小遣いの額、その家族が何処で働き、どのくらいの給料を得ているのか、どの病院に通い、どんな病気に罹ってるかまで。」

 

詩船「どうやって……?」

 

ここで初めて詩船が動揺した表情を浮かべる。

 

巴「私がリサさんから、紗夜さんの情報を集めている事は知ってるだろ?」

 

詩船「ああ。巫女も神官も知っている事だ。だが、今井が知っているのは、丸亀城にいる氷川の情報だけな筈だ。氷川の故郷の状況までは知り得ない。」

 

巴「私は……小さな神社だとはいえ、その長である宮司の娘だ。私がお願いすれば、多少は動いてくれる人間がいる。」

 

詩船「…………。」

 

巴「私は大社に入る前から仲が良かった神社の従業員とは、今も連絡を取り続けてます。その人達は定期的に紗夜さんの故郷へ行き、住人から話を聞いて情報を収集してくれるんだ。他にも、自分の小学校の友人とも連絡を取り合い、紗夜さんの故郷について教えてもらってる。」

 

巴「私の実家から紗夜さんの故郷までは、徒歩でも行ける距離だから、こういう情報収集が出来る。それに、私や紗夜さんが住んでいたような小さい田舎村では、住人同士の生活の情報は殆ど共有されてしまう。内部に入り込めれば、細部の情報も簡単に手に入りました。」

 

詩船「………大社には到底出来ない情報収集だね。実際に現地へ行き、住人から話を聞いて得た情報は、そうしない者が持つ情報とは雲泥の差になる。」

 

呆れたように呟き、抑えていた腕を緩める。楽になれたが、抑えられた腕はまだ痛みが残っていた。

 

巴「あの村では紗夜さんを糾弾する空気が作り出されていた。元々紗夜さんの家は、あの村では嫌われ者だった。紗夜さんが勇者に選ばれたからあの家は称賛されるようになったけど、それが無くなれば元に戻ってしまう。」

 

あこと燐子が亡くなり、現在の戦況は決して良くない。四国の様々な地域でも被害が出始めていた。だから四国の一部の人間は手の平を返したように、勇者達を糾弾し始めたのだ。紗夜の村でも勇者を称賛する声は消え、紗夜を"役立たず"や"無能"と非難する声で埋め尽くされている。

 

嫌われ者の氷川家が称えられる事に内心苛立っていた住人も多かっただろう。だから勇者の死という反動で以前よりも更に氷川家は嫌われてしまった。いや、それよりももっと酷い。氷川家は住人の不満の捌け口となってしまい甚振られるようになったのだ。

 

巴「小さく閉鎖的なコミュニティの中で、強いストレスを抱えた人達が、"攻撃しても良い対象"を手に入れた時、その攻撃は常軌を逸したものになる…。人間本来が持つ理性や常識は消え去り、獣の様に相手を貪り喰らってしまう。」

 

この状況は傍から見れば異常だが、コミュニティの中にいる人間はその虐めを当然のものとして扱ってしまい罪悪感すら抱かない。

 

 

 

小さな田舎村という閉鎖的な環境--

 

 

 

戦争状態で不安と不満を抱き、強いストレスに晒された住人達--

 

 

 

そして元々から嫌われ者の氷川家と"四国と人々を守る"という役割を持ちながら、それを果たせない勇者の存在--

 

 

 

 

不幸な事に、あまりにも不幸な事に、悪条件が揃ってしまったのだ。

 

巴「大社は紗夜さんの家があの村の中でどれだけ酷い扱いを受けているか理解してなかった!だから、実家に戻せば良いなんて言えたんだろ?あの村にいれば、紗夜さんが心に傷を負って、最悪な行動に走っても仕方ないだろ!!」

 

詩船「………確かに、氷川の実家に対する大社の認識は甘かった。」

 

巴「私は紗夜さんの実家の状況を神官達にも伝えた。でも、信じてもらえなかった。そんな村ぐるみの虐めなんて現代社会で起こるはずがないと……!」

 

過剰な虐めや村八分等は、実際にそれが起こり得るような地域に住んでいないと、何故起こるのか理解出来ないし共感も出来ない。しかし、コミュニティの特性と社会情勢が悪い形で噛み合ってしまった時、それは容易く起こってしまう。

 

巴「私は紗夜さんが地元に戻る前に、村へ行って状況を改善させれたらって………。」

 

巴は力なくその場に倒れ込む。巴は村へ行って少しでも住人達から氷川家への悪意をなくす為行動に移そうと思っていたのだ。場合によっては、紗夜を誹謗中傷する者を強制的に排除する事も考えていた。その為に大社を脱走したのだ。

 

詩船「……氷川の件に関しては、完全に私達のミスだよ。」

 

巴は詩船を睨みつけるが、彼女は悪くない事など分かっていた。何故なら巴は今の事を詩船には話していなかったからだ。たまたま詩船が用事で不在だったので話すタイミングが無かったのである。

 

巴(私は……もっと多くの人に、紗夜さんの実家の状況を話しておくべきだったんだろうか。)

 

巴が得ていた情報はあまりにも紗夜の個人的な部分に踏み込んだ内容であり、手に入れていた方法も決して褒められたやり方ではない。他人に話せば、協力してくれていた人達が悪い立ち場に立ってしまうかもしれないと心の中で思ってもいたのだ。

 

巴(だけど……もっと多くの人に話していたら…違った結果になったかもしれないな……。)

 

巴「もう…もうこれ以上……紗夜さんを追い込まないでください……。紗夜さんを家族から離して、戦線から外してあげてください…お願いですから………。」

 

もはや巴は詩船の白衣の裾を握り、懇願する事しか出来なかった。

 

巴(紗夜さんが何をしたっていうんだ?どうして紗夜さんばかりが傷つかないといけないんだ?生まれたからずっと傷つけられて……追い込まれて………。)

 

詩船「氷川は前回の凶行が理由で、勇者システムを剥奪された。だから、もう戦線に出る事はないだろう。」

 

巴「そう……ですか。良かった………。」

 

その言葉に安堵する。もう紗夜は戦わなくて済むのだから。

 

詩船「住む場所に関しても、あの村に住まわせ続ける事は出来ないから、どうするか大社で検討している。」

 

そう言いながら詩船は窓の外を見る。空はもう暗くなり始めており、雨が今にも降りそうだった。

 

詩船「巴、もう一つ聞いておきたい事がある。」

 

巴「何ですか?」

 

詩船「公表されていない勇者の戦死の情報がネットに流れているんだが、これはあんたがやった事かい?」

 

巴「流したのは多分、巫女の誰かですよ。大社への反抗でしょう。この事は軽く考えるべきではないです。あこと燐子さんの死を隠したのは良くなかった。あんな事をされれば、巫女達は自分の存在も蔑ろにされるかもしれないと思い、ささやかでも反抗したくなります。もう大社は、巫女達を統率する事さえ出来ていない。」

 

詩船「確かにそうかもしれないね…。」

 

 

---

 

 

大社、宿舎--

 

その後暫くして、巴は別棟から元の宿舎へと戻る事が出来た。

 

明日香「戻ってきたんだね、巴。広い部屋に1人はなんだか寂しかったから嬉しいよ。」

 

巴「心配かけてごめん…。」

 

明日香とは暫く会っていなかったものの、彼女は以前と変わらず巴を出迎えてくれていた。巴にはそれが嬉しかった。

 

巴(紗夜さんも戦線から外された……これでもう傷付く事は無いだろう。紗夜さんの新しく住む所が決まったら、今度こそ会いに行こう。)

 

勇者の資格を剥奪されても、巴の紗夜への敬愛は決して変わらない。紗夜の傍にいて、紗夜の巫女であり続ける。それが巴の全てだから--

 

 

 

 

 

 

 

紗夜が戦死したと伝えられたのは、それから間も無くの事だった--

 

 

 

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