戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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紅い彼岸花の花言葉は"情熱"、"諦め"、"悲しい思い出"。
白い彼岸花の花言葉は"想うはあなた一人"。

第4章で消えた紗夜の遺体は何処へ消えてしまったのか。そして巴の言葉がリサの運命に変化を齎す--




永遠に想うは貴方の事だけ

 

紗夜が戦死したと聞かされたその日は朝から強い雨が降り続けていた。リサが丸亀城から大社に来ていて、3人は明日香達の部屋に集まっていた。

 

リサ「最近、四国で発生してる災害はバーテックスの侵攻による影響の可能性があるみたい。一部のバーテックスは神樹を侵食する力を持っていて、樹海が侵食されると事故や災害の形で四国の土地にフィードバックされるんだ。」

 

最近四国は地震や竜巻といった自然災害が何度か起こっているが、バーテックスのせいだとするのなら納得がいく。

 

明日香「……だったら、昨日から降り続いてるこの雨も?」

 

リサ「そうかもしれない……。」

 

会話が続かない。すぐに沈黙がこの部屋を支配してしまう。リサは言葉に迷っていた。だから巴がその沈黙を破った。

 

巴「どうして………紗夜さんは"戦死"したんですか?紗夜さんは勇者の資格を剥奪されて、戦闘から外されていた筈なのに…。」

 

リサ「………紗夜が自ら戦線復帰の志願をしたんだ。友希那だけじゃ戦力が足りないから…大社は少しでも助けになるならって……勇者として戦闘する事を再び許可したんだよ………。」

 

巴「……………うううううううううあああああっ!!!」

 

言葉にならないような唸り声を上げ、巴は何度も何度も床を拳で殴り続けた。

 

巴「何でだっ!何で戦う事を許可したんだよっ!ふざけるなっ!ふざけるなぁ!!うああああああっ!!誰だ、許可を出したのは!殺してやるっ!殺してやるよ!!」

 

涙が止めどなく溢れ床に落ちる。どんなに泣いても嘆いても、怒っても、紗夜が帰ってくる事は無い。でも、この怒りを何処にぶつけていいのかさえ巴には分からなかった。

 

リサ「巴…!」

 

泣き喚く巴をリサが強く抱きしめる。リサの目も涙で濡れていた。

 

リサ「ごめん……ごめんなさい…私は勇者の御目付役なのに……助ける事が出来なかった…………。」

 

巴「……リサさんが悪い訳ではないです…私もこんな風に泣き喚いてすみません…。」

 

リサ「良いんだよ、泣いて。だって……巴は紗夜の巫女なんだから……。」

 

巴「ううう……ううううう………。」

 

泣き続ける巴の頭を、リサは優しく撫で続けた。その手の温かさが、唯一の救いだった。

 

 

--

 

 

あれからどれくらい涙を流したのか分からない。随分泣き続けて、やっと巴は落ち着きを取り戻す。そして巴はリサに向き合い口を開く。今から巴が伝える言葉は大社への呪詛であり、復讐。大社を根底から覆す為の種。それが芽を出すかどうかは今後のリサ次第だ。

 

巴「リサさん……以前から私は大社を歪な組織だと思っています。」

 

リサ「え?」

 

巴「その理由は、部外者の門外漢達がトップに立ち、舵を取ってるからです。」

 

リサ「門外漢…?」

 

巴「そうです。大社の神官達は神樹からの神託を受けている人間じゃない。自らがバーテックスと戦っている訳でもない。それをやっているのは、巫女と勇者です。神官達の多くは元神職--ちょっと神様に詳しいだけの一般人。特殊な能力も、戦争の経験も、統率者としての資質もない人が大多数なんです。」

 

神職から大社の一員になった者は、多少なりともそう思っている者が少なくない筈である。現に巴の父親もそうだった。

 

リサ「それは……。」

 

リサは言葉に詰まってしまう。

 

巴「そしてそんな門外漢で部外者の人間達が、勇者の命を握っている。これが間違いなんです。大社のトップは、バーテックスとの戦いの当事者--勇者のリーダーである湊さんか、最も神樹から敬愛されているリサさんの、どちらかであるべきです!湊さんはこういう事には向かないでしょうから、リサさんが適任だと思ってます。」

 

その言葉にリサは驚きを隠せない。

 

リサ「私が……!?」

 

巴「本当は初めからそうあるべきだった。神が復活し、天からの使いが人類を滅ぼそうとしている今、この世界は太古の神話の時代に戻ってしまったようなものです。神話として語られるような古代では、人間を統率する者は神に愛され、神と意思疎通出来る者でした。この四国において今その立ち場にあるのはリサさんなんです。」

 

リサ「私には、組織をまとめるような力なんてないよ……。」

 

巴「確かにそうかもしれない。私達のような子供が組織のトップに立つなんて難しいと思います。でも、巫女であり、勇者と共に歩んできたリサさんは、部外者で門外漢の大社の人間達よりも勇者に寄り添った判断が出来る筈です。組織を上手く運営出来ていないのは大社の人間も、子供である私達も同じ事。だったら、勇者を守る為の判断が出来るリサさんの方が適任じゃないですか。」

 

リサは目を逸らして黙ってしまう。

 

巴「………どの道、リサさんはやらざるを得ないようになります。」

 

リサ「え……?」

 

巴「だってそうしないと、湊さんを守れないですから。このままだと、いずれ湊さんは大社の誤った舵取りの犠牲になってしまう。紗夜さんと同じように。紗夜さんがいなくなった今、私はもう勇者も、大社も、この世界も、何がどうなっても構わない。だけど、リサさんはそうじゃないですよね?大切な人が生きてるんですから。」

 

リサ「………………。」

 

リサは常に自分より他人を優先する人である。巴もそれは重々理解していた。そういう人は本来であれば組織のトップには立とうとは思いもしない。しかし今、リサの中に存在しなかった新たな選択肢が生まれたのだ。その選択肢を選ぶかどうかはリサ次第。性格を考えれば、巴が提示した選択肢を選ぶ可能性は殆ど無い。

 

 

 

だけど、0でもない--

 

 

 

 

 

巴は0だった可能性を、1%にしただけ--

 

 

---

 

 

宿舎、詩船の部屋--

 

リサが丸亀城へ戻った後、巴は詩船の部屋に呼び出されていた。

 

詩船「氷川紗夜の葬儀は、大社では行われない事になった。氷川を勇者とは認めない--というのが大社の見解だそうだ。」

 

巴「そうですか。」

 

淡々と答える。最早巴にとって大社がどんな判断をしようがどうでもよかった。紗夜が勇者だった事は巴自身が認めていればそれでいい。

 

詩船「ここが氷川の最後の住所だそうだ。故郷に住めなくなった後、丸亀市に引っ越して両親と暮らしていた。」

 

結局最後まで親と暮らす事を強要されてしまった紗夜。"子供は親と一緒に暮らす方が幸せ"、"親が子供を傷つける筈がない"という固定観念が紗夜を蔑ろにさせてしまったのだ。

 

巴「紗夜さんの遺体は?」

 

詩船「大社で葬儀は行わないから、親族に引き渡された。葬儀は氷川の家で個人的に行われる筈だ。」

 

巴「………分かりました。」

 

無表情で答え、巴は部屋を後にするのだった。

 

 

---

 

 

大社、寮--

 

部屋に戻った後、巴はすぐに動きやすい服装に着替える。念の為に財布とスマホも準備した。

 

明日香「あれ?何処かに出かけるの?」

 

怪訝そうな顔で明日香が巴に尋ねる。

 

巴「ああ。」

 

明日香「この雨の中じゃ危ないよ。」

 

巴「すぐに行かないといけない所があるから。」

 

時間的にまだ交通機関が動いている時間。しかしこの大雨の中ではいつ止まってしまうか分からない。

 

明日香「そう……。」

 

これ以上明日香が詮索する事はなかった。止めようともしない。口調や雰囲気から察したのかもしれない。部屋に置いてある傘を手に取った時、明日香が引き止めた。

 

明日香「待って、この雨じゃ傘なんか意味ないよ。これ使って。」

 

差し出したのは生地がしっかりとしたレインウェアとレインブーツ。

 

巴「こんなの持ってたんだな。」

 

明日香「昔、友達がくれたんだ。」

 

少し寂しげに答える。それが誰の事なのか巴には分かっていた。だから何も言わずに巴は頭をさげた。

 

明日香「夜ご飯までには帰ってくる?」

 

巴「………いや、帰らない。」

 

明日香「……そっか。それじゃあ、少しの間みんなを引きつけておくから、その間に行ってきて。でも、無理はしないでね。」

 

巴「…ああ。」

 

明日香「なら、オッケー!」

 

そう言って4年間同じ部屋で暮らしてきた親友は笑顔で巴の肩を叩いて送り出したのだった。

 

 

---

 

 

強い雨が体を打ちつける。傘なんてさしたら一瞬で吹き飛ばされてしまう程だった。大社の宿舎から一番近くのバス停まではかなりの距離がある。

 

巴「はぁ…はぁ……。」

 

元々体が強くない巴。ましてやこの雨の中ひたすら歩き続ける事で体力はどんどんと奪われてしまう。でも、行かなければならなかった。

 

巴(今、会いに行かないと………私はもう二度と紗夜さんには会えない…!せめて……せめて最後に、紗夜さんに会いたい!)

 

 

--

 

 

天気が悪いせいで日中も薄暗かったが、バス停に着いた時には、周りは闇夜に包まれてしまっていた。

 

巴「はぁ、はぁ……。」

 

バス停の時刻表を確認するが、走っているバスの本数自体が少ない為、もう既に最終バスも行ってしまった後だった。

 

巴「ここから歩いて駅まで行くのは……現実的じゃないか…。」

 

駅は遠く、徒歩で行けばどれだけ時間がかかるか分からない。もし体力がもって駅まで辿り着けたとしても、交通機関の乗り継ぎや終電時間を考えれば、今日中に丸亀市へ着く事は難しいかもしれない。大社の目をいつまで誤魔化せるか分からないので早く動きたい。都合よく泊まれる宿が見つかる保証もないし、この雨の中野宿するのはあまりに危険が大きすぎる。

 

念の為にお金は持ってきていた。大社で暮らしているとお金を使う機会があまりないので年始に貰っていたお年玉がまだ残っていた。スマホでここから丸亀城までのタクシー料金を調べるも手持ちのお金だけではとても足りそうになかった。

 

巴「どうすれば……。」

 

レインウェアのポケットから財布を取り出そうとすると、財布とは別に数枚の紙のようなものが入っている事に気がついた。取り出してみると、1枚のメモ用紙に数枚の紙幣。明日香が気を利かせてお金を入れといてくれていたのである。

 

 

--

 

 

明日香『絶対に後悔はしないで。』

 

 

--

 

 

ただ一言だけ。だけどそれが何よりも嬉しかった。

 

巴「私は……世話になってばっかりだな。」

 

 

--

 

 

タクシー会社に連絡し、迎えに来てもらった。夜中に子供が1人でタクシーで長距離を移動する。運転手はかなり訝しみ、何をしてるのかと巴に尋ねてくるので一か八かで答えた。

 

巴「私は大社の巫女です。至急、勇者様がいらっしゃる丸亀市へと行かなければならなくなりました。疑わしいのなら、後で大社へ確認を取ってもらっても構いません。ですが、今は一刻を争います。急いで丸亀市へ向かってください。」

 

勇者達が丸亀市にいる事も、巫女達が少女である事も既に周知の事実であり丸亀市へと行く理屈は通っている。もしもここで本当に大社へ連絡されてまえば終わりだったが、運良く運転手はそれ以上詮索する事無く巴を乗せ丸亀市へと車を走らせた。巴は歩いてきた疲れが出て、車内で眠り込んでしまう。

 

 

--

 

 

目を覚ました時、タクシーは既に停まっていた。時刻はもう深夜に近い時間帯になっていていつの間にか雨も止んでいた。

 

巴「どうして停まってるんですか?何かありました?」

 

運転手が言うには、もう丸亀市の近くまで来ているのだが、市内の一部が洪水状態になってしまい、道が通れなくなってしまったのだ。紗夜の家の住所を伝えると、その周辺は浸水している地域で囲まれており、通れないという情報が入っているという。

 

タクシーの料金メーターを見ると、既に運賃は明日香からもらったお金を合わせてもギリギリの金額になっていた為、巴はタクシーを降り再び紗夜の家に向かって歩き始める。しかし、すぐに足が止まってしまう。道が洪水で沈み、通れなくなっていたのだ。

 

巴「他の道は……!?」

 

地図を見ながら別ルートを探すが、見つからない。何処も同じように浸水してしまっているのだ。巴は水に沈んだ道を前にして立ち尽くしてしまった。

 

巴「どうすれば……。」

 

絶望的な状況だ。水が引くのを待つか--雨は止んでいるから、待てば水が引くかもしれない。でも、どれくらい時間がかかるか分からないし、また雨が降り出すかもしれない。

 

もっと大回りして道を探すか--浸水地域に囲まれている以上、通れる道が残ってる可能性は低いし、徒歩で広範囲を歩き回って探すのは不可能だった。

 

後少しで紗夜の元へ辿り着けるというのに方法が無い。

 

巴「………うぅっ!」

 

1つだけ、たった1つだけ現実的に進める方法が残っている。しかし巴はその1つの方法からずっと目を逸らし続けていた。難しい方法ではない。巴以外だったら簡単に出来る方法--

 

 

 

 

水の中を歩くという方法--

 

 

--

 

 

巴「はぁ、はぁ………。」

 

雨が止み、水の流れもない。プールの中を歩くのと大きな違いはない。注意して進めば出来る筈なのだ。

 

しかし巴の脳裏に溺れた時のトラウマが蘇る--

 

巴「うううう………!」

 

水の中に足を入れてみる。水深は足首が沈むくらいだった。

 

巴「このくらいなら……まだ大丈夫…。」

 

ゆっくりと、1歩1歩、足を進めていく。進むごとに水深は上がっていく。標高が少しずつ下がっているのだろう。

 

巴「はぁ、はぁ…!」

 

水の高さはすぐに脹脛を越え、やがて膝まで沈んでしまう。ここから先、まだまだ深くなるだろう。

 

巴「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

 

足が震えだす。これ以上進みたくないと体が言う事を聞いてくれない。

 

 

 

巴「うううっ………!」

 

 

 

しかし他に方法が無い。紗夜に会う為にはこの水の中を通り抜けるしか無いのだから。

 

 

 

 

巴「ううううううううっ………!」

 

 

 

 

自分に必死に言い聞かせる。ここまで来れたのだからこの先も進める筈だと。

 

 

 

 

 

 

巴「ううううううううううううううっ………!」

 

 

 

 

 

この足を踏み出しさえすれば--

 

 

 

 

 

踏み出しさえすれば--

 

 

 

 

 

踏み出しさえすれば--

 

 

 

 

 

巴「うううっ、ひぐっ、ぐずっ、ううぅ………!」

 

目からは涙がボロボロとこぼれ落ちる。とうとう巴は水の中たった1人で立ち尽くし動けず泣き出してしまう。

 

巴(駄目だ、怖い…!怖くて仕方ない……!もう一歩も足を踏み出せない。足元に注意してゆっくり進めば出来ると頭では理解していても、体が震えて言う事を聞いてくれない……!)

 

溺れかけた海でのトラウマが頭の中でぐるぐると何回もフラッシュバックする。

 

巴「ごめんなさい、紗夜さん…ごめんなさいごめんなさい……ぐずっ…!もう…もう進めません……ごめんなさい、ごめん…なさい……。」

 

これ以上進めない。引き返すしかない。巴は来た道を戻る為に、踵を返した。

 

 

 

 

 

 

紗夜に背を向けたのだ--

 

 

 

 

 

 

 

巴「あ……あああああああああああああっ!!」

 

巴(駄目だ駄目だ駄目だ!それだけは絶対に駄目だ!紗夜さんに背を向けたら、大社の人間達と同じだ。紗夜さんの事を何も知らずに責め続けた人間達と同じだ!私は……私は絶対に紗夜さんに背を向けたりなんかしない!)

 

巴「私は、紗夜さんの巫女だから……っ!紗夜さんに付き従う人間だからっ………!」

 

紗夜は勇者から除外されてしまった。存在自体を否定され、亡くなったら用済みだとばかりに打ち捨てられた。大社も、紗夜の親も、紗夜に守られてきた一般市民達も--紗夜の死を悼んでる人間がどれだけいるのだろうか。彼女の戦いと功績を認め、彼女が生きてきた事を祝福する人間がどれだけいるのだろうか。

 

巴「せめて1人は……1人くらいは…!紗夜さんは素晴らしい活躍をしたんだと、勇者として褒め称えられる生活を送ったのだと、彼女の傍で声をあげないと駄目なんだよ!!」

 

巴は再び紗夜の家の方向へ足を向け、1歩を踏み出した。前に出すだけで、死にそうな程怖くなってくる。

 

巴「だったら死ねばいい!死ねば紗夜さんの魂の傍に行けるんだから!」

 

嘔吐しようが足を止める事は決してなかった。今までずっと紗夜に会う事を躊躇っていた巴。結局最後まで一度も会う事はなかった。全ては巴自身の臆病さが原因なのだ。紗夜に会えば嫌われてしまうかもしれないと思い込んでしまったからだ。でも、巴はもう躊躇う事はなかった。

 

 

 

---

 

 

氷川宅--

 

紗夜の遺体は、薄汚れた布団に無造作に寝かされていた。寝袋のような袋に入れられ、顔だけが見えるようになっている。死化粧をされている事と、死後2日しか経っていないお陰で、顔は綺麗なままだった。部屋はボロボロになっていた。パソコンやテレビは壊れ、壁は刃物で何度も切りつけたような跡が精神状況の悲惨さを物語っている。しかし巴はこの部屋には不自然なものを見つけて手に取った。卒業証書と書かれた紙。そこには勇者達の名前とリサの名前が書いてあった。どれだけ心が荒んでしまっても、これだけは傷付ける事が出来なかったのだろう。

 

巴(紗夜さんは1人じゃありません……。)

 

そして遺体が置かれた部屋では、男が酔い潰れてテーブルに突っ伏していた。その男は巴の気配に気が付きピクリと目を覚ます。十中八九紗夜の父親だろうとすぐ分かった。

 

紗夜父「あ……?誰だ、あんた?」

 

巴「はぁ……はぁ………。」

 

水の中を歩いてきたせいで、腰から下がずぶ濡れになりながらも巴は眠っている紗夜に近づく。

 

紗夜父「誰だって聞いてるんだよ!!」

 

男の怒鳴り声を無視し巴は紗夜の遺体の傍に正座し、深く頭を下げた。そして傍らに卒業証書を置く。

 

巴「遅くなってすみません、紗夜さん。会いにきました。こんな姿で許してください。」

 

紗夜父「おい、何やってんだ!!」

 

巴「紗夜さんの活躍は大社でいつも聞いてました。紗夜さんが勇者として戦ってくれたお陰で、私含めて沢山の人の命が助かったんです。この功績は誰にも否定出来ない事実です。どうか、安らかに--」

 

紗夜父「おい!」

 

巴「黙れよ……。」

 

殺意を押し殺した目で巴は男を睨みつける。

 

巴「休んでる紗夜さんの前で声を荒げる事は許さない。それに紗夜さんの葬儀はどうしたんだ?」

 

部屋には酒の空き缶や瓶、ゴミがそこら中に散らばっているだけ。葬儀の為の祭壇すら見当たらなかった。

 

紗夜父「はぁ?知らねえよ!」

 

巴「………聞きしに勝るクズだな。」

 

生きている間は傷つきながら化け物と戦い、亡くなった後は葬儀すら執り行われない。紗夜を蔑ろにするにも程があった。巴は紗夜の体を、包んでいる袋ごと抱き上げようとする。その際に触れた感触で、紗夜の右腕あたりが千切れかかっている事に気がついた。

 

巴(痛かったですよね……辛かったですよね…。)

 

巴「紗夜さんは私が引き取ります。私が葬儀をあげますので。」

 

次の瞬間、巴は男に殴られ床に倒れ込んでしまう。

 

紗夜父「お前は大社の人間か!お前らのせいだぞ!このガキが勇者なんかやってたせいで!」

 

そんな事を吐き捨てながら馬乗りになり更に殴りつける。痛みは感じなかった。痛みにも増して紗夜の傍でこんな醜い争いをしている事が申し訳ないという思いの方が勝っていたからだ。巴は近くに落ちていた酒瓶を手に取り、男の頭に叩きつける。

 

紗夜父「あぎゃあっ!!」

 

男は呻き声を上げて倒れ、意識を失い動かなくなった。さながら死にかけの芋虫のように。そして巴は息を整え、再び紗夜の遺体を抱き上げた。

 

巴「……私があなたの立場だったら、全てが違っていたのにな…。」

 

そう男に吐き捨て、紗夜と共に玄関へと向かった。

 

 

---

 

 

家を出たのは良かったものの、途方にくれてしまった。体が弱い巴では、紗夜を抱えたまま長距離を歩く事は出来ない。その時、目の前に刺すように明るい車のライトが視界に入る。降りてきたのは詩船だった。

 

詩船「ここまで来るのは大変だったよ。浸水してない道を探すのに骨が折れた。」

 

巴「……私を連れ戻しに来たんですか?」

 

詩船「いいや。足が必要だろ?お前さんが行きたい所まで送ってあげるよ。」

 

 

--

 

 

巴は紗夜と一緒に、詩船が運転する車の後部座席に座っていた。紗夜の体が倒れないように、シートベルトでずっと固定してあり、念の為走行中は手でずっと支え続けている。

 

巴「私は紗夜さんを弔った後も、大社に戻るつもりはありません。」

 

その言葉に詩船は怒りも驚きもしなかった。

 

詩船「そうかい。別に構わないさ、勝手にすればいい。私はあんたを連れ戻しに来たわけじゃない。大社の指示は何も受けてない。と言うより最初から、他の神官達が寝静まった後、私がお前さんを氷川の家に送ってやるつもりだったんだ。それなのに、早まって勝手に出て行くなんてね。」

 

巴「……すみませんでした………。」

 

詩船「…よくやりきったね。1人で氷川を助け出す事が出来たんだな。やはりお前さんは氷川紗夜の巫女だよ。」

 

巴「はい………。」

 

詩船の言葉に巴は泣きそうになる。

 

巴(私は最後に……紗夜さんを助け出す事が出来たんだろうか。)

 

巴「先生は…どうして私がこんな勝手な事をするのを見逃してくれるんですか?」

 

詩船「……面白いからだ。」

 

巴「……私は4年も先生と同じ大社にで過ごしてきましたが、未だにあなたの事がよく分かりません。」

 

詩船「そうかい。まぁ、私も4年間一緒にいて、お前さんの事が理解出来なかったよ。何でそんなに氷川に入れ込めるのか、全く分からない。殆ど話した事もない、会った事もない人間に対して、どうしてそこまで愛情を注げるのか…。」

 

巴は紗夜の頬に触れながら答える。

 

巴「理由、ですか……。私はこう思うんです。何故その人の事を好きなのかと問われて答える事が出来る理由なんて、全て後付けの言い訳なんだって。優しいからだとか、格好いいからだとか、そんな理由は全部、好きになった後に自分自身の感情に合理的な理由をつける為に無理矢理考え出した言い訳なんです。誰かを本当に好きになったら、そこに理由なんて存在しないんです。」

 

詩船「成る程ね……つまり一目惚れって訳だな。」

 

鼻歌混じりに詩船は車を走らせ続ける。

 

詩船「昔を思い出すよ。」

 

巴「え?」

 

詩船「香澄を乗せて、こうやって車を運転した事があってね。」

 

詩船が運転する車は夜道を走り、巴が目指していた場所へと向かって走り続けていく。紗夜がゆっくりと休める場所、誰も立ち入る事が出来ず、2人がいつまでも共にいれる場所へ--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

そして巴は現在、実家の神社の境内にいた。境内の一面は、巴が植えた無数の紅い彼岸花で覆われている。

 

巴「お休みなさい、紗夜さん……。」

 

紅い彼岸花の中に、一本だけ白い彼岸花を植えた。その下には紗夜が埋まっている。

 

巴「私はいつまでも紗夜さんの味方です。永遠にそれは変わりません……。」

 

 

 

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