戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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芙蓉香澄が壁を越える事に拘る理由--
そしてましろの心に小さな変化が芽生える。



拘泥の訳

 

勇者部活動当日--

 

芙蓉の計画では、土日の2日間で3つの大橋を視察する。土曜日の午前中に瀬戸大橋、午後に大鳴門橋。そして日曜日に来島海峡大橋。今日は一日で香川と徳島を回る為、かなりの急ぎ足で行動しなければならなかった。

 

倉田「宇多津駅?瀬戸大橋に行くんだったら、坂出駅からじゃないんですか?」

 

今2人は観音寺から快速電車に揺られ、宇多津駅に来ていた。本来であれば瀬戸大橋記念公園へ行くバスは宇多津駅の一つ隣である坂出駅から出ているのだが。

 

芙蓉「単純に距離で言うと、坂出駅よりも宇多津駅からの方が瀬戸大橋へは近いんだよ。」

 

倉田「でも、ここからじゃバスは出てませんよ?」

 

芙蓉「バスでの移動は、帰りを逃しちゃったら結構な時間ロスになっちゃうし、私達は記念公園に行くんじゃなくて、瀬戸大橋周辺を調査したいんだ。バスを降りて徒歩で動き回るのは大変だよ。」

 

そう言うと、芙蓉はとある場所を指さした。

 

芙蓉「香川には便利な"足"があるでしょ?」

 

倉田「……成る程。」

 

そこにあったのは自転車。香川ではレンタサイクルのサービスが頻繁に行われているのだ。観光案内所や駅前のホテル、自転車屋、スマホのアプリで借りられるレンタサイクルスポット等。ここ香川と愛媛にはそれが特に多くある。

 

芙蓉はスマホのアプリで電動自転車を二台借り、2人はそれで瀬戸大橋へと向かった。距離にして約5.5㎞。

 

倉田「これは思いつかなかったです。」

 

芙蓉「へへーん。色んな事を調べたら考えたりするのは得意なんだ!」

 

確かに芙蓉は物事を調査する能力にかなり長けている。ましろのアルバイトの件を調べ上げた事といい、頭の回転は速い方なのだろう。

 

 

--

 

 

数十分後--

 

芙蓉「ぜはぁー、ぜはぁー………暑い…足が疲れた…も、もうダメだぁ………。」

 

元気が良かったのは最初だけだった。電動自転車を使っているのにも関わらず、芙蓉は5㎞の距離さえも行けなかった。

 

倉田「体力無さ過ぎです…。」

 

芙蓉「倉田ちゃん……はぁ、はぁ……二人乗りして運んでくれない…?」

 

倉田「ダメです。レンタルしてる自転車を置いて行けません。」

 

芙蓉「うぅ……やっぱりバスにしておけば良かったかなぁ……はぁ、はぁ…。」

 

倉田「もうちょっとです。もう少しで記念公園に着きますよ。」

 

 

--

 

 

瀬戸大橋記念公園--

 

芙蓉を励ましながら、何とか2人は記念公園へ辿り着く。

 

芙蓉「もう…無理……動けない………。」

 

到着するや否や、芙蓉はベンチに倒れ込んでしまった。

 

芙蓉「気息奄々……倉田ちゃん…瀬戸大橋の視察ほ任せたよ………。」

 

倉田「分かりました。けど、視察って何をすれば良いんですか?」

 

芙蓉はリュックの中から、大きな双眼鏡を取り出しましろに手渡す。

 

芙蓉「公園の展望台に登って…瀬戸大橋は壁まで繋がってるのか……それとも途中で途切れてるのか…見てほしいんだ。もし壁まで繋がってたら…瀬戸大橋に入れるかも調べて……。」

 

倉田「はぁ……分かりました。」

 

休む芙蓉をベンチに残し、ましろは展望台へと向かった。

 

 

---

 

 

展望台--

 

展望台はそれ程高くはないが、瀬戸大橋とその向こうの壁を見渡せた。双眼鏡で覗くと、瀬戸大橋は壁まで繋がっている様にみえる。確認したましろは、展望台を下り、自転車で瀬戸大橋の周辺を探索するが、何処も封鎖されており入れる場所は無かった。

 

 

--

 

 

1時間程探索し、ましろは芙蓉の元へ戻った。休んだお陰で体力も回復したらしく、芙蓉の顔色も良くなっている。

 

倉田「瀬戸大橋は壁まで繋がってるみたいですけど、橋に入れる場所は何処にもありませんでした。」

 

芙蓉「成る程……でも、まだまだ一つ目!次に行ってみよう!」

 

元気良く立ち上がるも、すぐさま顔がまた青ざめる。

 

芙蓉「帰りも自転車だった……。」

 

 

--

 

 

芙蓉は死にそうになりながらも、何とか宇多津駅に到着し、その足で徳島の大鳴門橋へと向かう。最寄駅である鳴門駅に着き、今度はバスを使って大鳴門橋へと向かった。

 

芙蓉「瀬戸大橋は橋に立ち入る事が出来なかったけど、大鳴門橋には遊歩道がある。瀬戸大橋よりも壁に近付ける筈だよ。」

 

 

---

 

 

大鳴門橋--

 

停留所に降りた2人は、すぐ近くにある大鳴門橋へと向かう。橋の中には"渦の道"と呼ばれる遊歩道があり、そこから橋の中へと入る事が出来た。遊歩道の一部は床がガラス張りになっていて、真下に見えるのは大きく唸りを上げる海。時折そこから有名な鳴門の渦潮も見えた。

 

倉田「凄い……芙蓉さんもどうです?渦潮凄いですよ!

 

興奮するましろとは正反対に、芙蓉は下を覗き込もうとはせず、足を早める。

 

倉田「………怖いんですか?」

 

芙蓉「ま、ままままままさか、そんな事ないよ!?」

 

芙蓉は結構な怖がり様だった。試しにましろは、芙蓉の背中を軽く押しガラスの上に押し出した。

 

芙蓉「うわぁ!?落ちる!落ちるよぉ!!」

 

涙目になりながら、必死でその場から離れるのだった。

 

 

--

 

 

結局、大鳴門橋の遊歩道も、途中で封鎖されており、壁がある場所までは行けないようになっていた。2人は再びバスに乗り、鳴門駅に戻って駅に併設されていた足湯で一休みする。

 

芙蓉「あぁ……癒される…。今日は足を酷使したから……。」

 

至福の表情を浮かべる芙蓉。

 

倉田「芙蓉さん、ちょっと聞きたいんですけど…。」

 

芙蓉「リリ。」

 

倉田「え?」

 

芙蓉「芙蓉さんじゃなくてリリって呼んで欲しいな。リリエンソールのリリ。クラスメイトにはそう呼んでもらってるんだ。」

 

倉田「リリさんですか…。リリエンソールってミドルネームみたいなものですよね?」

 

芙蓉「そんな感じ。戸籍上の名前は芙蓉香澄だけど、昔、芸能活動をしてた時から"芙蓉・リリエンソール・香澄"って名乗ってるんだ。あっ、私が芸能界にいたって事は話したっけ?」

 

倉田「いえ。でも、知ってます。」

 

芙蓉「リリエンソールはお母さんの旧姓なんだ。倉田ちゃんも別の呼び方が良かったら言ってね。」

 

倉田「私はミドルネームとかも無いし………。」

 

ましろは少し沈黙する。

 

芙蓉「ん?どうしたの?」

 

倉田「何でもありません。今まで通り倉田で構いません。」

 

何故"ましろ"と呼んで欲しいと言わなかったのか。自分でもそれが何故なのかは分からなかった。同じ"香澄"の名を持つからなのだろうか。

 

芙蓉「分かった。」

 

倉田「ねぇ、リリさん。交通費とか私の助っ人代とか、結構な金額になってると思うんですけど、大丈夫ですか?」

 

ここまで、芙蓉はましろの交通費も全部出していた。2人分のレンタサイクル代に電車代、バス代、それに加えましろの助っ人代も含めれば、決してバカに出来ない金額になっているのは明白だった。

 

芙蓉「あぁ、心配しないで。お金は……無駄に持ってるんだ。昔、芸能活動をしてた時の収入が貯金してあるから。」

 

倉田「でもーー」

 

芙蓉「良いんだ。このお金はいくら使っても。」

 

そう言った芙蓉の顔は、少し寂しげだった。

 

 

---

 

 

翌日--

 

芙蓉「実は瀬戸大橋と大鳴門橋は前哨戦。愛媛の来島海峡大橋こそが大本命なんだよ!」

 

倉田「本命って、どうしてです?」

 

愛媛方面に行く電車に揺られながら芙蓉は言った。

 

芙蓉「西暦時代、愛媛には瀬戸内海の島々の間を橋で結んだ道があってね、今から行く来島海峡大橋はその出発点とも言える橋で、その道を通って行けば、本州まで徒歩で渡る事だって出来たんだよ。となると、今でも壁まで道が繋がってる可能性があるかもしれない!」

 

目を輝かせながら芙蓉は話すが、ましろはいまいち懐疑的だった。そんなに簡単に壁の外へ行けるなら、もうとっくに誰かが四国の外へ行っている筈だからである。

 

2人は電車を乗り換え波止浜駅でレンタサイクルに乗り換え橋へ向かった。 

 

 

---

 

 

来島海峡大橋--

 

自転車を走らせる事数十分、2人は大橋の上に入る。左右を見れば、広い海が視界いっぱいに広がっている。綺麗な景色だが、橋の上な為、風が凄まじく強い。

 

芙蓉「こ……これは風に煽られてフラフラする…!結構怖いよ……!」

 

倉田「飛ばされない様に気をつけてください!」

 

芙蓉は気を紛らわせる為に話題を変えた。

 

芙蓉「昔、四国に壁が出来た直後は、海の中の環境や生態系が変わって、四国の海は全く別の姿に変わっちゃうかもしれないって言われてたんだ。」

 

倉田「へぇ…。」

 

芙蓉「昨日見た鳴門の渦潮だって無くなるかもしれないって言われてたし、海は濁って汚れ、殆どの生物が住めなくなるとも言われてた。でも、結局はそうならず、壁が出来る前と同じ環境が保たれてる。大赦が言うには、神樹様の御加護らしいけど。でも、私は神樹の力なんて信じない。きっと科学的に説明がつくって思ってる。」

 

2人は海道を進んでいく。

 

 

--

 

 

やがて2人は自転車を止めた。目の前に鉄柵が立ちはだかり、通れなくなっていたからである。その鉄柵の遥か向こうに四国を囲む壁が見えた。

 

倉田「……無駄足でしたね。」

 

芙蓉「ううん、無駄なんかじゃないよ。」

 

倉田「でも、結局通れなかったですし…。」

 

芙蓉「"通れない"っていう事が分かった。それだけでも充分な収穫だよ。それに、今までで一番壁に近付く事が出来た。」

 

肩を落とす様子も無く、芙蓉は双眼鏡を取り出し壁を観察する。

 

芙蓉「ここからなら、双眼鏡で見ると壁がかなり良く見えるから、発見もあるよ。倉田ちゃんも見てみてよ。」

 

双眼鏡を覗くと、壁は植物の蔦か根の様なものが隙間無く絡み合っている有機物の集合体だという事がよく分かる。ましろが観察している間に、芙蓉は背負っていたリュックから、また別の双眼鏡のような物を取り出した。

 

倉田「それは?」

 

芙蓉「これはレーザー距離計。レーザーを射出して物体に当てて、その物体がどれだけ遠くにあるか、どれだけ大きいかを測れるんだ。」

 

レーザー距離計を使い、芙蓉は壁までの距離と高さを測り、その数字をノートに書き記す。

 

芙蓉「確かに、3つの大橋のどの通路でも、壁を越える事は出来なかった。でも、こうして実際に壁に近付いたお陰で、壁の大きさや材質なんかが分かった。これは貴重なデータだよ。壁を越える為にきっと役に立つ。無駄な事なんか一つも無いんだよ。」

 

倉田「……成る程。」

 

芙蓉「それに、例え何も分からなかったとしても………私は倉田ちゃんとこうして一緒に旅を出来ただけで、充分に楽しかったよ。」

 

倉田「そうですか。」

 

満更でもなかった。2人は自転車で来た道を引き返す。自転車を走らせるましろの足は軽かった。

 

 

--

 

 

愛媛から観音寺に戻ってきた時には、少し日が傾き始めていた。

 

芙蓉「この二日間の助っ人代を渡さないとね。交通費で手持ちのお金を使っちゃったから、私の家に来てくれる?昨日と今日で合わせて活動時間は13時間。助っ人代は13000円だね。」

 

倉田「いや、ですけど……。」

 

芙蓉「心配しないでも良いよ。私の家は倉田ちゃんの家のすぐ近くだから。」

 

倉田「私の家も知ってるんですね。」

 

芙蓉「ものを調べるのは得意だから。」

 

倉田「…………やっぱり助っ人代は受け取れません。」

 

芙蓉「助っ人代がいらない……それって、正式に勇者部に入ってくれるって事!?」

 

芙蓉は思わず身を乗り出した。

 

倉田「ううん、違います。」

 

芙蓉「そっかぁ……。」

 

倉田「昨日も今日も、私はリリちゃんについて行っただけです。そんな大金を貰う程の事はしてませんから。」

 

そう言って帰ろうとするましろの手を掴み、芙蓉は言う。

 

芙蓉「そんな事ないよ。それに……そのお金は、私が持ってても、もう意味が無いんだ。」

 

 

---

 

 

芙蓉宅--

 

芙蓉の家はましろの家から川を挟んで逆岸にあるマンションの一室だった。玄関の扉を開けると、中には誰もいない。

 

芙蓉「ただいま。」

 

芙蓉はそう言って玄関から上がり、リビングを通り抜けてその向こうの部屋へ行く。

 

倉田「お邪魔します。」

 

後に続いてましろも上がる。リビングの奥の部屋には祭壇があり、芙蓉が手を合わせていた。祭壇には綺麗な女性の写真が飾ってある。その顔はどこか芙蓉に似ていた。

 

倉田「それは…?」

 

芙蓉「お母さんの祭壇だよ。少し前に病気で亡くなったんだ。」

 

倉田「………そうなんですね。」

 

芙蓉「お母さんはアメリカの出身だった。2015年に壁が出来た時、たまたま観光旅行で日本に来ててね。それからずっと四国で暮らしてきたんだ。」

 

倉田「…………。」

 

芙蓉「お母さんの親兄弟はアメリカにいて、バーテックが現れた日以降、どうなったのか分からない。日本の中の事でさえ情報が無かったんだから、外国の状況なんて尚更だよね。お母さんは亡くなるまで、故郷の事、親兄弟の事をずっと気にしてた。いつか社会が元に戻って、壁の外にも出られるようになったら………一度故郷に戻りたい……そう言ってたんだ。」

 

芙蓉は祭壇から立ち上がった。

 

芙蓉「さて、助っ人代を持ってくるから、ちょっと待っててね。」

 

リビングに戻り、そこから封筒を持ってきてましろに手渡す。中にはしっかり13000円が入っていた。

 

 

---

 

 

倉田宅--

 

ましろは家に帰った後、自分の部屋で芙蓉から受け取った助っ人代が入った封筒を眺めていた。

 

倉田「リリさんの母親はもう亡くなってた。母親は故郷を気にかけてて……リリさんが壁に拘り、その外に出ようとした理由………。それはきっと……。」

 

ましろはその封筒を鍵付きの引き出しにしまい、鍵をかけた。

 

倉田「……もう少し、その"奇行"に付き合ってみよう。」

 

 

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