戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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壁を越える為に新たな作戦に出る芙蓉とましろ。作戦の為にやって来た場所は、海だった。

そして、ましろは何故"香澄"という名を頑なに嫌うのか--




心の拠り所

多くの生物は、生涯を通しての行動圏が非常に狭いと言う。とりわけ、虫の行動圏は狭いものが多い。虫は寿命が短い上に、生涯の殆どを土中で動かずに過ごす種もいるからだ。

 

それでも、彼らは自分達の生涯の生活範囲が狭い事に、不満を持つのだろうか。もっと広い世界を見てみたいと思うのだろうか。

 

多分、そんな事は思わない--

 

 

8月某日--

 

頭上からは真夏の太陽が照り付けている。ましろと芙蓉はとある海水浴場にやって来ていた。周りにはカップルや家族が楽しそうに遊んでおり、真夏という事もあり一際賑わっていた。

 

芙蓉「おかしいよ!全然前に進まないどころか、勝手に体が沈んでいくんだよ!人間の体は水に浮くようには出来てないんだよ!」

 

そう怒りながら、水着姿の芙蓉が海から上がってきた。

 

倉田「そんなはずありません。リリさんはいつも水泳の授業はどうやってたんですか?」

 

芙蓉「ビート板を使えば10メートル位は泳げるよ。後、クロールで3メートルかな。」

 

倉田「それは泳げるとは言いません……。」

 

大抵であれば腕を思いっきり振り回しているだけでも、3メートルは進めるだろう。以前の自転車移動でもそうだったが、芙蓉は運動がからっきしダメなのだ。

 

倉田「分かりました、泳ぎ方を教えます。まずは頭を水の中にちゃんとつける事と、体を水面と水平に保てるようにする事です。それが出来てないから沈んじゃうんです。

 

芙蓉「自分ではちゃんとしてるつもりなんだけどなぁ……。」

 

ましろも海に入り、特訓が始まる。姿勢を整えたり、手を添えたりするだけで芙蓉は10メートル近く泳げるまでに成長した。

 

芙蓉「磨杵作針!このまま練習を続けてれば、目標を達成出来そうだよね!」

 

倉田「多分、この数千倍は泳がないと無理だと思います。」

 

芙蓉「で、出来る!きっと出来るよ!」

 

水平線を見ながら、芙蓉は無理矢理自分を奮い立たせていた。何故こんな事になったのかは、数日前に遡る--

 

 

---

 

 

7月末日--

 

2人はハンバーガー店に来ていた。夏休みに入ってからましろは毎日のように勇者部の活動に付き合っている。その際大抵はうどん屋に集合するのだが、芙蓉の提案でここに訪れていた。

 

芙蓉「たまに無性に食べたくなるんだよね。きっと私の中に流れてるお母さんの血がアメリカを求めてるんだよ!」

 

倉田(それは分からないけど、無性に食べたくなる気持ちは分かるかも…。)

 

心の中でそう思いながら言葉を飲み込む。今日は部活動の他に夏休みの宿題もやる事になっていた。その事を考慮すれば、うどん屋よりハンバーガー店の方が集中出来るだろう。

 

2人はハンバーガーを食べ終えると、問題集と参考書を取り出し、問題を解き始めた。芙蓉は全く躓く事なく、問題をスラスラ解いていく。その上ましろが困っていたら的確なヒントを出してアシストもしていた。

 

倉田「リリさんって、勉強出来るんですか?」

 

芙蓉「出来る方だと思うよ。統一模試で県内二位とった事もあるし。」

 

倉田「……ウソでしょ…。」

 

芙蓉「本当だよ?」

 

この点だけを見れば、妙な陰謀論を振りかざしたり、屋上からビラをばら撒いたりしている奇怪な少女だとは誰も思わないだろう。

 

芙蓉「でも試験の成績なんて壁越えの役に立つ訳でもないから、どうでもいいんだけどね。」

 

芙蓉はつまらなそうに答える。ましろと芙蓉は本当に何から何まで正反対だった。体格は勿論、ましろは運動が出来て勉強が出来ない。逆に芙蓉は運動がダメで成績優秀。

 

芙蓉「よし、学校の勉強はこれくらいにして、今から勇者部活動だよ!」

 

倉田「リリさんのお陰で宿題かなり進みました。それで、今日は何をするんですか?」

 

芙蓉「前のめりになってきたね!その調子で部の一員にーー」

 

倉田「ならないです。」

 

芙蓉「電光石火な返答……。まあいいや。それより今日は壁越えの為に新たな手段を考えたんだ。」

 

倉田「それってなんです?」

 

芙蓉「壁をすり抜けるんだよ!」

 

倉田「…………本気で言ってます?」

 

芙蓉「荒唐無稽なんかじゃないよ!」

 

そう言って鞄から一冊の本を取り出した。タイトルからして聞いた事もないもので、出版社も初めて見る所だった。

 

芙蓉「これに書かれてるんだけどね………ここだ。この本には神世紀初頭頃の様々な謎に関しての考察が書かれててね。壁が出来た以降も四国周辺の海に大きな変化が起こらなかった理由について、いくつか仮説が載ってるんだ。」

 

その内の理由の一つが、壁の上部は密度が高く、逆に海中では密度が低いという説。

 

芙蓉「これで水も魚もほぼ素通り出来る。だから壁があっても、海流や水中の生態系には影響が無かったって事なんだよ。この説が正しければ、泳いで行けば壁を通り抜けられる筈なんだ。」

 

壁に閉ざされた後の四国は、"神樹"という神のような力を持った樹木の加護によって、壁が出来る以前と同じ環境に保たれていると言われている。海も同様だ。その考え方が普通で、人は皆生まれた時からそう教えられてきている。しかし、芙蓉は違った。神樹の加護など存在しないと考えているのだ。

 

倉田「壁をすり抜けられるかはともかく、泳いで海を渡れるんですか?」

 

芙蓉「西暦の時代、イギリスにドーバー海峡という海があってね、そこを泳いで横断するってテレビ番組があったそうなんだ。だから出来るよ!」

 

倉田「リリさんはどれだけ泳げるんですか?」

 

芙蓉「……………これから練習するよ!」

 

今回も壁越えは期待出来そうになかった。

 

 

---

 

 

という訳で、2人は海にやって来ているのだった。その後も練習は続き、始めた頃より大分芙蓉も泳げるようになっていた。

 

芙蓉「はぁ…はぁ………今日一日で随分泳げるようになった気がするよ……。」

 

倉田「そうですね。最初に比べれば、確かに泳げるようになりました。」

 

芙蓉「そうでしょ!よし、夕暮れも近づいてきたし、どれだけ泳げるようになったか試してみよう。もしかしたら、そのまま壁まで到着しちゃうかもね!」

 

倉田「その自信はどこから来るんだろう…。無理しない方が良いですよ。足攣っちゃうかもしれないし。」

 

芙蓉「その心配は杞人憂天だよ。」

 

そう言い残し、芙蓉は泳ぎ始めた。しかし、数メートル進んだ所で、バチャバチャと暴れ始めてしまう。

 

芙蓉「足が……攣った…!」

 

倉田「えぇ!?」

 

慌ててましろが救助に入り、引き上げてビーチパラソルの下に寝かせた。

 

芙蓉「攣った足が痛い……。今日はもう泳げそうにないや…。」

 

倉田「たった1日練習しただけで何メートルも泳げるようになるのは無理です。それこそ何年も訓練しないと。」

 

芙蓉「そうかぁ…そうだよね………。」

 

寝っ転がったまま、芙蓉はため息をついた。

 

芙蓉「そろそろ帰ろうか。」

 

空も茜色に染まり、周りの人達も帰り支度を始めていた。芙蓉も立ち上がる。まだ足は痛そうだったが、歩く事は出来るようだった。

 

 

---

 

 

ドリームタワー周辺--

 

帰り際、2人はドリームタワーというモニュメントを通った。ここには結婚式場のウェディングベルのような鐘が付いていて、カップルが鳴らすと幸せになると言われている。その傍には、神社の絵馬を掛ける場所のように、恋人同士の名前を書いた錠前を掛ける設備があった。中には願い事が書かれた錠前もある。

 

倉田(願い事…か……。)

 

芙蓉であれば、間違いなく壁を越えて四国の外を見る事と書くのだろう。

 

倉田(私だったら……。)

 

芙蓉「倉田ちゃん、その錠前のおまじないに興味があるの?だったら、鍵を買って名前をーー」

 

倉田「ううん、やめときます。私の名前は目立ちすぎるし、自分の名前で目立ちたくないですから。」

 

芙蓉「…そっか。」

 

芙蓉は少しだけ悲しげな顔をした。ましろは踵を返し、その場を立ち去るのだった。

 

 

--

 

 

駅周辺--

 

芙蓉「倉田ちゃんはどうしてそんなに自分の名前を嫌ってるの?」

 

倉田「リリさんは自分の名前、なんとも思ってないんですか?」

 

芙蓉「お母さんから取ったリリエンソールって名前は好きだけど、香澄に関しては特になんとも思ってないかな。有名人と同じ名前ってだけでしょ?」

 

倉田「………私も、ずっと前はそう思ってました。」

 

歩きながら、ましろは芙蓉に昔話を話す。

 

倉田「小学校の頃、女子のミニバスケチームに入ってたんです。その頃から運動は得意で、みんなから慕われてチームの中核だったと思います。今だって子供だけど、その頃の私はもっと子供で、視野が狭くて傲慢でした。小さなミニバスケチームで活躍出来るくらいで、自分には特別な力があるんだって思い込んでましたし。」

 

芙蓉「うん、そんな感じは今までから何となく想像出来るよ。」

 

倉田「でも、ある時、四国の大会に私達のチームは出場したんです。だけど結果は散々でした。一回戦負け。何も出来なくて一方的な敗戦だった。私よりもずっと高い能力を持った選手達が、井の中の蛙だった私を完膚なきまでに蹂躙したんです。それで思い知らされました。自分は特別なんかじゃないって。そして戦った相手チームの選手の1人が、私を見てこう言ったんです…………意外に大した事なかったなって。」

 

芙蓉「どうしてそんな事を。ガツンと言ってあげるよ!」

 

倉田「今更ですよ。それでその時思ったんです。何で意外にって思ったんだろう、どうして他のみんなは私を持て囃すんだろうって。答えは簡単でした。」

 

そう、全ては"香澄"という名前のせい。チームメイトは、そしてその相手選手はましろの"力"を見ていたのでは無く、"香澄"という名前の子供を見ていたに過ぎなかったのだ。"香澄"だから。"勇者と同じ名前を持つ少女"だから実力以上に持ち上げられていただけ。

 

倉田「だからその事に気付いたら、もう恥ずかしくて表に出るのさえ嫌になりました。学校も何日か休みました。私は"香澄"という名前の力を自分の力だと思い込んで、持て囃されて勘違いして……。恥ずかしかったし、悔しかった。香澄じゃない私は、特別な力なんて無い、ただのバカな女。そんな自分が凄く醜い存在に思えたし、今でもそう思ってます。」

 

話している内に、2人は駅へと到着する。

 

芙蓉「……倉田ちゃん。少ししゃがんで。」

 

倉田「え?」

 

芙蓉「いいから!」

 

言われるがままにましろはしゃがむと、芙蓉がましろの頭を抱きかかえるようにして抱きしめた。

 

芙蓉「どう?こうすると落ち着くでしょ?」

 

倉田「……どうして…?」

 

芙蓉「お母さんが生きてた頃、私が泣いたり怒ったりした時に、よくこうしてくれたんだ。」

 

倉田「………本当に私ってバカだな。誰にも話してこなかった事をこうやって話しちゃうんだもん。何となくリリさんと一緒にいる理由が分かった気がします。」

 

芙蓉「そうだね……。私も倉田ちゃんと一緒にいる理由が分かった気がするよ。」

 

芙蓉は屈託のない口調で答えた。

 

倉田「私は……ずっと力が欲しいって思ってます。香澄って名前を恥ずかしくなく思えるように。たとえ名前のせいで過大評価されても、自分はこんな事が出来るんだって自信を持って言えるように……でも、私にはどう考えても、特別な力なんて無い……。」

 

 

自立出来る力--

 

 

お金を稼ぐ力--

 

 

他の人には無い、自分だけの力。何でも良かった。自分が自分を恥ずかしがらず、卑屈にならずに生きていく為の、心の拠り所になれるものであれば。

 

芙蓉「私は倉田ちゃんにはきっと力があるって信じてるよ。最も、例え倉田ちゃんに力があっても無くても、倉田ちゃんがどんな名前だって、何者だって、私は倉田ちゃんの味方であり続けるけどね。」

 

倉田「………ありがとうございます。」

 

芙蓉「どう致しまして。」

 

芙蓉は微笑んで、抱きしめていたましろを放した。

 

芙蓉「ねぇ、倉田ちゃん。倉田ちゃんの話を聞いて、私は改めて壁の外に出なくちゃって思ったよ。」

 

倉田「どうしてですか?」

 

芙蓉「倉田ちゃんみたいな人こそ、壁の外に出るべきなんだよ。」

 

倉田「私が?」

 

芙蓉「人は昔から、生活圏を広げる事で発展してきた。大昔の人間は、一生を自分達が住む村やその周辺だけで終えたんだ。やがて移動手段が発達して、村を離れた遠くの地方まで行けるようになった。西暦の時代には、新幹線っていうとんでもなく速い電車や、空を飛んでいく飛行機で、外国まで一日で行けたし、ロケットを使って宇宙にだって行けた。生活圏が広がって人間が手に入れたもの……それは"可能性"だよ。」

 

倉田「可能性……?」

 

芙蓉「西暦の時代……人が世界中を行き来出来た時代には、四国の中だけじゃ成り立たない沢山の生き方があった。大都市に行けば、四国の中じゃ出来ない仕事や生き方が見つかる"可能性"があった。逆に外国の未開の地へ行っても、やっぱり四国じゃ出来ない生き方が出来た筈なんだよ。私はこの四国も大好きだけど、世界が壁に閉ざされてしまったせいで、人は様々な選択肢と可能性を失ったんだ。」

 

そう言いながら、芙蓉は夕焼けの空をーーいや、きっとその向こうに広がっている四国の外の世界を見つめていた。

 

芙蓉「私は、倉田ちゃんには絶対に特別な力があるって信じてる。でも、私も倉田ちゃんも、それがなんなのか分かってないんだ。そういう人こそ、広い世界に出て様々な選択肢と可能性に触れていかなきゃダメなんだよ。」

 

倉田「……そうしたら、自分の特別な力や可能性を見つけられるかもしれない…って事ですか?」

 

芙蓉「そう。バーテックスがいない事を証明できれば、人は壁の外にまた出ていけるようになる。世界が広がる。可能性と選択肢が増える。きっと倉田ちゃんが持つ特別な力も見つかるよ。そしたら、倉田ちゃんももう苦しまなくていいでしょ?」

 

倉田「……はい、そうですね。」

 

でも、それはきっと叶わない。人類は壁の外に出て行く事は出来ないだろう。だけど、希望を持つ事は悪くない。そう思えた。

 

芙蓉「そろそろ電車が来る時間だね。行こう。」

 

ホームに向かう間際、ふとましろの口から言葉が溢れる。

 

倉田「……リリさんが壁の外に出たいのは、人がまた四国の外で生きられるようにする為なんですか?」

 

唐突に出た疑問だった。しかし、それを聞いた途端、芙蓉の顔は暗く険しいものへと変わったのだ。

 

芙蓉「違うよ。」

 

倉田「え………?」

 

芙蓉「私はただ………あの壁とバーテックスが気に入らないだけ。私にとって、それらの存在自体が不倶戴天なんだよ。」

 

その声は硬質で、冷たかった。

 




勇者部活動報告第1回--

悲憤慷慨!私は幼くなんかない!
今でも思い出したら腹が立ってきたよ。

数日前、女子バレー部の部長から倉田ちゃんの情報を引き出す為に交渉した時、倉田ちゃんの秘密(助っ人活動)を話す代わりに抱きしめさせてほしいと言ってきたけど……あの時彼女は、私を抱きしめて

「可愛い可愛い!中学生なのに小学生みたいな美幼女可愛い!!」

なんて言いながら頭を撫でまくっていた。これも倉田ちゃんとの交渉材料を引き出す為だし、お母さんに似た私の容姿を可愛いと言われるのは悪い気がしないから我慢してされるがままにしてたけど、よく考えたら"小学生みたい"とか"幼女"とか、とてもとても失礼な言葉だよね!!

"女子バレー部の部長はロリコンの気がある"という噂がある事も、私をモヤモヤさせる。

私は確かに背が低い。だけど、小学生みたいに幼くはない筈!大人の女性だもん!急に思い出して腹が立って書き殴っちゃった。

さて、本日は大橋調査の二日目だった。これで瀬戸大橋、鳴門大橋、来島海峡大橋の三つの橋を通るルートの調査を終えた。やはりこれらのルートから四国の外へ出る事は出来ないようだ。とはいえ、これは想定出来ていた事。そんなに簡単に外へ出れるとは思ってない。

しかし、収穫はあった。
来島海峡大橋を通るルートにおいては、歩道・自転車道で途中まで大橋の上を通行する事が出来、壁に少しだけ近付く事が出来た。レーザー距離計を使って、壁の高さを測定した。

壁の高さは、誤差や場所によって高さに違いがあるかもしれないが、200メートル前後。このデータは壁越えの為に、いつか役に立つかもしれない。

勇者部の活動は、まだ始まったばかり。倉田ちゃんは今まで私が一人で勇者部の活動をしていたと思っているようだったけど………違う。この勇者部というものを思いついたのはお母さんが死んだ後。つい最近の事。思いついた後も、実際に活動は行われていなかった。

私は臆病なんだと思う。一人じゃ活動を始められなかった。

まだ助っ人とはいえ、倉田ちゃんが仲間に加わってくれて本当に良かった。

                             7月某日 芙蓉香澄
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