戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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初めての部活動がない夏休み。ましろは図書館へ行き、そこで思わぬ人物と出会う。

壁の外にバーテックスはいるのか、いないのか。壁を越えるまでその結論は分からない。外界は巨大な猫箱に閉ざされている。





猫箱の中身

 

芙蓉香澄の本心は分からない。ましろは彼女の演技力をよく知っていた。心の中で思っている事を一切表に出さず、思ってもいない事を飄々と語っていたとしても、きっと誰も彼女の本心に気が付かないだろう。

 

 

壁の外の真実を知りたい--

 

 

バーテックスや勇者のような非現実的な存在を信じられない--

 

 

壁とバーテックスが気に食わない--

 

 

どれも全て芙蓉が言った事だが、どれが本心なのかは、ましろも分からない。ましてやどれも本心では無いのかもしれない。

 

 

---

 

 

8月中旬--

 

ある時、芙蓉からましろにメールが届く。

 

芙蓉『今日の部活動はお休みね。』

 

夏休みに入ってからは毎日のように勇者部の活動で集まっていたので、いきなりの事にましろは少し驚いてしまった。

 

倉田『何かあったんですか?』

 

そう返すと、すぐ返信が返ってくる。

 

芙蓉『ちょっと用事があったのを思い出したんだ。定期的に面倒な事があってね。』

 

何の用事かは分からなかったが、深く詮索する事はせず、ましろは暇を潰す為に図書館へと足を運ぶのだった。

 

 

---

 

 

図書館--

 

以前のましろならこの様な所に来る事は滅多になかっただろう。しかし、芙蓉の活動に付き合ってからは、度々歴史を調べるという名目で連れて来られていた。その為今ではすっかり馴染みの場所になっていた。

 

ましろは歴史関係の本が置かれている場所へ行き、西暦と神世紀の移り変わり頃の出来事が書かれてある本を探し手に取る。

 

背表紙には"大赦書史部公認"と書かれた印鑑が大きく押されていた。この印が押されている本は、普段芙蓉が持ってくる怪しげな本とは違って、ちゃんと大赦が内容を調べて問題ないと判断されたという物。つまりは、"正しい史料に基いた歴史"が書かれている。

 

倉田「………何だか普段の勇者部活動と変わりないな…。」

 

そんな事を呟きながら、本を巡っていく。

 

 

--

 

 

『西暦2015年、突如として星屑やバーテックスと呼ばれる巨大な化け物が出現。星屑もバーテックスも、詳細については"今でも殆ど分かっていない"。生物なのかそうでないのかも分からない。その化け物は日本国土を破壊し尽くし、この出来事は後に7.30天災と呼ばれる。』

 

『それと同時に、四国には神樹と壁が出現。星屑とバーテックスは神樹の御加護で壁の中に入ってこれなかった為、四国内部は破壊から守られた。それらを打ち倒したのが、大赦(当時は大社と表記)に所属した"4人の勇者"達。』

 

『その中でも花園友希那(当時は湊姓)と高嶋香澄は特に高い戦闘力を持ち、多くのバーテックスを討伐した。因みに、当時の勇者とバーテックスの戦闘は"常に一般人がいない場所"で行われ、"大赦関係者以外誰もその戦闘を見ていない"。戦闘の画像等を大赦が保管しているらしいが、一切公表はされていない。』

 

『西暦2019年、大赦が"秘儀"を行い、その後星屑やバーテックスが四国に侵入する事はなくなった。この時までに、花園友希那を除いた勇者は全員が死亡した。そして四国は平和の時を迎え、現在に至っている。』

 

 

--

 

 

倉田「高嶋…香澄……かぁ。」

 

ましろの名前の元になった人物で、勇者の代表として名前が上がる英雄の名。人類の歴史の中でも特別な存在である。彼女はバーテックスと戦って命を落としたと言われている。つまり、四国の人々を守り抜いて命を落としたのだ。

 

倉田「……普通はそんな事出来ないよ…。」

 

自分の命を犠牲にした他者への奉仕。高嶋香澄にしても、他の"勇者"と呼ばれる人達も。一般人には到底真似出来るものではない。

 

倉田「どんな高潔な精神性を持ってれば、そんな事出来るの……。いや、そんな事が出来るから"勇者"なのかな…それともーー」

 

その時だった。ましろの背後から突然女性の声が聞こえたのだ。

 

?「随分と難しい本を読んでるんだねぇ。」

 

倉田「ひぇ!?」

 

ましろは突然の事で変な声を出しながら、後ろを振り返った。そこにいたのは、帽子を目深に被った中年の女性が一人。髪は長く、茶髪でほんのりと良い匂いが漂ってくる。

 

?「若いのに勉強熱心で感心感心。」

 

倉田「え……っと、どちら様でしょうか…。」

 

?「あっ、私?名乗る程の者じゃないよ。ただの通りすがりのお姉さん。」

 

倉田「は、はぁ…。」

 

?「西暦について勉強してるんだね。」

 

倉田「はい。夏休みの自由研究にしようかなって。」

 

?「成る程。」

 

話す声が何処かで聞いた事のある声だったのだが、ましろは中々思い出す事が出来なかった。見た感じ、その女性は西暦から神世紀の移り変わりについて知っている世代かもしれない。意を決してましろはその女性に1つ質問を投げかけた。

 

倉田「あの……質問があるんですけど。」

 

?「ん?お姉さんに答えられる事があれば何でも答えてあげるよ。」

 

倉田「勇者は……どうして自分の命をかけてまで他人を守る事が出来たんでしょうか……。何か"特別な力"があったんですか?」

 

?「…………。」

 

しばしの沈黙の後、その女性は口を開いた。

 

?「特別な力か……。持ってたよ。」

 

倉田「本当ですか!?それは何なんですか!?」

 

?「大したものじゃないよ。誰もが持ってるもの。だけど、殆どの人はそれに気が付かない。」

 

倉田「誰もが……?」

 

?「うん。それはね……"勇気"だよ。」

 

倉田「勇気……。」

 

?「勇者達だって、きっと他の人と何一つ変わらない普通の年頃の少女だったと思うんだ。だけど彼女達は"勇気"を持ってた。あなたは勇者って聞いてどんな人達だって思う?」

 

倉田「それは……すっごく強くて何でも出来て……。」

 

?「ううん。勇者っていうのはね、"いざっていう時に頑張れる人"。みんなこの街や人が好きで、いつの間にか頑張ってて、"勇気"はそれに伴ってくるものなんだよ。」

 

倉田「そういうもの…なんですか…?」

 

?「あなたにもいつか分かる時がくる筈だよ。」

 

そう言って、その女性はましろが読んでいた本に顔を近付け、すぐに引っ込めた。

 

?「"4人"の勇者……大赦の"秘儀"ねぇ…。私がやったんだもん、仕方ない事だけどさ。」

 

小さな声でボソッと呟いた女性。最後の方はましろは聞き取る事が出来なかった。

 

倉田「あ、あの…お姉さん…?」

 

?「勉強邪魔しちゃってごめんね。お姉さんはこれで退散します。神樹様の御加護がありますように……………"香澄"ちゃん。」

 

倉田「っ!?」

 

そう言い残しその女性はましろの頭を軽く撫で、行ってしまう。横を通り過ぎる時、ましろはその女性の目深に被った帽子の奥の顔をチラッと見る事が出来た。そこでましろは気が付く。その女性の正体が一体誰だったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

倉田「今井……リサ…様……。」

 

 

---

 

 

倉田宅--

 

呆気に取られながらも図書館から家に戻り、借りた本を読んでいると、母親が仕事から帰って来る。

 

倉田母「ただいまー。」

 

母親はましろが読んでいる本の表紙を見るや否や怪訝そうな顔をした。

 

倉田母「香澄がそんな本を読んでるなんて珍しいね。歴史の本?夏休みの宿題にでも使うの?」

 

倉田「うん、そんなところだよ。」

 

続けてましろは言葉を濁しながら、母親に質問する。

 

倉田「お母さんはバーテックスとか星屑って見た事ある?」

 

倉田母「私は無いなぁ。子供の時からずっと四国にいたし、バーテックスは四国には殆ど入ってこなかったから。どうしてそんな事聞くの?」

 

倉田「歴史の事を調べてたら、ちょっと興味が出てきたんだ。………バーテックスって本当にいるのかな?」

 

倉田母「え?いるに決まってるでしょ。見た事があるって人は、私の身近にもいたし。」

 

倉田「えっ!そうなの!?」

 

倉田母「"天空恐怖症候群"って知ってる?」

 

倉田「……名前は聞いた事あるよ…。」

 

倉田母「今はもう殆どいないけど、西暦の終わり頃や神世紀が始まってすぐよ頃には、空を見る事を異常に怖がる神経症を患う人達がいたの。星屑やバーテックスは空から現れたらしいから、それに対するPTSDの一種だって言われてたわ。という事は、天空恐怖症候群の人達は、星屑やバーテックスを見た事があるって事でしょ?」

 

倉田「成る程……。」

 

確かに母親の話は理にかなっていた。すると、母親は急に話を変えてきた。

 

倉田母「そういえば香澄、最近リリちゃんと仲が良いの?」

 

倉田「仲が良いって程じゃないけど……一緒にいる事は多いよ。」

 

倉田母「そっかそっか。」

 

そう言って母親は嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。

 

倉田「何で笑うの?」

 

倉田母「だって香澄の口から友達の話が聞けるのって、最近珍しかったから。」

 

倉田「………そうかも。」

 

 

--

 

 

夕食を食べ終えた後も、ましろは自分の部屋に戻り本の続きを読んでいた。

 

倉田「ふぅ……。」

 

一息つき、ふと思い出したかのようにましろは机の引き出しを開ける。そこには今までの勇者部の助っ人代として、芙蓉から渡されたお金が入っている。結局芙蓉から受け取ったお金は、一円も使わずに残してあるが、いくら貯まっているか数えると、15万以上の大金になっていた。

 

倉田「いつまでもこんなお金、貰い続ける訳にはいかないよね……。」

 

そんな独り言を言っていると、ドアをノックして母親が入ってきた。

 

倉田母「香澄、ちょっといい?」

 

倉田「どうしたの?」

 

倉田母「さっきリリちゃんのお父さんから電話があったんだけど--」

 

 

---

 

 

倉田宅近所--

 

ましろは芙蓉を探しに出ていた。母親が言うには、芙蓉と芙蓉の父親がケンカしたらしく、芙蓉が家を出て行ったきり帰って来ないと言うのだ。ケンカの内容は、芙蓉が町や学校で変な事をしていると父親に連絡があり、それを止めさせる為に父親が叱り、芙蓉はそれに反発して出て行ったらしい。

 

倉田「はぁ……。」

 

マンションを出てすぐ、ましろは芙蓉に電話をかける。暫くコールが続いたが、やがて芙蓉が電話に出た。

 

芙蓉『もしもし?どうしたの、倉田ちゃん。」

 

普段通りの声だった。いつもと変わらない声。喋り方からは、落ち込んだり怒っている様子は感じない。だが、ましろは芙蓉が感情を簡単に隠せる事を知っていた。

 

倉田「リリさん、今何処にいるんですか?」

 

芙蓉『それは内緒。今は一人になりたいんだ。』

 

中々口を割らない。そこでましろは奥の手を使った。

 

倉田「やっと気持ちが固まりました。私、勇者部に入ります。」

 

芙蓉『すぐに来て、倉田ちゃん!私は今、琴弾公園にいるから!』

 

簡単に居場所を吐いてしまった芙蓉。ましろは急いで琴弾公園へと向かった。

 

 

---

 

 

琴弾公園、有明浜--

 

芙蓉は、海岸におり、何やら木枝を砂浜に並べて腕を組んで唸っていた。

 

倉田「何してるんですか?」

 

芙蓉「待ってたよ、倉田ちゃん。今ちょうど(いかだ)を作る計画を立ててたんだ。」

 

倉田「筏?」

 

芙蓉「うん。良く考えたら、瀬戸内海を泳いで渡るのは現実的じゃないから、筏で行った方が楽だなって思って。」

 

倉田(それも現実的じゃない気がするんだよなぁ…。)

 

芙蓉「それより、倉田ちゃんはやっと勇者部に入ってくれる気になったんだね!」

 

倉田「………ごめんなさい、それは嘘なんです。」

 

芙蓉「…やっぱそっか……。待ってる時に薄々思ってたよ。もしかして、お父さんに探してきてって頼まれた?」

 

倉田「頼まれてはいないですけど、家に連絡が来たんです。ケンカしたんですか?」

 

芙蓉「そういう事になるね。」

 

そう言って、芙蓉は再び木枝を並べ始める。

 

倉田「…………あの。正直に言うと、私もリリさんのやってる事は無謀だなって思います。」

 

ましろは本心を吐露するが、芙蓉は無視して木枝を並べ続ける。

 

倉田「壁を越える事なんて出来る訳ないって思うし、バーテックスがいないって言うのも無理があると思うし。」

 

芙蓉「どうしてそう思うの?」

 

芙蓉はましろの方を向かず、淡々と尋ねる。

 

倉田「だって………だったら四国の人はみんな騙されてるって言うんですか?星屑やバーテックスが世界を滅ぼして、四国だけは壁のお陰で崩壊を免れて、壁の外はバーテックスがいるから外に出られない……その歴史が全部嘘だって言うんですか?そんな大規模な捏造が出来る訳も無いし、する意味だって無い!リリさんだって本当は分かってるんじゃないですか!?」

 

芙蓉「分からないよ。」

 

感情が昂り声を荒げるましろとは正反対に、芙蓉は抑揚の無い声で即答する。

 

芙蓉「じゃあ、倉田ちゃんは見た事あるの?壁の外を。壁の外の世界に化け物が蔓延っているのを。」

 

倉田「それは………無いですけど…。」

 

芙蓉「私だって見た事ない。バーテックスは確かにいるかもしれない。でもいないかもしれない。それは見てみないと分からない。」

 

倉田「…………。」

 

芙蓉「私から言わせてもらえば、見てもいないものを簡単に信じる事が出来る人達の方が無茶苦茶だよ。それは宗教への狂信と同じ。そして狂信者達はどこかで必ず他人を攻撃して、人を傷つける。私はそれが許せない。」

 

段々と芙蓉の言葉に憎悪が混じっているかの様に、言葉が強くなっていく。

 

倉田「リリさんは……バーテックスの事で何かあったんですか?」

 

芙蓉「何もないよ。私はただ低俗な盲信者を啓蒙したいだけ。自分では何も考えず、狂信と思い込みだけで人を傷付ける無知無能で皮相浅薄な人達をね。」

 

その口調にましろは真夏なのに汗が引き、悪寒がする感覚を覚える。芙蓉は薄ら笑いを浮かべていた。いつも澄んでいる芙蓉の瞳が、今は暗く濁っていた。

 

芙蓉「かつて人間は、天動説を信じていた。何故なら神話や偉い学者達がそう言ってたから。そして地動説を唱えていた人達は、逆に非難され排斥されてたんだ。大赦の言う事を信じている人達は天動説を信じ切っている人達と同じだよ。人は愚かしい事に、その時代から全くもって進歩してないんだ。」

 

吐き捨てるかの様に芙蓉は話し続けている。今、ましろの目に写っている芙蓉の姿は演技なのだろうか。いや、とてもそうは思えない。普段見せている戯けた姿の方が演技で、今の憎悪の澱を纏った今の姿の方が本来の芙蓉だと言われれば、納得してしまうだろう。

 

芙蓉「倉田ちゃんは、私の言う事に納得出来ない?」

 

倉田「………は、はい……。」

 

芙蓉「そっか。」

 

芙蓉は既に日が沈んだ水平線を見ながら、長いため息をつく。そしてもう一度ましろの方を振り返った時には、いつものどこか緩い微笑みを浮かべていた。

 

芙蓉「仕方ないね。………よし、これ以上お父さんを心配させる訳にはいかないから、帰るよ。来てくれてありがとう、倉田ちゃん。もう、大丈夫だから。」

 

砂浜に並べていた木枝を拾い集め、それをビニールシートに包みながら芙蓉は答える。

 

芙蓉「じゃあね、倉田ちゃん。」

 

倉田「ま、待ってください!」

 

ましろの呼びかけを無視し、芙蓉は歩いて砂浜を去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ましろが夏休みに芙蓉に会ったのは、これが最後となってしまった--

 

 




勇者部活動報告第2回--

生物が生息範囲を広げようとする事は、本能だ。植物は花粉を飛ばし、自分の子孫の生息範囲を広げていく。

旧世紀には、他国から生物が入ってきて、問題になる事もあったようだ。そういう問題が起こるくらい、生物が生息範囲を広げる事は本能だし、自然な行動だ。

だから、私は壁の外を目指す。遺憾千万。私達は歪みの中にいる。

倉田ちゃんが名前の事でコンプレックスを持っているのも、私が壁とバーテックスに対して意固地になってるのも、全ては元を辿れば、西暦の終わりに起こった世界の変化……そこから生じた歪みが原因。

一見すると、私達が生きているこの時代は、只々平和。時間は穏やかに過ぎていく。でも、歪みは確実に存在していて、そこに囚われている人達がいる。



今日は定期検診の日だった。
特に悪いところは見つからない。

                             8月某日 芙蓉香澄
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