そして芙蓉の口から、母親が亡くなった理由を聞き、ましろはある事を決意する。
月ノ森中学、体育館ーー
夏休みが終わり、もう二学期が始まっていた。ましろは今、女子バスケ部の助っ人活動をしている。試合は筒がなく終了し、ましろの活躍もあって月ノ森中学バスケ部の勝利で終わった。
バスケ部部長「ナイス、シロ!この試合、何としても勝ちたかったから良かったぁ〜!」
倉田「正直勝てるか不安だったよ。」
バスケ部部長「そんな心配ミクロン、ミクロン!もっと胸張ろって。こっちの得点の半分近くはシロが決めたんだからさ。」
倉田「それは私がアタッカーだからだよ。得点し易い状況で、みんなが私にボールを集めてくれるからーー」
部長と話してるその時だった。ましろの目に体育館のキャットウォークにいる少女がチラリと映る。
倉田「ごめん、それじゃあまたね!」
ましろは部長との会話を打ち切り、その少女ーー芙蓉香澄のもとへと駆け出した。
ーーー
体育館、キャットウォークーー
階段を早足で駆け上がり、ましろもキャットウォークへ上がって来た。試合が終わり、観戦や応援をしていた生徒達と入れ違いになる一方、芙蓉は柵に手を掛け、ぼんやりとコートを見下ろしている。
芙蓉「………。」
2人が会うのは約3週間ぶりになる。8月末日に有明浜で会って以来、ましろは芙蓉に会っていない。その為、夏休みに入って毎日のように活動していた"勇者部"の活動も無くなってしまった。それからましろが芙蓉に何度かメールを送るも、返信は返ってこなかった。
芙蓉「……あっ、久しぶり、倉田ちゃん!」
ましろに気付き挨拶を交わす芙蓉は普段通り、何事も無かったかの様に、ましろに明るく返す。
倉田「はい、夏休み以来ですね。」
夏休み中、最後に会った時の姿が脳裏に蘇る。
ーー
芙蓉「私から言わせてもらえば、見てもいないものを簡単に信じる事が出来る人達の方が無茶苦茶だよ。それは宗教への狂信と同じ。そして狂信者達はどこかで必ず他人を攻撃して、人を傷つける。私はそれが許せない。」
芙蓉「私はただ低俗な盲信者を啓蒙したいだけ。自分では何も考えず、狂信と思い込みだけで人を傷付ける無知無能で皮相浅薄な人達をね。」
ーー
あの時の憎悪を露わにした、普段の明るさや純粋さなど微塵も感じさせない芙蓉の姿。あれが彼女の本当の姿なのだとすれば、今目の前で明るく話している姿も表情も全て作られた偽物という事になる。
芙蓉「バスケの試合、三面六臂の活躍だったね。倉田ちゃんがバレーやテニスをしてる姿も見たくなっちゃったよ。」
そんなましろを意にも介さず芙蓉は話を続けている。
倉田「…………そんな事より、どうしてメッセージに返信しなかったんですか?勇者部の活動はどうなったんですか?」
芙蓉「うーん…倉田ちゃんに有明浜で会った後は、活動してないよ。壁越えの為の作戦を練り直さなきゃなってね。返信出来なかったのは、壁越えの方法が全く思いつかなかったから。完全に閉口頓首だよ。方法が見つかるまで、暫く勇者部の活動は休止かなぁ。」
倉田「そうですか……。」
少し納得がいかない所もあるが、芙蓉が勇者部の活動をやめる事は良い事だとましろも思っていた。その活動のせいで芙蓉は変人扱いされ、父親とも喧嘩する事になってしまったのだから。
倉田「じゃあ、これからは普通に生活するって事ですか?」
芙蓉「…そうなる、かな。」
そうして勇者部の活動はなくなり、ましろは芙蓉と出会う前の生活に戻った。いくつかの部活の助っ人を続けながら、普通の生活を続けている。しかし、以前と同じ生活に戻っただけの筈なのに、どこか時間を持て余していた。2人はクラスが違う。だから普通の生活の中では2人が会う事は殆ど無い。"勇者部"という活動が2人を繋ぐたった1つの接点だった事にましろは今更ながらに気がつくのだった。
同じ学校に通っている以上、時々廊下ですれ違ったりはするが、そんな時は最低限の挨拶を交わすだけ。ただ、それだけ。2人は勇者部の活動を除けば、共通の話題だって無い。夏休み直前のあの日、龍王神社で知り合うまでは、2人は一切関わる事なく生活していた。毎日会ってた今までの方がおかしかった。
ーーー
9月半ば、月ノ森中学ーー
とある放課後、ましろは偶然芙蓉のクラスを訪れる事となった。バレー部の部長が交代し、新部長が助っ人であるましろの処遇についての話し合いをしたいと呼び出され、それがたまたま芙蓉と同じクラスだったのだ。
入部の話になったが、ましろはそれを断った。自分の"力"の限界を知っていたし、この先続けても"力"にはならない事が分かってたから。
バレー部部長「そっかぁ、ましろさんなら即戦力なのに。」
倉田「ごめんなさい。」
バレー部部長「謝る事なんてないよ。ましろさんの意思が一番大事だから。」
部長の話を聞きながら、ましろは辺りを見回すも芙蓉の姿はない。
倉田「リリさーー芙蓉さんはいないんですか?」
バレー部部長「あれ?ましろさんってリリちゃんと友達だった?」
倉田「ま、まぁ……。」
バレー部部長「二学期が始まってから、リリちゃんは放課後になったらすぐ帰ってるよ。彼女、あんまりクラスの人との付き合いないし、特に誰も気にしてないけど。あっ、そうだ。リリちゃんって釣りでもやるの?」
倉田「え?いや…そういう話は聞いた事無いですけど……どうしてです?」
バレー部部長「この前クラスメイトに、親の仕事が漁師の人はいないかとか、家に漁船かボートを持ってる人はいないかとか、聞いて回ってたから。」
漁船にボートーー
夏休み中に芙蓉から壁越えの方法を教えてもらっていたましろにとっては、すぐにそれらの使い道が分かった。どうやら芙蓉はまだ壁越えを諦めてはいないようだった。
ーーー
9月末ーー
夏の暑さも少し和らいできた頃、ましろは病院の待合室にいた。バスケ部の試合中に突き指をしてしまい、念の為に診察を受けるよう保健室で言われていたからだ。
診察はすぐ終わり、骨に特に異常は見られなく問題は無いとの事だった。診察室から出て、治療費の支払いの為に待合室で待っていると、ましろは芙蓉の姿を見かける。
倉田(リリさん?どうしてこんな所に…?)
倉田「リリさん!」
呼びかけると芙蓉は振り向き、ましろの姿を見て顔を顰め驚いた表情を浮かべる。そしてすぐさま芙蓉は気付かなかったふりをして、踵を返してそそくさと病院から出ようとする。しかし、ましろの足の速さもありすぐに捕まってしまった。
芙蓉「……や、やぁ。全くもって邂逅遭遇だね、倉田ちゃん。」
倉田「どうして逃げようとしたんですか?」
芙蓉「いやいやいや、逃げてなんかないよ。倉田ちゃんがいたなんて気がつかなかっただけだよ。」
倉田「しっかり目が合ってたのに、気が付かなかったなんて通じません。」
芙蓉「い、いやぁ………。」
芙蓉が言い淀んでいると、ましろの名前が呼ばれる。診察費の支払いの番が来たのだ。
倉田「ちょっとここで待っててください!」
芙蓉「うん、待ってるよ。」
ましろは窓口へ足を向け一歩歩き、すぐさま後ろを振り返った。芙蓉はまた逃げようとしている。すぐさま再び捕まえた。
倉田「待っ・て・て・く・だ・さ・い!!」
芙蓉「ま、待ってますー!!」
ーー
ましろはすぐに支払いを終え、芙蓉と病院を出る。
芙蓉「倉田ちゃんは怒ると威圧感が凄いね。私が本気で演技しても、あの迫力は出せないよ。」
倉田「そんな事ないです。」
芙蓉「あははは。それじゃあ、また明日ね!」
そそくさと芙蓉は立ち去ろうとする。
倉田「だから待ってください!リリさん、病院で何してたんですか?」
芙蓉「…………ちょっと持病の腰痛で…。」
明らかに嘘だと分かった。どうやら演技力は凄くてもアドリブ力は無いようだ。ましろが黙って芙蓉の目を見つめても、芙蓉は語ろうとしない。答える気は無いようだった。
倉田「………まだ海を渡って壁を越える事を諦めてなかったんですね。漁船かボートを持ってるクラスメイトを探してたんですよね?」
芙蓉「な、なんで知ってるの!?」
その言葉に芙蓉ははっきりと動揺する。
倉田「リリさん程じゃないですけど、私にも情報網くらいあるんです。リリさん、もう無茶なんてしないで壁を越えるなんて諦めてください。」
芙蓉「…………。」
芙蓉は黙っている。
倉田「私達みたいな子供に出来る訳ないんです。大人にだって出来ないんです。大赦の偉い人なら出来るかもしれないですけど……。リリさんは陰謀論を振り翳して、出来もしない事をやろうとしてる。そんな無駄な事をするより、もっと有意義な生き方をした方が良いんですよ!」
芙蓉「……有意義?」
倉田「そうです。リリさんは私と違って特別な力を持ってる。タレントや役者として活躍出来る能力があるし、頭の良さだって多分四国でトップクラス。だから芸能界で成功する事だって、勉強してどこかの分野で功績を出す事だってきっと出来る。だから、真っ当な生き方をするべきなんです。」
ましろは芙蓉に壁越えをやめさせたかった。そんな事出来る訳ないし、芙蓉がそんな事の為に無茶をして周囲とトラブルを起こす事も心配だった。でもそれだけじゃない。ましろは芙蓉に"真っ当な生き方"をして欲しかった。
芙蓉には"力"がある。ましろの様な、中学の部活でそこそこ活躍出来る程度の"力"なんかじゃなく、全国に通用する、大人達にだって通用する本物の"力"が。
なのに芙蓉はそれを活かさずに無意味な事ばかりをしている。ましろは芙蓉の"力"が羨ましかった。そしてそれと同時に、それを活かさない芙蓉に苛立っていた。もしましろが芙蓉のような"力"を持っていれば、もっとそれを活かせるような生き方をしていただろう。でも、ましろには"力"が無いーー
ーー
暫くの間無言の時が流れ、いつしか2人は家の近くまで来ていた。そんな時、芙蓉は話し始めるのだった。自分の母親についての事を。
芙蓉「………私のお母さんが亡くなった事は前にも話したよね。」
倉田「え?はい…。」
芙蓉「お母さんが亡くなった原因は病気だったんだ。発病したのは私が小学生の頃。循環器系の病気だった。発病してからは、運動も出来なくなったし、外に出る事もあまり出来なくなった。お父さんや私じゃお母さんの世話が難しくて、病院に入院してる事も多かったんだ。お父さんも生活費やお母さんの治療費を稼ぐ為に仕事を頑張らなきゃダメだったから、お父さんが仕事に行っちゃえばお母さんの傍にいてあげられるのは私だけだった。」
倉田「………。」
芙蓉「私が芸能界に入った切っ掛けはお母さんの治療費を少しでも稼ぐ為だった。だけど、お母さんの病気がもう治らないって分かってからは、お母さんと一緒にいられる時間を増やす為に芸能活動はやめた。学校に行くのも最小限にした。出来るだけお母さんの傍にいようとした。傍にいても何も出来ないってのは分かってたのに。結局、お母さんは去年亡くなった。」
ましろは黙って芙蓉の話を聞いていた。
芙蓉「私が今日病院に来てたのは定期検診の為だよ。お母さんの病気は遺伝するんだ。私の身体にも、同じ病気を発症しやすい遺伝子があるんだって。だけど、必ず発症する訳じゃないよ。発病しても必ず死ぬ訳でもない。でも………死ぬかもしれないんだ。」
芙蓉は近くに流れている川を見つめながら淡々と話を続ける。
芙蓉「お母さんが死んだのは39歳だった。私もそのくらいで死ぬ事だってあり得る。人の寿命が90年くらいだとしたら、その半分以下でしかない。だったら私は不覊奔放、今出来る事をやって生きるだけ。」
芙蓉の話を聞いて、ましろは何も言えなくなってしまった。
芙蓉「今は丸木船を作ってるんだ。」
倉田「丸木船?」
芙蓉「うん!最初は筏を作ろうとしてたけど、あれよりも丸木船の方がもっと強度もあるし、確実だよ!」
そう言いながら、芙蓉はスマホで丸木船を検索してましろに見せる。
芙蓉「今はまだ作ってる途中だけど、船が完成したら壁に向けて出発するよ。」
ーーー
倉田宅ーー
倉田「はぁ……。」
結局ましろは何も言えず、芙蓉と別れて家に戻ってきた。それからずっと部屋の中で何度も溜息をつきながらぼんやりとしている。
倉田(今までは橋を渡ったり、泳いだりして壁に近付こうとしていたけど、本気で船で渡るつもりだったら洒落にならないかもしれない。海の上で漂流する事だってあり得る。)
何とかして芙蓉の無茶な行動を止めなければならなかった。だがましろには芙蓉の暴走を止められる言葉を持ってなかった。芙蓉の行動は、母親の死と自分の命を原動力としている。死と命の持つ意味は酷く重く、そこから起こる人の行動を止める事など、ほぼ不可能だ。
芙蓉の母親は病で亡くなったーー
故郷へ帰る事を望みながら、それが出来ずに壁の中でその一生を終えたのだ。それがどれだけ無念だったのかは想像に難くない。
倉田「………私のお父さんも早くに死んだんだっけ…。」
芙蓉の母親の事を考えていると、普段は意識してない自分の父親について思い出した。ましろの父親が亡くなったのはましろが物心つく前。ましろは父親の顔すら覚えていない。芙蓉の母親同様若くして亡くなった筈だ。
倉田「…どうして死んだんだろう。」
芙蓉の母親と同じく病だったからなのか。以前母親は、いつかましろが大人になったら父親が死んだ理由を教えると言っていた。
倉田「………聞いてみよう。私のお父さんが死んだ理由を。」
心の中を整理し、気持ちを落ち着かせ、ましろは母親がいるであろう仕事部屋へと足を運ぶのだった。