戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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壁に辿り着いた2人。芙蓉に真実を見せる為に、芙蓉の願いを叶える為に、ましろは1人壁を登り始める。

そして遂に、あの人物がましろの目の前に--


次回、外伝第2部最終回--




歪んだ時代への反抗

倉田「ーー分かりました、リリさん。私がリリさんに壁の外を見せてあげます。」

 

 

ーー

 

 

倉田宅ーー

 

ましろは自宅に帰ると、すぐさま自分の部屋の引き出しを開ける。そこにあるのは、芙蓉から貰った勇者部の助っ人代。このお金はいつか返そうと思っていた為、今まで1円も手をつけていない。

 

封筒から出し、金額を数える。その額は15万2千円。勇者部の助っ人を始める前から貯金していた分を合わせると、合計は20万を越えていた。

 

倉田(これで資金としては充分かどうかは分からない……けど、まずはやってみる。話はそこからだ。)

 

そこからましろは壁越えの準備に勤しんだ。方や芙蓉は船で海を渡る作戦が頓挫して以降、目立った動きはしていない。とは言え、目の届かない所で何か動いているのかもしれない。しかし、どんな方法であれ、本気で壁を越えようとするなら準備にはそれ相応の時間が掛かる。それより先にましろが壁を越えてしまえば良いのだ。もうすぐ冬がやってくる。準備の為の時間はあまり残されていなかった。

 

ましろは使える限りの時間を準備に費やした。勿論その間にも他の部活からの助っ人を頼まれるが、ましろはそれを全て断った。

 

 

---

 

残暑厳しい9月が終わり、秋が顔を見せ始める10月が過ぎ、季節はもうすぐ冬が訪れてくる11月。これ以上遅くなってしまうと、寒さで壁越えに影響が出てくる可能性があった。決して準備は完璧とは言えない。しかしましろは遂に壁越えの作戦を実行に移すのだった。

 

決行は11月某日の夕方、ましろはスマホで芙蓉に有明浜へ来るよう連絡した。待っていると小さな体にコートを羽織った芙蓉がやって来る。

 

芙蓉「どうしたの、倉田ちゃん。こんな時間に呼ぶなんて。それより、そのおっきなリュックは何?」

 

来るや否や芙蓉は大きなリュックを見つけて、怪訝そうに言う。

 

倉田「壁を越える方法は見つかりました?」

 

その言葉をましろは無視し尋ねると、芙蓉は首を横に振る。

 

芙蓉「土崩瓦解、天歩艱難だよ。船は倉田ちゃんに壊されちゃったし、もう寒くなったから海を泳いで渡る事も出来ないし。」

 

恨めしそうな目をして答える。まだ船を壊した事を根に持っている様だった。

 

芙蓉「そもそも、倉田ちゃんが協力してくれないと私は何にも出来ないんだよ!この何ヶ月、ずっと避けてたんだもん。もうちょっと私に協力してくれるかと思ったよ。」

 

倉田「避けてた訳じゃありません。準備に時間が掛かったんです。あの時言った言葉は本心です。やっと最低限の準備が整いました。」

 

芙蓉「準備?」

 

倉田「今から壁越えをやります。」

 

 

---

 

 

深夜、来島海峡大橋--

 

2人がやって来たのは"勇者部"の初めての活動として訪れた3つの橋の内の1つである来島海峡大橋。その時は自転車で通ったが、今は徒歩で歩いている。

 

芙蓉「倉田ちゃん、この橋を通っても壁越えが出来ない事はあの時に調べた筈だけど……。」

 

芙蓉は仕切りに周りを確認しながらついて来る。時刻は既に深夜。ましろは今日は友人の家に泊まると言って来ている。芙蓉の方は特に何も言っていない。丸木舟を作った時といい、芙蓉が外泊するのは恐らく日常茶飯事なのだろう。

 

暫く歩き続けると橋を遮るフェンスにぶつかる。

 

芙蓉「やっぱりこれ以上は進めないよ、倉田ちゃん。」

 

倉田「大丈夫です。」

 

ましろはリュックを下ろし、そこから小型の電動ノコギリを取り出した。

 

芙蓉「えっ!?」

 

驚いている芙蓉を他所に、ましろは淡々とフェンスを切り、人が通れるだけの穴を作り出した。

 

倉田「これで進めます。」

 

芙蓉「いやいや!確かに通れるようになったけど……こんな事して良いのかな…。」

 

倉田「こんな事より壁越えの方がよっぽど重罪ですよ。」

 

芙蓉「そ、そうだけど……。」

 

倉田「早く行きましょう?」

 

腰が引けている芙蓉の手を掴み、ましろは奥へと進む。ここから先は時間との勝負になる。侵入した事はフェンスを見れば一目瞭然。出来るだけ早く終わらせないといけなかった。

 

 

--

 

 

更に先に進むと、2人は壁の目の前まで辿り着く。大橋は途中から埋まるように神樹の壁に飲み込まれていた。

 

芙蓉「これが…神樹の壁……。」

 

壁の威圧感に2人とも飲まれそうになる。しかし、ましろは恐怖心や躊躇も、意志の力で抑え込んだ。そして背負っていたリュックを下ろし、持って来ていた道具を取り出し、1つ1つ身に付ける。

 

芙蓉「倉田ちゃん、何してるの?」

 

倉田「これからこの壁を登ります。文字通りの壁越えです。」

 

芙蓉「登るの!?本気で?」

 

倉田「はい。」

 

芙蓉「この壁の高さを分かってるの!?」

 

倉田「勿論です。この数ヶ月で、私もレーザー距離計を使って調べました。高さは200mもありません。たったそれさえ登れば、この壁は越えられます。」

 

芙蓉「たったじゃないよ!ゴールドタワーより高いんだよ?登れる訳ないよ!」

 

倉田「だから今日の為に準備してきたんです。夏から今まで、勇者部の助っ人代と私の貯金を、クライミング教室の授業代と登る為に必要な道具の購入に使いました。」

 

芙蓉「な……。」

 

 

壁を越える為の準備と、覚悟と、技術--

 

 

頭で考えるだけなら誰でも出来る。だが、その考えを実行に移す。その最初の一歩を踏み出す事が1番の難関だ。その一歩さえ踏み出す事が出来れば、壁の向こうが見えてくる。

 

ましろは準備し終わり、呆然としている芙蓉に向けて言う。

 

倉田「登り終えたら、スマホのビデオ通話で繋ぎます。私が壁の向こうを見せてあげますから。」

 

そう言い残し、ましろは神樹の壁を登り始めるのだった。

 

 

---

 

 

壁の下--

 

ましろが登っていく姿を芙蓉はただ見つめている。ロープで命綱を張り、壁を登っていく。しかし、ただ一直線に登る訳では無く、ある程度の高さまで登ると降下して、道具を弄って再び登り始める。登っては下りの繰り返し。

 

周りは闇に包まれ、明かりは月と星とヘルメットのヘッドランプのみ。ましろの姿は登る毎に闇に溶け、終いに見えなくなるが、ランプの明かりで何処にいるかは把握出来た。

 

芙蓉「落ちたら危ないよ!降りて来てよ!」

 

倉田「安全確保はしてるから、大丈夫です!骨折くらいで済みますよ!」

 

芙蓉「倉田ちゃんが怪我をするのは嫌だよ!」

 

倉田「リリさん、これはあなたが始めた事なんです!リリさんがやっていた事はこういう事なんです!船や泳ぎで海を渡るなんて壁を登るよりも危険なんですよ!」

 

芙蓉「分かった!もう、分かったよ!ごめんね、倉田ちゃん!だからもう戻って来てよ!」

 

縋るように叫ぶが、返事は返ってこない。それ程までましろは高く登ってしまったのだ。

 

芙蓉(私は何をやってたんだろう……。私が今倉田ちゃんを心配してるのと同じくらいに、私の行動は倉田ちゃんを心配させてたんだ……。)

 

初めて芙蓉は自分がして来た行動の軽率さを思い返す。しかしそんな事をした所で、時間は巻き戻らない。

 

芙蓉(倉田ちゃんがこんな事をしてるのは、私のせい……だ。)

 

 

 

芙蓉(友達を危険に晒してまで、やるべき事だったのかな…分からないよ……。)

 

 

 

 

 

芙蓉(でも………それでも、私にとって壁の外の真実を見る事は…………。)

 

 

--

 

 

神樹の壁--

 

一方でましろは、慎重に一歩ずつ壁を登っていく。下に広がる瀬戸内海も見えず、さっきまで聴こえていた芙蓉の声もなくなった。暗闇の中にはましろただ1人。

 

倉田(私は何でこんな事をしてるんだろう…。意地になって、無茶な事をやってる。)

 

それでもましろは手を動かし登り続ける。

 

倉田(ねぇ、リリさん……私は…私達は……何でこんな事してるんだろう?"壁の外が見たい"。"真実を知りたい"。たったそれだけの事なのに、どうしてここまで命をかけないと出来ないんだろう?)

 

倉田(旧世紀だったら--この壁が出来る前だったら--たった1時間くらい電車に乗れば簡単に四国の外を見れた筈なのに……。何処へだって行けたのに……。)

 

 

 

倉田(私達は、どうしてこんな世界に生きてるんだろう?)

 

 

 

 

倉田(どうしてこんな時代に生まれてきてしまったんだろう?)

 

 

 

 

 

倉田(もう少しだけ昔に生まれてたら、もっと広く自由な世界で生きられた。)

 

 

 

 

 

 

 

倉田(もう少しだけ未来に生まれてたら、きっと旧世紀の事なんて知らずに、籠の中で幸せに生きられた。)

 

 

 

 

 

 

倉田(私達が生きているこの時代は、本当に中途半端なんだ………。)

 

 

--

 

 

どれだけ時間が経っただろう。腕時計を見ると、思っていたよりも登り始めてから時間が経っていた。疲労が溜まり、道具を握る力も落ちてきている。それでもましろは登り続ける。真実を見る為に。芙蓉に四国の外を見せる為に。

 

 

 

その時だった--

 

 

 

倉田「っ!?」

 

右足が滑り、一瞬身体が下がる。左足と両手で何とか体重を支え、滑落を免れる。

 

倉田「はぁ……はぁ……危なかった…。」

 

体制を立て直し、再び登り始める。

 

倉田(本当にこれで壁の上まで登れるのかな…。壁の向こうを見れるのかな……。)

 

 

 

倉田(四国の向こうはどうなってるんだろう。でも、きっと私は壁の外がどうなっていようと、どうでも良いんだろうな。)

 

もし、世界が滅びていなかったら大事件に発展するだろう。逆に、バーテックスが無数に蔓延っている崩壊した世界なら本当だったと納得して終わるだろう。

 

ましろはどちらでも良かったのだ。ただ、ましろが命をかけてまで登っているのは--

 

 

 

芙蓉の願いを叶えてあげたいから--

 

 

 

芙蓉の無茶を止めたいから--

 

 

 

そして、この中途半端でやるせない時代への反抗の為。

 

道具を持つ手が寒さで震える。11月の深夜。気温は下り、低温は体力と気力を奪い続ける。壁の頂上はまだ遠い。落ちたら死ぬかもしれない。少なくとも無事では済まないだろう。

 

倉田(でも、リリさんに言ったんだ、壁の向こうを見せてあげるって。だったらやるしかないよ。顔を上げて腕を動かせ。ゆっくり確実に一歩ずつ進むんだ。)

 

一歩登る毎に自分の精神状態がおかしくなっている事が分かる。死ぬ事を恐れていない。それどころか、死ぬ事を前提として生きている節すらあった。

 

倉田(………そっか…誰かの為に命をかけるって……こういう事なんだ…。)

 

ここに来てましろは芙蓉が抱えていた感覚に共感するのだった。母親が亡くなってしまった原因となった病気がいつ自分にも発症するか分からない。自分が短命となる可能性を知って、芙蓉は死ぬまで全力で生きようとしていた。早く死ぬ事を前提に、今この瞬間を生きていた。

 

倉田「はぁ……。」

 

空を見上げる。そこにあるのは人を見下ろし、冷淡に光り続ける星と月だけがある。それ以外は何も見えない。

 

 

星と--

 

 

 

 

月が--

 

 

 

 

突然身体の重みが消える。

 

 

--

 

 

倉田「ぐっ……っはぁ…はぁ……っ!」

 

内臓を締め付けられる様な感覚が走り、吐きそうになる。一瞬意識が遠のいたが、目を見開きましろは意識を取り戻した。

 

倉田「はぁ…はぁ……はぁ………。」

 

爪の食い込みが甘く、壁を少し滑り落ちた様だった。完全に墜落していたら安全確保していたとはいえ、この程度の衝撃では済まなかっただろう。

 

倉田(やっぱ……無理…なのかな……。)

 

無理だとよぎる。だが、ここから降りる事も難しい。このまま壁に張り付き救援を待つ方法もあるが、ましろはそれでも登り続ける事を選択する。

 

 

 

 

 

するとその時、頭上から凄まじい音が聞こえ始めたのである。顔を上げるとヘリコプターが飛んでいた。

 

直後、ヘリコプターのドアが開き、誰かが--

 

 

 

 

否、女の人が飛び降りたのである。

 

倉田(へっ!?神聖な神樹の壁の前で自殺!?)

 

呆気に取られるましろを他所に、空中を落下して来たその女性は、両手に刀を持っており、その刀を壁に突き刺した。

 

壁に刺さった刀が滑り止めとなり、ましろの真横で、彼女の落下は止まる。そして彼女は刀の柄を手に持ったまま、体操の鉄棒競技選手かの如くクルリと体を回し、2本の刀を足し場にして、空中に立ったのである。

 

倉田(どんな運動神経………っ!?)

 

ましろはその女性に見覚えがあった。と言うより、四国に暮らしている人で、彼女を知らない人はいないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉田「友希那……様。」

 

友希那「倉田香澄ね?無事かしら?」

 

ましろの目の前にいる女性は、四国の最大権力とも言える機関"大赦"のトップの1人、花園友希那その人だったのである。

 

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