2話目。邂逅を果たす詩船と香澄、そしてレイヤ。
崩れ去った日常の中で光輝く1人の少女に詩船は何を見たのかーー
高嶋「この人達には絶対に手出しさせない!」
誰もが一目見ただけで恐怖のあまり逃げ出すだろうその化け物相手に果敢に拳を振るうその少女、高嶋香澄。彼女の動きからは格闘技の経験があるのだろうと見てとれた。しかし彼女の年齢は小学生くらいであり、化け物との体格差は数十倍にもなるだろう。本来であれば彼女の拳では化け物に傷一つ付ける事は出来ない筈だった。
本来であればーー
だが彼女の拳を受けた化け物は、肉体の一部が崩れ落ち、果ては少女から逃げるように距離を取る。攻撃が効いているのだ。
?「香澄ちゃん!気をつけて!」
そう叫んだのは彼女から少し離れた所にいる中学生くらいの少女。彼女は店から逃げようとした人達の傍へ走って行き、叫ぶ様に言う。
?「あの!お店の中に戻ってください!香澄ちゃんの戦いの邪魔にならないように!」
しかし余りに突然の出来事で困惑している人達は動く事が出来ない。
詩船(情けないヤツらだ。……あの子達の方がよっぽどしっかりしてる。)
詩船「………気が変わったよ。」
バイクを急発進させ、追ってきた1匹の化け物を躱し、戦っている少女の方へ向かう。詩船は彼女達に興味が湧いたのだ。
少女は化け物相手に善戦してはいるが、形勢は良くなっていない。化け物は2匹。1匹と戦っている間にもう1匹が少女の背後を狙い突進してくる。
高嶋「はっ!?」
少女は背後からの攻撃に気が付くが、遅かった。このままでは避ける事が出来ない。同時に前からの噛み付き攻撃も迫っている。
詩船「そのままじっとしてな!」
高嶋「え!?」
次の瞬間、轟音と共に背後から迫っていた化け物が鉄の塊に吹き飛ばされる。鉄の塊はバイクだった。詩船はスピードを緩めず化け物に向かって突進、ギリギリのところでバイクから飛び降り化け物にバイクを激突させたのである。
詩船「前から来るよ!」
高嶋「っ!おりやぁぁぁぁっ!!」
前から来る化け物に少女のパンチが炸裂。結構なダメージを負ったのか化け物は溶けるように消えてしまった。
詩船「くっ………私もバカだね…。」
地面に飛び降り転がった衝撃でライダースーツはボロボロになり、体は衝撃で痛みが走る。
高嶋「だ、大丈夫ですか!?」
詩船「あぁ、ちょっと擦り傷が出来ただけさ。」
詩船は立ち上がり、残った化け物達の方を見る。バイクをぶつけ方は全くダメージを受けていなかった。どう考えても少女のパンチよりダメージも衝撃も大きな筈なのに。
詩船「お前さんはどうしてあの化け物と戦えるんだい?」
高嶋「えっと……分からないです…。でも、これをつけると戦える様な気がして…。」
少女の拳に目をやると、古びた手甲が付けられている。少女のか弱い手には似つかない程の無骨で錆びた鉄の手甲だった。
詩船(こんな物であの化け物を……?信じ難いが、今目の前で起こっている状況そのものが信じ難い事だ。今はどんな事でも受け入れるしかない…か。)
高嶋「助けてくれてありがとうございます!大丈夫です、今度はあのお化けをやっつけますから!」
少女は臆せず拳を構える。
詩船「………一つアドバイスだよ。」
高嶋「え?」
詩船「敵を殴る時は足で地面をしっかり踏むんだ。腰の回転を意識して、自分の体ごと相手にぶつかる気持ちで撃ち込んでみな。何発も撃たなくていい。一撃の威力を重視するんだ。」
高嶋「は、はい!やってみます!」
詩船「やりきって見せな。」
普通の人ならたったこれだけのアドバイスでどうにかなるものではないだろう。しかし詩船は直感した。彼女になら出来るだろうと。事実その見立ては正しかった。少女の拳の振るい方は、さっきの言葉で劇的に変わったのだ。
高嶋「吹っ飛べーーーっ!」
少女の拳は一撃で化け物を粉砕する。彼女は間違いなく格闘技の才能があった。
高嶋「これで最後!!」
少女の小さな拳は残った化け物を全て撃ち倒す。周りには無残な死体の山が転がるだけだった。
ーー
スーパーマーケットーー
化け物がいなくなり、2人はスーパーマーケットの中に戻る。
?「香澄ちゃん、大丈夫!?」
先程の中学生くらいの少女が、心配そうに声をかける。
高嶋「大丈夫!この人が助けてくれたから。」
詩船は再び110番に連絡をするが、今度は呼び出し音すら鳴らない。助けは期待できそうになかった。
?「あの……香澄ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました。怪我は、大丈夫ですか?」
詩船「服が破れただけさ。擦り傷は負ったが、大きな怪我はない。」
一旦落ち着いた後、少女達は自己紹介をする。
高嶋「私、高嶋香澄って言います。あなたは?」
詩船「都築詩船だ。」
レイ「私は和奏レイです。」
互いに自己紹介を終え、詩船はSNSを繋ぐ。SNS上では、ここの他にも先程の化け物に遭遇したという情報が出回っていた。書き込みを見れば、何処の被害が大きく、逆に被害が少ない場所の情報も絞り込める。
詩船「…………四国だな。」
レイ「え?」
被害が少ない場所の1つが四国だった。その他にも長野や沖縄、北海道も被害が少ないが、その中でもここから1番近い場所が四国だった。
詩船「四国へ向かう。そこが安全らしいからね。2人とも、家族や親御さんはどうした?」
高嶋「途中で逸れちゃって……。」
香澄の方は表情を曇らせて言う。一方のレイは俯いたまま何も答えない。
詩船「四国が安全地帯だったら、2人の家族もそこへ向かってるかもしれないね。私と一緒に来るかい?」
2人は少し考え、互いに顔を見合わせて頷くのだった。
ーー
駐車場ーー
詩船はぶつけたバイクの元へ来ていた。無残にも壊れていたが、中の荷物は無事だった。荷物の中から服を取り出し着替える。
高嶋「詩船さんは科学者なんですか?」
香澄は詩船が着ている白衣を見て物珍しげに尋ねる。
詩船「いや、科学じゃない。大雑把に言えば、歴史研究者の見習いといったところだ。」
理系とは違い文系の研究者は白衣を着る必要は無い。この服は何となく人とは違う事をやってみたくて着続けているだけの物。かつての詩船は平穏な生活に飽きて、"人とは違う変わった行動"を何でもやってみる人だった。犯罪以外の事なら思いつく限りの事はやってきた。何なら2人が嫌悪感だって抱き兼ねない事だって何度もやっている。
白衣を着るという事は、その頃に始めた"変わった行動"の1つだった。今では"変わった行動"がルーティンとなってしまい、"変わった行動"と"普通の行動"の境目があやふやになってしまっていた。それから"変わった行動"は控えているが、白衣だけは惰性で着続けている。
高嶋「研究者……じゃあ、頭が良いんですね!」
香澄は目を輝かせて詩船を見ている。
詩船「学者ってのはね、この世の中でトップクラスに無能な集まりさ。自分の専門分野以外については何も知らないんだから。」
そんな事を吐き捨てる様に言い、詩船は最初に店を飛び出し食われてしまった男の死体の側まで行く。
レイ「う…………。」
レイは死体を見るのが辛いのか、途中で立ち止まり目を背けた。
詩船「キツイなら、それ以上近付くんじゃないよ。」
レイ「は…はい、すみません……。」
レイは死体から離れた場所に立ち止まり、心配した香澄も側に寄り添った。
詩船「………あった。」
詩船は人の形を留めていない死体のズボンから車の鍵を見つける。その鍵で車を開け、エンジンを確認した。エンジンは問題なくかかりガソリンの量も充分に残っていた。車を動かし、2人の元に停める。
詩船「乗りな。これで四国へ向かうよ。道に問題が無ければ、半日もあれば着く筈だ。途中で警察署にも寄ってみるつもりだが、この状況だ、救助は期待できそうにないが。」
しかし香澄は首を横に振り、乗ろうとはしなかった。
高嶋「駄目です!」
詩船「何がだい?」
高嶋「私達だけで逃げるのは駄目です。スーパーに残ってる人も一緒じゃないと。」
詩船「………簡単に言ってくれるね。」
スーパーにはまだ数十人程の人がいる。この車ではどう考えても全員を乗せる事など不可能だった。
詩船「まさか大人数で移動する気かい?集団行動は危険が大きすぎる。」
高嶋「でも、店の中にいる人達を放っておけないです。みんなと一緒じゃないなら、私は行けません。」
香澄はどうしても譲らなかった。道中でまたあの化け物に遭遇する可能性だって大いにある。あの化け物を対処出来る人物はこの中で香澄ただ1人しかいない。詩船は渋々香澄の提案を受け入れた。
詩船「……仕方ない、分かった。この辺りの車から使えそうなやつを何台か選んで分乗していくしかないだろうね。」
レイ「あの……。」
その時レイが顔色を伺う様に手を上げ、ある場所を指差す。
レイ「アレを使うのはどうですか?」
指差した場所には、乗り捨てた様にマイクロバスが一台停まっていた。
ーー
バスの中に入ると、1人の女性が頭から流血して倒れていた。脈を測るが既に事切れているようだった。運転席を確認すると、幸いにもエンジンキーは刺さったままだ。これならここに残っている全員を四国まで乗せる事が出来る。
詩船はバスの中から女性の死体を運び出し、駐車場に横たえさせる。その瞬間、レイは口元を押さえ、地面に膝をついた。
レイ「うっ……はぁ…はぁ……!」
みるみる顔は青ざめ、息は過呼吸の様に激しくなっている。
高嶋「あっ、いけない!」
香澄は慌てて、頭から流れている死体の血を拭き取った。
レイ「ごめん、香澄ちゃん……ありがとう…。」
血が見えなくなると、レイの呼吸は落ち着きを取り戻した。
詩船「どうしたんだ?」
高嶋「"レイヤ"ちゃんは、血を見るのが苦手で…。」
詩船「"レイヤ"?」
高嶋「あっ、私が勝手に付けてるあだ名なんです。」
きっと何かトラウマになるような出来事があったのだろう。この惨劇だ、そう考えるのが妥当だった。
レイ「その女性は…?」
詩船「バスの中で倒れていた。死んでるよ。」
レイ「死っ……!」
詩船「殺されたのかもしれないね。こんな状況だ。恐怖心やパニックから人間同士で争いが起きて、殺人にまで発展する事も充分あり得る。この死体はーー」
詩船はポケットからタバコを取り出し火をつけた。
詩船「未来の私達かもしれないよ。大人数で移動すれば、内部で争いが起こるリスクを常に抱えなければならない。」
高嶋・レイ「「…………。」」
詩船「だが、取り敢えずは内部争いより、あの白い化け物の方が脅威だ。どれくらいの数がいるのか分からない……。SNSを見た限りじゃ、日本中で遭遇してる人はかなり多い。」
高嶋「もしあのお化けがまた出てきたら、私が戦ってみんなを守ります。それに、レイヤちゃんもいますから。」
詩船「和奏がいると、何かあるのかい?」
高嶋「レイヤちゃんは、"あのお化けの居場所が分かる"んです。」
レイ「はい、一応…。」
香澄が化け物を倒す戦士ーーいや勇者なら、レイは化け物の居場所を探すレーダーの役割を果たしていた。それが本当だったら、この2人は相当お人好しな性格だと言える。
何故なら、2人にとって一番安全な方法は"2人だけで逃げる"事だからだ。
ーー
その後、詩船は店の中にいた人達に四国へ向かう事を話した。四国が安全な場所なのか疑う人もいたが、バスで全員一緒に移動する事に反対する人はいなかった。あの化け物と戦えるのは高嶋香澄ただ1人、彼女に着いて行く事が最も安全な方法だと全員が分かっているだろう。
全員がバスに乗り、詩船はバスを発進させる。香澄とレイは運転席のすぐ後ろの座席に座っていた。バスを走らせるとすぐ、香澄はウトウトして眠ってしまい、レイの肩に頭を預け、寝息を立て始めた。さっきまであの化け物と戦っていたとは到底思えない、あどけない顔をしている。
香澄が眠ると、レイが詩船に尋ねてきた。
レイ「詩船さんは……あの時、どうして"笑ってた"んですか?」
詩船「あの時?」
レイ「私と香澄ちゃんがスーパーマーケットに来たのは、丁度詩船さんが最初に1人で店から出て来た時だったんです。」
それは詩船が囮となりスーパーから出た時だ。香澄達はその時詩船と入れ違いになるようにスーパーにやって来ていたのだ。
レイ「1人で囮になって、あの化け物を引きつけて店の中のみんなを逃がす作戦なのかと思ったんです。凄い…勇気のある人だと思いました。でも……。」
途中でレイは言葉を濁らせた。
詩船「どうした?言いたい事があるならはっきり言いな。」
レイ「…………"囮になって逃げている時"も…"あの化け物達が方向転換して店から逃げた人達に襲いかかった時"も……詩船さん、"笑ってました"………。」
詩船「……気のせいだよ。」
レイ「…………。」
詩船「笑うわけないだろう。あの時、私は殺されかけたんだ。全然笑える状況じゃないさ。」
レイ「そう、ですよね……。見間違いですよね。すみません、変な事言って。」
詩船(察しが良いね、この子は………。)
運転をしながら、あの時の事を思い返す。
ーー
詩船(………ふっ。)
詩船「こっちに来な、化け物ども!」
ーー
確かにレイの言った通り詩船はあの時笑っていた。そして再びタバコに火をつけ、また詩船から笑みが溢れる。それを見たものは誰もいない。
詩船(私は…楽しいんだろうね、今この状況が。強固だった生涯のレールをいとも簡単に打ち壊してしまう程の…この状況が。)