もう間も無く通算300話目に突入します。もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。
詩船(私が暮らしている町では、夕方になると"夕焼け小焼け"が流れていた。どの地域にもある子供の帰宅を促す様な音楽。その音楽が鳴り始めると、子供達はみんな家に帰り始める。男の子や女の子、姉妹で遊んでいる子、一人っ子、お金持ちの子やちょっと貧しい子も。みんなが"また明日"と言って笑顔で帰っていく。)
詩船(ある時、そこに1人だけ中々帰らない子がいた。私が話しかけるとその子はこう言った。"みんなと同じ行動を取るのが嫌"だと。)
詩船(その子供の言った事に私は凄く親近感が湧いた。私もその子と同じ気持ちを持っていたからだ。同じ行動を取る人に嫌悪感を抱き、それに従うしかない自分にも嫌悪感を抱いた。)
詩船(いつだったか、仲の良かった友達を言いくるめ、日が暮れた後も遊んだ事があった。みんなと同じ行動を取る事に対しての嫌悪感を少しでも払拭しようとしたのだ。)
詩船(その日は夜遅くに笑顔で別れたが、翌日その友達に頬を
詩船(私は昔から要領が良かったから、友達がいなくなり孤独になる事はなかった。だが、付き合いが長く続く相手はいなかった。思えば、生まれてからこの方、私に本当の"友達"はいたんだろうか………。)
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マイクロバス--
奈良をマイクロバスで出発した詩船達の道程は、決して順調ではなかった。道路が破壊されていたり、乗り捨てられた車が道を塞いでいたりと、何度も引き返したり遠回りをしながらの旅路だった。
今いる場所から四国へ入る為には、兵庫の明石海峡大橋へ行き、そこから淡路島、大鳴門橋を通って徳島に入るルートが最も近い。順調に行けば5時間程で行ける距離なのだが、既に奈良を出て半日以上が経っている。
外の光景はまさに地獄絵図だった。倒壊したビルや住居、道路に散らばった人間だったもの、暗い空を赤く染める程の火災。その異様な光景にバスに乗っている同乗者は言葉を失っていた。
詩船、香澄、レイを含めバスに乗っているのは19人。年齢層は上は70は越えているだろう老人から、下は幼稚園くらいの子までと幅広く怪我人もいた。
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駅のロータリー、バス車内--
バスを暫く走らせ、詩船達は何処かの駅のロータリーにバスを停めていた。座りっぱなしはキツいだろうし、トイレに行きたいという人も出てくる。詩船はみんながそれぞれ休憩を取っている間に、香澄の足の怪我のガーゼを取り替える。バスに乗る前に白い化け物と戦った時に負った傷だった。ガーゼや傷薬は道中の薬局から持ってきた。
高嶋「ありがとうございます、詩船さん。」
詩船「私に出来る事は応急処置ぐらいだ。さっき医者が診て、大きな問題は無いと言ってたから、大丈夫だろう。」
同行者の中には医者の青年も乗っている。彼は今もバスの後方に座っている老夫婦の体調に問題はないか問診していた。医者がいた事は不幸中の幸いだった。ふとレイはカバンから腕時計を取り出し、辺りを見回す。
レイ「おかしい……この時間なら、もうとっくに空は明るくなってもいい頃なのに…。」
バスの外は未だに夜の様に暗い太陽が登らない世界。最早この世界は7月30日を皮切りに何かが決定的に壊れてしまったのかもしれない。
高嶋「ちょっとトイレに行ってくるね。」
そう言って香澄はバスから降りていく。その動きから見るに足の怪我の影響は無さそうだった。香澄が出て行った後、詩船とレイだけがその場に残される。2人の間に会話は殆どなかった。出発してすぐに一度会話をした以外はレイから話を振る事はなかった。詩船の方からも話す事は無く、共通の話題も無い。
しかし、詩船はなんとなくレイと話してみたくなった。レイは人見知りするタイプで、詩船の様な親しくもない相手と話すのは苦手だと捉えている。詩船は"なんとなく"レイの心を逆撫でしてみたくなったのだ。
詩船「なぁ、和奏。高嶋は昔から、あんな化け物と戦える力があったのかい?」
レイ「えっと……分かりませんけど…多分、違うと思います。」
詩船「分からないってのはどういう意味だ?」
レイ「私と香澄ちゃんも、出会ったばかりなんです。昨日……凄く大きな地震があった時に、神社で出会ったんです。あの地震が起こる前に、急にその神社に行かないといけない気がして………。」
レイはその時の事を話し出すのだった--
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7月30日、奈良県某所--
全国各地で地震や大雨等の災害が報道され、奈良県内でも小さな地震が何度も起こっていた。テレビやラジオで住人の避難場所が伝えられ、レイが住んでいる地域では自宅近くの高校が避難場所に指定されていた。
その時、ふとレイは避難場所の確認をしなければならないという思いに駆られ、夜1人で高校へ出かけたのだ。
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避難場所近く--
高校まで目と鼻の先まで来たレイは、何故か横道に逸れ、近くの神社へと辿り着く。その直後大きな地震が起こり、空から突如として白い化け物が降ってきたのである。神社にはレイだけでなくもう1人少女がいた。化け物はその少女を執拗に追い回し、少女は逃げる様に石段を駆け上がっていく。レイもその少女が気になり後を追って行った。
?「やあーーーーっ!」
レイ「っ!?」
石段を上がった境内ではその少女が化け物相手に立ち向かっている最中だった。手には古い鉄の手甲を付け化け物を追い払っている。
?「はぁ…はぁ……これで全部かな…?」
肩で息をしながらその少女は周りを見回し、物陰から見ていたレイに気付き駆け寄ってくる。
高嶋「隠れてたなんて知らなかったよ!私は高嶋香澄。大丈夫だった?この近くにはもういなさそうだから取り敢えずは安心安心。」
その少女、高嶋香澄は自分の怪我の心配もせず、いの一番にレイの安否の確認をする。
レイ「私は和奏レイ……。」
高嶋「レイ……じゃあレイヤちゃんだ!」
何気ない会話をする2人だったが、突如レイの頭の中にイメージの様なものが過ぎる。
レイ「あっ!?」
高嶋「?」
レイ「スーパーで人が襲われてる…!」
レイは直感でそう口にする。すると香澄はすぐ様立ち上がり--
高嶋「助けに行こう。」
その一言にレイも迷いながら頷くのだった。
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バス車内--
レイ「あのスーパーマーケットに行く前に、香澄ちゃんの家に行ったんですけど……家の中には香澄ちゃんの家族はいなくて…。もう避難したのか…それとも……。」
詩船「そうか…お前さんの家族は?」
レイ「同じ様な感じです……。」
休憩を終え、詩船は再びバスを走らせる。走らせている間、走っている車や人の姿を見かける事はなかった。
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明石海峡大橋付近--
明石海峡大橋が目前まで迫った頃、香澄が突如詩船にスケッチブックのページを険しい表情で見せてきた。どうやらレイが描いたらしい。バスを停めて見ると、そこにはこの付近の地図が描かれており、先にある舞子トンネルの途中が黒く塗り潰されていた。
詩船「これは何だい?」
高嶋「この黒い部分が、あのお化けがいる所みたいです。」
この先の明石海峡大橋を渡るには、舞子トンネルを避けて通る事は出来ない。
詩船「まずいね……この道が使えないなら、明石海峡大橋から四国に入るのは無理だ。あの化け物はずっとここを占拠しているのか?」
レイ「分かりません……すぐにいなくなるかもしれないし、もしかしたらずっといるかも……。」
詩船「……そうか………。」
詩船が考え込んでいると、バスの中の同行者達から声が上がり始める。
男「なあ、なんで停まってるんだ?」
女「どうかしたんですか?」
ざわめき出す車内、すると黒シャツの男が座席から立ち上がり運転席の方までやって来る。その男は前にスーパーマーケットで子供を黙らせろと言ってきた男だった。
黒シャツ男「なんでいつまでも停まってるんだ?さっさと進んでくれ。」
男は苛立ちながら話しかける。
詩船「この先の明石海峡大橋に向かう途中の道に、例の化け物がいるらしい。このルートから四国へは行けない。」
黒シャツ男「いるらしいって……なんで分かるんだよ?」
詩船「この子は化け物の居場所が分かるんだ。」
そう言うと、男はレイに視線を移した。
黒シャツ男「なあ、本当なのか?なんで分かるんだよ?」
レイ「い、いえ……なんとなくです…。」
ガラの悪い黒シャツ男に怯え、レイの答える声も小声になる。
黒シャツ男「なんだよ、なんとなくって!じゃあ、いるかどうか分からねぇだろ!なあ!本当にいるのかよ!!」
男は幼い子供相手に吠え立てる。しかし、男が言っている事にも一理ある。香澄が化け物を倒せる事は、スーパーでの出来事で証明されていた。しかし、レイの化け物を感知する能力は誰も見ておらず、その力は詩船にすら確信がなかった。
詩船「………なら、このまま進んでみるか?」
レイ「えっ!?」
詩船「もし本当に化け物がこの先にいるのなら、この子の言っている事は本当だってのが分かるだろ?だが危ない距離までは近付かない。遠くから確認するだけだ。」
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舞子トンネル--
バスは舞子トンネルに入り、途中でバスを停車させた。予めバスを方向転換させておきいつでも逃げられる準備をし、詩船は黒シャツ男に言う。
詩船「和奏によれば、この先あたりに例の化け物がいる。私が行って確認するが、勿論お前さんも来るだろ?自分の目で確認しないと、私が嘘を言う可能性だってあるんだ。お前さんが最初に言い出したんだ。最後までやりきってみせな?」
黒シャツ男は一瞬怯むが、承諾する。ここまで来た以上引き下がれなかったのだろう。
レイ「止めておいた方が良いです……本当にいますから…。」
弱々しい声でレイが言うも、2人を静止する力は無い。すると--
高嶋「私も行きます。」
レイ「え!?香澄ちゃん、危ないよ!」
高嶋「でも、あのお化けが襲ってきたら、私が戦わないと。」
レイ「けど………!」
詩船「じゃあ決まりだね。私と高嶋、そしてお前さんの3人で行く。」
詩船はレイの制止の声を封じ、3人はトンネルを進んで行くのだった。
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数十分後--
トンネルは途中で天井が崩落し、地上が見えるようになっていた。スマホのライトで辺りを照らしながら確認するが、周囲に化け物の姿はない。しかし崩落の瓦礫で道が塞がれており、どの道このトンネルを通り抜ける事は出来なかった。詩船は慎重に瓦礫の山を登っていく。
高嶋「何処に行くんですか!?」
詩船「地上に出てみるんだ。この辺りに化け物はいない。だが、和奏の感知が当たっているとするなら……。」
瓦礫の山のお陰で、地上までの足場が出来ている。地上に出ると、もう明石海峡大橋は目と鼻の先だ。近くには警察署や学校もある。
香澄も詩船の後に続き瓦礫の山を登って行く。1人取り残される事を嫌い男もそれに続くのだった。
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地上--
詩船「………いるね。」
地上には白い化け物が数匹、学校近くの路上に集まっている。これでレイの感知能力は本当だという事が証明された。3人は近くの建物の陰に身を隠す。化け物の周辺は、風化した血で赤黒く染まり、千切れた腕や脚等の部位がそこかしこに散らばっていた。隠れて様子を伺っていると、化け物の1匹が詩船達の方へ近付いてくる。
詩船「あいつら…人を探知する力でも持ってるのか?逃げるよ!」
詩船はすぐさま香澄の手を引いて、地上からトンネルに戻る。男も情けない声を上げながらついてくる。
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舞子トンネル--
3人は必死で逃げるが、男女とでは体力に差が出てしまう。それに加えて詩船は香澄の手を引いている。差は一目瞭然だった。
詩船「くっ………。」
段々と詩船達と男の距離が離れていく。このままいけば、先に化け物の餌食になるのは詩船達だ。このままでは--
男「……へ?」
詩船は男のシャツの後ろ襟を掴み、一瞬だけ体重をかけて体勢を崩し、仰向けに転ばせた。香澄が化け物に気を取られ、詩船の方を見ていないたった数秒の出来事--
男は何が起こったか分からない様な表情で路上に転倒する。間も無く化け物は追いついて、倒れた男を喰い殺すだろう。すぐに立ち上がっても、もう間に合わない。
詩船は一応"置いて行かれそうになり、焦って男を転ばせてしまった"という体を装う。男が喰い殺されても、香澄が一部始終を話してくれれば、詩船を責める者は誰もいないだろう。不可抗力で犠牲者を出しただけだし、女子供を置いて逃げようとした男にも責められるべきところはあるからだ。
詩船(さよならだ………。)
しかし、男が殺される事はなかった。香澄が立ち止まり、詩船の手を振り払って倒れた黒シャツ男の前に立ちはだかり、追ってくる化け物相手に拳を構えたのだ。
高嶋「私が守る!!はあああああーーっ!!」
拳を突き出し、化け物の体が崩れるが、突進の勢いを殺し切れず、香澄は吹き飛ばされ転がってしまった。
高嶋「うぅ………まだ……!」
だが香澄はすぐさま立ち上がり、構え直す。受け身を取った為重傷ではないが、頬と腕に傷が付き、血が流れている。
高嶋「まだまだぁ!てやあああああ!!」
再び化け物に香澄渾身の一撃が叩き込まれる。化け物は体が完全に崩れ空気中に散らばる様に消えてしまった。
高嶋「はぁ…はぁ…………もう…大丈夫ですよ……。」
香澄は倒れている黒シャツ男に手を差し出す。男は不貞腐れた様に目を逸らし、香澄の手を取らずに立ち上がる。
詩船「はぁ…………。」
思わず口から溜め息が溢れた。
詩船(余計な事をしてくれるじゃないか……。折角ここでこの男を消せるとこだったのにね。この男は集団の輪を乱す。私らに同行すべきじゃない……。今殺しておかなければ、いずれ大きな害悪となる可能性だってある。だから、ここで脱落して貰おうと思ったが…………まぁ、良いだろう。最も--)
香澄の手を取り詩船はバスの方へと歩き出す。
詩船(この男が害悪と成り果てた時、善良な高嶋と和奏がどんな反応をするのか…………それも見てみたいがな。)
廷臣達は私を幸福の王子と呼んだ。実際、幸福だったのだ。もしも、快楽が幸福と言うのならば。
私は幸福に生き、幸福に死んだ。死んでから人々はこの高い場所に置いた。
ここからは町の全ての醜悪な事、全ての悲惨な事が見える。
私の心臓は鉛で出来ているけど、泣かずにはいられないのだ。
オスカー・ワイルド『幸福の王子』