戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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外伝3部第7話。
四国への旅が続く中、一人の女が異常をきたした。空を恐れるその姿に香澄達は驚きを隠せない。

バスはもうじき四国へ辿り着こうとしている。だが、そこで香澄達を待ち受けていたのは思いもよらぬものだった。




空への恐怖

マイクロバス、車内--

 

女「はぁっ、はぁ……はぁ…はぁ……っ!?」

 

レイ「どうしたんですか!?」

 

女「怖い……空が………………怖い…。」

 

茶髪の女が突如として"空が怖い"と言い出し、車内がざわめき始める。詩船はバスを停め、女が座っている座席まで行った。

 

女「はぁ…はぁ……ひぃぃっ!?」

 

彼女の状態は普通では無く、顔は青ざめ、呼吸は乱れ、額にはびっしりと脂汗が浮かんでいる。更に"空を恐れている"せいか、バスの窓から少しでも離れようとし、席を立った直後に足がもつれ床に転んでしまった。

 

高嶋「大丈夫ですか!?」

 

転んだ女を助けようと香澄が手を伸ばすが、女は香澄の手を乱暴に振り払う。

 

女「ひぃっ!?うわぁぁあ!」

 

直後女は悲鳴の様な声をあげながら立ち上がり、香澄の首に手をかけ、締め始めたのだ。

 

高嶋「あ、ぐ……や、やめ……。」

 

詩船「止めな!」

 

すかさず詩船が女の手首を掴み、香澄の首から手を引き剥がす。

 

女「ひぃっ、ひぃっ………ああぁっ!!」

 

女は呼吸を荒げ、奇声をあげながらその場に蹲ってしまう。

 

詩船「レイ、運転席に置いてあるバッグの中に結束バンドとガムテープがあるから持ってきてくれ。」

 

レイ「は、はい!」

 

詩船に言われるがまま、レイは慌てて運転席に向かい、結束バンドとガムテープを持ってくる。これは道中のコンビニで手に入れた物だった。

 

詩船「………ふっ!」

 

蹲っている女の背中を押す様に蹴り、床にうつ伏せに寝転がせる。起き上がれない様に膝で背中を押さえつつ、両腕を後ろ手にバンドで縛った。女は抵抗して足をバタつかせるが、詩船が両腕で足を押さえつけている間に、レイに足首を縛らせる。その後、更にガムテープを体と足に巻き付け、完全に動きを封じた。

 

詩船「席を空けてくれ。この女はそこに座らせておく。」

 

そう言って詩船は後方の座席に拘束した女を押し込むのだった。

 

高嶋「ど……どうしちゃったんでしょうか……?」

 

拘束された女を心配そうに香澄が見つめる。

 

詩船「空が怖いと、この女は言ってたね。この"空を怖がる"という傾向は、他の人にも起こり始めている。」

 

レイ「何が起こったんでしょうか……。」

 

詩船「さあね。しかし、この女だけで終わるとは思わない方がいい。」

 

 

--

 

 

それから数分後--

 

淡々とバスを走らせてはいるが、車内の同行者達の状況は刻一刻と悪くなっていた。先程の女の様に暴れる人はいないが、他にも"空が怖い"と口にする人は増えていった。その人達は、外が見えない様に車内のカーテンで窓を覆い始める。しかし、それだけではまだ不安だったのか、バスが停車すると休憩場所のコンビニから持ってきていた新聞紙を窓ガラスに貼り付け始めたのだ。そしてその新聞紙にお経や梵字の様な訳の分からない文字の羅列を書き殴っている。バスの後方は完全に外が見えない状態になっていた。

 

怯える人達は、暗い後方の座席に集まり、縮こまっている。香澄は車内の状態を不安そうに見守り、レイはその異常な雰囲気に怯えていた。

 

詩船「…………そろそろ限界なのかもしれないね。」

 

レイ「え?」

 

詩船の言葉にレイは怪訝そうな顔をする。

 

詩船「車内の人間の精神状態が悪すぎる。このまま行けば暴動が起こりかねない。精神状態が異常な人間は、力ずくでもここで降ろした方がいい。」

 

レイ「お、降ろすって……見捨てて置き去りにするって事…ですよね……?」

 

詩船「ああ、そうだ。まだ周囲に暴力を振るうほどの症状を見せているのは茶髪の女だけだが、他の人もいずれはそうなる可能性が高い。この狭い車内で暴れる人間が何人も出れば、もう運転どころの騒ぎじゃない。」

 

レイ「……………。」

 

レイは詩船の言う事に否定が出来ないのか、唇を噛み締めながら俯いていた。

 

レイ「見捨てる事は……--」

高嶋「見捨てる事なんてしたくありません。もし暴れる人がいたら、私が押さえます。」

 

レイの代わりに香澄が言った。

 

詩船「力ずくで、かい?」

 

高嶋「………はい。」

 

迷っている口調ながらも、香澄は頷く。

 

詩船「そうかい。だけど、大量の同行者達を抱えている事の問題はそれだけじゃない。」

 

高嶋「他にもあるんですか?」

 

詩船「食糧だ。お前さん達も気付いてるだろうが、ここ暫く立ち寄ったコンビニやスーパーで食べ物が殆ど手に入らなくなっている。本来なら奈良から四国へ車で行くのに、それほど時間はかからない。食糧不足なんて本来なら起こるはずがないのさ。だが、想像以上に時間がかかってしまっている。」

 

高嶋「……。」

 

詩船「空への恐怖が増大している者達に、これから先は更に食糧不足という恐怖が迫る…………地獄になるよ。」

 

高嶋「詩船さんは、バスの中の人達を……降ろすべきだって思ってるんですか?」

 

香澄は不安げな表情で見つめるが、詩船からは意外な言葉が返ってきた。

 

詩船「………実のところ、私はどちらでも構わない。バスの乗客を降ろしても、このまま全員を抱えながら進んでもね。」

 

 

---

 

 

詩船はどちらでも良かった。どちらの選択肢を選んだとしても、香澄とレイはきっと苦悩する筈なのだから。

 

詩船は"選択肢を提示する"事によって香澄とレイの2人に"何かを選んで何かを捨てる"、"何かを犠牲にする"という決断を下させたいのだ。2人が苦悩し、混乱し、平静を失って、普通ではない行動を取る。それが見たいのだ。何もせずただぼんやりとバスを走らせるよりも、その方が何倍も面白いから。

 

 

---

 

 

瀬戸大橋付近--

 

瀬戸大橋が目と鼻の先という所まで来た中、バスが再び停車する。休憩の為では無く、バスの車内で数人が言い争いを始めていたからだ。話している内容から察するに、飲み物の取り合いのようだった。

 

高嶋「喧嘩は止めてください!」

 

香澄は席を立ち止めに入り、レイもそれに続く。香澄は自分で言った通り、諍い等は自分で止めるつもりらしい。しかし、頭に血が上った大人は、子供の言葉では鎮める事が出来ない。言い争いから暴力沙汰にまで発展すれば、香澄も腕力で止めなければならないだろう。

 

詩船はそれを期待して一部始終を見ていたが、諍いはそこまで大きくなる事はなかった。黒シャツの男の取り巻きが仲裁に入ったからだった。取り巻き達が何かを話している。内容は詩船の耳には入らなかった。

 

暫くして、香澄とレイは安堵の表情を浮かべながら、詩船がいる運転席まで戻ってくる。

 

詩船「争いは止まったようだね。何があった?」

 

レイ「飲み物の取り合いが原因で喧嘩が起こってたんですけど、まだ沢山飲み物を持っている人がいたから、分けてくれたんです。」

 

詩船「………………成る程。」

 

レイの言葉で詩船は察する。どうやら黒シャツの男とその取り巻き達は、着実にこのバスで勢力を広げているようだ。

 

ひと段落した途端、ふらふらと一人の男が運転席に近付いてくる。詩船ば身構えるが、その男は詩船の横を通り過ぎ、手に持っていた新聞紙をフロントガラスに貼り付け始めたのだ。

 

詩船「何馬鹿な事をしてる!」

 

すかさず詩船はその男を取り押さえた。その男は譫言(うわごと)の様に同じ言葉をただ繰り返す。

 

男「外が見えるんだ………外が……外が……外が……。」

 

詩船は茶髪の女と同じ様に結束バンドとガムテープで拘束し、男を後部座席に押し込む。車内の状況は刻一刻と悪くなる。まだ比較的メンタルが正常な人達ですら、顔に疲労の色が強く出ていた。その時だった--

 

 

 

 

 

 

レイ「っ!?」

 

突如レイがスケッチブックを取り出し、そこに地図を描き始める。その地図は瀬戸大橋周辺の地図を表しており、大橋へ行く途中の道を黒く塗り潰したのだ。今までよりも念入りに黒く。

 

詩船「何か感知したのかい?」

 

レイ「はい……瀬戸大橋へ行く道の途中に………。」

 

レイが化け物を探知出来る様に、化け物もまたこちらを探知出来るのではと錯覚する程に、化け物はこちらの行手を遮るかの様に現れる。

 

詩船「詳しく道を調べてみないと分からないが、これでは瀬戸大橋も使えな--」

 

男「なあ!」

 

迂回する判断を取ろうとした矢先、運転席までやって来た黒シャツの男が詩船の言葉を遮った。

 

男「さっきから聞いてたが、まさかまた迂回する気か?なあ!?」

 

詩船「…………そうなるかもしれないね。」

 

男「あんたも分かってるだろ!なあ!このバスに乗ってる奴らさみんなもう限界だ!これ以上回り道なんか止めてくれ!もう無理なんだ!頼むよ!!なあ!!!すぐに瀬戸大橋へ向かってくれ!」

 

声を荒げる男に、車内の視線が集まる。少し前に同じ様に迂回を否定した時、車内の人達の視線の多くは、彼に対して否定的だった。しかし、今は違う。徐々に黒シャツ男に賛同する声が増えていったのだ。車内の人達は、それ程までに切羽詰まっていたのだ。

 

高嶋「行きましょう、詩船さん。」

 

詩船「香澄……。」

 

高嶋「大丈夫です。あのお化けが出てきても、私が戦いますから。」

 

香澄の口調には強い意志が感じられた。

 

男「そうだぜ、この子はあの化け物をぶっ倒せる力があるんだ!この子が化け物を倒してくれりゃ進めるんだ!」

 

黒シャツの男も香澄に賛同するが、レイが言い辛そうな口調で声をあげる。

 

レイ「………少し問題があります。」

 

詩船「問題?」

 

レイ「この瀬戸大橋近くを塞いでいる化け物………今までのとは少し違う気がするんです…。今までのより、何だか……怖い…嫌な感じがするんです。香澄ちゃんでも戦ったら無事じゃ済まない……かも………。」

 

言葉を選ぶ様にして話すレイに対し、男は苛立たしげに睨みつける。詩船は男が言葉を発する前に言う。

 

詩船「今までの化け物とは違う…か。確かめてみるしかないね。」

 

 

---

 

 

瀬戸大橋付近、瀬戸中央自動車道--

 

レイが察知した化け物の居場所は、瀬戸大橋を車で通る為の道路である、瀬戸中央自動車道の上だった。詩船と香澄、レイの3人は、児島の小さな山の上にある神社に来ていた。

 

バスを出る際、黒シャツの男も誘ったが、男は怯えた顔をして首を横に振るだけだった。以前、化け物を見に行って死にかけた事がよっぽどトラウマになっているようだ。

 

詩船は神社の屋根に上がり、道中で手に入れた双眼鏡を覗く。

 

詩船「………いたね。」

 

そこにいたのは、自動車道の上を浮遊している数匹の白い化け物に加え、躯体が大きく今まで見た事がないタイプの化け物も混じっていた。

 

香澄「どうですかー、詩船さーん!」

 

詩船「ああ、レイの言った通りの場所にいる。それに見た事がない形の化け物も--」

 

言葉の途中で詩船は神社の屋根から飛び降りた。それと同時に、轟音と共に神社の屋根が爆発する様に破壊されたのだ。

 

レイ「っ!?え、な、何が……。」

 

2人は目の前の状況が理解出来ず困惑している。

 

詩船「化け物の一匹から攻撃を受けた。初めて見るタイプだね。遠距離攻撃が出来るようだ。」

 

その見た事が無いタイプの化け物は、今まで見てきた化け物よりサイズが大きく、頭に赤い一本の角を持っていた。その角を射出し、神社の屋根を攻撃してきたのだ。化け物がいる場所からここまではまだ数百メートル程離れているのだが、正確に撃ち抜いてきた。

 

詩船「逃げるよ!」

 

詩船は2人を促し、山を降り始める。直後3人がいた場所に、二撃目の角が直撃し地面が抉られる。

 

レイ「きゃああああっ!」

 

3人は急いでバスに駆け戻り、バスを発進させる。幸い、その化け物はバスまで攻撃はしてこなかった。

 

 

--

 

 

マイクロバス、車内--

 

バスの搭乗者達は、先程の轟音について不安げな表情で尋ねてくる。今までにない香澄やレイの狼狽えぶりからも、それがただ事ではないと感じたのだろう。

 

詩船「化け物からの攻撃を受けた。今まで私達が遭遇してきた化け物よりも、はるかに強力で厄介な新種が瀬戸大橋の前に集まっている。あれと戦うのは危険すぎる。瀬戸大橋は使えない。」

 

その言葉を聞いて、車内に絶望的な雰囲気が広がる。

 

男「ま、待てよ、勝手に決めんな!」

 

黒シャツの男は叫んで、香澄を指差した。

 

男「化け物はこのガキが倒せるんじゃねえのかよ!行けよ!瀬戸大橋に行け!」

 

香澄は詩船に言う。

 

高嶋「大丈夫です、詩船さん!私が戦って倒します!瀬戸大橋に向かってください!」

 

レイ「ダメだよ!!」

 

すぐさまレイが声をあげた。

 

レイ「遠くから攻撃出来る化け物がいるんだよ!香澄ちゃんは化け物に近付かなきゃ戦えないのに!危なすぎる!大怪我したら………もしかしたら死んじゃうかもしれない!」

 

男「俺達だって限界なんだ!このガキに戦わせろ!」

 

レイ「止めてください!!香澄ちゃんがいくら強くても、戦えば怪我をします!あなたは恥ずかしくないんですか!?こんな小さな子供を戦わせて、危険な目に遭わせるなんて!!」

 

男「………っ!」

 

黒シャツの男は今にも襲いかかりそうな目で、レイを睨みつけていた。事実レイの言う事が一番正しい。香澄には拳で殴るという攻撃方法しか持っていない。遠距離攻撃を持つ敵に対しては圧倒的に不利だ。それに加えあの化け物は何百メートルも離れた場所から、正確に狙いを定め、こちらを撃ち抜く事が出来るのだ。香澄がいくら戦おうとしても、避けられず、近付く前に撃ち殺される可能性が高い。

 

詩船「四国へ行く方法が無くなったわけじゃない。しまなみ街道が残っている。そこへ向かおう。」

 

そう言って、詩船はバスを走らせるのだった。

 




それからツバメは幸福の王子の所に飛んで戻り、やった事を王子に伝えました。

「妙な事に、こんなに寒いのに僕はとても温かい気持ちがするんです。」とツバメは言いました。

「それは、良い事をしたからだよ。」王子は答えます。小さなツバメは考えましたが、やがて眠ってしまいました。

考え事をするとツバメはいつも眠くなるのです。

オスカー・ワイルド『幸福の王子』
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