瀬戸大橋を諦め、しまなみ街道を目指す一行。だが度重なる方向転換に乗客は遂に痺れを切らし--
そして、レイの心根を知った詩船は衝撃の真実を2人に告げるのだった。
詩船達は瀬戸大橋を抜ける事を諦め、しまなみ街道を目指していた。瀬戸大橋からしまなみ街道までは百キロ強ある。その間も休憩を何度も挟む為、四国到着まではかなりの時間がかかる。
バスで移動する中、香澄はずっと思い悩んだ様な顔をしていた。
詩船「やはり自分が戦って、瀬戸大橋を進んでおけば良かったと思っているのかい?」
高嶋「はい……。だって私が戦えば…それで四国へ行けるなら、それが一番だと思いますし……。」
詩船「自己犠牲の塊だね、香澄は。」
高嶋「ジコギセイ……?」
詩船「他人の為に自分が犠牲になろうとする心の事さ。お前さんはそんなに傷だらけになりながら、何の為に戦っているんだい?自分には何の得も無いのに。それを"自己犠牲"と言うんだ。」
改めて香澄に目をやってみる。香澄の服はボロボロで、その体には今までの戦いの傷が目立っていた。香澄は落ち込んだままの声で答える。
高嶋「そういうのとは、違う気がします。そういう綺麗な考え方とは、多分違います。私は………人が争ったり、苦しんだりする姿を見るのが嫌いだから……それが一番の大きな理由なんです。今、このバスの中にいる人達はみんな苦しそうで、イライラして怒ってて…………そういう中にいるのが、私は嫌で、耐えきれないんです。私が戦うのは、私の勝手な理由です。だから私が怪我する事なんて気にしないでください……。」
レイ「勝手な理由なんかじゃないよ。」
香澄が話した直後、レイが優しい声で香澄を抱きしめた。
レイ「香澄ちゃんが戦うのは、やっぱり自己犠牲だよ。どんな理由でも、自分が傷付いても他人の為に行動するのなら、それは自己犠牲だよ。このバスの中の状況だって、香澄ちゃんの責任じゃないんだから。」
高嶋「………………。」
香澄の表情は晴れない。レイの言葉は、どんなに優しくても、きっと香澄には届かないのだろう。
詩船「まあ、お前さんがどんなに戦いたくても、今は止めておくんだね。飛び道具を使う化け物がいる状況じゃ、お前さんの力では突破出来ない。香澄が化け物に接近しようとした時点で、このバスを撃ち抜かれて終わりさ。お前さんがあの化け物の攻撃を避けられたとしても、バスは小回りが効かない。一人で戦ってどうにかなる状況じゃないよ。」
詩船はそう言いながら、香澄とレイの間に存在する大きな溝について考えていた。
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マイクロバス、車内--
これでもう何度目の休憩になるだろうか。バスはしまなみ街道に向かう途中のスーパーの駐車場に停まっていた。
詩船は二人に仮眠を取るよう言った。香澄は寝息を立てていたが、レイは眠れずただ目を閉じて考え事をしていた。
その時、黒シャツの男がレイに声をかけた。レイが目を開けると、無表情な男が横に立っていた。感情の無いその顔は得体の知れない雰囲気が漂っている。
レイ「な、なんですか……?」
男「ちょっと話がある。バスの外に来いよ。」
男は囁く声でレイを誘う。その行為が隣で寝ている香澄を起こさない為だとレイが悟ったのは、既にバスから降りた後だった。
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スーパーマーケット、駐車場--
レイがバスから降りると、黒シャツの取り巻き達二人と、他にも険しい顔つきの人達が立っていた。黒シャツの男はレイの腕を掴み、逃げられないよう、バスから数十メートル離れた場所まで移動する。
移動した後、黒シャツの男はその場にいる人達に対し声をあげた。
男「なあ、みんなの意見を聞きたい!俺はしまなみ街道へ向かうより、瀬戸大橋から四国に入るべきだと考えてる!俺達の体力は限界だ!怪我をしている人だっているし、体調を崩してる人だっている。何よりももう食糧が底をついてる!俺達に時間的猶予はない。お前達もそう思わないか!?少しでも早く安全な場所へ着く為に、瀬戸大橋へ行くべきだと思うやつは言ってくれ!!」
黒シャツの男の言葉に、その場にいる全員が賛同し始める。それはさながら怒りと苛立ちが声になって漏れ出てきているようだった。男は更に続ける。
男「白い化け物と戦える高嶋香澄ってガキは、瀬戸大橋へ行く事に賛成している!運転手の都築って女も明確に反対はしていない。結局反対してるのは、このガキだけなんだよ!こいつが瀬戸大橋へ行く事に賛成すりゃ、俺達は安全な四国へ行けるんだ!こいつさえ賛成すりゃあな!!だから--」
男はレイに目線を向ける。
男「このガキが生意気に俺達に逆らったり出来ねえようにしてやればいいんだ。なあ、ちょっと痛い目な遭わせてやりゃ、従順な良い子になるだろうよ。」
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同時刻--
タバコを吸い終え駐車場に戻ってきた詩船は興味深い現場に遭遇していた。バスの外でレイが黒シャツの男達に囲まれている場面だ。
詩船は駐車場に乗り捨ててあった車の陰に身を隠し、状況を見る。黒シャツの男がレイの腕を掴み、レイはその手を振り解いて逃げようとする。
レイ「止めてください!!」
男「騒ぐんじゃねえよ!!」
男はレイの頬を叩き、腹に蹴りを入れる。
レイ「あっ、げほっ、えほっ………。」
レイは腹を押さえてその場に蹲ってしまう。
レイ「うぅ……げほっ…痛い……ぐっ…。」
男はレイの髪を掴み、顔を上げさせる。レイの目には涙が溜まっていた。
男「さて、どうしてやろうか………。」
嗜好的な表情を浮かべる黒シャツの男。それに対し詩船は、レイを助けにいく様子は全くない。
まだ致命的な状況は起こっていない。もっともっと、取り返しのつかない事態が起こって欲しい。そうなった後のレイや香澄はどんな表情を浮かべどんな反応をするのか。
今の詩船には、それしか頭になかった。
レイ「ま……待って…………。」
涙を流しながらレイは必死に声を絞り出す。詩船は思っていた。助けてくれと懇願するのだろうと。
しかし、詩船の思惑は外れていた。
レイ「こんな事……しちゃ駄目です…。あなた達がやろうとしてる事は…犯罪です……。今は警察も法律も、全然意味が無いですが、もしまた"元の平和な世界"に戻った時…………四国が本当に安全な場所だったら……自分が罪を犯した事をきっと後悔します。だから、止めてください……!」
その言葉に詩船は驚きを隠せなかった。
詩船(何を言ってるんだ?元の平和な世界に戻った時?四国が安全な場所だったら?真っ当に生きていく?…………正気かい、この子は…。元の世界に戻る筈がないだろ。今の日本に安全な地域が無事に残っているかは分からないが、少なくとも関東圏や関西圏はほぼ壊滅しているんだ。日本の中心と呼べる地域が消えた今、この国は既に終わっているんだよ。)
詩船(例え四国や他にも僅かな地域が無事に残っていたとしても、以前と同じ生活は取り戻せない。元の世界に戻る筈がない。レイはその事に気付いているのか?それ程愚かなのか?)
レイ「今はこんなにメチャクチャな世界になっても……きっと人間は、頑張って、元の世界を取り戻せます。そうなった時、もう真っ当に生きていく事が出来なくなるんですよ!」
絞り出す様にレイは訴える。
詩船(なんだい、それは………。レイは気付いていないんじゃない。信じてるんだ。願ってるんだ。人類がどれだけ傷付いても、元の世界を取り戻せると………必ず自分達は元の世界に戻る事が出来ると………強く強く信じている。)
男「黙れよ!」
黒シャツの男はレイの頬を殴った。何度も殴った。だが、レイは決して男には屈しなかった。"平和な世界になったら"、"元の世界に戻ったら"と戯れ言を言い続けた。
詩船(私は……………高嶋香澄と和奏レイを並べた時、高嶋香澄こそが私の対極な人間だと思っていた。だが、違うね。和奏レイこそが私と真に対極。…………和奏レイは私の前から消さなければならない。)
詩船は車の陰から出る。
詩船「何やってるんだい?」
その声に黒シャツの男達が動揺する。レイも呆然としながら詩船を見ていた。
レイ「し、詩船さん……。」
詩船「レイ、目を閉じてな。」
レイ「え?」
詩船「いいから目を閉じるんだ!私が良いと言うまで、目を開けるんじゃないよ。」
レイ「はい……。」
詩船はレイが目を閉じたのを確認し、黒シャツの男の取り巻きの一人に近付き、彼の耳を掴んだ。同時に隠し持っていた果物ナイフで耳を切り、千切った。千切れた耳は地面に捨て靴で踏み潰した。
男は絶叫しながら、地面をのたうち回る。黒シャツの男はその様子を見て、引き攣った様な声をあげ、情けなく尻餅をつく。
詩船「お前ら、こうなりたくなければ、今すぐ車内に戻りな。」
血に濡れたナイフを見せつけて詩船は話す。
詩船「大方お前らは、この黒シャツの男に食べ物や飲み物を分けてやるとか言われて、協力しているだけだろ?本心でレイに暴行したいと思ってる奴はいるか?いるなら手を上げな。」
当然挙手する者など誰一人おらず、全員が青ざめた顔で俯いていた。
詩船「いないようだね。安心しな。この黒シャツどもが集めてる食糧と水は、私が責任持って分けてやる。もうこの男に従うメリットも無い。分かったら、さっさと車内に戻りな!」
その一言で集まっていた人達は逃げるようにバスに戻っていく。詩船は果物ナイフを投げ捨て、結束バンドとガムテープでのたうち回っている男を拘束し、耳をガムテープで覆って見えなくさせる。
詩船「もう目を開けて良いぞ。」
目を開けたレイは、苦痛に悶える男を見ながら震えていた。
レイ「し、詩船さん………なんて事……。」
目は閉じていても、耳で周囲の音や悲鳴を聞いていたレイはすぐ詩船が何をしたのかを察したのだろう。
詩船「相手の方が人数が多かった。正面から挑めばこちらが負ける。だから派手に危険性をアピールして引き下がらせたらのさ。大体耳を切られたぐらいじゃ死にやしないよ。バスの中に包帯と消毒薬はある。医者だっている。」
そう言いながら、詩船は腰を抜かしていた黒シャツの男を結束バンドとガムテープで拘束する。
詩船「さて……と。私はこの男を"処理"してくるよ。」
レイ「処理って…………何を……?」
それには答えず、駐車場に乗り捨てられている車を調べて、キーが付いたままのものを探し出し、拘束した黒シャツの男を後部座席に押し込め走り去ってしまった。
詩船が戻ってきたのは、それから1時間程してからの事だった。
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戻ってきた詩船は黒シャツの男の髪を掴み、自動車の後部座席から引き摺り下ろしてバスまで戻ってきた。
男「ああっ、ああ………ひっ、ひっ……ひいぃ………っ!」
戻ってきた男は顔が真っ青になっており、顔中に汗を浮かべている。まるであの時におかしくなってしまった茶髪の女と同じ状態だった。
高嶋「詩船さん、その人どうしたんですか!?さっきも、詩船さんに刃物で耳を切られたって人が……一体何があったんですか!?」
詩船は香澄の質問には答えず、黒シャツの男を近くの空いている座席に押し込む。そして運転席に座りバスを発進させるのだった。
高嶋「詩船さん!」
香澄が叫ぶように強く言うが、返事は返ってこない。詩船は香澄には答えず、ハンドルを握りながらレイに声をかけた。
詩船「レイ、お前さんに聞きたい。仮に四国が安全で平和な場所だったとして、そこに到着してどうする?平和に戻った後、どう生きるつもりなんだい?」
レイ「……え、あの、そんな事話してる場合じゃ……。」
詩船「いいから答えな。」
有無を言わせぬ口調だった。
レイ「……………普通に暮らしたいです。私は、両親が死んでしまったので…きっと全く以前と同じ生活は出来ないと思いますけど……それでも、出来るだけ前と同じ様に……。」
詩船「普通だね。」
詩船は吐き捨てる様に言った。
レイ「はい………普通です。」
詩船「まったく、呆れるくらい普通だよ。お前さんは世界滅亡に等しい事態を経験して、化け物の居場所を探知出来る超常的な力を手にして、それでそんな普通な生き方しか求められないのかい?」
レイ「……………はい。」
詩船「
レイ「…………………はい。」
詩船「ああ、本当にお前さんは普通だ。普通に良い奴だ。普通に生きる。それを望んで、そして最後までやり切れる人間は何よりも素晴らしい。とても、とても素晴らしく尊い事なんだ。」
無感情に詩船は話し続ける。
詩船「もう奈良を経ってどれだけの時間が過ぎたか分からないが、空を怖がったり、異常な恐怖心に囚われてメンタルを崩す人間が出てきている。よくよく観察していれば、共通している事は全員あの白い化け物と遭遇した後に、メンタルを崩している。あの化け物に対する恐怖心が影響しているんだろうね。だから--」
レイ「………っ!?」
突如としてレイは背筋が凍る程の悪寒に襲われる。
詩船「実験してみたのさ。」
レイ「実験………。」
それは香澄達がいなくなってしまった少女を
探していた時にまで遡る--
--
ガソリンスタンド周辺--
詩船「……………。」
レイ「詩船さん…。」
詩船「どうした?」
レイ「………いえ…何でもないです。」
詩船「そうだ、レイ。あの化け物はこの周辺にはいないのか?」
レイ「はい……いないと思います。」
詩船「一番近くにいるのはどの辺りだい?」
レイ「えっと……少し前に感知したんですけど…。」
詩船「ありがとね。私は暫くここを離れるけど、気にするな。数時間で帰ってくる。」
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マイクロバス、車内--
詩船「そうだ。あの茶髪の女だ、レイ達がガソリンスタンドの近くで、迷子を探していたあの時に、私は茶髪女を連れて化け物がいる場所まで行ったのさ。」
レイ「えっ!?」
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ガソリンスタンド周辺--
レイと話した後、詩船は茶髪の女を連れ、車を走らせていた。
女「あ、あんた何する気なの!?こんな所まで連れてきてもしあの化け物に遭遇したらどうするのよ!!」
詩船「………ああ、心配ないさ。」
女「え?」
詩船「もう遭遇している。」
次の瞬間近くの茂みが激しく音を立て、白い化け物が二人の眼前に姿を現したのだ。
女「きゃああああああああっ!!??」
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マイクロバス、車内--
詩船「あの時レイが化け物の居場所を教えてくれたから、車を使ってすぐに行く事が出来た。あの化け物の近くを車で走って、化け物に追いかけられはしたが、なんとか逃げ切れた。あれは楽しかった!化け物を振り切った後、茶髪女はすっかりメンタルがやられていたよ。あの化け物は、恐らくただの"脅威"以上の恐怖心を人間に生じさせる。これは恐らく本能的で根源的な恐怖なんだろうね!」
一連の出来事を聞いて、レイは言葉を失ってしまう。詩船は構わず話し続ける。
詩船「さっき黒シャツの男にも同じ事をしてやったのさ。ああ……とても良かった。私は化け物に襲われるスリルを味わえるし、恐怖で喚き立て、狂っていく人間の姿も同時に見る事が出来るのは本当に面白い!こういう事態でもなければ、こんな体験は出来ないだろう。その上、私自身が直接手を下すわけでもなく、勝手に狂っていくだけだから、人一人潰したとしても罪悪感がほとんど無い。」
香澄「詩船さん………どうしてそんな事を……。」
香澄・レイ「「あっ!?」」
突如バスのスピードが上がる。詩船がアクセルを踏み込んだのだ。香澄とレイは危うく倒れそうになってしまう。
詩船「聞きな!」
詩船はバス全体に響くような大きな声で告げる。
詩船「このバスは四国へは向かわない!永遠に安全地帯になど………辿り着きはしないよ!」
幸福の王子は言いました。「下の方に広場がある。そこに小さなマッチ売りの少女がいる。マッチを溝に落としてしまい、全部ダメになってしまった。お金を持って帰れなかったら、お父さんが女の子をぶつだろう。だから女の子は泣いている。あの子は靴も靴下も履いていないし、何も頭に被ってない。私の残っている目を取り出して、あの子にやってほしい。そうすればお父さんからもぶたれないだろう。」
ツバメは言いました。「もう一晩、あなたの所に泊まりましょう。でも、あなたの目を取り出すなんて出来ません。そんな事をしたら、あなたは何も見えなくなってしまいます。」
王子は言いました。「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん。私の命じた通りにしておくれ。」
オスカー・ワイルド『幸福の王子』