戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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遂に四国の目と鼻の先に辿り着いた香澄達は大社の巫女である今井リサと対面する。

詩船の想い、レイの想い、そして香澄の想いーー

残酷な真実を前に、3人が導いた答えはーー


外伝3部10話。そして外伝通しての最終話となります。




それぞれの答え

 

 

マイクロバス、車内ーー

 

香澄の手を縛っていた結束バンドを解き、3人はバスに戻る。同行者達は、傷だらけになっている3人を見て驚いていた。

 

詩船「これから四国へ向かう。」

 

そう一言だけ告げ、詩船はバスをしまなみ海道へと走らせる。刺されたのが左腕だった為、なんとかハンドル操作が出来ている。一応、左腕の傷は医師の青年に応急処置をしてもらった。

 

香澄はバスに戻ってから、口数が少なくなっており、以前にもまして香澄の本心は見えなくなっていた。

 

 

ーー

 

 

しまなみ街道が近付いてきた頃、レイがポツリと呟いた。

 

レイ「私は……詩船さんが悪い人なのかどうか、ずっと考えていました。」

 

詩船「………。」

 

レイ「あなたがやっている事は、人を傷付けるし、苦しめます。でも……….考えれば、詩船さんはいつも一線は超えないようにしてましたね。」

 

詩船「と言うと?」

 

レイ「詩船さんが手を下したのは、そもそもバス内で他人を傷付けようとした人や、誰かを見殺しにしようとした人だけでした。私と喧嘩した時だって………詩船さんだったら、本気を出せば私程度すぐに殺せた筈です。こんな世界で法律だってもうまともに機能してないんです。殺しても何の問題も無かった。でも、そうしなかった。」

 

詩船は何も答えない。

 

レイ「それどころか、このバスでの旅で、詩船さんに救われたことだって何度もありました。」

 

詩船「…………私はね、"予想通り"とか"平穏"っていうことが怖いのさ。同じ日常や決まりきった出来事が繰り返されるのがどうしようも無く怖い。」

 

香澄「どうしてですか……?」

 

二人の話を聞いていた、香澄が尋ねてくる。

 

詩船「説明は出来ない。高所恐怖症の人が高い所を怖がる様に、閉所恐怖症の人が狭い所を怖がる様に、本能的な怖さだ。気が狂いそうな程我慢ならない。私はただ状況を掻き回したいだけさ。それ以外には何も無い。」

 

レイ「迷惑な人ですね……。」

 

レイが吐き捨てるように言う。

 

レイ「でも……それ以上に、可哀想な人です。そういう生き方しか出来ないのは、とても息苦しくて窮屈です。」

 

詩船「昔、友人を騙して傷つけてしまった事があった。だが、私は彼女を傷付けたかった訳じゃないんだ。」

 

詩船はただ、普通で無いことに憧れて、明日が今日と同じ日でないことを願う。子供っぽさが抜けない出来損ないの大人に過ぎない。そんな詩船をレイ憐れむ様な目で見ていた。

 

レイ「詩船さんは、きっと"悪"ではないんですね。ただ、"人間にとって有害"なだけで。」

 

詩船「悪では無いが、有害………そうかもしれないね。」

 

香澄「……詩船さん。四国に行った後、もしも同じ毎日の繰り返しが嫌になったら、私とレイヤちゃんと3人で会いましょう。会って、何でもいいから、一緒に遊びましょうよ。そしたらきっと………詩船さんが言うような平穏への怖さも、いつか消えるんじゃないかって思います。」

 

香澄は詩船が今までやった悪事を全て赦すかの様に、笑顔を向けていた。やはり香澄の精神性は常人では無い。過去に人類の歴史に名を刻んだ聖人にも匹敵するだろう。詩船は苦笑して言う。

 

詩船「そんなに簡単に行くとは思えないよ…馬鹿だね……。」

 

それからしまなみ海道に到着するまでは、殆ど時間はかからなかった。

 

 

ーーー

 

 

しまなみ海道は、瀬戸内海の島々と、それらを結ぶ七つの大橋で構成されている。途中一度だけ化け物との戦闘があったが、香澄が難なく倒してくれた。

 

半分まで差し掛かった頃、路上にポールコーンの様に大幣(おおぬさ)が幾つも立てられ、道が塞がれていた。

 

詩船「なんだい、あれは……。」

 

当然異様な雰囲気に包まれる。そして詩船は大幣の向こうに、神社の神主や巫女のような格好をした人々が何人も立っているのを確認する。

 

詩船はバスを停め、外に出る。香澄とレイも後に続いた。

 

 

 

ーー

 

 

しまなみ海道ーー

 

大幣の向こうにいた神職らしき人達が、3人の前に近付いてくる。その集団の中にいたのは、香澄と同じくらいの少女だった。幼い少女を、大人達が自らの主人のように扱っている様子は、言葉では言い表せないような不気味さを感じさせる。

 

神主の服を着た老齢の男が、幼い少女に小声で耳打ちする。何を言っているかは聞き取れなかった。

 

?「はい。神託でそうありましたから。」

 

そう言って、少女は集団の中から抜け出し、3人の前に来て頭を下げた。

 

リサ「初めまして、今井リサって言います。本州からこの四国に避難しに来たんだと思うんだけど、道中に色んな現象に遭遇したんじゃないかな。」

 

先程までとは打って変わって少女から不気味な神聖さが消えた。神主達と立ち振る舞いを変えているのだろうリサは説明を続けた。

 

リサ「まず、この世界で起こってる事を、私達が分かってる範囲で話すよ。まだ一般公表はされてないから、言えない事も多いけど。」

 

 

 

ーー

 

 

それからリサと名乗る少女は、3人に様々な事を話してくれた。白い化け物の正体は分からないが、7月30日に日本各地に出現し、明確に人間に対する敵意を持って人類を虐殺し尽くした。四国には化け物が入ってこられない結界のようなものがあり、ごく少数の化け物が侵入しただけで、被害は少ないと言う。

 

四国のような結界がある地域は、他にも存在する可能性があるが、それ以外は壊滅的な状態となった。四国外からの避難民がかなり流れ込んでおり、現在四国内では彼らの生活をどのように保護するかの話し合いが行われているらしい。

 

そして、リサが話してくれた最も重大な事は、"勇者"と"巫女"という存在である。

 

勇者とは、天から現れた白い化け物を倒せる力を持った少女。即ち、香澄のような存在。

 

巫女とは、土地神からの神託を受ける者。神託によって化け物の出現を察知したり、神からの指示を受け取ったり出来る。即ち、レイのような存在。

 

勇者と巫女は、香澄とレイ以外にも少数ながらいるらしい。今目の前にいる今井リサもまた、巫女の一人である。

 

リサ「今、この世界は未曾有の危機にあります。天から現れたもの正体は、未だに不明………それらに対抗するためには、勇者と巫女の力が不可欠なんだ。」

 

リサの話を聞きながら、詩船はとある事に気が付く。リサは詩船のことを一切見ていないのだ。リサが見ているのは香澄とレイだけ。だが、リサの後ろにいる神職の格好をした人人々は、全員詩船に注目している。

 

リサだけが、香澄とレイの重要性にーー二人が"勇者"と"巫女"であることに気が付いているのだ。

 

リサ「化け物に対抗するため、今この国は組織として勇者と巫女達を探し、集めてる。勇者と巫女が四国に到着することを神託で知って、迎えにーー」

詩船「ちょっと待ってもらおう。」

 

詩船がリサの言葉を遮った。

 

詩船「少し私と今井だけで話がしたい。」

 

その言葉に、神職風の人々は、迷うような表情を浮かべる。この様な提案は想定していなかったのだろう。ましてや、巫女であるリサは彼らにとって重要な存在の筈だ。そんな少女を、始めて会った人と二人きりにする事への不安は当然あるだろう。

 

リサは再び子供離れした聡さで、神職達の不安を取り除き、安心させる。

 

リサ「大丈夫です。彼女に私を害する意思はありません。神樹様の神託で分かってます。少し話をさせてください。」

 

レイ「待ってください!」

 

詩船とリサの間に入ったのはレイだった。レイは香澄の手を取り言う。

 

レイ「二人だけじゃ駄目です。私と香澄ちゃんも聞きます。」

 

リサ「…………分かったよ。」

 

 

 

ーー

 

 

 

四人は神職達とは少し離れた所まで移動した。ここなら話を聞かれないだろう。

 

詩船「お前さんはこの二人が巫女と勇者だってことに気が付いているんだろう?」

 

リサ「………はい。」

 

詩船「こっちは勇者、高嶋香澄。こっちが巫女の和奏レイだ。そして私は都築詩船。何でもない、ただの一般人だよ。今井。お前さん巫女と勇者を集めてると言ってたね。」

 

リサ「いえ、私が集めてるんじゃ無くて、この国が集めてるんです。」

 

詩船「そんな事はどっちでも良い。お前さんに見つかって招集された巫女と勇者はどうなるんだい?何をやらされる?」

 

リサ「それは……分からないです。またはっきりとは決まってないんだと思います。いざという時の為に、特別な力を持つ人を集めてるんじゃないかな?」

 

リサは言葉を選ぶような口調で話す。次第にリサが置かれている立場が推測出来た。リサは何らかの組織の中で重要な立場にある。だが、その立場の重要さに反して、組織全体の意思決定に対し、何の影響力も持っていないのではないか。

 

詩船「分からないというのは嘘だろ?頭の良いお前さんなら、確信しているんじゃないかい?勇者と巫女はあの化け物と戦わせる為の兵士だ、とね。」

 

リサは無言のまま、詩船の言葉を受け止めている。

 

詩船「この四国は化け物の侵入から守られているらしいが、いつまでその状況が続くかは分からない。もしかしたら明日には突然、あの化け物が四国に侵入し、人間を虐殺するかもしれない。そうなった時の為に、化け物と戦える力が必要だ。」

 

リサ「……………。」

 

詩船「何が"対抗する為"だい。もっとはっきり言えばいい。"戦わせる為"だろ?もし化け物が侵攻してきたら、民衆を守る為に危険な戦いに出陣させ、犠牲にする為だ。」

 

リサ「それは………否定しないです。」

 

悲しげで、申し訳なさそうな口調だった。

 

詩船「お前さんが罪悪感を抱く必要はないさ。お前さんもその犠牲となる人間の一人だ。私のような一般人は、今後お前さん達の犠牲によって守られる。むしろ怒って、恨んで、私を殴っても良い立場さ。」

 

リサ「そんな事はしないです……。勇者になった私の一番の友達は、戦える力を持つ者が人を守る為に戦うのは当然だって考える人だから。私もそれに従う。」

 

二人の会話を聞いていたレイが、驚いて声を上げた。

 

レイ「ちょっと待ってください!戦わせるんですか?また香澄ちゃんや私達はあの化け物と戦わないといけないんですか!?」

 

詩船「今井が言う組織に入ればね。」

 

レイ「…………。」

 

レイは拳を握り締め、体を小さく震わせている。理不尽への怒りだろう。

 

リサ「勿論、それはいざって時の話。今の四国は平和だから……。」

 

そう言いながらも、リサの口調はやはり罪悪感に満ちていた。恐らくリサは、その"いざという時"がいずれ来ることを確信しているのだろう。

 

リサは根が優しすぎるのだろう。化け物が現れたのはリサの責任では無いし、勇者や巫女を集めている事だって彼女自身の意志ではないだろう。現状に対し、リサは何も悪くない。リサは目に見えない大きな流れに呑まれているだけだ。リサが罪悪感を感じる必要は全く無いのだが。

 

レイ「そんな……私達は、ここに来たら安全だって思ってたのに…。もうあんな化け物と戦ったりしなくて良いって思ってたのに………。香澄ちゃんはまだ子供です!リサさんだってそうですよね!どうしてそんな子供が先頭に立って戦わないといけないんですか!?リサさんの周りにいる大人達は、どうしてそれを良しとしてるんですか!?」

 

リサ「大人達は大人達で出来る事をやってる……。ただ、あの化け物に対抗する為には、私達にしか出来ないから……。」

 

レイは黙り込む。香澄も俯いたまま、何も言葉を発さない。

 

レイ「…………私は……ダメです。あなた達の組織には入りません!」

 

そう言いながら、レイは香澄の手を握る。

 

レイ「香澄ちゃんもそうだよね!?"勇者"になんかなっちゃダメだよ!」

 

香澄「…………私は………。」

 

香澄は口を開くが、すぐに言葉が止まってしまう。

 

詩船「………さて、今井。ここからが話の本題だよ。」

 

突然の事できょとんとするリサに、なんと詩船は頭を下げたのだ。

 

詩船「頼む。レイでは無く、"私を巫女という事"にしてくれないか?」

 

香澄・レイ「「えっ!?」」

 

二人は驚いた声を上げる。リサも困惑しているようだった。

 

リサ「顔を上げてください。でも、どうしてそんな事を………?」

 

詩船「確かに、レイは素質的に"巫女"だろう。だが、中身はどこまでいっても一般人なのさ。お前さん達と同じ活動をするのは無理だ。寧ろ私の方が向いている。お前さん達の活動に、ポジティブに向き合える自信がある。私はそういう生き方の方が好きだからね。」

 

リサ「……………。」

 

詩船「私と香澄をその組織に入れればいい。香澄は精神的には組織側の人間だ。問題はないだろう。」

 

レイ「な、何言ってるんですか、詩船さん!香澄ちゃんは………!」

 

掴みかかってくるレイを無視し、詩船は香澄に尋ねる。

 

詩船「香澄、お前さんはどうしたい?"勇者"として戦うか、それとも断るか。」

 

 

 

 

香澄「…………私はーー」

 

 

躊躇いがちに口を開く。

 

 

 

 

 

レイ「香澄ちゃん、ダメだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

レイの訴えるような声が虚しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄「ーー私は、"勇者"になります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄はそう言った。分かりきっていた答えだった。

 

レイ「どうして……どうして自分から犠牲になろうとするの………?」

 

香澄「私が戦えば、少しでも傷付く人を減らせるから。」

 

淡々とした口調で答える香澄の言葉に、レイは震えながら口を噤んだ。結局、レイの言葉は最後まで、一度たりとも香澄には届かなかったのだ。

 

詩船「さて、これで香澄はお前さん達に合流して問題無い。あの神職達の様子を見ても、誰が勇者で、誰が巫女なのか気付いているのは今井だけだろう。だったら、お前さんが口裏を合わせて、私を巫女だと言ってくれればそれで良い。」

 

リサ「……でも、そんな事は………。」

 

詩船の言葉に、まだ躊躇いを見せるリサ。すると詩船は道路の上に膝と両手を付いて、地面に額が付くまで頭を下げたのだ。

 

詩船「………和奏レイは普通の人間なんだよ。大義よりも身近な幸福が重要で、見ず知らずの他人が傷付くことには鈍感でも自分や身内が傷付くことには敏感で、未来の大きな幸せよりも今のちょっとしたことが重要な………そういう普通の人間なんだよ。私は、それが素晴らしくて尊い事だと思っている。レイには変わらないでほしい。」

 

これは詩船の紛れもない本心。だからーー

 

詩船「レイをお前さん達のやっている事に巻き込まないでくれないか。」

 

リサ「…………。」

 

何秒か詩船を見つめ続け、やがて小さくため息をついた。

 

リサ「分かりました。少し大変だけど、誤魔化してみます。でも、失敗する可能性もあるので、その時は諦めてください。じゃあ、高嶋香澄を勇者として、都築詩船を巫女として伝えます。和奏レイは一般の避難民として、保護施設預かりとさせてもらうよ。」

 

詩船「ああ、それで良い。」

 

レイ「待って………待ってください!何勝手に決めてるんですか!私は………!」

 

詩船「レイ。お前さんはここまでだよ。」

 

レイ「私も一緒に行きます!」

 

詩船「お前さんには無理だ。」

 

レイ「どうして…………!?」

 

詩船「もし、いつか香澄が戦わなければならなくなった時、お前さんは香澄が傷付いていく姿を目の前で見ることにきっと耐えられない。」

 

レイ「………っ!」

 

詩船「それに、お前さんには夢があるだろ?お前さんなりの生き方と目標があるのなら、それを一番に大事にしな。世界がどんなに変容しても、お前さんがそれに付き合う必要は無い。」

 

レイ「…………私は、一体何だったんですか………。」

 

レイは俯き、体を震わせる。

 

詩船「勘違いするんじゃないよ。お前さんが今まで香澄の側にいた事は……巫女として力を持っていた事は、決して無意味じゃない。あのバスが安全地帯の四国まで辿り着けたのは、間違いなくお前さんの力だよ。」

 

その言葉でレイが救われることはないだろうが、詩船は続ける。

 

詩船「それにな、レイ。私はお前さんのような人間になりたかったよ。お前さんは私がなりたかった私だ。だから変わらないでくれ。」

 

きっとレイに詩船の言葉は届かないだろう。詩船とレイと香澄の関係は、どこまで行っても一歩通行の平行線なのだ。詩船の言葉はレイには響かないし、レイの言葉は香澄には響かない。そして香澄の言葉は詩船には響かないのだ。

 

香澄「レイヤちゃん……。」

 

香澄は優しく、明るさを絞り出すようにレイに言う。

 

香澄「心配しないで。私はきっと大丈夫!もし、この四国にもあの白いお化けが出てきたら、やっつけるから。そしたら、レイヤちゃんを守る事にもなるから。」

 

 

 

 

ーー

 

 

 

リサは誤魔化せるか分からないと言っていたが、どのような手腕を使ったのか、大人達を騙し切り、詩船を香澄の巫女として"大社"へと参入させた。

 

リサ「これは大きな"貸し"ですよ、詩船さん。いざっていう時に貸しは返してもらいます。もし私に逆らったら、この嘘は全部暴露されてレイは巫女としてすぐに呼び戻されますから。」

 

笑ってリサは言う。その笑いの中に、本気さが伺える。詩船は巨大な蜘蛛の巣に囚われてしまったのだろう。そしてその状況を詩船は楽しんでいた。

 

詩船「分かっているよ。お前さんが必要とする時、例えどんな事でも私はお前さんに協力するさ。」

 

こうしてリサと詩船の共犯関係が出来上がった。

 

詩船(レイが普通の生活を続けられるよう、最後までやりきってみせるさ……。)

 

 

 

ーーー

 

 

 

大社、詩船の自室ーー

 

それから三年以上の時が経ち、高嶋香澄は戦死し、詩船は和奏レイへの手紙を書いている。

 

あの日以来、詩船はレイに一度も会っていない。香澄がいつか言っていた3人で遊ぶ約束も遂には実現しなかった。

 

とは言え、本棚に置かれている絵本のせいで、レイの事を忘れたことは一日だってなかった。香澄の戦死を知らせる手紙を書き終えた詩船は、大社に外出届を出して山を下り、市街地へと向かう。

 

その間、詩船は香澄が大社に入ってから戦死するまでの日々について考えていた。

 

 

 

香澄が大社に入った事はら本当に正しかったのだろうかーー

 

 

 

 

香澄は何を想いながら戦っていたのだろうかーー

 

 

 

 

民衆の為に自らの命を擦り減らす事を、どう思っていたのだろうかーー

 

 

 

 

自分と同じ役目を負わされた友人達と、何を考えながら察していたのだろうかーー

 

 

 

 

 

彼女の内心は、他人には決して分からないだろう。同じ勇者達でさえ、香澄の心を深く理解出来る者はいなかった筈だ。詩船でさえ高嶋香澄という少女について、何も説明することは出来ない。

 

だが、そんなこの世の誰よりも分かりにくい少女について、たった一つだけ確信していることがある。

 

 

 

 

 

 

"香澄は大社に入った事を、きっと後悔していなかっただろう"ということだ。

 

 

 

傷付き、ボロボロになって闘い続け、命を落とす最期の最期まで。香澄は良くも悪くも、そういう人間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市街地のコンビニの前にあるポストに辿り着き、詩船はレイ宛の封筒を投函する。

 

ふと、感傷が胸のうちを過ぎる。

 

 

 

レイは今、どうしているだろうか?

 

 

 

ちゃんと普通に生きているだろうか?

 

 

年に一冊送られてくるだけの絵本では、彼女の今の生活は分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「…………会いに行ってみるとするか、レイに。」

 

ポストに背を向け、独りごちる。

 

 

 

 

傾いた真夏の日差しが、静かに照りつけるのだったーー

 

 

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