戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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外伝の後日談。
時代は神世紀29年。最後に別れてから約30年。詩船はずっと会えていなかったレイに再び会いに行こうと決意するーー




平穏無事な世界の下で

 

 

神世紀29年、冬ーー

 

 

 

冷たい夜空に、吐いた息が白く広がる。空を見上げると、夜明け前の暗い冬空に、月と星々が煌々と輝いていた。

 

それは三十年程前のあの日、三人で奈良から四国へ向かう途中では見えなかった星々。今はただ顔を上に向けるだけで見ることが出来る。

 

だが、この星々は本物ではない。世界の真実の姿を覆い隠す為に神樹が作り出している"偽りの景色"だ。西暦が神世紀に移り変わり、この時代を生きる人々には、もう本物の星空を見ることは出来ないのだろう。

 

そう頭の中で思いながら、都築詩船はタバコを取り出して口に咥えた。

 

?「タバコは吸いすぎないでくださいよ?」

 

背後から聞こえた言葉にハッとし、詩船は振り返る。後ろに立っていたのは、当然の事だが、猫耳の様な髪型が特徴的なあの幼い勇者では無かった。大社の巫女ーー否、今や大赦の中核を担っている今井リサである。

 

詩船「これはタバコ型のチョコだよ。私が昔住んでた地域の名物さ。」

 

リサ「面白い物が名物なんですね。」

 

そう呟き笑顔を見せるリサ。初めて出会った時から底が知れなかったが、神世紀になり大赦の中心の立場になってからは、より本心が見えにくくなっていた。笑顔を見せても、心の底から笑っているのかどうかは分からない。

 

詩船「タバコは巫女になった日に止めたさ。巫女は清浄なことを良しとされる。タバコみたいな体を穢すものを摂取するべきじゃないと神官に言われたからね。」

 

そうは言うが、高嶋香澄の訃報を聞いた時に一本吸ったことは伝えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「ここにいたんですね。探しましたよ。巫女と神官達の定例報告会がもうすぐ始まりますよ。」

 

?「リサさんがいないと始まらないんですから。」

 

そう言いながらやって来たのは、戸山明日香と宇田川巴である。

 

リサ「今行くよ。」

 

リサは少し微笑み大赦の社殿へと足を向ける。西暦の時代が終わり、神世紀になってからは、リサを中心とした巫女達が大赦の中核を握り、全ての決定権を持つようになった。神官は巫女達の神託に従い、あらゆる物事を進めている。

 

明日香と巴は、リサの両腕の様な立場に収まっている。リサは巫女達の中核にしてカリスマだが、大赦の最高位という立場になってからは、仕事が増えて巫女達全員にまで目が行き届かなくなってしまった。リサが多忙な時は、明日香が巫女達をまとめている。宇田川あこと白金燐子が戦死した後は随分と落ち込んでいたが、時間が心の傷を癒したのか、以前の明るさを取り戻していた。そして親友の死を乗り越えたことで、精神的にも成長し、強くなったようだ。

 

一方、巴は神世紀になった後、本格的に宗教学や民俗学の勉強を始め、今やプロの学者にも引けを取らない程の知識を持っている。その知識を武器に、巫女達から主導権を取り戻そうとする神官達に対しては、巴が表立って抵抗している。議論と知識の戦いで巴が負けることは一度も無かった。

 

リサ、明日香、巴の三人は、大赦の巫女達の中核である。勇者を導いた巫女という肩書きに相応しい立場に収まったと言えるだろう。

 

 

 

 

詩船(もし、レイが大赦の巫女になってたら、彼女もこの三人と肩を並べていたのかね……………いや、無理だろう。)

 

 

 

レイはリサと並び立てるような性格では無いし、寧ろ敵対する立場になっていたかも知れない。

 

明日香「詩船さんも報告会に出席しますか?」

 

詩船「今回は遠慮しとくよ。どうせ老人達が形式通りの定期報告を行うだけだろ?それに、ちょっと用事を思い出してね。」

 

巴「用事ですか?詩船さんが言うと、ロクな事じゃない気がしますね。」

 

詩船「全く……私は信用されてないようだね。」

 

巴「当然です。信用される要素がどこにあるんです?」

 

手厳しい言葉を巴は詩船にぶつけてくる。

 

詩船「それもそうだね。ともあれ、今回はお前さん達には全く関係無い事だよ。古い友人に会いに行こうと思ってね。私に外出許可を出してくれ、今井。」

 

香澄が死んだ時、レイに会いに行こうと思っていたのだが、結局会いに行っていなかったことを、今更ながら思い出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイとは随分長い間会っていないが、彼女の住所は大赦のデータベースを使って簡単に調べることが出来た。リサを通じて外出許可を貰った詩船は、車を運転してレイが住んでいる町へと向かった。

 

詩船「あの時は何ともなかったが、今となっては長距離のドライブは来るものがあるね。」

 

かつてレイと香澄を乗せてバスを運転していた時は、ほとんど寝ていなくても何時間でも運転出来ていたが、あの時はその状況が楽しくてどこかハイになっていた部分があったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなり時間はかかったが、正午よりも前に、詩船はレイが今住んでいる家へと辿り着いた。周りは森や畑が多くある田舎の一軒家。大きくもなく小さくもなく、和洋折衷で如何にも特徴が無い家。そんな家を見て詩船は思わず胸が踊った。

 

詩船(如何にもレイらしい、普通過ぎる家だね。)

 

インターホンを押すと、家の中から返事が聞こえ、数秒の後に玄関ドアが開き、中から一人の女性が現れた。その女性は詩船の顔を見て、一瞬キョトンとしている。目の前にいる人物が誰なのか分かっていない様子だった。

 

詩船「久しぶりだね、レイ。」

 

そう言うと、その声でレイはやっと目の前に立っている人物が誰なのか分かったようだった。そしてレイは警戒するように身構える。

 

レイ「詩船さん………!?どうしてここに?」

 

詩船「大赦の情報網を甘く見るんじゃないよ。お前さんが何処で暮らしてるかなんて、調べればすぐに分かるさ。そう警戒するな、別にお前さんにちょっかいを出そうと思ってきた訳じゃない。」

 

レイ「じゃあ、何しに来たんですか?今頃になって………。」

 

詩船「お前さんに私の好物を食べさせてやろうと、ふと思い至ってね。」

 

レイ「詩船さんの好物……?人の苦しむ顔とか、血と暴力とかですか?」

 

詩船「お前さんは私にどんなイメージを持ってるんだい?いや、そう思われても仕方ない事をしてきたからね。」

 

やれやれと言った様子でため息を吐きながら、詩船は手に持っているバッグをレイに見せる。中にはお好み焼きの材料が入っていた。

 

詩船「お好み焼きさ。丁度昼食の時間だろ?」

 

 

 

 

 

 

詩船はレイの家のキッチンを拝借し、お好み焼きを作り始める。出来上がったお好み焼きを食べたレイは、目を丸くした。

 

レイ「美味しいです……!悲鳴と暴力が大好きな詩船さんにこんな特技があったなんて。」

 

詩船「私を煽ってるのかい?私は仲良くなった相手には、手作りの料理を振る舞うことにしてるのさ。お前さんにはまだ作ってなかったからね。」

 

レイ「仲良くなった相手…?」

 

詩船「私はそう思ってるよ。お前さんの事が好きだからね。」

 

レイ「嬉しくないです。今でも私はあなたの事を恨んでいますから。」

 

詩船「お前さんから巫女の立場を奪ったからかい?」

 

レイ「…………。」

 

レイはお好み焼きを食べながら、何も答えない。

 

詩船「お前さんに大社の巫女なんて立場は似合わないと思ったからさ。尤も、私がお前さんから巫女の立場を奪ったのは、単純に私が楽しみたかっただけだからね。」

 

レイ「………分かっていますよ。あなたは本当に最低ですね。」

 

詩船「ふふ、そうだね。お陰で平穏平和な一般人として暮らすより、随分と様々な非常識体験を楽しめたよ。バーテックスが四国に侵攻する度に大慌てする神官達、恐怖や焦燥感で異常な行動を始める奴も多かったな。勇者という子供を戦地に立たせざるを得ない歪な状況だったから、勇者達もしょっちゅうトラブルを起こしていた。最終的には中学生の少女に過ぎない今井が大赦を牛耳るってイベントも見れた。事実は小説よりも奇なりとは言うが、まさにこの事だ。笑を堪えるのに相当苦労したさ。」

 

レイ「リサさんが大赦を牛耳ったのは、どうせ詩船さんが裏で引っ掻き回したんじゃないんですか?」

 

詩船「いいや、私は何もしてないさ。と言うより、あの今井リサという破格の女に、私ごときが影響を与えられる訳がないだろう。今井は私を利用し、私は喜んで利用された。ただそれだけの事だよ。」

 

レイはそんな詩船の感想を聞き流しながらお好み焼きを食べ終え、箸を置く。

 

レイ「ご馳走様でした。美味しかったです。」

 

詩船「満足してくれたなら幸いさ。お前さんのお陰で私は大社に潜り込めたんだから。この程度じゃお返しにもならないよ。お前さんにはいくら感謝してもし足りないくらいだ。恨みも甘んじて受け入れるよ。」

 

レイ「詩船さん。」

 

レイは詩船を睨んだ。

 

レイ「恨んでいるのは、巫女の立場を奪ったからじゃありません。香澄ちゃんが勇者になるのを止めなかったからです。」

 

詩船「…………あいつは自分から望んで勇者になったんだぞ?」

 

レイ「それでも止めるべきでした。香澄ちゃんはあの時、まだ十歳程度の子供だった!子供が間違った事をしようとしていたら、止めるのが大人として当然です!」

 

詩船「香澄が勇者になったのは、間違った事だった………と?」

 

レイ「はい。」

 

その口調には一切の迷いが無かった。恐らくレイは香澄と別れてから今まで、何度も何度も、気が遠くなる程繰り返し考え続けたのだろう。そして何度考えても、"香澄が勇者になったのは間違いだった"という結論にしか至らなかったのだろう。結論を繰り返す度に、レイの考えは強固なものになっていったに違いない。

 

詩船「大赦の神官達が聞いたら、卒倒しそうな意見だね。」

 

レイ「卒倒でも何でも勝手にすれば良いです。間違っていたのは事実なんですから。」

 

詩船「香澄が勇者として戦ってくれたお陰で多くの命が救われたんだ。今、四国の人々が平和に暮らせているのは、香澄のお陰でもある。」

 

レイ「………私は大社の内部で起こった沢山の事の詳細は知りません。あくまで一般人として知っている事をもとに言います。結局勇者はバーテックスという化け物に敗北しました。花園ーー湊友希那様以外は全員殉職。バーテックスが四国への侵攻を止めたのは、奉火祭とかいう儀式が行われたからです。香澄ちゃんは、奉火祭を行うまでの間の時間稼ぎとして死んだんですか?ただの時間稼ぎにしか過ぎないんだったら…………香澄ちゃんが犠牲になる必要は本当にあったんですか!?犠牲にならなくても、四国の平和は保たれてたんじゃないんですか………?」

 

確かにそれはレイの言う通りかも知れなかった。だが、それはあくまでも未来の今の時点から過去を振り返って出せる意見であり、現在進行形で事件が起こっていた当時は、香澄達勇者が戦うことが最善だった。

 

レイ「大社にさえ入らなければ……勇者にさえならなければ…香澄ちゃんはもっと長く生きて、今の四国を生きる人達と同じ様に、幸せな生活を送ることが出来た筈です。」

 

詩船「………長く生きたかもしれないが、それが幸せかどうかは別さ。香澄だけに限らず、勇者っていうのはみんな自分より他人を優先する奴ばかりだったからね。」

 

 

 

 

 

湊友希那ーー

 

戦う理由に私怨は混じっていたが、いつも集団の先頭に立って戦い、自分が傷付くことを厭わなかった。

 

 

 

 

宇田川あこーー

 

妹のように可愛がっていた燐子を、自分の命を犠牲にして守ろうとし、殉職した。燐子を守ろうとしていなければ、あこだけは生き残れたかもしれなかった。

 

 

 

 

白金燐子ーー

 

肉体的にも強くなく、戦うことにも消極的な彼女が勇者として戦い続けたのは、あこの事を心配していたからだろう。燐子が死んだのも、ある意味であこの為と言える。

 

 

 

 

氷川紗夜ーー

 

他の勇者のような明確な自己犠牲精神は見えなかったが、最後には友希那を庇って殉職した。

 

 

 

 

 

 

 

詩船「勇者というのは誰もが、自分の命を軽視しているように見えたよ。香澄もそうだ。だから香澄がもし勇者にならなかったら………その事を一生後悔し続けただろうね。」

 

レイ「…………。」

 

レイは何も言い返さず、膝の上に置いた自分の拳を見つめていた。

 

詩船「私は大赦にいる間、勇者やその周辺の人間達をずっと見てきた。勇者だけじゃない、その周辺にいる人間達も、癖の強い奴ばかりだったよ。中学生で強大な組織を牛耳った今井リサ。一度しか会ったことのない人間に強い崇拝を抱き続けた宇田川巴。激流のような時代の中で、自分を保って強く在り続けた戸山明日香。」

 

そしてレイは知らないだろうが、奉火祭の生贄になった六人の巫女達の意志の強さもまた、常人を逸脱していた。

 

詩船「勇者、巫女だけじゃない。浅ましい醜さも持っていたが、慣れない立場の中で、この国を守ろうと立ち回っていた大赦神官達も、常人離れの努力家達だと私は思うよ。なぁ、レイ。私は昔、お前さんのことを普通だと言った。だけど、思えば世界が崩壊し、人智を越えた力を持ったお前さんが"普通"を保てた事自体が、異常だったんだ。普通と普通じゃない事の境界はどこにあるんだろうね。」

 

レイ「そんなものありませんよ。」

 

レイはそう断言した。普通と異常の境界。レイはその事にも、二人と別れた時からずっと考えていたのだろう。長く深く考えた者のみが持つ、揺るぎなさをレイの口調から感じる。

 

レイ「詩船さんも異様な人ですけど、世の中にはあなたよりも変な人だって掃いて捨てるほどいます。人間は多面性を持ちますから、誰だってどこかが普通で、どこかがおかしいんです。誰もが異常で、誰もが普通なんですよ。」

 

詩船「随分文学的な事を言うじゃないか。流石は絵本を書いて私に送ってくれているだけはあるね。」

 

レイ「あなたが巫女という立場を奪って、私を大赦から排除したお陰ですよ。」

 

そんな問答を繰り返しながら、使い終わった食器を片付けていると、家の玄関ドアが開く音がするのだった。

 

 

 

 

 

?「ただいまー!」

 

早足で廊下を歩き、リビングに入ってきたのは一人の少女だった。詩船が出会った頃のレイと同じくらいの年齢の子供。その少女は詩船の姿を見て、頭を下げる。

 

?「ごめんなさい、お客さんが来てるとは知らなかったので!………別の日にしてもらった方が良いかな…。」

 

少女がそんな事を独りごちていると、玄関の方から別の少女達の話す声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「和奏レイさーん!私達"勇者部"に聞風喪胆(ぶんぷうそうたん)たる取材の許可を!」

 

?「リリさん、声が大きいよ!和奏さんにもご近所にも迷惑だよ。それにもうご結婚されてるんだから和奏さんじゃーー」

 

両方共聞き覚えのある声だった。少し前にリサと友希那から相当脅されたであろう、二人の香澄ーー

 

 

 

 

 

 

 

?「あの子達、シロちゃんとリリちゃんは私の知り合いなんだけど、西暦の時代について調べて回ってるんだって。どうやって調べたのか分からないけど、お母さんが四国に来る時、高嶋香澄様に同行してた事を知ったらしくて。それで話を聞きたいって……でも、お客様が来てるなら、断ろうかな?」

 

リビングに入ってきた少女が、少し困った顔で言う。

 

レイ「大丈夫だよ、なな。入ってもらいな。」

 

レイは柔らかな口調で言う。娘に対する母親としての愛情が声だけで伝わるのが分かった。

 

レイ「芙蓉さんと倉田さんでしょ?倉田さんのお母さんは私の友達だし、彼女達が来る事は聞いてたから。」

 

?「良いの?」

 

詩船「構わないよ。私はそろそろ帰ろうと思ってたところさ。それに、客というほどの人間でもない。」

 

詩船は椅子から立ち上がり、玄関に向かおうとした時、二人の少女がリビングに駆け込んできた。

 

芙蓉「和奏レイさん!あなたが"7.30天災"の生き証人である事は分かっています!真実の声を取材させてください!」

 

倉田「だから和奏さんじゃないって……それにまだ許可をもらってないのに入っちゃダメだよ!」

 

レイは微笑んで二人を迎え入れた。

 

レイ「ふふっ、どちらでも構わないわよ。芙蓉・リリエンソール・香澄さんと倉田か……ましろさんだよね?霧絵さん……倉田さんのお母さんから話は聞いてるから。」

 

倉田「香澄で構わないですよ。前よりは私の名前に自信を持てるようになりましたから。」

 

詩船はレイが少女達と話している間に、部屋から出て行こうとしたが、レイに手を掴まれて止められてしまう。

 

レイ「詩船さんもいてください。芙蓉さん、倉田さん、この人は大赦の神官だよ。しかもあの高嶋香澄様を導いた巫女なんだから。私よりももっと面白い話を聞けると思うよ。」

 

その言葉を聞いた芙蓉は、目を輝かせて詩船を見た。

 

芙蓉「驚天動地!高嶋香澄と言えば、誰もが知る大英雄!是非話を聞かせてください!」

 

倉田「………高嶋香澄様の事は、私も興味があります。私とリリさんの名前の由来になった人だし…。」

 

その言葉を聞いて、レイは怪訝そうにましろを見る。

 

レイ「あれ?倉田さん、もしかしてお母さんから聞いてないの?芙蓉さんの場合は詳しくは知らないけど、倉田さんの場合は単純に高嶋香澄様が由来って言えないんだよ。霧絵さんが自分の名前………"きり"から最初は"かすみ"ってつけようと考えてたんだけど、生まれた後に逆手を打ったから、折角だからって"香澄"にしたんだから。」

 

この二人の"香澄"に関しては、大赦も身辺調査を行っていたから、ましろの名前の由来についても当然調べられている。レイの言う通り、元々ましろの母親は娘に"かすみ"と付けようとしていたらしい。もし当初の名前が"かすみ"ではなかったら、ましろの母親は娘に"香澄"と名付けることを拒否するつもりだったようだ。

 

レイ「つまり、倉田さんの本当の名前である"香澄"は、高嶋香澄様から半分、お母さんの霧絵さんから半分貰った名前なんだよ。」

 

レイの言葉を聞き、ましろと芙蓉は一瞬言葉を失っていた。そして少しの間が空いた後、芙蓉が口を開く。

 

芙蓉「えぇ!?旧世紀の事を聞きに来て、まさか倉田ちゃんの事を知るなんて!」

 

倉田「私も驚いたよ……知らなかった。」

 

レイ「倉田さんの名前の由来は、詩船さんも知ってるのでは?大赦の神官で、お偉い立場なんですし。」

 

レイが横目で詩船を見る。詩船は無視しようかとも思ったが、この歳になっても収まらない悪い癖が出てきそうになる。大赦の調査情報を一般人にこっそり横流しするのも面白いかも知れないな、と。

 

詩船「さっきレイがいった事は真実だよ。大赦神官として断言する。その事実は私達が調査確認済みさ。」

 

そう言うと、二人はますます詩船達に興味を示したようだった。

 

芙蓉「凄い!お二人は私達が知らない事を、もっと沢山知っていそうです!話を聞かせてください!」

 

倉田「リリさん、興奮し過ぎだよ。」

 

そうして詩船とレイと、レイの娘と、二人の香澄。五人でリビングの中で話を始める。三人と話をしているレイの姿を見て、詩船は安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、何時間くらい話をしただろうか。日が暮れ始める前に、二人の香澄達は家に帰った。ここから自宅まではかなりの距離があるようで、早めに帰らなければならないらしい。

 

二人が帰った後に、詩船もレイの家を出た。玄関から外に出ると、既に空は黄昏色に染まっていた。見送りにまで来てくれたレイに、詩船は尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「お前さんは今、幸せかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ「はい。幸せです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一点の迷いもない答えが返ってきた。

 

詩船「………それなら良かった。」

 

その言葉だけで、レイを大赦から逃した甲斐があると詩船は思う。

 

詩船「私はお前さんの生き方は嫌いだが、その生き方を邁進しているお前さんは気に入っているよ。今度はお前さんが死ぬ間際にでも会いに来るとするか。お前さんのくだらない人生は幸せだったかと尋ねる為にね。」

 

レイ「詩船さんの方が先に亡くなりそうですけどね。もうとっくに還暦越えてるんですから、無理しないでくださいよ。」

 

苦笑気味にレイは言った。

 

レイ「それにーー」

 

詩船「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ「ーーいつ来ても私の答えは変わりません。死ぬ間際でも、笑顔で"幸せだった"って答えてあげます。」

 

詩船「………そうかい。なら、その時を楽しみに待ってるとしようかね。」

 

その言葉を最後に詩船はその場を後にする。その姿をレイは、見えなくなるまで見つめているのだった。

 

 

 


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