舞台は神世紀31年の夏ーー
芙蓉(昔、こんな話を聞いた事があるーーある丘に雪の様に白い蝶が2匹飛んでいた。2匹は何をするにしても、何処へ行くにしてもいつも一緒。花の蜜を吸う時も、眠る時もーー閉じられたこの世界で小さな身体を寄り添わせる2つの命は、2匹だけの世界で2匹だけの時間を過ごす。)
芙蓉(だけどある時、片方の蝶は不慮の病で命を落としてしまう。後に残されたのは1匹だけ。その後はその丘でずっと1匹だけで過ごしていた。)
芙蓉(その話を聞いた時、私は涙を流した。命を落とした蝶が可哀想だった。後に残された蝶が哀れだった。今でも思う。先に逝った方と後に残された方。どちらが"不幸せ"だったのだろうと。)
神世紀31年、6月ーー
雨が降り続いている。少し前にテレビでは梅雨入りの報道が流れていた事が記憶にも新しかった。
倉田「雨かぁ………。」
窓の外を眺めながら倉田ましろは小さくため息をついた。元々アウトドア派では無かったが、こうも雨が続いて部屋に閉じこもっていると気が滅入ってしまう。
倉田「はぁ……。」
雨にも気が滅入いるが、ましろにはもう一つ悩みの種があった。視線を窓から手に持っていたスマホへと移す。画面には一通のメール。差出人は八潮瑠唯。少し前に広町七深を探す時に再会した人物だ。
TO:倉田香澄(ましろ)
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FROM:八潮瑠唯
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SUBJECT:高校受験について
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私の先輩から聞いた話なのだけれど、近々四国に女子バスケットボールリーグが発足するらしいわ。
貴女の才能を私は知っている。またバスケに復帰したらどう?
倉田「………どうしようかなぁ。」
ましろがバスケから離れた理由は、続けていても将来自分の力ーー生きる為の力にはならないと感じていたからだ。
倉田「でも、バスケットボールのリーグが出来るなら……将来的に家計を支える事が出来るなら……ん?」
そんな事を呟いていると、ましろのスマホが震える。着信のようだ。名前は登録されたものではない、知らない番号からだった。少し考えるが、ましろはその電話に出る。受け口から聞こえたのは男性の声。ましろはその声に聞き覚えがあった。
倉田「リリさんのお父さん?…………えっ!?」
七深「ずっと雨が降ってるなぁ…。」
一方その頃、広町七深は机と向き合いペンを走らせていた。
七深「でもそのお陰で高嶋香澄様の同人誌を作ったり、高嶋香澄様関連のツイートにいいねしたりと良い時間の過ごし方が出来たよ。………でも、あの事も考えないとだよね…。」
ペンを動かす手を止め七深は机のスマホに目をやり、一通のメールを見た。それは少し前、人としての高嶋香澄を調べる活動中に届いたもの。
TO:広町七深
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FROM:都築詩船
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SUBJECT:
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高嶋香澄について色々知ろうと努力したようですね。だけど、分からなかったでしょう?
当然だ。"同じ時代"に彼女の身近で生きている人でさえ人としての高嶋香澄をほぼ理解出来なかったんだから。それはあいつ自身が、自分について殆ど何も語らなかったからさ。だが、私は人としての香澄を理解しようとする者が増える事を望み、人としての香澄に目を向ける者が多くいて欲しいと願うよ。"お前さん“の母の様にね。
もしお前さんが人としての高嶋香澄のことをもっと深く理解しようと望むなら、最も良い方法を提案しようか。
大赦に入ることさ。
そこには高嶋香澄が過ごした日々に関して、最も多くの情報がある。
このメールを受け取った後も七深は詩船と何度かメールや電話でやり取りをしており、詩船から中学卒業後に大赦に入らないかと打診を受けていたのだ。勿論すぐに大赦で働くのでは無く、大赦の中で勉強をして最終的に神官を目指すという流れになるそう。大赦に入れば高嶋香澄についてより深い情報が得られるだろう。だが、七深は何故詩船がその様な提案をしてきたのかという理由が分からなかった。
七深「大赦の神官と言えばかなりのエリートだって聞いた事あるし……もっと特別な人がなるんじゃないのかなぁ…。」
そんな事を呟いた矢先、スマホに着信が入る。ましろからの電話だった。
七深「シロちゃんから?もしもし?…………えっ!?リリちゃんが入院!?分かった、私もすぐ病院に行くね!」
倉田(思えばあの頃、私たちは気付いてなかった。私たち3人が屈託のない笑顔で笑って過ごせる時間が限られたものだという事に。)
病院、301号室ーー
倉田「リリさん!」七深「リリちゃん!」
勢いよく病室のドアを開ける2人、乱れた息を整えながら2人は病室の芙蓉香澄に目をやった。
芙蓉「ふむふむ………やっぱり花園友希那様クローン影武者説には根拠があったね…。この雑誌の考察は実に論旨明瞭だよ!」
倉田「………え?」
七深「リリちゃん……?」
目の前の芙蓉は息も絶え絶えとしてベッドに横たわっていると思いきや、病室の椅子に座りながらオカルト雑誌を読み感慨に耽っており、場所が病室でなければ病人だとはまるで分からない様子だった。
芙蓉「つまりはシュレディンガーの花園友希那という事か…。」
倉田「リリさん!!」
静かな病室に響くましろの声に芙蓉は肩をビクッとさせながら目を雑誌から2人へと向けた。
芙蓉「倉田ちゃんに七深ちゃん!?どうしてここに!?」
倉田「どうしたもこうしたも無いですよ!」
七深「リリちゃんが急に倒れて入院したって聞いたから慌ててきたんだよ!」
芙蓉「えっ………あぁ、もしかしてお父さんから連絡がいったのかな?どうせ大袈裟にいったんでしょ?お父さんは心配症だから。季節の変わり目だからちょっと体調を崩しただけだよ。」
七深「体調って………それなら良かったけど…。」
芙蓉「それより倉田ちゃんに七深ちゃん、良いところに来たね!今丁度花園友希那様についての新事実が分かったところだったんだよ!早速調査しよう!」
倉田「まだ入院してるのに無理だよ!」
芙蓉「真実探究の方が重要だよ!」
3人が話していると再び病室のドアが開いた。そこにいたのは香澄の父親だった。父はましろと七深に話があると言い、2人を病室の外に呼び出すのだった。
七深「……………私、リリちゃんの体調の話知らなかったよ…。」
倉田「私は前にリリさんから聞いてたけど…普段の明るいリリさんをいっぱい見てたから最近は忘れてた…。」
芙蓉香澄は生まれつき身体が弱い。それは家系的なものだそうだ。香澄の母親も病で亡くなっている。循環器系ーー心臓や血管の組織が脆く、いつ何の異常が発生するか分からない。体質的なものの為手術も難しく、そして完治させる事もーー
七深「本来なら激しい運動や長い時間動き回ったりする事も厳禁だって。」
倉田「それはいつも私たちがやってる事だよ。」
七深「もしかしてリリちゃんに悪い事してたのかな……。」
香澄の父親は娘の体調を不安に思いながらも、香澄が楽しそうにしていたから勇者部の活動には口を出さなかったそうだ。しかし、今回の件で流石に2人に娘の病気について話しておきたくなったと申し訳なさそうに話していた。
倉田「…………とにかく、しばらく勇者部の活動はお休みだね。リリさんの体調が良くなるまでーーーううん、その後もどうすればいいのか……。」
七深「うん………そうだね…。」
倉田「勇者部の活動は楽しくなかったと言えば嘘になる。だけど、リリさんの身体の事を考えたら……もう止めた方が良いのかもしれない。」
翌日ーー
芙蓉「……………ぷはぁ…ご馳走様でした!退院後のうどんがこんなに美味しいなんて!では早速勇者部の活動を再開しよう!まずは花園友希那様クローン影武者説を調べる為に高知へーー」
倉田「ちょっとリリさん!?」
七深「あはは……つい昨日まで入院してたのに…。いきなり遠征なんて無茶じゃない?」
芙蓉「大丈夫だよ!私は今日も意気軒昂だから!退院、それ即ち医者からのお墨付きを貰ったと同義だよ!」
退院早々に香澄はましろと七深を連れて行きつけのうどん屋でうどんを啜っていた。昨日まで入院していたとは考えられない食欲で香澄は3杯のうどんをたいらげた。
倉田「それはそうかもしれないけど…病み上がりの人を歩き回らせる訳にはいかないよ!」
芙蓉「倉田ちゃんの心配性!」
七深「まぁまぁ2人とも。慎重に越した事はないでしょ?」
芙蓉「むぅ……でも、人生は電光朝露だよ?」
倉田「とーにーかーく!今はリリさんの活動には付き合えないです!」
芙蓉「えーーー!七深ちゃんは!?」
七深「私も……止めておこうかな。」
芙蓉「そんなぁ!」
香澄が1人で活動をしないという事をましろは今までの経験から知っていた。だから2人が下がれば香澄は勇者部の活動を控えるだろうーーそう思っていた。
翌日、市営の体育館ーー
倉田「はぁ…………はぁ………シャトルランにシュート練習…ドリブル練習………はぁ……こんなに動いたのは久しぶり……だった…。」
ましろはバスケ部の友人たちと体育館で練習をしていた。激しい練習の合間の水分補給中、今にも倒れそうな勢いで座り体育館の下の小窓を開ける。一昨日の雨とは正反対の陽の光が開けた窓から差し込む。吹き込む風が疲れたましろに生きる活力を与えてくれる。
?「ーーーゃん。」
倉田「ん?」
心地良く吹き込んでくる風に混じり、何かの声がましろの耳に入った。
?「くーらーたーちゃん。」
倉田「………り、リリさん!?」
窓に目をやるましろ。そこいたのはうつ伏せになりながら、低い声て唸りましろの名を呼ぶ香澄の姿だった。
芙蓉「なるほどなるほど……勇者部の活動を止めると言ったのは、バスケ部の人たちの為だったんだね…もう私と勇者部の活動をするより、バスケ部の方が重要って事なんだね……。」
倉田「いや……そんな訳じゃ…リリさんの身体の事を考えて…。」
芙蓉「倉田ちゃんが何処で何をしていようと……私はいつでも何度でも倉田ちゃんの所に現れるよ……倉田ちゃんが私と一緒に活動してくれるまでね……。」
その数刻後ーー
一方その頃、七深は同人誌即売会の会場にいた。しばらく続いた雨のお陰でペンが進んで出来上がった同人誌を販売する為である。
七深「高嶋様の同人誌、5種類も書けるなんて……私結構凄いかも。」
ウキウキで本を並べる七深の元に現れた1人の少女。その少女は七深に向かい高らかに宣言するのだった。
芙蓉「七深ちゃんのその本、既刊も含めて在庫全て買い取りましょう!」
七深「り、リ、リリちゃん!?」
芙蓉「七深ちゃんが勇者部の活動を止めたのは同人活動に専念するため……?だけどしかし!本の在庫が無くなればもう高嶋香澄の布教は出来ないよねぇ……?私は七深ちゃんが即売会に出る度に何度でも現れ在庫全てを買い占めよう………七深ちゃんが、諦めるまで…ね。」
数日後ーー
倉田「リリさん!もう止めてください!バスケの練習の度にリリさんが来て、私は若干みんなから変な目で見られてます!」
七深「即売会に行っても、画材を買いに行っても、コンビニにコピーしに行ってもリリちゃんがついて来る!」
芙蓉「へっへっへ………2人が勇者部の活動をすると言うまで永遠無休で続けちゃうよ…!」
香澄の根気の強さに2人はとうとう観念するのだった。だがましろは一つ条件をつけた。
倉田「活動するのは私たちがリリさんが活動するのに支障が無いと判断できる様になってからです!」
芙蓉「むぅ………分かった。直ぐには活動しない、けど次の活動日は決めよう。実は既に考えてあるんだ。」
七深「なになに?」
芙蓉「1学期の終わりに外泊研修がある。私たちの学校は伊吹島に行くんだけど、七深ちゃんの学校も同じ所に行くんだよね?日程も同じだって調べはついてるよ!」
七深「えっ?何で知ってるの?」
外泊研修とは、同学年の生徒全員でホテルや旅館に泊まって数日間共同生活を送り社会性を高めるーー昔は修学旅行と言われていたそうだ。
倉田「だったら現地で七深ちゃんとすれ違う可能性があるかもしれないね。」
七深「だね。もし会えたら挨拶しに行くよ。」
芙蓉「いーや、そんな事はしないで大丈夫。挨拶なんかじゃなくて集合しよう!勇者部としてね!」
倉田・七深「「えっ!?」」
芙蓉「これは天佑神助だよ!伊吹島で勇者部の活動をするんだよ!調べていたところ、伊吹島にはこんな話があるんだ。」
伊吹島ーーその名前の由来は"異木"という奇怪な木から取られたそうだ。
芙蓉「異木なんて私たちからすれば1つ思い当たるものがあるんじゃない?」
七深「…………神樹様?」
芙蓉「そう!伊吹島にはもしかしたら神樹様にまつわる何かがあるかもしれない。それを調査するんだよ!」
倉田「外泊研修があるのは確か……1ヶ月後だね。それくらいなら……まぁ大丈夫かな。だけど、それまでにリリさんの体調が一度でも悪くなったら無理はさせないですからね。」
長い梅雨が終わり7月になった。その間香澄の体調が悪くなる事は一度もなかった。今思えばあの時倒れたのは本当に偶然だったのかもしれない。
そうだったらどれだけ良かっただろうーー
7月初頭、伊吹島ーー
七深「おーい、リリちゃんにシロちゃーん!」
倉田「よく抜け出せたね、七深ちゃん。」
七深「えへん、私は律儀だからね。クラスメイトにはちゃんと生き別れの妹が伊吹島に住んでるから会いに行って来るって言っておいたから!」
芙蓉「さて、今回の外泊研修の自由時間は今日の午後だけだよ。早速調査を始めよう。」
倉田「ところでリリさん。調べるアテはあるんですか?」
芙蓉「前に伊吹島の名前の由来は異木だって話したよね?その後色々と文献を調べてみたんだけどーー」
調べた内容はこうだ。およそ1200年以上も前、この島近くの海岸に直径1メートル、全長30メートル以上もの巨大な流木が漂っていたそうだ。その流木は不思議な光を放ち、魚は恐れて集まらず、気味悪くなった漁師たちは何回もその流木を沿岸に押しやった。だが流木はまた何処からか戻ってくる。何度押しやってもまた戻ってくるのだ。そこで困った漁師たちは空海に伝えたところ、空海は漁師たちにその流木を引き上げさせれで多くの仏像を掘ったそうだ。そしてその島を不思議な木ーー異木を引き上げた島に因んで異木島と名付けたのである。
七深「異木が訛って伊吹になったって事?」
芙蓉「そう!諸説ある内の一説だけどね。先ずは伊吹島の海辺を周ろう!それじゃあ勇者部出動!!」
数時間後ーー
それから3人は時間の許す限り伊吹島の海辺を歩きに歩きまわった。だがこれといった成果は無かった。手がかりの欠片すら見つけることが出来なかった。3人が見つけ出した結論はそんな光る木があれば直ぐに見つかって島の名物になっている筈というものだった。自由時間も終わりを迎え、各々のは自分たちの旅館へと戻って行った。
旅館、大浴場ーー
芙蓉「ふぅ……今日半日歩いたけど、私の体調が悪くなる事は無かったでしょ?」
倉田「確かに……そうですね。」
香澄の言う通り、体調の心配はもう無いのかもしれない。誰だって体調を崩す時はあるものだろう。6月に倒れたことだって単なる偶然の可能性だってある。
ましろはそう思っていたーー
芙蓉(私は倉田ちゃんや七深ちゃんに自分の身体に問題が無いと示す事に躍起になっていた。どうして私はそんなにムキになっていたんだろう?芙蓉・リリエンソール・香澄は繊細だと……そんな風に2人に思われる事が悔しかったんだろうか?)
波の音が聞こえるーー
芙蓉「…………あれ……?ここ何処……!?」
辺りを見回す香澄。自分はどうして此処にいるのだろうか。突然の事で頭が回らない。必死に直前の記憶を手繰り寄せる。
芙蓉「私は自分の部屋で寝てた筈……!」
何故か夜の海岸に佇む香澄。周囲には誰もおらず、聞こえるのは波の音だけ。夜の海はあらゆるものを飲み込んでしまう漆黒そのもので不気味ですらある。
芙蓉「…………?」
ふと漆黒の向こうに目を凝らす。鮮やかで綺麗で、どこか禍々しい光がそこにはあった。その光はーーどことなくだが樹木を彷彿とさせるものだった。
芙蓉「……………っは!?……朝!?」
次に香澄が記憶を取り戻した時には既に旅館の部屋だった。いつの間にか朝になっている。
芙蓉「さっきのは……夢?だけど変に現実感のある……。」
倉田「ふあぁ………何ですか……ってリリさん!?リリさん別の部屋ですよね!?どうして此処に!?」
芙蓉「……分からない。どうして私は此処に……?」
それはまるで胡蝶の夢。何が現実で何が夢か。そんなモヤモヤを抱えたまま外泊研修は幕を下ろすのだった。