こんな至って普通の暮らしが彼女達の本来の生活なのです--
勇者部部室--
ゆり「りみ、今日の晩ご飯は何が良い?」
ゆりがりみに晩ご飯のリクエストを聞いていた。
りみ「えっとね…昨日まではカレーだったから…。」
ゆり「じゃあ、今日はカレーうどんだ!」
りみ「お姉ちゃん、カレーから離れようよ。」
この光景も勇者部が世界を守ってきたからこそである。
香澄(じー…。)
その様子を熱い視線で見つめている少女がいた。
ゆり「だったら秋刀魚とかどうかな?後は季節的に少し早いけどお鍋とか。」
りみ「魚よりは鍋が良いかな。」
ゆり「よし、じゃあ鍋にしますか。帰りに材料買って帰るから、りみは先に帰ってて。」
りみ「分かったよ、お姉ちゃん。」
香澄(じー……。)
少女は2人の姉妹から視線を晒さない。その姿を見た沙綾は、その少女--香澄の事が気になり話しかけた。
沙綾「どうしたの、香澄?ゆり先輩とりみりんをジッと見つめて。」
香澄「あっ、さーや。あのね、2人を観察してたんだよ。」
ゆり「私達を?またそれはどうして?」
香澄「実は……この前、演劇部の人から依頼があって、私が手伝いをする事になったんだ。」
沙綾「そういえばそうだったね。人手が足りないから手伝って欲しいって依頼が来てた。」
香澄「そうなの。私、小道具とか裏方かと思ってたんだけど、役をやる事になって…。」
沙綾「それは大役だね!見に行くよ!」
沙綾は食い気味に答える。
香澄「ありがとう、さーや!それでね、主人公の妹の役をやる事になったんだけど…でも私、兄弟とか姉妹とかいた事が無いから、身近にいるゆり先輩とりみりんを観察しようかと思って…。」
たえ「香澄は真面目だな。」
香澄「ねぇ、りみりん!妹ってどんな感じ!?」
りみ「え、えっと…改めて聞かれると、何て答えれば良いのか…。生まれた時から妹だったから、説明しにくいよ…。」
香澄の質問にりみもタジタジである。
有咲「妹なぁ…そもそも兄弟や姉妹が、みんなゆりとりみみたいに仲が良いとは限らないぞ。」
香澄「そういえば、有咲も妹だった!観察していい?」
有咲には大赦勤めの兄がいるのである。
香澄「じーー……。」
香澄は有咲を観察する。1ミリも目を逸らさずに観察している。
有咲「や、やめろーーーーっ!!」
沙綾「私は妹じゃないから、香澄の役に立てないね。」
香澄「そんな事無いよ、さーや!それにさーやは妹って感じより、お姉さんって感じがするよ。」
たえ「そうだ、香澄。」
その時、たえが何かを閃いた。
香澄「どうしたの、おたえ?」
たえ「どうせだったら、観察するより実体験した方が良いんじゃない?その方がより妹の役を理解できると思う。」
香澄「実体験?」
たえ「そう、今日1日実際の生活の中で香澄が妹になって過ごすんだよ。」
沙綾・有咲「「香澄が妹に…?」」
沙綾と有咲が声を揃えて言った。
たえ「まず手始めに、私をお姉ちゃんって呼んでみて。」
香澄「おたえを?……たえお姉ちゃん?」
たえ「うん。こんな風に香澄が実生活の中で妹として過ごすの。そしたら、妹の気持ちが分かるんじゃないかな。」
香澄「うん、それ良いかも!」
香澄はノリノリで賛成した。
たえ「じゃあ、姉さん役はゆり先輩、お願いします。」
ゆり「私が?」
たえ「だって勇者部の中では唯一"本物のお姉さん"だから。他の人がやるより自然なお姉さんが出来ると思う。」
たえがゆりに説明する。
香澄「私がゆり先輩の妹に…。なんだか楽しそう!」
ゆり「まぁ、これも部活の一環だと思えば、反対する理由は無いよ。でも、泊まるなら一応ご家族には連絡しといてね。」
香澄「分かりました!」
りみ「で、でも……。」
唯一りみだけが心配そうな表情を浮かべいた。
たえ「大丈夫だよ、りみ。1日だけだから。ゆり先輩を取られるかもって心配しないで。ゆり先輩が1番大切なのは、いつだってりみなんだから。」
りみ「べ、別にそんな心配は…。」
たえ「そうだ、香澄がゆり先輩の家に泊まるなら、りみは今日、別の人の家に泊まったらどう?」
こうして、香澄の1日妹体験が始まるのだった。
翌日--
本日の朝から明日の朝までの24時間、香澄はゆりの妹として過ごす事となった。妹としての最初のステップは一緒に登校するところから始まる。
ゆり「香澄、今日は忘れ物は無い?」
ゆりも本格的に付き合う為に、普段はちゃん付けしている香澄を呼び捨てで呼んでいる。
香澄「大丈夫です…じゃなかった、妹なら敬語は使わないよね。」
それに対して、先輩でもあるからかまだ慣れていなかった。
香澄「大丈夫だよ、ゆりお姉ちゃん。ちゃんと毎朝持っていく物を確認してるから。」
ゆり「…香澄ちゃんからお姉ちゃんって呼ばれるのは中々慣れないな…。」
香澄「私も…でも、なんだか新鮮で面白いかも。」
その時、ゆりが道路側の香澄を自分の方へと寄せた。
ゆり「香澄、危ないよ。」
香澄「ありがとう、お姉ちゃん。」
ゆり「危ないから、歩道側を歩いて。」
一方でりみは1日、有咲の妹として過ごす事となった。
有咲「ひとまず、登校から一緒って訳だな。」
りみ「そうだね…有咲お姉ちゃん。」
有咲「慣れないなー…だいたい私も実家に帰ったら妹だってのに。」
りみ「あっ!」
有咲「どうした、りみ?」
りみ「私、英語の教科書忘れてきちゃった!」
有咲「マジか…じゃあ、取りに帰るぞ!私もついてってやるから。」
りみ「でも、今からじゃ学校に遅れちゃうかも…。」
有咲「大丈夫!走ればまだ間に合う!ほら、行くぞ!」
りみ「うん!」
2人は忘れ物を取りに走り出した。
花咲川中学--
香澄「あっ、ゆりお姉ちゃーん!」
ゆり「香澄、どうしたの?3年生の教室に来て。」
香澄「ううん、通りかかっただけ。あのね、うちのクラスに、勇者部に依頼したいって人がいるんだけど。」
ゆり「分かった。じゃあ、放課後に連れてきて。」
香澄「うん、分かった!」
そう言って香澄は自分のクラスに帰っていった。その2人のやり取りを見ていたゆりのクラスメイトが、慌てながら話しかけてくる。
クラスメイト「ゆ、ゆりちゃん…お姉ちゃんって、どういう事!?いつから戸山さんが妹になったの!?」
ゆり「いや、そういう訳じゃなくて…ちょっとした事情があってね。」
クラスメイト「複雑な家庭の事情があるんだね…分かった!これ以上深くは聞かないわ!」
ゆり(何か変な展開になりそうかも…。)
クラスメイトは何かを勘違いしている様だった。
その日の放課後--
ゆり「今日の勇者部の活動はここまで。みんな、気を付けて帰ってね。よし、香澄。一緒に帰ろうか。帰りにスーパーで買い物していくけど、ついてくる?それとも先に帰ってる?」
香澄「ついていく!」
香澄はゆりに抱きついた。
有咲「りみは私の家だな。帰るか。」
りみ「うん、有咲お姉ちゃん。…なんだか有咲お姉ちゃんって呼ぶの楽しくなってきたよ。」
有咲「私もそう呼ばれるの慣れてきたな。」
こうしてそれぞれが家路につくのだった。
牛込宅--
香澄「お姉ちゃん、夕飯の料理手伝うよ。」
ゆり「大丈夫、大丈夫。香澄はテレビでも見てて。」
香澄「あ…うん。」
ゆり「あっ、そうだ香澄。嫌いなものとかある?もしあるなら、それは使わないで料理するからね。」
香澄(いつもりみりんにそうしてるのかな。りみりんは愛されてるなぁ。)
夕食--
香澄「うーーん、美味しい!ゆりお姉ちゃん、すっごい料理上手!」
ゆり「そうでしょ!腕によりをかけて毎日作ってるから。あっ、こっちのお皿まで手が届かないでしょ。取ってあげる。」
香澄「ありがとう、お姉ちゃん。」
ゆり「あと、ご飯もおかわり、よそってあげるよ。」
香澄(至れり尽くせりだ…。凄いなぁ……。)
香澄はゆりのお姉ちゃん力に感動を覚える。
香澄「ご馳走さまでした!」
ゆり「お粗末様。」
香澄「お姉ちゃん、食器の片付けと洗うの手伝うよ。」
ゆり「大丈夫。それくらい私がやるから、香澄は休んでて。」
香澄「うーん。じゃあ、お風呂にお湯張っておくね。」
ゆり「もう張ってあるから大丈夫。そうだ、お風呂先に入っちゃってて。」
香澄「え!?ご飯を作るのも食器を片付けるのも手伝わないで、その上私が一番風呂だなんて…。」
ゆり「何言ってるの。今日の香澄は私の妹でしょ。妹はそんな事気にしない気にしない。」
香澄(ゆり先輩とりみりんにとって、これはごく普通の事なんだ…。ゆり先輩の妹って立場、凄いよ!)
毎日この様な事を繰り返されれば、りみがゆりに依存しきってしまう事が良く分かる。
一方その頃の有咲、りみ姉妹は--
りみ「ぜぇ…はぁ…ふぅ……。」
りみはただひたすらにルームランナーで走っていた。
有咲「よし、ランニングと素振り100回終わり!」
りみ「な、なんで私まで…はぁ…はぁ……有咲お姉ちゃんと同じトレーニングメニューを…?」
有咲「りみ、ここで鍛えた事は必ず将来役に立つ!お姉ちゃんを信じろ!」
りみ「う、うん…。」
有咲「りみは瞬発力や判断力は凄いのを持ってる。でも運動慣れしてないから、スタミナが不足してるな。スタミナはトレーニングを続ける事でついてくる。継続は力なりだ!」
りみ「はぁ…ふぅ……ふぁい。」
りみ(有咲ちゃんの妹って大変だなぁ…。)
有咲「トレーニングの後は夕飯だな。ちゃんと栄養も取らないと強くなれないからな。」
再び牛込宅--
香澄「お風呂上がったよー。」
ゆり「香澄。明日の授業の教科書とノート、忘れ物しないように準備しといたよ。」
香澄「え!?そこまでしてくれるの!?」
これには香澄も驚きを隠せなかった。
ゆり「え?普通の事じゃないの?だってりみに任せると、いつも忘れ物しちゃったりするから。」
香澄(い…至れり尽くせり過ぎるよ……!)
ゆり「あと、いつでも寝られる様に、ベッドも準備しておいたから。」
香澄「ありがとう、ゆりお姉ちゃん。」
香澄(凄い…凄すぎるゆり先輩の妹ポジション。何もしなくても、ただ座ってるだけで全てが用意されていってる…。まるで女王様だ…。)
ゆり「香澄、どうかした?」
香澄「ううん、何でもないよ。あっ……ああっ!!」
ゆり「ど、どうしたの、香澄!?」
香澄「今日の学校の宿題、やるの忘れてた!数学で結構量が多くて…。」
香澄は狼狽えるが、ゆりは落ち着いて、
ゆり「しょうがないな。教えてあげるからここでやろうか。」
香澄の宿題を見る事にした。
香澄「でも、ゆりお姉ちゃんも忙しいんじゃ…。」
ゆり「妹の勉強の方が重要だよ。気にしないの、妹なんだから。」
そうして2人は宿題に取り掛かった。
ゆり「ここは連立方程式を使って解くところだね。連立方程式のコツは、問題に書いてある事をそのまま式に表していく事。」
香澄「うん…こうして、こうして…本当だ、出来た!」
ゆり「でしょ!さすがに3年生だから2年生の勉強ぐらい教えられるよ。」
香澄(ああ…凄い…凄いよ。もうゆり先輩に全てを委ねてしまっている様な生活だよ。もうずっとゆり先輩の妹でいたいような…でもこの生活にずっと慣れきってしまぅたら、もう戻れない様な気がして少し怖いよ。)
ゆりのお姉ちゃん力は魔性の魅力があるのだった。
香澄「これで最後の問題…終わり…もう、眠く……。」
宿題が終わり気が抜けたのか、香澄はその場で眠ってしまった。
ゆり「あら、寝ちゃったか。しょうがない、運んでいくかな。」
ゆりは香澄をお姫様抱っこで抱えベッドまで運んでいく。
香澄「さすがにりみより重いな。でも、思ってたよりも軽い。香澄ちゃんはしっかりしてるけど、まだまだ子供ね。」
ゆり(香澄ちゃんは気遣い屋だね。いつも明るく振舞っているけど、本当は誰よりも周りの事を見て、他人の事を考えている。体の割に、心が大人過ぎるんだよね…。)
香澄「すぅ…ゆり、お姉ちゃん…むにゃ…私、お手伝いする…ん…。」
ゆり「全く、夢の中まで人を気遣ってるんだね…。そんな事考えなくて良いのに。もっと気楽にして良いんだよ。もっと人に甘えて良いんだよ、香澄ちゃん。」
ゆりは寝ている香澄に優しく笑いかけた。
香澄「ゆりお姉ちゃん……。」
ゆり「ふふっ。りみみたいに手はかからないけど、香澄ちゃんは香澄ちゃんで妹にしたら大変そうだな。」
ゆりは香澄をベッドに寝かせ、1日が終わった--
翌朝になり、香澄の1日妹体験は終わりを告げた。
勇者部部室--
たえ「香澄、1日体験はどうだった?」
たえが香澄に尋ねた。
香澄「もう、凄かったよ!」
沙綾「凄かったって…?」
沙綾も尋ねる。
香澄「何だかもう、至れり尽くせりなんだよ!」
ゆり「そうかなー。あれくらいは普通でしょ?」
ゆりはポカンとしている。
りみ「私は、今日は筋肉痛だよ…。」
有咲「大丈夫だ、りみ。筋肉痛が起こってるのは体が鍛えられてる証拠だぞ!」
香澄「何だかもう、本当にゆり先輩の妹になって一緒に暮らしたいくらいだったよ!」
ゆり「香澄ちゃんだったらいつでも歓迎だよ。」
ゆりのその言葉にりみが反応する。
りみ「えっ!?だ、ダメだよ!いくら香澄ちゃんでも、お姉ちゃんの妹の座は渡さないよ…!」
香澄「あはははっ!冗談だよ、りみりん!」
りみは胸を撫で下ろした。
ゆり「そうだね。私はりみ1人で手一杯だよ。」
りみ「うう、私そんなに手のかかる妹じゃないよ…多分。」
その後、香澄は依頼された劇での妹役をしっかりと演じる事が出来たのだった。
勇者達は今日も平和な毎日を過ごしていく--
もう彼女達は苦しまなくても良いのだ。
"毎日を楽しく過ごす"--
これが本来の彼女達の仕事なのだから--
次回より第4章が始まります。どうぞお楽しみください。