戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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ここで語られるのはかつて諏訪をたった1人で守り続けた勇者の話--

命のリレーはここから始まります。




たった1人の英雄〈前編〉

 

 

どんな辛い目にあっても、人は必ず立ち上がれる--

 

 

その言葉が支えだった--

 

 

だから彼女は、いつだって前を向いていた--

 

 

この閉じた世界で--

 

 

理不尽な世界で--

 

 

彼女の姿は何よりも眩しかった--

 

 

---

 

 

西暦2018年夏、長野県諏訪--

 

突き抜けるような青空が広がっていた。夏の日差しが容赦無く大地に降り注ぐ。

 

青葉モカは、友人である美竹蘭が鍬を振るう姿を、畑の側で見守っていた。蘭の周りでは、同じく鍬を振るって畑を耕す大人達の姿がある。みんな汗を流しながら、作物を育てる大地に向き合っていた。蘭と大人達は、野菜を作る為の畑を耕しているのである。

 

蘭「みんな、そろそろ休憩にしよう。」

 

蘭の言葉で、周りの大人達も鍬を振るう手を止め、汗を拭い日影へと入っていく。長野は避暑地で有名だが、日差しや気温は他の地域と然程変わらない。気を付けないと日射病になってしまう。

 

モカ(私にはとても出来ないやー。)

 

モカは苦笑いする。力がいる農作業を難なくこなしてしまう蘭が変なのだ。

 

モカ(勇者の加護もあるんだろーけど、何より蘭が畑大好きな人だからなー。)

 

そんな事を思っていると、不意に頬に棒のようなものが当てられた。

 

モカ「トゲが痛いなー、蘭。」

 

蘭「冷えてて気持ちいでしょ。」

 

モカが振り返ると、キュウリを持った蘭の姿があった。もう片方の手には野菜がたくさん入った籠がある。

 

蘭「今日も美味しくなってるよ。他の野菜も出来は悪くないね。」

 

そう言うと蘭は包丁を取り出し、トゲを落としてキュウリを2つに割ると、片方にかぶりついた。

 

蘭「味も良いね。モカも食べてみれば?」

 

モカは蘭からキュウリを受け取って、かぶりつく。

 

モカ「うん、美味しいー。」

 

蘭「だよね。」

 

蘭は笑顔になる。

 

モカ「蘭は本当に畑が好きだねー。」

 

蘭「いずれは農業王になるから。」

 

モカ「何それー……。」

 

蘭「モカもやってみれば良いのに。」

 

モカ「暑いの苦手だから、却下ー。」

 

蘭「そっか。」

 

蘭は特に気にした様子もなく、キュウリを食べ続ける。

 

モカ(畑仕事をしてる蘭を見るのは、好きなんだけどねー。)

 

モカは水筒から紙コップに麦茶を注いで、蘭に渡した。

 

蘭「ありがと。」

 

蘭は麦茶を飲みながら、木陰で休んでいる大人達の姿を見ていた。暑いながらも、みんなの顔には笑顔があった。

 

蘭「みんな、明るい顔をするようになったね。」

 

そう言う蘭に、モカも頷く。

 

しかし彼らも、初めからこんなに前向きだった訳ではない。3年前のあの日--

 

 

 

空からあの化け物達が出現した時から今までに起こった事を、モカは思い返す--

 

 

---

 

 

2015年7月30日--

 

各地で地震や異常豪雨など、様々な自然災害が頻発し、日本中が大混乱に陥った。直後出現したバーテックス達は、人々を容赦無く殺していき、人類は絶望の淵に落とされる。

 

バーテックス出現後、長野は諏訪周辺に結界が形成され、結界内での被害は無かったが、運悪く結界の外にいた人々は被害を免れず、多くの者が命を落とした。そんな中で、勇者として覚醒したのが美竹蘭。彼女は自らの危険を顧みず、結界の外へ出てバーテックスと戦い、多くの人々を助け出した。

 

モカが蘭に出会ったのはその時だった。長野の人々が混乱しながら結界内へと逃げ込む中、モカはバーテックスと戦う蘭の姿を見る。後に蘭とモカは、唯一バーテックスに対抗し得る存在--

 

"勇者"と"巫女"であると、四国の大社から通信で告げられる。2人で諏訪の人々を守り、導かなければならないのだ。だが蘭もモカも、まだ中学生である。長野の人々は幼い彼女達の力を信用する事が出来なかった。絶望し、生きる気力も無くしかけていた人々に、蘭は呼びかける。

 

蘭「今は苦しい状況だけど、きっと活路が見つかります。人は何度でも立ち上がる事が出来る筈です!今はその時に備えて、みんなで力を合わせて暮らしていきましょう!!」

 

そうして蘭は自ら鍬を振るい、畑を耕したのだった。

 

 

--

 

 

初めは蘭に同調する者は少なかった。こんな狭く閉じた地域で、人間が生きれる筈がないと誰もが皆諦めていた。だが蘭は諦めず、人々に呼びかけ続け、畑を耕す。

 

蘭「今まで人間はどんな災害に遭っても、生き抜いてきました。きっと私たちは、まだ立ち上がれる筈!」

 

しかしバーテックスは結界を破ろうと、執拗に攻撃を繰り返してくる。蘭はその度に戦った。また、外から諏訪に避難してくる人がいれば、危険を顧みずに結界を出て助けに行った。蘭は弱音は一度も吐かなかった--

 

 

いつも笑顔だった--

 

 

傷付いても、誰からも認められなくても--

 

 

彼女は1人の犠牲者を出さず、諏訪を守り続けたのだった。

 

 

--

 

 

そんな風に頑張り続け、1年が過ぎた頃--

 

希望を失わずに頑張り続ける蘭に、1人また1人と、住人達は協力し始める。ある者は蘭と共に畑を耕し、またある者は諏訪湖へ出て魚を獲るようになった。やがて、彼らの顔に笑顔が戻り始めた。何もせずにただ悲観しているよりも、体を動かしていた方が、暗い気持ちも紛れる。人々は前を向いて歩き始めたのだった。

 

 

 

"どんなに辛い目に遭っても、人は必ず立ち上がれる"--

 

 

 

それが諏訪の人々にとっての合言葉になったのである。

 

 

---

 

 

モカ(でも結局蘭だけで、諏訪のみんなを引っ張ってるんだよなぁー。)

 

モカは思う。バーテックスと戦い続けているのも、諏訪の人々を元気付けてるのも、全て蘭である。モカはトマトを食べている蘭を見て更に思う。

 

モカ(もし勇者と巫女の立場が逆だったら、私は蘭の様に振る舞えたかなぁ……。)

 

 

 

そこへ突然、耳障りなサイレンが鳴り始めた--

 

 

 

人々の顔に緊張がはしる。このサイレンはバーテックスが来た事を知らせる警報なのである。

 

蘭「勇者美竹蘭、行ってきます!」

 

だが蘭は落ち着いた口調で、周りの人々に告げ、迷い無く駆け出していった。

 

村人「頑張って。」

 

村人「無事で帰ってきて。」

 

村人「信じてるよ。」

 

駆け出した勇者に人々は声援を送る。

 

蘭「絶対に諏訪とみんなを守るから、結界の境界には近付かなよう避難してて!」

 

モカ「待って蘭!私も行くよ!」

 

走り出す蘭の後を追ってモカも駆け出した。

 

 

--

 

 

2人がやって来たのは、諏訪大社上社本宮。そこの神楽殿には、勇者専用の武器と装束が保管してある。諏訪を治める神は、武神にして大地の神の王子、"建御名方神(たけみなかのかみ) "。彼はかつて武器として藤蔓を使っていたと言われている。蘭の勇者専用武器である鞭には、建御名方神の藤蔓と同じ霊力が宿っているのである。そして蘭は農作業の服を脱ぎ、勇者装束を身に纏った。モチーフは"金糸梅"、多少の動きにくさはあるが、肉体へのダメージが軽減される。

 

蘭「モカ!バーテックスが来てる場所は!?」

 

蘭は着替えながらモカに尋ねる。モカは脳裏に浮かぶ抽象的なイメージを蘭に伝えた。これが神託である。

 

モカ「ここから東南方向!狙いは多分、上社前宮だよ!」

 

蘭「奴ら、前宮の"御柱"を狙ってる……。」

 

着替え終わった蘭は、神楽殿を飛び出した。

 

モカ「ああ〜、行っちゃった。」

 

蘭の後ろ姿を見ながら、モカはため息を吐いた。勇者の走る速さに、常人はついて行けない。それでも、ジッとしてる事が出来ずに、モカは蘭を追いかけた。

 

 

--

 

 

"御柱結界"--

 

諏訪を守る結界はそう呼ばれていた。土地神が宿る諏訪大社は、上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮の4社に分かれて諏訪周辺に建っている。4社の境内には巨大な柱が建っているが、3年前の"7.30天災"の際にそれと同様の柱が4社を結んだ線上に大量出現したのである。

 

柱は結界を形成し、その内部にバーテックスが入ってくる事は出来ない。だがバーテックスは大群で現れ、結界を形成している御柱へ攻撃を繰り返す。御柱の耐久力も無限ではない。もし折られて結界が消滅すれば、諏訪は壊滅してしまう。御柱を守る為にバーテックスを撃退する事は、勇者である蘭の役目である。

 

だが、それでも限界はある。襲来するバーテックスの数は段々と多くなっていき、土地神は結界の範囲を縮小して強度を上げる事で、激化する襲撃に耐えようとしてきた。そして今現在、既に下社春宮と秋宮の2社は破壊され、結界が守っている範囲は諏訪湖東南の一帯だけになってしまったのだった。

 

 

--

 

 

しばらくして、肩で息をしながらモカが上社前宮の境内に辿り着いた頃、既に蘭はほとんどのバーテックスを倒し終えていた。

 

モカ(良かった……今回も大丈夫そうだね。)

 

蘭の無事なら姿を見て、モカはホッとした。蘭の振るう鞭は縦横無尽に動き回り、御柱に襲いかかるバーテックス達を次々と打ち据えている。

 

蘭「これで、最後!!」

 

最後の1体を倒した後、蘭は一息ついて、モカの方を振り返った。

 

蘭「モカ、来てたんだ。」

 

モカ「そりゃー心配だったからねー。」

 

蘭「私が負ける訳ないでしょ。モカこそ危ないから、避難してた方が良かったのに。それじゃあ、帰って畑の続きをやらないとね。」

 

そう言って踵を返す蘭にモカは少し驚く。

 

モカ「まだ畑仕事やるのー!?バーテックスと戦った後くらい休んでも良いんじゃない?」

 

蘭「ダメ。作物は人間に合わせて待ってはくれないんだから。それに--」

 

蘭は笑顔で答える。

 

蘭「畑を耕すっていう"日常"を大切にしたいんだ。」

 

 

---

 

 

バーテックスとの戦いから帰ると、2人は人々から盛大に感謝された。そうして蘭はまた人々と共に畑を耕し、モカはそれを見守る。これが蘭とモカの--

 

否、諏訪の日常である。

 

 

 


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