友希那とリサが未来に残したもの、それは--
大赦から許可が出た翌日、リサが丸亀城の教室に行くと、まだ友希那は登校していなかった。いつもなら友希那が先に来て、黒板のチョークを準備したり、花瓶の水を換えたりしているはずなのに。リサは自分の席に座り、教室の中を見回した。もうこの教室に通っているのは、既にリサと友希那だけになってしまった。しかし机は以前と変わらずに6つ残してある。
6人で1クラス--
例え命を落としても、彼女達はみんなクラスメイトである。
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あこ「今日はまだ友希那さんが来てない!あこが一番乗りだぁーっ!!」
燐子「残念…あこちゃん…友希那さんの方が先に来てるよ…。」
あこ「がーんっ!」
高嶋「大丈夫だよ、あこちゃん!明日があるよ!」
紗夜「それはどうかしら、高嶋さん。明日がある…明日やる…明日から…その言葉を口にした瞬間、その多くは実現しなくなるのです。」
あこ「不吉な事言わないでください、紗夜さん!あこは明日こそ絶対に早起きして1番に登校してみせます!」
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そんな声が、今でも聞こえて来そうだった。リサはぼーっとしながら、朝の教室で1人過ごしていた。だが時間は10分、15分と過ぎて行くが、友希那がくる気配が一向に来ないのである。
リサ「…おかしい………。」
もうすぐホームルームが始まる時間だというのに、物音すら聞こえない。こんな事は小学校の頃から一度も無かった。
リサ「……。」
リサは急に不安になり始める。
リサ(そういえば、朝も食堂で友希那を見なかった……。先に行ってたとばっかり思ってたけど…。)
昨夜、友希那におやすみと言って別れてから、リサは一度も友希那に会ってない。最後に友希那に会ってから10時間以上は経っている。それだけの時間があれば何が起こってたって不思議ではない。
リサ(もしかしたら、急にバーテックス攻めて来たのかも…急な病気だってありえるよね…。それとも何かの事故?)
戦死、病死、事故--
あらゆる不足の事態がリサの頭の中を駆け巡る--
人は、簡単に死んでしまうのだ。
リサ「…っ!!」
リサは椅子を弾き飛ばす様な勢いで立ち上がり、教室の入り口へ駆け出した。
リサ(嫌だ!嫌だよ嫌だよ嫌だよっ!!友希那までいなくなるなんて……!!)
あこが、燐子が、紗夜が、香澄が、命を落とした。たった1年で4人も死んでしまった。友希那までいなくなってしまったら、1人ぼっちになってしまう。
リサ(そんな事になったら、私は…生きていく自信が無いよ…。)
リサは顔面蒼白になりながら教室のドアに手をかけた。
リサ「友希………あっ!」
リサが教室のドアを開けた瞬間--
目の前に友希那が立っていた。友希那もちょうどドアを開けようとしたところだったのか、かなり驚いている。
友希那「どうしたの、リサ?顔が真っ青よ。」
リサ「ゆ…友希那……。」
リサの声が震えている事に、友希那は気付いていない。
友希那「危なかったわ。まだ朝礼前ね。未来の勇者達に伝える言葉を徹夜で考えていたら遅くなって--」
リサ「う、ううう……うあああああああっ!!」
リサは友希那に縋り付いて泣き出した。
友希那「ど、どうしたの、リサ?何かあったの?」
急に泣きつかれた友希那は、困惑の表情を浮かべる。
リサ「だって、だって……!友希那が…来なくてっ……ひっく、うう…友希那まで…いなくなっちゃったかって…うあああああっ!!」
友希那「リサ……。」
泣きじゃくるリサの姿を、友希那は少し驚いて見つめていた。リサはずっと気丈に振る舞っていた。あこと燐子が殺された後も、紗夜や香澄が命を落とした後も--
1人で悲嘆する事はあっても、決して人前で沈み込んでいる姿を見せなかった。戦う事が出来ない自分は、せめて強く振る舞う事で、周りを落ち込ませない様にしようとしてきたのだ。だから、友希那も周りの大人たちも--今井リサは、どんな事があっても落ち着いている、大人びた少女であると思っていた。
だが、そんな訳はない--
あこと燐子がいなくなった--
紗夜がいなくなった--
香澄がいなくなった--
友達が1人、また1人と死んでいったのだ--
悲しくない筈が無いのだ。
不安、恐怖、悲観--
どんなに大切なものでも、簡単になくなってしまう--
リサはほんの些細な事でさえも怯える様になっていった--
何故なら、もう4人も死んでしまったから--
もっと死なない保証などどこにもないのだ--
その不安が爆発し、今の彼女は子供の様に泣いていた。
リサ「うう、ひっく……ううう……。」
友希那「……ごめんなさい。心配させたみたいね。」
友希那がリサの頭を優しく撫でる。
リサ「そうだよ…ひっく、心配したんだから……。」
友希那「大丈夫よ。私はいなくなったりしない。ずっとリサの傍にいるわ。」
リサ「うん…ずっと一緒だからね……。」
友希那「ええ。学校を卒業しても、大人になっても、お婆さんになっても、ずっと一緒よ。」
リサ「絶対…絶対だからね…。」
友希那「約束よ。」
リサが泣き止むまで、友希那はずっと彼女の頭を撫でていた。
その日の放課後、友希那とリサは放送室にいた。未来の勇者に託す言葉を、一先ず録音する為である。友希那の音声データは、後に大赦内で霊的な処理が施され、勇者システムに組み込まれる事となる。正座する友希那の前にマイクが置かれ、マイクはノートパソコンに繋がっている。リサはパソコンに向かい、録音ソフトを調整していた。
友希那「それにしても、リサがあんなに泣くのを見たのは、初めてよ。」
リサ「……!もう言わないでよ、恥ずかしいから…。」
パソコンを操作しながらリサは赤面する。そして友希那は咳払いし、マイクに向かう。
友希那「……このマイクを使うのは久しぶりね。美竹さんと通信をしていた時は、毎日のように使っていたのだけれど…。」
少しだけ寂しさを感じる。
リサ「そうだね…もう随分と昔の事のように感じるね。」
いつまで経っても、死した友人の事を思うと胸が痛む。ずっとこの悲しみに浸っていたい甘い感情に駆られる。だが、過去に溺れてはならない。
リサ「生きてる限り、私達は歩き続けないといけないんだよね…友希那。」
友希那「ええ、その通りよ。」
そしてソフトの調整が終わり、準備が整う。
リサ「よし、マイクに向かって話して。」
友希那「……。」
友希那は少し緊張した顔で話し始めた。
友希那「初めまして、未来の勇者達。私は湊友希那。西暦2019年、いえ、神世紀元年において、勇者の御役目を担っている者よ。何十年、もしかしたら何百年も先のあなたに、未来の希望を託した者よ。バーテックスが出現した日、私達は多くのものを奪われた。それを取り返す為に、私達は強大な敵に立ち向かい、戦った。」
友希那「1番初めは美竹蘭と青葉モカ。その次が私達。高嶋香澄、氷川紗夜、宇田川あこ、白金燐子、今井リサ、湊友希那。神世紀元年の今、四国は戦いから免れているけれど、この声を聞いている貴方の時代に至るまで、バーテックスとどれ程の戦いが起こるのか、何人の勇者が生まれるのか、私には分からない。」
友希那「だけれど、全ての勇者達が、時に恐怖して、悩んで、苦しんで…守りたいものの為に戦っていくのだろうと信じている。私達の代の勇者は、美竹蘭からバトンを引き継いだ。そのバトンはいずれ次の世代に渡される。そして次の次の代へ……何代でも、何度でも、どれ程の時間が経とうと…引き継いで行かれるだろうと、私は思っているわ。」
友希那「そのバトンの名は"勇気"。または"希望"、"願い"とも言うの。今の未来の貴方に対し、何もしてあげる事が出来ない。せいぜい、こうして声をかけてあげる事しか出来ないわ。だけど、信じて欲しいの。貴方の後ろには、バトンを引き継いできた沢山の人達がいる事を。」
友希那「見回して欲しい。貴方の隣には、今まで貴方が一緒に過ごしてきた友達や家族がいる事を。貴方は決して1人では無い事を知って欲しい。多分、今の貴方はとても苦しんでいると思う。痛い事、悲しい事、絶望する事…頑張って、頑張って、それでも耐えられないくらい、辛い事があったでしょう。」
友希那「だからこそ、私の声が届いている筈よ。そんな貴方に、私が言いたい事は、"もっと戦いなさい"や"もっと頑張りなさい"でもないわ。」
友希那「"生きて"--」
友希那「"ただ、生きて"--」
友希那「大切な人がいるのなら、その人の事を思い出して欲しいの。貴方が生きるのを諦めてしまったら、その人が悲しむ事を思い出して欲しい。私は多くの大切な友達を失ってしまった。貴方の大切な人に、私と同じ思いをさせないで。その人のところへ、必ず戻ってあげて--」
友希那「……ふぅ。」
友希那はため息をつき、満足げな笑みを浮かべた。
友希那「ちょっと長くなってしまったけど、伝えたい事は言えたと思うわ。」
リサ「あはは、ただ勇者システムを残すだけじゃなくて、隠し味を入れる事が出来たね。」
友希那「…ええ。未来の勇者の為に、システムはもっと強化していきたいわね。」
リサ「そうだね。でも、敵を欺きながら事を進めるのは慎重にならないと。基礎能力の向上だけでも途方もない時間がかかると思ってて。……危なくなれば、一時的に凍結する事だってありえるからね。」
勇者システムが残っている事を天の神に悟られ、敵が攻めて来ては元も子もない。
友希那「分かっているわ。細く長く研究する、という話でしょ。これ以上の機能を追加する必要も無いわ。」
リサ「だね。何よりも基礎戦闘力の向上に重点を置くよ。」
友希那「急いでも仕方ないわ。基盤を固めながらやっていきましょう。」
どんなに遅い歩みでも、戦う力と牙を必ず未来に残す--
それが友希那とリサの誓いである。
リサ「そして、前にも話したけど……この計画を進めていく為には、紗夜の記録を抹消しないといけない。」
リサが震えながら友希那に伝える。
友希那「分かってる……。リサが大赦内で立ち回りやすくする為…神官から非難が出てるからだったわよね。」
友希那はそう言いながら、このような状況になってしまった自分への不甲斐なさへの憤りを感じていた。
リサ「うん…。それに大赦の権力は強大。だけど、その内部にいる人間全てが聖人君子じゃない……。権力を利用し、身勝手な事をする人はきっと出てくる。その為に私が立ち回って、大赦という組織の健全さを守らないと。」
"大社"という組織は、"大赦"として新生した。今後、人員整理や社殿の変更や改築なども行われるだろうし、組織としての権力も一層強まっていくだろう。大赦は変わっていく。その過程で堕落が起こらないとは限らないのだ。リサは、かつて大阪の地下で見た日記の事を思い出していた。
身勝手な人間が起こした悲劇--
あの様な事は2度と起こしてはならない。リサの強い決意に満ちた顔を見て、友希那は頷いた。
友希那「1番辛いのはリサでしょ…任せるわ。」
リサ「うん。だけど、紗夜の名前は何処かに必ず残すよ。"ちょっとだけ漢字を変えたりすれば"良いんだからね。」
リサは不敵に笑った。
友希那「……そうね。」
リサと友希那は丸亀城に戻ってきた。リサは空を見上げる。四国は今日も平和で、広く高い空が広がっている。リサは空に向かって手を伸ばした。空は余りにも高く、人の手には遠すぎる。
リサ「私達人間は地に住み、天に見下され監視されながら生きていく……人間は弱いけど、だからこそ諦めが悪いんだよ。」
リサの言葉に友希那が微笑んだ。
友希那「そうね。長い長い戦いになるだろうけど、1歩1歩進んで行きましょう。リサ、あなたが一緒にいてくれれば、私はずっと前を向いて行ける。これまでも、これからも。」
リサ「私も同じだよ。」
友希那「ありがとう、リサ。」
リサ「こちらこそ。どんな困難な目標でも、成せば大抵何とかなるもんだよ。」
友希那「そうね……。」
西暦時代の終幕--
バーテックスとの戦いは一時終焉した--
しかし勇者と巫女達の戦いは続いていく--
神世紀72年--
バーテックスの襲来を実体験した最後の生き残りが老衰で死去。
神世紀100年--
平和の時代は100年目を迎える。神世紀以降、バーテックスの侵攻は皆無。バーテックスや勇者、天空恐怖症候群などという言葉は現実感を失い、歴史上の用語としてのみ人々に語られる様になる。
ただ、独特な習慣は続いていた。生まれた時に逆手を打った女の子には、大赦から英雄"高嶋香澄"の名にあやかり、"香澄"という名前が贈られる。天の神に対する細やかな反骨なのであろう。
また大赦は新たなる100年目を記念し、人々の精神的安寧を守る為にも、バーテックスの脅威をあらゆる記録から削除。"危険度の高いウイルスによって四国外は壊滅した"という説を流布し、定着させて行く。
しかし--
人類でさえほとんどの者が知らぬ秘密裏に、勇者システムの研究は続いていた。
長い年月の後、それが大きな意味を持つ事となる--
希望は、未来に託されたのだ--
そして、神世紀300年--
勇者部部室では戸山香澄達6人の勇者が友希那の勇者御記の話で盛り上がっていた。
窓の外では青いカラスが香澄達の様子を見ている。
そしてしばらく見ていた後に、カラスは飛び立った。
その後香澄、沙綾、たえの3人は少しだけ残って話を続けていた。
沙綾「あの勇者御記、黒い部分と、赤い部分での検閲があったね。多分、2回検閲がされてるよ。そして2回目で…ほとんど消されてる。」
香澄「何でなんだろう?」
たえ「ここから分かる事は1つだけだよ。」
沙綾「そうだね。大赦の隠蔽体質は年々、強化されていった。」
たえ「大きな秘密を守らなきゃいけないって掟が、長い時間が経って……ちょっと歪になったなったんだろうね。」
香澄「その極め付けが、散華って事?」
たえ「正解だよ、香澄。」
300年--
その時間は気が遠くなるほど長い--
リサと友希那が中心となって作り上げた"大赦"--
彼女達がいた時代では今よりもずっと健全だった組織だったのかもしれない。だが、何事にも不変永遠は無い。代を重ね、時を経るうちに磨耗し、変容してしまう。
たえ「でも、これからはちゃんと話してくれるって約束したからね。」
沙綾「そうだね。1歩前に進んでると考えようか。」
小さな1歩でも、前に進む事--
その歩みが未来へのバトンとなるのだから--
これにて第4章は終了となります。
そして次からは第5章の始まりです。