戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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勇者に選ばれる基準は何なのか。

その一片が語られます。




信念の強さ

 

 

暴れ回ったイヴのお陰で2回目の御役目も無事に完了出来た防人達。かつて陸地だった地域の観測と土壌サンプルの回収も問題なく達成する。帰還した千聖達に女性神官がイヴの変化の事を伝える。

 

神官「あれは若宮イヴのもう1つの人格です。若宮さんは普段は物静かな性格ですが、その内側には粗暴で荒々しく、強力な正反対の彼女が存在するのです。」

 

千聖「イヴちゃんの"9"という防人番号は、もう1人の彼女を考慮しての数字だった訳ですか。」

 

神官「はい。あの状態の若宮さんは、個人としての戦闘力の高さは突出していますが、連携行動が全く取れません。」

 

確かに、あの時のイヴは千聖の指示すら無視して好き勝手に星屑との戦闘を繰り返していた。

 

千聖「あれでは今後の作戦行動に支障が出ます。」

 

千聖が異を唱えるが、

 

神官「メンバーを従わせるのも、隊長の立派な務めです。」

 

と神官は千聖に言って、そのまま背を向けて立ち去った。

 

 

---

 

 

食堂--

 

イヴ「なんだよ、お前。怯えたツラしやがって!」

 

花音「ふ、ふえぇぇっ!イ、イヴちゃんお助けを〜!」

 

夕食時の食堂で花音がイヴに絡まれていた。

 

イヴ「何だよ。言いたい事があるならハッキリ言えよっ!」

 

花音「じゃあ…い、一体いつまでその性格のままなの…かな…?」

 

イヴ「俺が俺で何か文句あるのか?」

 

花音「な、無いです〜!!」

 

花音はイヴの変わりように驚き恐怖していた。その2人のやり取りを見ながら千聖は呆れてしまう。

 

千聖(今のイヴちゃんをそのままにしておく訳にはいかないわね…。)

 

考えた末に千聖はイヴの肩に手を置いた。

 

千聖「ちょっと良いかしら?」

 

イヴ「ん?何だよ。」

 

千聖はイヴの前に立って問いかける。

 

千聖「あなたのその状態はいつまで続くのかしら?」

 

イヴ「さあな。久々にこっちに出てきたんだし、しばらくはこのまま楽しませてもらうぜ。」

 

千聖「……そう。」

 

イヴ「あんたもその方が都合が良いだろ?あっちより俺の方が断然強いんだからな。次の御役目とやらでも暴れてやるよ。」

 

千聖はイヴの挑発には乗せられずに淡々と答えていく。

 

千聖「そうね、確かにあなたの強さは頼もしい。でも、今のあなたは私達の部隊には必要無いわ!」

 

イヴの目が鋭くなるが、千聖は構わず話し続ける。

 

千聖「防人に必要なのは、連携して集団で戦う力よ。あなたが1人で勝手な行動を取れば、他のみんなを危険に晒すの。だから、私の指示には従ってもらう。」

 

その言葉を受け、イヴは千聖に食ってかかる。

 

イヴ「俺は自分より弱い奴に従う気なんてさらさらねーんだが。」

 

千聖「だったら納得させてあげるわ!来なさい!」

 

2人は食堂を後にし訓練施設へと向かったのだった。

 

 

---

 

 

訓練施設--

 

戦いの前に2人は約束を交わす。千聖が勝てば、以降イヴは彼女の指示に従う。イヴが勝てば、彼女は今後一切誰の指示も受けずに戦い続けるという事だった。

 

花音「大丈夫なの千聖ちゃん…。」

 

日菜「今のイヴちゃんは私とおんなじくらい強いよ…。」

 

花音と日菜は千聖に声をかけるが、

 

千聖「何で2人ともここにいるのかしら…。」

 

よく見ると彩も、こちらに来ていた。

 

彩「みんな千聖ちゃんの事が心配なんだよ。」

 

彩はそう言うが、

 

日菜「違うよー。私は単なる興味本位でだよ。」

 

日菜はそれを一蹴するが、彩は気にせず千聖に声をかける。

 

彩「怪我だけはしないでよ、千聖ちゃん…。」

 

千聖「心配無用よ。たかが獣に力で上下関係を教えてあげるだけなんだから。」

 

そう言うと、2人は勇者アプリを起動させる。因みに今回千聖は道具の差を無くす為に指揮官型では無く銃剣型の戦衣を身にまとっている。

 

イヴ「指揮官型でも構わないんだぜ。」

 

千聖「性能の差で負けたって言い訳を作らない為よ。」

 

2人は銃剣を構え、対峙する--

 

千聖「はっ!!」

 

千聖が直突から横薙ぎに刃を振るう。

 

イヴ「おっと!ほらよ!!」

 

だがイヴは余裕でそれを躱し、同時に袈裟斬りに銃剣を振り下ろす。

 

千聖「くっ…。」

 

千聖は銃剣でその一撃を受け止めた。

 

千聖(一撃が重い…!単なる力任せなのに、スピードと重さが凄まじいわ!!動きは素人に近いのに、それを天性の才能で補っている…!!)

 

だが千聖も負けてはいなかった。千聖は自分が決して天才では無い事を知っている。だからこそ、人一倍努力して補っているのだ。

 

花音「凄い…別次元の戦いだよ。」

 

日菜「うん、そうだね。」

 

花音と日菜も、2人の戦いに魅入っていた。彩は2人の戦う姿をただ無言で見つめている。

 

イヴ「気合い入ってるじゃねーか!絶対に負ける訳にはいかねーって気合いが伝わってくるぜ!!そこまでして何で戦うんだよ!!」

 

千聖「私は……。」

 

イヴの問いかけに千聖が感情を爆発させる。

 

千聖「私は勇者になるの!!その資格があると大赦と神樹様に認めさせてやるのよ!!その為に防人の御役目も隊長としての仕事も完璧にこなす!あなたが障害となるなら、屈服させてでも従わせるわ!!」

 

イヴ「勇者……勇者ねぇ!」

 

イヴは力任せに振り払い、千聖と距離をとった。そしてイヴは昔の事を千聖に語り出す--

 

 

 

イヴ「俺は2年前、その勇者って奴らを間近で見てきた。その1人が死んだ姿だって見てきたよ。山吹沙綾、花園たえ、海野夏希--神樹館の3人の勇者だ。そして……その中で海野夏希が命を落とした。って言っても、俺は実際にあいつらが勇者として戦っているところは見ちゃいねぇ。俺が知ってるのは、普段のそいつらの姿だけだった。」

 

イヴは彼女達が特別な御役目に就いている事は知っていたが、具体的な事までは知らなかった。だから--

 

 

あまりにも突然に海野夏希が死んだ時、イヴは愕然としたのだ。

 

イヴ「白鷺。あんたはこの前、勇者がどんな奴らだったか知りたがってたな。隣のクラスだった俺でも知ってるくらい変な奴らだったよ。」

 

イヴ「山吹沙綾って奴がいた。真面目で不器用だったが、友達想いな奴だってのは見ててすぐ分かった。」

 

イヴ「花園たえって奴がいた。マイペースで寝てばっかの癖に、本気になれば何でも出来た。まぁ、本気を出すのは限って友人に関わる事だけだったけどな。」

 

イヴ「海野夏希って奴がいた。すぐ面倒ごとに巻き込まれるトラブルメーカーだったが、他人や友達の事を良く気遣ってる奴だったよ。」

 

 

--

 

 

2年前--

 

神樹館に通い、3人の勇者と同学年だったイヴは、勇者という特別な存在の人達の事が気になり姿を見に行った。

 

イヴ(…あれが勇者。)

 

3人は黒板で絵を描いていた。ドアの陰からこっそり覗くだけのつもりだった。だが、

 

夏希「あっ、どうしたのそんなところで。」

 

 

夏希に見つかって話しかけられたのだ。

 

イヴ「あの…えっと……。」

 

夏希「そんなに固くならなくも大丈夫だよ。こっち来て一緒に絵を描こう!」

 

イヴ「……はい。」

 

夏希は人と上手く話せないイヴを茶化したりはせず、最初から友達だったかの様に接してくれたのだ。

 

 

--

 

 

イヴは夏希に憧れた。"勇者だったから"では無い。気さくで明るくて誰とでも仲良くなれて、友達想いで、家族想いな他とは変わらない少女--

 

 

運動が出来て、自分の意見をハッキリ言えて、格好いい、自分とは正反対の少女だったから--

 

 

イヴ「あいつらはお前みたいにギラついてなんか無かったぜ。普通に暮らしてたんだ。学校に来て、授業受けて、友達と遊んで…何処にでもいる子供と違わなかったよ!勇者になる前だってお前みたいに勇者になりたいと駄々を捏ねてた訳じゃなかった。」

 

千聖「だったら何なの?普通に生きる事が勇者としての条件だとでも言うの!?」

 

千聖はイヴに問いかけた。千聖は勇者を特別な存在だと思い、不要なものは切り捨てて生きてきた。普通という不要なものを。

 

イヴ「知るかよ。大赦や神樹が何を基準にして勇者を選んでるかなんてな。俺が言いてーのは、勇者って奴はみんなカッコ良かったんだよ!今のお前は他人の芝生を見てヨダレ垂らしてるガキと同じだって事だ!そんなカッコ悪い奴が勇者になれる訳ねーだろ!!」

 

そう言うとイヴは一瞬で千聖の間合いに入り、鋭い刺突を繰り出した。

 

千聖「っ!?」

 

千聖は鍛え抜かれた動体視力と反射神経で銃身を盾にして、切っ先を受け止める。だが、イヴの刺突の威力が凄まじく、千聖は後ろへ仰け反ってしまう。

 

イヴ「取った!!」

 

間髪入れずにイヴは2度目の刺突を繰り出した。

 

千聖(それでも……!)

 

千聖はイヴに言われた事を脳内で反芻する。

 

千聖「それでも、私は勇者になるのよ!!!」

 

仰け反った千聖は後ろに退がるのではなく、床を蹴って前に踏み出したのだ。イヴの刃が千聖の戦衣を僅かに切り裂いたが、同時に千聖はイヴの銃剣を脇に挟んで動きを止めたのだった。

 

千聖「捕まえたわ…これであなたの動きは封じたわよ。」

 

イヴ「ちっ!?」

 

イヴは咄嗟に銃剣を手放し、千聖から距離を取ろうと離れる。だが千聖はそれより早くイヴに近付き、イヴの首筋に銃剣の剣先を突き付けた。

 

千聖「これで勝負ありよ!」

 

イヴ「…………。」

 

イヴは剣先を突き付けられたまま千聖を睨みつけるが、やがてため息と共に両手を上げる。

 

イヴ「……俺の負けだ。」

 

その言葉を聞いた千聖は銃身を下ろした。勝負は千聖の勝利で決着が付いたのだった。

 

 

--

 

 

千聖「これで私はあなたを手に入れたわ。今後は私の指示に従ってもらうわよ。」

 

イヴ「分かってる。そう言う約束だったからな。」

 

2人は武装を解いて腰を下ろす。

 

千聖「勇者になりたいって駄々を捏ねてる…あなたの言う通りかもしれないわね。」

 

イヴ「どーした。悟りでも開いたか?」

 

千聖「違うわよ。あなたの言葉には確かにドキッとさせられたけど…私は私の生き方を変えるつもりは無いわ。」

 

千聖は自分のやり方を肯定した上で続ける。

 

千聖「私のやり方で勇者を目指す。大赦が私を勇者にせざるを得ない実績を残してね。」

 

イヴ「……面白いな、お前。」

 

イヴはどこか楽しそうに千聖に言う。そこへ彩がやって来る。

 

彩「私もそう思うよ。千聖ちゃんが自分を否定する必要なんて無い。目標の為に一生懸命な事は千聖ちゃんの良いところだから。」

 

彼女の口調にはからかいや皮肉は欠片も入っていなかった。

 

千聖「ありがとね。」

 

そんな彩にイヴが話しかける。

 

イヴ「アンタは俺が怖く無いのか?」

 

彩「怖くなんてないよ。口調は乱暴でも、良い人だって分かるから。」

 

イヴ「は?」

 

彩「勇者様じゃなくても、防人になれたって事は神樹様に選ばれたって事だよ。物静かなイヴちゃん、強くて頼りになるイヴちゃん。どっちか1人でも悪人だったら神樹様が選ぶはず無いよ。だから良い人だって分かるよ。」

 

彩の言葉にイヴは笑みを浮かべる。

 

イヴ「お人好しだな、あんたは。花音って奴はあんなに震えてたのによ。」

 

その言葉で千聖が訓練場の周囲を見回した。

 

千聖「そう言えば、花音と日菜ちゃんは?」

 

彩「2人とも先に帰ったよ。花音ちゃんは巻き添えを食う前に帰るって言って、日菜ちゃんは少し悔しそうな顔して帰ってったかな。」

 

千聖「そう……。」

 

彩「何はともあれ、これで2人はもう友達だね。」

 

彩は2人の手を取って笑顔で言った。

 

イヴ「……ふん。」

 

イヴはどこか照れ臭そうにそっぽを向く。

 

千聖「ははっ。」

 

そんなイヴと彩の姿を見て千聖は微笑んだ。

 

千聖(久しぶりに今日は良く眠れそうね。こんな気持ちになったのはいつ以来かしら。)

 

イヴと戦って全力を出し切った達成感からだろうか、それとも自分の感情を力一杯口にした満足感からだろうか。千聖の心は晴れ晴れとしていた。

 

 


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