原作での2人の繋がりは一切ありませんので悪しからず。
訓練後の夜、千聖は訓練施設にある大浴場へと来ていた。寮の各部屋に個別のシャワー室もあるので、ほとんどの人はこの大浴場は使わず、今いるのは千聖だけだった。
千聖(今日の私は最低だったわ…。)
訓練中を思い返す。訓練中の千聖は完全に冷静さを欠いていた。
千聖(子供過ぎるわね……私ったら。)
千聖が自己嫌悪に陥っている中、大浴場の扉が開いた。
彩「あれ、千聖ちゃん?」
入って来たのは彩だった。
彩「珍しいね。千聖ちゃんが大浴場に来るなんて。」
物珍し気な顔をしながら彩はかけ湯で体を流し浴槽に入って千聖の隣に座った。
千聖「彩ちゃんはこっちのお風呂をよく使ってるのかしら?」
彩「うん。シャワーだけじゃ何だか味気なくて。ここのお風呂は広いから誰もいない時はこうやって泳げるんだよ。」
そんな事を言いながら彩は犬かきで少し泳いで見せた。
千聖「彩ちゃん、お風呂で泳いじゃダメよ。」
彩「あはは、ごめんね。……千聖ちゃん、少し元気がない様に見えるよ。」
千聖「ええ、午後の訓練中にちょっとね…。」
彩「あっ、確か日菜ちゃんと喧嘩したって、花音ちゃんが言っていたよ。」
千聖「まったく、花音はおしゃべりなんだから…。」
千聖は苦笑した。
彩「千聖ちゃんは日菜ちゃんと仲良しだし喧嘩なんて…でも喧嘩するほど仲が良いとも言うし……。」
千聖「別に仲良くはないわ。日菜ちゃんが突っかかってくるだけよ。それに……今日のは喧嘩ではないわ。私が一方的に悪くて日菜ちゃんにお説教されただけよ。」
彩「日菜ちゃんが千聖ちゃんをお説教!?想像つかないや…。」
千聖は訓練中にあった事を彩に話した。大赦から告げられた新たな任務に苛立ち、他の防人達に当たってしまった事。日菜の言動は正しく、千聖は自己嫌悪に陥っている事。ため息をつく千聖を彩は静かに抱きしめた。
千聖「あ、彩ちゃん……?」
千聖は戸惑うも、彩はお構いなしに抱き続ける。
彩「千聖ちゃんは、何度も何度も辛い目に遭ってきたから……。」
そう言って抱き続ける彩の言葉は、どこか悲しみに満ちている。
千聖「辛い目になんて…。」
彩「千聖ちゃんが防人になる前の事、大体聞いてるんだ。千聖ちゃんはいつも一生懸命で…だから期待して、期待して、でも期待通りにはいかなくて……。その分だけ余計に苦しんじゃうんだよ。初めから期待しなければ、諦めてれば苦しまなくて済む。けど、千聖ちゃんは一生懸命すぎるから…。」
千聖「私は……。」
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千聖(勇者候補生の1人だった頃、私は勇者になれると期待していた…。だから、どんなに苦しい訓練だろうとやってこれた。だけど、神官に呼び出され告げられたのは落第だった…。)
千聖(そしてこのゴールドタワーに集められた時も、私は再び勇者になると期待してしまった。待っていたのは勇者どころかただ消耗品として使い捨てられる防人にされただけだった…。)
千聖(それでも私はめげずに防人としての任務を果たし、勇者に近付いていると思ってた。だけど、今回言い渡された新たな任務は、勇者に近付くどころか、今まで以上に危険が大きく、屈辱的な任務…。)
欲しいものはいつだって千聖の目の前に掲げられていた。しかし手が届くように見せかけながら、決して届かないようになっていた。千聖を走らせる為だけに掲げられ、射幸心を煽る為に存在する偽りだったのだ。
彩「それでも、千聖ちゃんは諦めないんだよね…。」
千聖「当り前よ…絶対に諦めないわ。諦めたら今までの私の生き方も、他の防人達の命も利用されただけになる。それだけは許せないわ…。」
その言葉を聞いて彩は微笑んだ。
彩「千聖ちゃんは、きっと自分の事だけじゃなくて、防人みんなが軽んじられてる事が許せないんだね。」
千聖「分からない…。ただ、大赦が私達を消耗品扱いする事だけは許せない。」
自分でも気付いていないが、千聖は変わり始めていた。2年前、勇者候補生だった頃は自分の事だけを考えていれば良かった。だが、今は部隊を率いるようになり周囲を気にする様になったのだ。
彩「私はみんなを見てるから。」
千聖「……。」
彩「私は千聖ちゃんが頑張ってる事も、防人のみんなが命懸けで任務を果たしている事も全部見てるよ。例え他の誰かが千聖ちゃん達を軽んじてても、私はみんなが懸命に戦ってる事を知ってるから……。」
神官が千聖達を軽んじてても、大赦が消耗品扱いしても、彩だけは千聖たちに寄り添ってくれているのだ。
彩「ねぇ、千聖ちゃん。今度の任務は私もみんなと一緒に壁の外へ出るんだ。」
千聖「そうね…私はそれも許せないわ。大赦は何を考えてるの。結界外に巫女が同行する危険が分からない筈ないのに……。」
大赦にとっては巫女すらも消耗品に過ぎないのだろうか。
彩「そうだね。とっても危険な御役目だと思う……でも、私は少しだけ嬉しいんだ。」
千聖「え……?」
彩「私はいつも防人のみんなが帰ってくるのをただ待ってるだけだった。巫女って言ったって、私が千聖ちゃん達にしてあげられる事は何も無かった。そんな自分が嫌だったんだ…。だけど、今度はみんなと一緒に居て、少しでも御役目を共有する事が出来るんだよ。」
千聖「彩ちゃんは怖くないの…?」
彩「怖いよ……今は大丈夫だけど、始めこの御役目の事を聞いた時は震えが止まらなかった……。壁の外に出たらきっと足がすくんで動けなくなっちゃうかも…。だけど、この恐怖に千聖ちゃん達はいつも耐えてきてるんだよね。怖くても、大変でも、何も出来ずにただ待ってるより私は嬉しいんだよ。」
千聖「………。」
巫女は戦う力を持たず、戦闘訓練だって受けていない。この任務における恐怖は誰よりも大きいはずだったが、彩はその恐怖に耐えていた。寧ろ千聖達を気遣って微笑んでいる。
彩「今度の御役目では千聖ちゃん達の傍に居て、その活躍を間近で見ていられるんだよ。そしたら私、千聖ちゃんが凄く頑張ってた事を神樹様に伝えるんだ。神樹様の神託はいつも一方通行だからちゃんと届いてるのかは分からないけど、一生懸命伝えるね。」
千聖「彩ちゃん…。」
彩「私から見れば、千聖ちゃんも勇者様と変わらないんだよ。千聖ちゃんは勇者だよ!」
千聖「……ありがとう、彩ちゃん。危険な任務だけど、私たちが彩ちゃんを絶対に守ってみせるわ。バーテックスなんかに傷一つ付けさせないから。」
千聖は彩に誓うのだった。
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次の日の朝、千聖が日課であるランニングの為に臨海公園へ行くと、日菜の姿を見かけた。
日菜「おはよー千聖ちゃん。」
千聖「どうしたの、日菜ちゃん?」
日菜「んーちょっと散歩をねー。」
千聖「ジャージ姿で散歩なんて珍しいわね。」
日菜「うっ…ほ、本当は千聖ちゃんと一緒にランニングをしようと思ってね…。」
千聖はクスっと笑って言う。
千聖「良いわよ。ついて来られるかしら?」
千聖は走り出す。千聖は毎朝結構な速さで走っている。今日ランニングを始めたばかりではついてくるのは無理だろう。だが、日菜は顔色一つ変えずに千聖に並走していた。
日菜「私を侮らないでよねー。」
千聖はすぐに分かった。日菜が今日思い付きでランニングを始めた訳では無い事に。
千聖(日菜ちゃん…普段から走り込みや体力作りをやっていたのね。)
日菜「今日の千聖ちゃん、昨日よりはいい顔してるね。」
千聖「少し吹っ切れたからかしら。」
日菜「良い事じゃん。今は出来る事からやらないとね。」
千聖「そうね。」
2人は時速10キロ以上のペースを維持しながら話し続けた。
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日菜「そういえば千聖ちゃんは、"氷河家"についてどれくらい知ってるの?」
千聖「……正直言うとほとんど知らないわ。日菜ちゃんに会うまで聞いた事も無かったし。」
千聖の父の仕事が大赦に関わるものだった為、一般の人よりも大赦関連の情報を知っていた。"花園家"やその前の家名である"湊家"をはじめとした大赦内で力を持つ名家についてもよく耳にしたが、"氷河家"に関しては話題に上がった事は無かった。
日菜「仕方ないかぁー。今となっては"氷河家"は没落してるんだからね。」
千聖「そういえば、前に彩ちゃんが"氷河家はかつて世界を救った事がある"って言ってたわね。」
そもそも本当に世界を救った程の功績を持つ家なら、もっと有名な筈だし、教科書や歴史書にも記述がある筈なのだが"氷河家"はそのどれにも載っていないのだ。
日菜「千聖ちゃんは、2年前に壊れた大橋に家名を刻んだ石碑が立ってるのは知ってる?」
千聖「ええ。確か"英霊之碑"だったかしら。」
日菜「"氷河家"は本来ならそこに石碑が立っててもおかしくなかったんだよ。」
千聖「えっ!?」
日菜の言う事が本当ならば、勇者を世に送り出したかそれに匹敵する程の功績を出した事になる。
千聖「まさか、"氷河家"は過去に勇者を輩出した事があるの!?」
日菜「そこまでじゃないよ。だけど、"氷河家"は神世紀72年に、四国を崩壊の脅威から救ったんだよ。」
日菜が言っていた事件に千聖は思い当たるものがあった。
神世紀72年の大規模テロ--
歴史の教科書にも載っている大きな事件の事である。ただし、その詳細はどんな歴史解説書にも記されてはいない。"正常な思考を失ったカルト教団が、四国の全人民を巻き込んで集団自殺を図った"という情報しか書かれていないのである。バーテックスや外の世界の真実を考えればこのあいまいな記述は、大赦による検閲によるものなのだろう。
千聖「確かその事件は"赤嶺家"が鎮圧したんじゃなかったかしら。」
日菜「あの事件を解決したのは"赤嶺家"だけじゃないんだ。"氷河家"の祖先も重要な働きをしたんだよ。だから昔は"氷河家"は"赤嶺家"と並んで四国を救った英雄として讃えられてきた。でもそれから100年ほど年月を重ねる間にいろんな原因があって"氷河家"は没落したんだ。だから功績が歴史書とかには載ってないんだよ。」
千聖「そうだったのね…。」
日菜「そしてそれ以降こう言われるようになったんだよ--"高知の勇者はろくな事にならない"ってね。」
千聖「確かに日菜ちゃんの出身は高知だけれど…。なんでまたこんな風に言われるのかしら?」
日菜「高知には歴史から消えた勇者がいたんだよ……西暦の時代にね。」
千聖「っ!?」
千聖は驚いた。千聖が知っている西暦の時代の勇者には高知出身はいなかったからである。
千聖「"湊家"や"今井家""宇田川家""白金家""高嶋家"は高知ではなかった筈…。」
日菜「もう1人いたんだよ。歴史に葬られた勇者がね。」
千聖「日菜ちゃんはどうしてそれを知ってるの?」
日菜「私の家にあったんだよ。大赦からの検閲を免れたいくつかの勇者御記がね。」
千聖「その勇者は誰なの…?」
日菜はその勇者の名を口にする--
日菜「"氷川紗夜"--」
千聖「氷川…紗夜……。漢字は違うけれど日菜ちゃんと苗字が一緒なのね。」
日菜「そうなんだよ。なんか運命感じるよね。」
日菜は笑顔で答える。
千聖「達観してるわね。」
日菜「その勇者は何故だかは分からないけど、本来なら守るべき筈の市民を攻撃したんだって。それで勇者をはく奪されたみたい。」
千聖「そんな事があったのね…。」
日菜「勇者は本来バーテックスと戦う為の存在でしょ。でもどうやら私の祖先や"赤嶺家"は人を相手にしてたようなんだよね。」
千聖「……つまりその人達はまたそういう事が起こらない様に御役目に就いていたって事?」
それは市民だけでなく勇者も含まれているという事である。対バーテックスの為で無く、対勇者の為の勇者--
それが"氷河家"なのだった。
日菜「例えそうだったとしても、私にとっては立派な名家だよ。私の希望は変わらず"氷河家"の再興だよ。」
日菜は笑顔で千聖に答えた。
千聖「日菜ちゃん、絶対に希望を叶えましょう。私は勇者に、日菜ちゃんは家の再興を、必ず。」
日菜「そうだね!でも、まずは千聖ちゃんに勝つ事からかな。このランニング勝負も私の勝ちだよっ!!」
そう言うと日菜は速度をあげ、千聖の前を走りだしたのだった。
千聖「日菜ちゃん……っ!」
千聖は少しイラっとし走る速度を上げる。千聖は直ぐに日菜を追い越してタワーへと戻っていった。
因みに、西暦の終わりに"湊家"が"花園家"に改名した様に、"氷川家"が改名して"氷河家"になったのを2人が知るのはまた別の話である--