戸山香澄は勇者である   作:悠@ゆー

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今回は幕間のお話。

次回急展開!?




キズナのしるし

 

"蠍型"から見事逃げ切った千聖達4人を彩が出迎えた。

 

彩「千聖ちゃん、日菜ちゃん、花音ちゃん、イヴちゃん…良かった…本当に無事で良かったよ。」

 

彩は涙目になりながら千聖に抱きついた。千聖達のお陰で32人と巫女は無事任務を成功させて全員生きて結界内へ戻って来る事が出来たのだ。

 

千聖「彩ちゃんったら、大袈裟ね。」

 

彩「大袈裟だよ!千聖ちゃん達は1番危険な殿を守って!しかもあの"蠍型"まで出たんだよ!どれだけ心配したか…うぅ…。」

 

彩は最も攻撃を受けにくい様に防人達の中心にいた為、後方を伺う事が出来なかった。だからこそ彩は撤退中もずっと不安だったのだ。だが、千聖達は生きて帰って来れたものの、体中に擦り傷や切り傷、火傷があり流血もしていた。致命的な尾針は切り落としたものの、"蠍型"の本体も充分な攻撃力を持つのだ。それに何度も叩きつけられた千聖達は無傷で済む筈も無かった。先に撤退していた防人達も星屑と交戦した為、誰もが負傷している状態である。

 

 

 

しかし、今回も死者は0である--

 

 

 

誰一人死なずに、今回も御役目を成し遂げたのだ。千聖はボロボロになった防人達を見ながら言う。

 

千聖「みんな、生きて帰ってくれて、本当に良かったわ。生きていてくれて…本当にありがとう。」

 

千聖は心からメンバー全員が無事であった事を嬉しく思った。決して表舞台に出る事の無い者たち。大赦の連中は防人達それぞれの個性だって把握していないだろう。名前を持った花では無く、"雑草"と一纏めに呼ばれる草の様な存在。しかし日の目を浴びぬ裏方でも、1人1人が懸命に生きている。その生命が失われて良いはずがないのだ。

 

防人「何言ってるの。お礼を言うのは私達の方だよ、白鷺さん。」

 

指揮官型の少女の1人が、やはりボロボロで千聖に笑みを浮かべながら言った。

 

防人「それに私達が生き延びれたのは、ちゃんと訓練して強くなれたからだしね。強くなれたのは白鷺さんがいてくれたからだよ。白鷺さんが凄く一生懸命に訓練してるから、私達もそれを見て頑張れた。この任務が始まる前に言われた事も響いたしね。」

 

防人「自分達の身は自分達で守らないといけない…本当に白鷺さんの言う通りだよ。」

 

防人達は口々にそう言ってくれた。

 

千聖「……ありがとう。」

 

千聖はそれ以外の言葉が出てこなかった。勇者候補生だった時代も、一般の中学に編入した後も、千聖は孤立していた。1人でいる事が当たり前になっていたし、千聖のストイックさについて行ける者がほとんどいなかったからだ。この部隊でも、千聖と歩調を合わせて隣を歩く者はいなかった--

 

 

 

だけど、背中を見ながら後ろをついて来てくれる者ならば今は沢山いる。32人の防人達が、千聖の後ろにはいるのだ。並んで歩く者だけが仲間ではなく、後ろに続く者もまた仲間なのだ。

 

千聖「ありがとう、みんな…。」

 

もう一度、千聖は"仲間"達に向かって言うのだった。

 

 

---

 

 

病院--

 

千聖、日菜、花音、イブの4人は、あの後大赦管理下の病院へ運ばれ、精密検査を受ける事になった。4人は他の防人達よりも負傷が多く、体には"軽度の火傷"が見られたからである。

 

神官「……これはっ………。」

 

病院へ来た女性神官は、その状態を知らされて僅かに戸惑いの声を漏らすが、顔は仮面で隠れている為、心情は推し量れない。これまでの調査任務では、"火傷"という症状を出した防人は1人もいなかったのだ。任務中、千聖は今まで以上に熱気を感じていたのは気のせいでは無かった。それは結界外の灼熱が、戦衣の耐熱性能を超えていた事を意味する。そして千聖達4人は、火傷と負傷が治るまで入院する事となった。

 

千聖は当然入院に反対した。寝ている時間があれば鍛錬するべきだと考えていたから。しかし大赦はそれを撥ね退けた。休息を取るのも必要な任務だと告げたのだ。その為、千聖は今ベッドの上に横たわったまま、戸惑っていた。

 

千聖(休息って……何すれば良いの?)

 

今まで張り詰めた生活を送っていた千聖にとって、休息といえばトレーニングの合間のインターバルしかなかった。何もせずに過ごし、身体を休める。それによって英気を養う--

 

 

そんな考えが千聖には無かった。千聖は考えた末--

 

 

千聖(よしっ、この時間をイメージトレーニングと、戦術の勉強の為に使おう。)

 

そう決めた。側から見れば全く休息では無いのだが。

 

 

--

 

 

千聖は早速ベッドの上で本を読んでいると、向かいのベッドにいる日菜が話しかけてきた。

 

日菜「なんだか千聖ちゃんって、鰹みたいだね。」

 

千聖「鰹……?」

 

千聖が訝しげると、日菜は得意げな顔で話し出す。

 

日菜「千聖ちゃん知らないの?鰹は泳ぐのをやめると死んじゃうんだよ。だから千聖ちゃんも鰹とおんなじだよ。」

 

花音「日菜ちゃん…女の子に対して鰹ってどうなのかな……。」

 

千聖の隣のベッドにいる花音が、呆れた様に言った。千聖達4人は同じ病室にいたのだ。

 

日菜「これは褒めてるんだよー。」

 

イヴ「全然褒めてません。」

 

イヴがボソッと日菜に突っ込んだ。ちょうどそこへ彩がお見舞いにやって来る。

 

彩「花音ちゃん、日菜ちゃん。声が外まで聞こえてたよ。」

 

彩が2人に言うと、2人は顔を赤くして黙り込んだ。

 

彩「鰹は無いけど、フルーツならあるからみんな食べて。」

 

彩はお見舞いにフルーツを持ってきたのだ。

 

日菜「それで彩ちゃん、私たちはいつになったら退院出来るの?」

 

日菜はフルーツを食べながら彩に言った。

 

彩「次の御役目に関しては、大赦は次回の実施日について検討中らしいよ。いずれにしろ、千聖ちゃん達が全快しないと御役目は始まらないよ。今はゆっくり体を休めてね。」

 

千聖「別にもう大丈夫よ。大した怪我じゃないし。」

 

彩「ダメだよ、千聖ちゃん!怪我や疲労は体に蓄積されていくんだから。今は休めないと。」

 

との事で、4人はしばらく退屈な時間を過ごす事となる。筈だったが、千聖たちの病室には、毎日誰かしらがお見舞いに来たのだった。1番来るのは彩で、3日に一度は防人達がぞろぞろとやって来るのだった。

 

防人「白鷺さーん、お見舞いに来たよー。」

 

防人「30人近くがいっぺんに来ると、流石に狭いねー。」

 

防人「ねーねー、あの"蠍型"とどうやって戦ったの、白鷺さん?」

 

等とわちゃわちゃしていたが、千聖は防人達に、

 

千聖「お見舞いに来る暇があるなら、訓練しなさい。」

 

と一蹴するのだった。身も蓋も無い言い方だが、みんなも千聖の性格を理解している為、

 

防人「あはっ、我が隊の誇るべき隊長らしい言葉だね。」

 

防人「退院して早く戻ってきてよね。白鷺さんの厳しい訓練が無いと、なんだか物足りないから。」

 

と笑って答えるのだった。そして千聖も、

 

千聖「…すぐに戻るわよ。私も、あなた達も体が鈍ったらいけないから。」

 

と、少し笑って答えた。

 

 

--

 

 

一度だけ、唐突に例の女性神官がやって来た事があった。任務の通達かと千聖達は身構えるが、神官は任務については何も話さず、ただ4人の怪我の状況を見たり、体を触診するだけだった。そして一切の会話も無く、神官は病室から出て行った。

 

日菜「何だったのかな、さっきの?」

 

日菜は困惑する。

 

イヴ「……お見舞いですか?」

 

イヴが首を傾げて呟いた。

 

千聖(……いや、無いわね。防人を道具としか見ていないあの神官が、私達を気遣うなんてありえないわ。)

 

と、千聖は心の中で思うのだった。

 

 

--

 

 

それから1週間程過ぎたが、未だに大赦から次の任務の通達は無い。そろそろ退院しても良いだろうと言われた頃、彩が手に大きな錠前を持ってお見舞いにやって来た。

 

千聖「なんなの、これ?」

 

千聖が彩に質問する。

 

彩「これはね、今防人のみんなの間で流行ってるんだよ。西暦の時代に行われてた、一種の願掛けみたいなものなの。錠前に大切な人同士で名前を書いて、鍵を閉じるんだ。そうすると、名前を書いた人達の絆がずっと続くんだって。」

 

千聖「そうなのね……。」

 

彩「元々は恋人同士でやるものだったみたいだけどね。みんな友達同士で名前を書いて、タワーの展望台に飾ってるんだよ。」

 

花音「面白そうだね。みんなやってるんだったら、私達もやろうよ。」

 

横で聞いていた花音が、彩から錠前を受け取って名前を書き始めた。

 

花音「はい、次は千聖ちゃんね。」

 

そう言って花音は千聖に錠前とペンを差し出した。

 

千聖「はいはい。分かったわよ。」

 

千聖も錠前に自分の名前を書いた。

 

日菜「じゃあ、私も書かないとね。」

 

日菜も錠前に名前を書いた。

 

日菜「まだ書いてないのは…はいっ、彩ちゃん。」

 

彩は日菜から錠前を受け取って名前を書く。

 

彩「じゃあ、最後にイヴちゃんね。」

 

イヴ「……私ですか?」

 

彩「そうだよ。せっかくだからみんなの名前を書こうよ。」

 

イヴ「分かりました。」

 

イヴは頷き、錠前を受け取って名前を書いた。5人分の名前が書かれた錠前を彩は大切に手に持った。

 

彩「もし今までの御役目で誰か1人でも欠けてたら、ここに5人分の名前は並んでなかったんだよね……。本当に奇跡みたいで凄い事だよ。みんなが無事で、ここにいてくれる事が何よりも嬉しいよ。」

 

彩の目には涙が浮かんでいた。5人の名前が書かれた錠前は、彩が持って帰った。タワーで保管しておくという。

 

 

--

 

 

入院している間の時間は、意外にもあっという間に過ぎて行く。千聖は最初、訓練も出来ずにイライラするのかと思っていたのだが、実際は毎日誰かしらがお見舞いに来るし、病室の中も案外騒がしく賑やかで、退屈な時間はほとんど無かった。だが1つ不思議なのは、次の任務がいつ行われるのかという通達が一切無い事である。

 

こうして、任務の通達がないまま千聖達は退院の日を迎えるのだった。

 

 

 


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