迫る奉火祭の儀。
彩を救い出す為、犠牲をゼロにする為、千聖が立ち上がる--
神世紀300年、晩秋--
結界の外に橋頭堡を築くという御役目、その1回目が成功し、2回目の御役目を待っていた防人達に、予想もしていなかった通達がはいるのだった。
千聖「奉火祭…?」
ゴールドタワーの展望台にて、千聖を始めとする防人達は、女性神官が発した聞き慣れない言葉に怪訝な反応を示した。
火を奉る祭り--
奉火祭は防人達では無く、巫女に課せられた御役目だという。"火"と言えば、結界外の灼熱の炎を千聖は思い浮かべた。千聖の心が、微かな不安に騒めく。女性神官の隣に立つ彩は俯いていて表情が伺えない。神官が口を開く。
神官「奉火祭は、約300年前の西暦の終わりにも執り行われた儀式です。歴史上、大赦が行った儀式の中では、最大規模のものの1つであり--"天の神に赦しを乞う為の儀式"です。」
その言葉は、千聖達にとってはあまりにも予想外だった。
千聖(天の神に赦しを乞う!?今まで人類は天の神に抗う為に戦ってたんじゃなかったの!?)
神官は続けて話し続ける。
神官「この儀式が、天の神の怒りを鎮める為に有効である事は、過去に確認されています。西暦の終わり、当時の勇者達の多くが命を落とし、更に天の神による攻撃が激化、人類は滅亡の淵に立たされました。その時、奉火祭を執り行い、天の神に赦しを願ったのです。そして人類・神樹様と天の神との間で講和が結ばれて人類は四国から外に出ない事を条件に、平和を得たのです。」
千聖「講和?…どうやってですか?神と交渉をしたとでも言うんですか?」
千聖の問い掛けに、感情の無い神官の答えが返ってくる。
神官「巫女を壁の外の炎に焚べ、供物としたのです。そうする事で、我々人類の願いを天の神に届けました。」
千聖「なっ……!?」
千聖は唖然とする。
神官「巫女は神託により、神樹様と意思疎通をする力を持ちます。しかし神託はあくまで一方通行であり、人間から神樹様へ意思を伝える事は容易ではありません。まして神樹様よりも遠い存在である天の神に、人間の言葉を伝える為には……命を犠牲にする必要があります。」
千聖「つまり…生贄という事ですか!?」
神官「そうです…。丸山さんは、奉火祭の供物となる巫女の1人に選ばれました。」
千聖と神官のやり取りに、他の防人達も騒めいた。その中で、彩だけは何も言わずにただ俯いていたのだった。
千聖(生贄!?彩ちゃんが…あの炎に捧げられる……。)
千聖の頭の中では無茶苦茶で理不尽な神官の言葉が渦を巻いていた。女性神官の言葉は尚も続く。
神官「西暦の終わりに行われた奉火祭により、人類は天の神に赦され、バーテックスは消え、四国の結界内でのみ人類は生存する事が認められました。しかし神世紀270年を過ぎた頃から、再びバーテックスが結界の外で見られるようになりました。そして2年前……奴らの侵攻が再開したのです。」
彼女から語られるのは西暦から神世紀の今に至るまでの歴史の真実。神官は淡々と話し続けたのだった。
神官「神世紀270年代に奉火祭を執り行っていれば、今の様な侵攻の再開は起こらなかったかもしれません。が、それも定かでは無いし、"もしも"を考える事は無意味です。しかし、人類は天の神との戦いの再開を想定してないわけではありませんでした。寧ろ大赦は、いつか必ず戦いを再開させ、奪われた世界を取り戻すと誓っていたのです。その為に秘密裏に研究を重ね、勇者システムのアップデートを続けてきました。」
神官「約300年。気が遠くなる程の年月、数え切れない程多くの人々の努力と血の上に、勇者は遂にバーテックスと対等以上の力を得て、天の神の尖兵であるバーテックスを倒してきました。」
神官「先代勇者--山吹沙綾、花園たえ、海野夏希。」
神官「当代勇者--戸山香澄、山吹沙綾、牛込ゆり、牛込りみ、市ヶ谷有咲。」
神官「彼女達の一連の戦いや絆に、大赦と神樹様は神世紀における人類の可能性を見出し、勇者システムを更にバージョンアップさせる事を決めます。そして現在。大赦の目標は、迎撃の次の段階として国を奪還する事を目標として動き出しました。」
神官「大赦が計画したのは、"国造り"という儀式でした。神樹様は土地神の集合体。神樹様の一部である土地神の1柱を、旧近畿地方にあった霊山に祀るという儀式です。神代の時代に、土地神の王が同じ事を行いました。"吾は倭の青垣の東の山の上にいつき奉れ"。それによってこの国は、豊かに葦が生い茂り、瑞々しく稲穂が実る土地である、"豊葦原瑞穂国"となったのです。」
人間が神話を模倣する事によって、神話と同じ事象を起こす。そうして結界外の世界を、豊葦原瑞穂国に変化させる。それは"類感呪術"と呼ばれるものの一種--
それが儀式"国造り"なのだ。大赦の考えは、四国外の世界が天の神によって理を書き換えられ、火の海になったのなら"国造り"で再び理を書き換えようという事なのである。語り続ける女性神官の口調に感情は無い。
神官「国造りの儀式を執り行う為の準備は、あなた達防人の活躍もあり、着々と進んでいました。順調だったと言ってもいいでしょう。邪魔するものがいたとしても、精々星屑や完成型程度くらいでした。儀式の達成は見えていた………筈だったのです。」
防人達が任務で結界外の土壌や炎を調べる事は、変質した世界の性質を見極め、国造りによって再書き換え可能であるかを確認する為--
種を植えて橋頭堡を築く事は、神を霊山へ移す為の道を作る為--
防人達の任務全てが"国造り"の為の大きな準備、世界を取り戻す為の大いなる計画の一部だったのだ。
千聖「何か妨げになる要因があったのですか?」
千聖の問い掛けに神官が頷いた。
神官「誤算が起こりました。結界外での炎が、以前よりも強まっているのです。」
千聖「っ!?」
神官「白鷺さん達なら分かる筈です。前回の御役目で結界の外へ出た時、炎は戦衣の耐熱性能を上回り、あなたたちは火傷を負う事になった。もしこれ以上、炎が強まるようなら、結界ごと四国が飲み込まれる可能性さえあるのです。」
千聖「なんで、そんな事が……。」
神官「巫女の神託によれば、天の神の怒りです。人類が推し進めてきた反抗の計画、そして--"当代の勇者が御役目の中で神樹様の壁を壊してしまった事"。壁は四国を守る結界であると同時に、西暦の時代に結ばれた講和である、"四国の外から出ない"という誓約の象徴。」
神官「それを破壊した上に、人類は天の神への反抗を秘密裏に進めていた……その事実が彼らの逆鱗に触れた。今、天の神そのものが、この地に顕現しようとしている気配さえあります。」
西暦の時代、天の神による人類粛清が行われた時代でさえ、尖兵であるバーテックスより更に上位の"神そのもの"が出現した事は無かった。
日菜「大赦は、何馬鹿な事やってんだろうねー!」
我慢しかねたように日菜が叫んだ。
日菜「"国造り"って儀式、私達には何も知らされてなかった。それも腹が立つけど、大赦の計画の浅はかさが1番腹が立つよ!!勇者がバーテックスと戦って、防人が結界の外で堂々と活動して、国造りの儀式を性急に推し進めてって……なんで敵の怒りを買わないと思ったのかな!?もっと慎重に綿密に行うべきでしょ!?」
自分よりもはるかに年上である女性神官を、日菜は真っ向から罵ったのだった。
神官「氷河日菜さん。」
幼い少女の責めを受けても、神官の声に感情の揺らぎは無い。
神官「あなた達から見れば、そう思えるのも当然です。しかしそれも、一面的な見方でしかありません。立場が違えば、物事は全く異なる見え方をする。我々は、計画を性急に推し進めなければならなかった……神樹様の寿命は、あなた達が想像する以上に終わりに近いのです。」
日菜「……。」
その言葉を聞き、日菜は口を閉ざした。
神官「ですが、我々大赦に油断と驕りがあった事も事実です。人類と天の神が和睦を結び、300年。箱庭の中とはいえ、平和の時間が長すぎました。天の神によって人類が大量虐殺された時代は遠く隔たり、勇者システムの強化によりバーテックスをも倒せる様になり……天の神に対する脅威の実感が、私達の中に薄らいでいたのでしょう。」
神官「我々は神を侮っていた。神世紀初頭の初代勇者"花園家"と当時の巫女"今井家"は、大赦の経年劣化を予想し、危惧してたと言われます。彼女達の予想は当たっていたのです。」
沈黙が展望台を支配していた。勇者であれば、バーテックスを倒す事は可能だろう。だが、今出現しようとしているのは、神そのもの。戦っても勝てる見込みは限りなく薄い。
神官「結界外の炎は、今後も更に強まるでしょう。このままでは、四国は結界ごと炎に飲まれてしまう…。今、我々に出来る事は、天の神に赦しを乞い、この世界を保つ事なのです。」
千聖「だから…生贄を出すと…?」
千聖は神官を見据えて、問う。
神官「そうです。」
余りにも理不尽である。防人は誰も納得などしていなかった。だから千聖は、防人達の代表として声をあげる。
千聖「何なのよ、この結末は…?私達は、そんな結末の為に体を張ってたんじゃ無いわ!!」
神官「……結末ではありません。」
千聖「え?」
神官「あなた達防人の任務によって集められたデータは膨大です。それによって、様々な可能性を模索する事が可能になりました。」
千聖「その可能性の1つが、生贄だと?」
神官「私達は奉火祭のその先まで考えています。」
千聖「先……?先ですって………!?」
千聖は声を荒げる。
千聖「先なんてものは無いのよ!犠牲が出た時点で、その先なんてものは無いの!犠牲の先に何を計画してるのか、どうせあなたたちは教える気は無いのでしょうけど、どんな未来図を描いていようと関係無いわ!!1人でも犠牲が出た時点で、どんなに素晴らしい計画であろうとも、それは失敗と同じなのよ!」
その時だった。
彩「もう大丈夫だよ、千聖ちゃん。ありがとう。」
千聖の話を遮ったのは、犠牲にされる筈の彩だった。
彩「私は奉火祭に反対はしないよ。嫌じゃないんだ。神樹様の、みんなの、役に立てる事が嬉しいから。今までずっと勇者様と防人のみんなが頑張ってきたんだよ。だから今度は……私が頑張る番だよ。」
彩は笑顔でそう言うのだった。
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ゴールドタワー寮、千聖の部屋--
千聖は呆然として部屋に戻り、ベッドに身を投げる様に倒れこんだ。奉火祭は1週間後に執り行われる事になり、解散になった。
彩は生贄となる--
もう会う事は無いのだろう--
普段ならすぐにトレーニングを始めるところなのだが、何もする気力が起きなかった。
無力感--
あまりにも大きな無力感が体にまとわりつき、千聖はもう二度と動く事さえ出来ない様に思えた。
千聖(また……無駄だったの…?)
あの時と同じ--
勇者になる為に懸命に努力を積んでも、一言で勇者である事を否定され、それまでの全ての努力が無駄になったあの日--
防人として、1人の犠牲も出さないと努力して生きてきた。だが今、全ての任務は打ち切りとなり、彩を犠牲とした奉火祭の執り行われる事となった。千聖がやってきた事は無駄だった。
千聖(全部……無駄なのよ…。)
千聖「ふざけないで……!私はまだ終わってない………!!」
千聖は歯を食いしばり、重い体に鞭打つ様にして身を起こした。
千聖(終わらせないっ……!)
まだ奉火祭が執り行われた訳では無い。まだ彩が犠牲になった訳では無い。
千聖「まだ終わってない!終わらせる訳にはいかないの!!」
千聖は立ち上がり、部屋を出るのだった。