防人として戦っていく中で千聖が手にしたものは--
神官の正体も判明します。
"乙女型"の爆撃からイヴを庇い倒れた日菜--
日菜「千聖…ちゃ…勇者に、なっ……そしたら…傍に…いた……氷河…名……も…残……から………。」
千聖「勝手に、託さないでちょうだい…!」
千聖(何が、勇者になって、よ!)
千聖(何が、そしたら氷河家の名も残る、よ!!)
千聖「私は日菜ちゃんの夢まで背負う気は無いわ!!勝手に死ぬなんて許さないわよ!!
千聖は叫ぶ様に言うが、日菜からは何も反応は無かった。完全に意識を失ったようだ。地震の妨げが無くなれば、逃走の障害は、星屑や"乙女型"の白い帯と爆弾攻撃だけである。星屑と爆弾は銃剣で相殺出来るし、帯は1撃が大雑把だから避ける事が出来るだろう。逃げるだけならば、大きな問題は無い--
そう思った矢先だった--
逃げる千聖達の足元の地面が盛り上がり、青く巨大な化け物の頭部が出現する。
千聖「くっ……"魚型"…!!」
水中を泳ぐ魚の様に、地中を潜行する能力を持つバーテックスである。地面から出現したその異形は、長い身体を活かして千聖達の進む先を塞いだのだ。
前方には"魚型"、後方には"乙女型"と"山羊型"--
完全に行き詰まった--
逃げ道を失った千聖達に、"乙女型"が爆弾を射出する。
花音「千聖ちゃんーーーーーっ!!!!」
叫び声と共に、花音が飛び込んで来た。盾を巨大化させ、"乙女型"の爆弾から3人を守る。
花音「何やってるの千聖ちゃん!こんな所で死んじゃダメなんだからぁ!!」
花音は涙で顔を濡らしていた。戻ってくる必要も無いのに、他の防人達と一緒に壁へ向かっていた方が安全なのにわざわざバーテックスがいる方へと戻ってきたのだ。
千聖「花音、丁度いいところに来たわ。」
千聖は自分が支えていた日菜の肩を、花音に譲り渡した。
千聖「花音とイヴちゃんで、日菜ちゃんを連れてって。」
花音「えっ!?」
イヴ「おい、白鷺。何をする気だ!?」
千聖「2人は日菜ちゃんを早く安全に運ぶ事だけに集中して。日菜ちゃんの負傷は一刻を争うわ。」
イヴ「だから、お前は何をする気だって聞いてるんだよ!!」
千聖「私が、1人で退路を切り開く。みんなを守る。だから、2人は日菜ちゃんをお願い。」
そう言うと、千聖は右手に自分の銃剣を、左手に日菜の銃剣を握ったのだった--
二刀流--
かつて千聖は、市ヶ谷有咲と同じく二刀流の訓練を受けていた--
当時、有咲と並んでトップの成績を叩き出していた--
両手で武器を使う戦い方は、その身に叩き込まれている--
千聖「神の集合体、神樹……神の使い、バーテックス…神に変えられた異界、神に守られた世界……もう沢山なのよ。」
千聖は2本の銃剣を構える。
千聖「神如きが人間様を傷付けて良いはずが無い…殺して良いはず無いじゃない!!
灼熱の大地を蹴って、"魚型"に向かって千聖は飛んだ。今、千聖を突き動かすものは、怒りである。
人間から世界を奪い去った神--
ただただ人間を殺そうとするバーテックス--
仲間を守る力が無く、重傷を負わせてしまった自分--
人間を生贄にして神に赦しを乞おうとする大赦--
死にに行く少女が"私は犠牲になれて幸せです。"と笑う歪な世界--
ありとあらゆるものに対する怒りである。
千聖が2本の銃剣を振るい、"魚型"のヒレを切り落とす。今までの戦闘経験の中で、バーテックスの頑丈さも完璧ではない事は分かっている。異形故に、その身体には脆い箇所が存在するのだ。そこさえ付けば、攻撃力に劣る防人の武器でも、バーテックスにダメージを与えられるのである。
千聖「人を舐めないで!神の使い如きが、人間の邪魔をするんじゃないわよ!!」
ヒレを切り落とした後、頭部にある切れ目の様な部分に2本の銃剣の先を突っ込み、両手を使って、肩が外れそうな程連射をする。内側から大量の銃弾を浴びた"魚型"は、動きを鈍らせた。その隙にイヴが日菜を背負い、花音が盾を構えながら、"魚型"の横を通り抜けて壁まで走った。
花音「ふえぇぇぇっ!!怖いよぉ〜、殺されるよぉ〜!!」
逃げながら、花音はボロボロと涙を流す。背後に迫るバーテックス。今までの御役目の中でバーテックスが出てきた事は何度もあったが、今回は1体だけで無く、3体も出てきている。危険の大きさは過去の比ではない。
イヴ「そんなに怖いんだったら、戻って来なけりゃ良かったじゃねぇか。他の防人達と逃げておけばよ。」
イヴは呆れながら花音に言うが、
花音「そんな事出来ないよぉ!千聖ちゃんが死んじゃったら嫌だもん、日菜ちゃんだってイヴちゃんだって死んで欲しく無いんだよぉ!!だから、怖くても守るんだよぉ〜!!」
イヴ「泣くな泣くな、前見ろ!」
そこへ"乙女型"の爆弾が1発、花音達の方へと向かってくる。花音は盾を構えて、その爆弾を防いだ。
花音「千聖ちゃんはずっと私を守ってくれたんだよぉ!私、千聖ちゃんに何もお返し出来てない!!だからせめて千聖ちゃんの目標を叶えるんだよ!誰も死なせないって!犠牲ゼロだって!誰も死なせたくないんだよぉ!!」
実際は千聖が花音を守り続けていた訳では無い。寧ろ千聖が花音に助けられた事も少なくない。しかし、花音自身はずっと千聖に守られてきたと思っている。千聖がいたから、自分は生きて来られたのだと。
だが花音は、千聖に何もしてあげられる事が無い。花音はなんの取り柄も無くて、逆に千聖は何でも出来る。花音は弱くて、千聖は強い。だからいつも、花音は千聖から何かをしてもらうばかり。受け取ってばかり。恩返し出来る事なんて無い。
けれど今、花音は千聖の掲げる"犠牲ゼロ"という目標の為に役立てているのである。
花音「有り得ないんだよ、こんな…!私が千聖ちゃんの役に立てるなんて!だったら、頑張るしか無いよぉ!!」
だから花音は怖くてもやる、頑張るのである。迫ってくる"乙女型"の爆弾を数発、花音は盾で防いだ。しかし、これ以上の攻撃は来なかった。千聖が敵の襲撃・攻撃を、ほぼ全て防いでいたからである。
再生した"山羊型"が動き出せば、右手の銃剣の刃で再び足を斬りつける。その間に"乙女型"が爆弾を射出すれば、左手の銃で爆弾を撃ち落とし相殺した。爆弾を狙撃しつつ、跳躍して"魚型"の所へ移動し、再生し終えたヒレを再び銃剣で切り落とす。星屑の大群が逃げる花音達に迫れば、2つの銃剣で二丁拳銃の様にして撃ちまくった。
防人の装備では、バーテックスに大きなダメージを与える事は出来ない。しかし星屑を倒し、爆弾を相殺し、バーテックスの身体を削って小ダメージを与えて動きを鈍らせる事は出来る。そうしながら花音達への攻撃を防げるのである。
千聖(繋がっていた…のね……。)
小学生時代、父に憧れて努力を続けた--
そして勇者候補生になるよう声がかかった。
勇者候補生時代、二刀流の訓練を懸命に行った--
だから今、こうして2本の銃剣を自在に操る事が出来る。
厳しい体力トレーニングを積んだ--
だから今、バーテックス相手に激しい動きで立ち回る事が出来る。
握力を鍛えた--
だから今、頑丈なバーテックスを斬っても、銃剣を取り落としたりはしない。
反射神経を鍛えた--
だから今、敵が攻撃すればすぐに対応出来る。
集中力を鍛えた--
だから今、3体の敵を同時に相手出来る。
防人になり、狙撃の練習を重ねた--
だから今、星屑や"乙女型"の爆弾を正確に撃ち抜く事が出来る。
銃剣術の練習を重ねた--
だから今、強い敵をも斬り裂く技術を手に入れた。
隊長という立場になって周囲の人間に目を向けるようになった--
だから今、守るべき仲間が出来た。
千聖(全てが"今"に繋がっていた…!無駄なものなんて……何一つ無かった…!)
全て無駄だと千聖が思った勇者候補生時代も。
勇者になる為の過程に過ぎないと思った防人としての日々も。
生きてきた道程の全ては積み重なられて、仲間を守る事が出来る"今"に繋がっているのだ。過去の自分が、今の自分に、バトンを繋げている。千聖はたった1人で、3体ものバーテックスに1歩も引かず戦い、逃げる3人の仲間を守り続けた。
--
だが、やがて限界が来る。こんな無茶な戦い方をいつまでもやり続けていられる筈が無かったのである。疲労で集中力が切れた瞬間、地中から飛び出した"魚型"が、体当たりで千聖を吹っ飛ばした。同時に、"乙女型"の爆弾が迫る。
千聖(避けきれない……。)
千聖は死を覚悟した。
防人は弱い。ずっと互角に戦っていても、一瞬のミスで死んでしまう程に弱い。だから--
?「銃剣隊、構え!!撃つっすーーーー!!!」
それは千聖の声ではなかった。指揮官型、番号2番の少女の声。先に壁に向かって走ってた筈の防人達が、いつの間にか戻ってきていたのだ。銃撃体制を取った少女達が、千聖に迫っていた爆弾を全て撃ち落とす。怪我をした日菜と、それを背負って運んでいるイブの周りを、花音と他の護盾隊型防人達が盾でガードしている。
防人「白鷺さん、勝手に死なないでください。」
防人「犠牲ゼロを目指すんでしょう!」
防人「体制を立て直して!その間に私達が援護するから!!」
口々に少女達が言う。
防人は弱い--
一瞬の判断ミスで死んでしまう程弱い--
だから--
だから、集団で戦う--
全員で力を合わせて、戦うのである--
千聖「ありがとう、みんな…力を貸して!!全員で生き延びて帰るわよ!!!」
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千聖の鬼神の如き奮戦と、防人の少女達全員の協力により、彼女達32人はバーテックス3体を相手にして、生き残った。全員が結界の中に戻る事が出来、種も回収して任務は果たされた。
しかし、日菜の怪我は重症だった。彼女はすぐに大赦傘下の病院へ運び込まれ、緊急手術が行われた。
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医師「最前は尽くしたが、生き延びる事が出来るかどうかは分からない。」
と、医師は言った。日菜は集中治療室で様々な機器に繋がれて眠っている。千聖は部屋の外で、日菜が眠るベッドをガラス越しに見つめ続けていた。
他の防人達は全員、多かれ少なかれ負傷していた為、治療を受けて今は安静にしている。千聖は1人で、日菜が目覚めるのを待ち続けた。そこへ、女性神官が現れ言う。
神官「白鷺さん。あなたもかなりの怪我を負っています。治療を受けて安静にしていなさい。」
しかし千聖は、首を横に振る。
千聖「私はここにいます。日菜ちゃんが目を覚ますまで。」
神官「今、あなたに出来る事は何もありません。神樹様にお祈りするくらいです。祈る事なら自分のベッドでも出来ます。」
神官の言う通り、医者でもない千聖に出来る事は何も無い。だが千聖は、神には祈らない。日菜に重傷を負わせたのも神なのだから、神に祈る筈が無い。
千聖「何も出来ない。神にも祈らない。私がやる事は…彼女の傍にいて、心の中で呼びかけ続ける事ぐらいです。」
神官「……あなたがそうしたいのなら、それでも良いでしょう。」
相変わらず神官の口調は無感情だ。
千聖「私は、自分はもっと合理的な人間だと思っていました。」
神官「何を言うかと思えば。」
その時、神官の口調に珍しく感情らしきものが浮かんだ様に思えた。皮肉と苦笑が混じり合った様な感情が。
神官「あなたは全く合理的な人間ではありませんよ。偏執的とさえ言える程のストイックさと意思の強さ。それは合理性では無く、理想と精神論で生きている人間のみが持つものです。」
そう言うと、神官は千聖に背を向けて去って行った。千聖は眠り続ける日菜に、心の中で語りかける。
千聖(目を覚まして、日菜ちゃん。あなたは"氷河家"を復興させるんでしょ?だったら、こんな所で眠ってる暇はない筈よ。私はあなたの夢を背負うつもりは無いわ……。)
その日、千聖は一睡もせず、日菜を見守り続けた。日菜は目を覚まさなかった。
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翌朝、治療を終えた花音とイヴ、他の防人達も集中治療室の前へと来た。誰もが千聖と同じ様に、ただ静かに日菜を見守る。
2日目、日菜はま未だに目を覚まさない。防人達の間に、不安と思い空気が広まり始める。千聖はもう60時間近くも眠らずに日菜の帰還を待ち続けていた。
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3日目。日が沈み始めた頃、晩秋の空気に茜色が満ちていく中--
日菜は目を覚ました。医師と看護師たちが次々に集中治療室に入っていき、日菜の容態を確かめる。その後、千聖たちも部屋の中に入る事を許された。日菜はまだどこかぼんやりしていたが、千聖の姿を見ると、急に目に生気が戻った。
日菜「千聖ちゃん…心配かけたね。でも私は、まだ死ぬ時じゃないってゲホッ、ゴホッ、う、ううぅ……。」
お腹を抑えて日菜は涙目になる。
千聖「バカなの、日菜ちゃん。まだ意識が戻っただけで怪我も治ってないのに、無理して喋ったら…そうなるに決まってるわよ。」
いつもと同じような、日菜と交わす軽口。
しかし、いつもと違って--
千聖の目からは水滴が頬を伝い、日菜のベッドに落ちた。
千聖「あれ…なんで……?私……泣いて…。」
千聖は困惑しながら、涙を流した。
神官「それはあなたが仲間達に、全身全霊で向き合ってきたからです。」
そう言いながら、集中治療室に女性神官が入ってきた。
神官「あなたが防人の少女達と過ごしてきた時間。共に築き上げてきた結び付き。全力で向き合ってきたからこそ、あなたにとって彼女達は掛け替えのない存在になった--"友達"と呼べる存在です。あなたは今、友達の為に涙を流しているのです。」
千聖「…友達………。」
それは勇者を目指し始めた時に、千聖が不要と断じて切り捨てたもの。
長い長い時間をかけて--
ひどい遠回りをして--
千聖はそれを手に入れたのだ。その時、控えめな声が部屋の外から聞こえた。
?「千聖ちゃん。」
千聖は声の方へ振り返る。そこにいたのは彩だった。奉火祭で生贄になる為に去った筈の少女が、そこに立っていたのだった。
彩「…私、戻ってきたよ。」
何故こうなったのか。時間は少し巻き戻る。
---
彩が戻ってくる半日程前--
1人の少女の家に、大赦の神官達が訪れていた。その少女に対し、神官たちは過剰なまでの敬意を払う。正面から彼女の顔を見るだけでも不遜なのか、彼らは畳に手をつき、平伏したままであった。
だがその過剰なまでの敬意とは裏腹に、神官たちが彼女に話している事は、あまりにも非情であった。彼女の命そのものを天秤に掛けているのだから。
神官「先日、我々大赦は、供物とする巫女を選び出しました。西暦の時代に行われた奉火祭と同様、天の神に捧げる巫女は6人。儀式は既に執り行える体制となっております。」
?「そうなれば、6人が犠牲になる……。」
神官「………。」
?「でも私が犠牲になれば、私だけの犠牲で済む……。」
少女は呟くように言った。
神官達は平伏したまま何も答えない。彼らの無言が意味するものは肯定である。また、自らの行おうとしている儀式を決して止めるつもりは無い、という意思の現れでもある。神官達とて、いたずらに彼女に対して残酷な話をしている訳では無い。寧ろこれは、彼女を思っての行動なのである。
彼女達に何も伝えていなかった為に、かつて悲しい悲劇が起こってしまった。だから大赦は、可能な限りの事実を彼女らに伝える事にしたのだ。その少女は、神官達の意図を汲み取り、そして告げる--
自らを犠牲にするという答えを。
?「選び出した巫女達の御役目を解いてあげてください。私が供物となります。私は壁に穴を開けた時、確かにこう言ったんです。"私が生贄なら、まだ良かった"って。そう…私だけなら……。」
---
戻ってきた彩が防人達に囲まれている間に、千聖と女性神官は病院の屋上で話していた。
神官「丸山さんは御役目を解かれました。」
千聖「奉火祭は取り止めになった…って事ですか?」
神官「いいえ。巫女達の代わりに、1人の勇者様が犠牲となる事に志願したのです。」
千聖「まさか……有咲ちゃん?」
神官「彼女ではありません。」
神官の言葉には微かに、ほんの微かに、躊躇うような間があった。
神官「犠牲となるのは山吹沙綾様。以前、神樹様の壁に穴を開けた本人が、自ら責任を取る…と。」
千聖「…彩ちゃんは犠牲にならなかった……でも、誰かが犠牲になるんですね?」
千聖の言葉に女性神官は頷いた。千聖は悔しさで拳を握り締める。誰かが犠牲になっているのなら、それは千聖の目指す結末ではない。
神官「防人の御役目は、ひとまず終了となります。今後、また御役目が発生する可能性はありますが、結界外調査と国造りの補佐という任務は無くなりました。」
千聖「………。」
神官「大赦は、御役目の中で防人に多くの死者が出ると思っていました。ですが…負傷者は出たものの、犠牲はゼロ。よく成し遂げましたね。そしてあなた自身も、昔とは随分変わりました。今のあなたが市ヶ谷さんと並んでいたら、きっと我々はどちらに"夏希"の端末を受け継がせるか、選ぶ事は出来なかった。」
千聖「夏希?先代勇者の?」
神官「そう…御役目を退いた……いえ、バーテックスに殺された勇者です。今のあなたなら、もし端末を受け継いだとしても、きっとあの子は怒らないでしょう。」
女性神官のその言い方は、単なる勇者と神官の関係にしては妙だった。最高位の御役目を担う勇者に対し、神官は敬意と形式を持って接するはずである。だが、彼女の口調は--
まるで勇者に長い期間、身近で接してきたかの様な--
千聖「あなたは、海野夏希と個人的な知り合いだったんですか?」
?「個人的、という程ではありませんね。私は先代勇者の御目付役で……勇者の御役目以外でも、彼女達が通う学校の教師でした。ただ、それだけです。」
その神官--
安芸と先代勇者との関係は、千聖と彩との関係に似ていたのかもしれない。ならば夏希が命を落とした時、彼女はどの様な思いだったのか。仮面の奥の感情は、推測する事さえ出来ない。
安芸「今の白鷺さんなら、勇者としての御役目も充分に果たせるでしょう。大赦にも、その様に報告しておきます。もし、更なる勇者の補充が必要になった時、あなたがその御役目につけるように。」
だが、 千聖から返ってきた言葉は意外なものだった。
千聖「その必要はありません。私は勇者にはならないわ。」
千聖の答えに、安芸は訝しんだ。
安芸「あなたは勇者になる事に、強く拘っていた筈では?」
千聖「そうですね。今でも勇者になる事は、私の目標です。ですが、あなた達"大赦の勇者"は、私が目指しているものでは無いわ。犠牲を前提として生きる存在を、勇者だなんて私は認めない。」
安芸「………。」
安芸はしばらく無言になり、やがて問いかける。
安芸「あなたは犠牲をゼロにすると…それは人間、白鷺千聖としての誓約だと言いましたね?そして誓約を実現しました。しかし、人類の歴史は全て犠牲の上に成り立っています。科学、文化、そして人の生命そのものさえも、数限りない屍の上に存在するのです。」
千聖「ええ、その通りね。」
今この四国は、過去の勇者、巫女、名も記録されていない多くの人々の犠牲の上にある事は千聖も重々承知であった。
安芸「それが分かっているならば、何故そこまで犠牲を否定するのですか?少を犠牲して多を生かす事が出来るならば、それは悪い事では無い筈です。」
千聖「あなたは……いえ、大赦は、人類を"全体"でしか見ていないのよ。囲碁や将棋の盤面を見るように、高みから見ているだけ。だから分からないのよ。」
千聖は神官を睨みつける。
千聖「"大勢の中の1人"でも、その人には家族がいて、友達がいて、愛する人がいるの。たった1人でも誰かが犠牲になったら、その犠牲になった者を愛する人達は、世界の終わりと同じくらい悲しいのよ!あなた達はただ高みから見ているだけだから、そんな簡単な事が……中学生に過ぎない私でさえ分かる、そんな簡単な事が分からないんですよ!!少を殺して多を生かすなんて選択が、良い筈が無いの!!」
初めは千聖にとって"犠牲ゼロ"は、大赦に自分の力を認めさせる為、そして理不尽な神への反発心故に掲げた目標だった。だが、今は違う。
彩が犠牲になると告げられた時に感じた怒り、悲しみ。
日菜が一命を取り留めた時に感じた喜び、安堵。
防人や巫女という、名前も記録されない様な"大勢の中の1人"でも、個々に生きる人間であり、大切な命である。
犠牲にして良い筈が無い--
たった1人でも、犠牲にして良い筈が無い--
千聖は怒りをそのまま言葉にする様に叫んだ。
千聖「最後の最後まで死に物狂いで足掻け!死に物狂いの努力をしていない人間が、安易に誰かの命を犠牲にするなんて選択をするんじゃないわよっ!!」
千聖の言葉を、安芸は何も言わずに聞いていた。
千聖「あなた達から与えられる"勇者"の称号など、不要です。私は、私が理想とする勇者を目指し、必ずそれになってみせる。」
安芸「………あなたが理想とする勇者とは、何ですか?」
千聖「誰1人、犠牲にしない者よ。犠牲を生まない道を拓ける者こそ、勇者。」
安芸「………。」
千聖「私は防人を続けます。今の大赦の様な、犠牲を前提としたやり方とは違う方法を、探し続けます。場合によっては、大赦の内部に入って、あなた達の歪なやり方を変えてみせる。そして誰1人犠牲にならない道を、必ず見つけ出します。」
千聖(それが出来た時、私は自分を勇者だと認める事が出来るでしょうね……。)
大赦から与えられる"勇者"という称号や地位自体に、価値など無いのである。仲間達と自分自身から、勇者だと認められる事。その方がよっぽど大きな価値がある。今の千聖には、彼女を勇者の様だと言ってくれる仲間達がいる。後は千聖自身が、自分を勇者だと認められる様になればいい。その為に、彼女は自分の理想とする勇者--
"犠牲を生まない道を拓ける者"を目指すのだった。
安芸「誰1人犠牲にならない道……あなたなら、いつか出来るかもしれませんね。」
千聖「成し遂げてみせます。必ず。」
千聖はそう言うと、安芸に背を向けて屋上を出たのだった。
---
白鷺千聖を突き動かすものは、怒りである。
犠牲を前提とした方法を安易に選んでしまう大赦--
人間に犠牲を強いる神--
犠牲を"仕方ない"と受け入れる人間達--
理不尽な世界に対する怒りである。
そして、もう1つの原動力は--
---
千聖は集中治療室の前に戻ってきた。防人の少女達は、日菜の回復と彩の帰還を喜び合っている。
松原花音--
氷河日菜--
若宮イヴ--
丸山彩--
沢山の防人達--
1人1人、大切な友達。
これからも彼女達を死なせない。
勇者達だって死なせない。
誰1人死なせない。
そう、誓う--
---
季節は移り、冬--
白鷺千聖と彼女が率いる防人達は、今日も戦衣を纏い、壁の上に立っている。
千聖「流石に真冬ね…空気が冷たいわ。結界の外は灼熱の世界だっていうのに…。まあ、私達の任務に季節は関係ないわね。」
千聖を初めとした防人達は、今日も戦衣を纏う。
千聖「さあ、御役目を始めましょう!今日も犠牲者は出さず、任務を達成するわよ!!」
千聖以外「「「了解っ!!」」」
そして千聖を先頭とした少女達は、灼熱の大地へと降りていく--
〈第5章 白鷺千聖の章〉を読んでいただき本当にありがとうございました。
この後は後日談が数話続き、物語は
〈第6章 花結いの章〉
へと続いていきます。
これまでの勇者総出演の物語になります。
いつも読んでくれる皆様、本当にありがとうございました。