それは第3章を読めば分かります。
女性神官がタワーを去り、12月30日--
防人達は5〜6人ずつ時期をずらして帰省している。全員がタワーを離れてしまうと、突発的な有事の際に、動きが遅れてしまうからある。だから12月末の今でも、タワー内にはほとんどの防人が残っていた。
その日、彩は夜明けの時間から、タワー内を動き回っていた。
彩「ふふ〜♪ふふ〜ん♫」
鼻歌を歌いながら、上機嫌に箒で床を掃いていた。彩は掃除が趣味で、防人達が訓練をしている時など、時間が空いた時にはよく施設内を掃除しているのだ。タワー内がいつも清潔に保たれているのは、彼女のお陰である。ほとんどの防人は、自室の掃除まで彩に任せきっていた。実際、彼女の掃除はとても上手く、他人に掃除を任せた時にありがちな、"どこに何が置かれているのか分からなくなる"という事が無いのだ。埃やゴミはさっぱりなくなり、テーブルや椅子はピカピカに磨かれ、布団はふかふかになる。彩の掃除は防人達の間で大人気だった。
千聖も、初めは彩に仕事を押し付ける事への遠慮から、掃除は自分でやっていた。しかし一度彩に任せてしまうと、トレーニング器具は使いやすい場所に整理してくれる為、今は毎日彼女に掃除してもらっているほどである。彩にとって掃除は日課である。しかし、今日はいつもよりかなり早い時間から掃除を始めている。
彩が食堂を掃いていると、毎朝一緒にトレーニングをしている千聖と日菜が姿を現した。
千聖「おはよう、彩ちゃん。掃除してるの?」
日菜「何もこんな朝早くからしなくても良いんじゃない?」
彩「今年ももう終わりだから、今日と明日はタワー全体の大掃除をしようと思ってるんだ。」
そう言われ、千聖はやっと年末という実感が湧いてくる。
千聖「ああ……年末の大掃除ね。そういえば、そんな時期なのね。じゃあ、私も手伝うわよ。」
彩「大丈夫だよ。みんなは普段訓練で大変なんだから、掃除くらい私がやるよ。」
千聖「そういう訳にはいかないわよ。ゴールドタワーの施設はほとんど防人が使っているんだし、私たちも掃除するのが当然よ。」
日菜「私も手伝うよー。千聖ちゃんよりも手際良く、綺麗に掃除しちゃうんだから。」
日菜は掃除にまで、千聖への対抗心を燃やしている。彩は遠慮していたが、結局千聖と日菜が強引に手伝い始めた。他の防人達も次第に起き出してきて、掃除を手伝い始める。そんなこんなで今日と明日は訓練を休みにし、タワーの掃除をしようという事に決まった。
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冬は日が落ちるのが早い。日が落ちて少し経ち、やっとゴールドタワーの大掃除が終わった。
彩「みんな、ありがとうね!今日と明日の2日間かかると思ってたけど、みんなに手伝ってもらったから1日で終わったよ。」
タワーと訓練施設各所の掃除が終わり、食堂に集まった防人達に、彩が頭を下げた。
花音「ふえぇ…掃除って体力使うんだね……。」
すっかりへばってしまった花音は、テーブルに突っ伏している。イヴも椅子に座ったままコクコクと頷いた。最初はもう1人のイヴの人格が表に出ていたが、途中で疲れたのかイヴに交代してしまったのだ。他の防人達も一様に疲労の表情を浮かべている。
日菜「この程度でへばるなんて、みんな掃除をやり慣れてない証拠だよ。私は全然平気だけどねー。」
得意げに言う日菜に、花音はジト目を向けた。
花音「それにしては、日菜ちゃん肩で息してない?」
日菜「そ、そんな事無いよ。これは肩の運動だよ。」
それにしても、32人の防人が手伝って1日かかった大掃除を、彩が1人でやろうとしていた事に千聖は驚いた。今日明日の2日間かかる予定だったという事は、彩1人でも2日かければ終わらせる事が出来るのだろう。事実、彩は防人達に比べて体力も無い筈だが、誰よりも手際良く動き、今もそれほど疲れている様子は見えなかった。
彩「今日で大掃除が終わったお陰で、明日は時間が空いちゃったね……。」
彩は何をしようかと考えるように呟いた。
千聖「まあ、私達防人は普段通り訓練ね。」
花音「ふえぇぇっ!?大晦日まで訓練なんてヤダよぉ〜、千聖ちゃん〜!あっ、彩ちゃんほら、何かやる事あったんじゃないかな!?掃除じゃなくても、何か!!」
彩「え!?えっとね〜…だったら、明日はおせちやお餅を作って、本格的に年越しの準備をしようかな。」
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翌日、千聖達は年越し用の買い物の為、イネスへ行く事になった。防人達は、申請を出して受理されれば、外出を許される。千聖が毎朝町内をランニングしているのも、申請を出して受理されたものなのだ。買い物などの為に外出する事も、申請すれば特定の曜日や日時に限り、許可される。防人達の行動を常に把握しておく為に申請式にしているのだろう。
出かける前、ちょっとした問題が起こった。彩は普段、1日中タワーにいる為ほとんど外に出る事が無いのだ。そして、タワーの中では、ずっと巫女服で生活をしている。その為、服を巫女服とパジャマしか持っていなかったのだった。流石に巫女服で買い物しに行く訳にはいかない。大赦も良い顔をしないだろう。仕方ないので、千聖が自分の服を彩に上げて着せる事にしたのだ。
彩「ありがとう。大切にするね、千聖ちゃん。」
千聖「大袈裟よ。そうだ、後で彩ちゃんの服も一緒に買いましょう。」
彩「私はこれが良いんだよ。」
彩は上機嫌に言った。
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千聖達は幾つかのグループに分かれて、買い出しをする事にした。千聖、彩、日菜、花音、イヴは食材買い出し班となった。この時期のイネスは年末の売り尽くし大セールが行われており、イネスは人で溢れていた。
花音「ふええぇぇぇっ!!人波に押し流されちゃう〜!」
千聖「彩ちゃんは迷子にならないよう、私の手を握ってて。」
彩「分かった!」
彩が千聖の左手を握った。
日菜「はぐれちゃいそうな人は私の手を繋いで良いんだよー。」
花音「私は千聖ちゃんが良いー!」
花音が千聖の右手を取る。
イヴも、無言で千聖の服の裾を握る。
日菜「ぶー。」
日菜は少ししょげた顔をした。
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無事に買い物が終わり、タワーに戻った後は、料理が出来る人はおせちを作り、出来ない人は餅つき機で餅を作った。そして夜は、みんなで年越しうどんを食べた。
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やがて12時が近付くと、一部の少女達はソワソワとし始める。どうやら初詣に行く計画を立てているが、深夜の為外出許可が出るか不安なようだ。結局、千聖が監督役として同行するという条件で外出許可が下り、10人近い人数で神社へと出かけた。
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真冬の夜の空気は冷たく、少女達の吐く息は白い。
花音「千聖ちゃ〜ん…手が冷たい……。」
千聖「手袋をしてくれば良かったのよ、花音。」
花音「…そうだ!こうしたら暖かいよ!」
花音は千聖のコートのポケットに、両手を突っ込んだ。
千聖「花音、歩きにくいでしょ!」
花音「これ暖か〜い。」
言っても聞かないので、諦めて千聖は花音を放置した。
彩「ところで、千聖ちゃんは帰省しないでよかったの?」
歩きながら、彩が尋ねた。千聖は今年帰省しない事にしていたのだった。
千聖「隊長だからね。私がいないと、急に何かあった時に対応出来なくなるでしょ?」
彩「でも、家族は心配してるんじゃない?」
千聖「もう慣れたわよ。正月に帰省しないのも、3年目だもの。」
勇者候補生として施設で訓練を受けていた時も、千聖は帰省しなかった。年末年始も変わらず訓練を続けていたからである。千聖の家族は父親だけだが、正月に帰省しない事については何も言わなかった。父も仕事一筋な性格だから、千聖が勇者になる為、御役目を果たす為に努力をしているなら、それで構わないと思っているはずだ。
千聖「……考えてみれば、初詣だって3年ぶりよ。大晦日に餅やおせちを作ったり、門松や縄飾りを用意するのもね。」
彩「嫌だった?こういつ騒がしいお正月は。」
彩は少し不安そうに千聖の顔を覗き込んで尋ねた。千聖は周囲にいる防人達を見回した。
千聖のコートのポケットに手を突っ込んで歩く花音--
何も言わず、無表情ながらも、ずっと千聖の傍にいるイヴ--
誰よりも早く拝殿でお参りする為に、先頭を歩いている日菜--
楽しそうに友人たちと話しながら歩いている他の防人達--
千聖は柔らかい笑みを浮かべた。
千聖「いいえ、悪くないわね。たまには、こういうのも。」
その答えを聞いて、彩は安堵の表情を浮かべた。
彩「千聖ちゃん。だったら、今年のお正月は帰省したらどうかな?たまにはそういうのも、悪くないと思うよ。」
彩の言葉には、労わる様な優しさがあった。夜の風が吹き抜ける。千聖は何も答えないまま、歩き続ける。
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やがて道の先に、神社の灯火の光が見え始める。そして千聖はやっと答えを出した。
千聖「……そうね、今年は帰ってみようかしら。パパも喜ぶかもしれないし。」
防人達「「「…………!?」」」
周囲の少女達が、一瞬硬直する。千聖はキョトンとして周りを見た。
花音「千聖ちゃん……お父さんの事、パパって呼んでるの?」
千聖「……!い、いえ。父さんって呼んでるわよ。さっきのは言い間違い。言い間違いだから。」
防人「呼んでる。」
?「呼んでるっすね。」
防人「家では、きっと。」
防人「パパって……。」
防人達が小声で話し始める。
千聖「ち、違うって言ってるでしょう!!」
千聖は顔を真っ赤にして反論するのだった。
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結局、千聖は1日だけ帰省する事にし、数ヶ月ぶりに実家へ戻ったのだった。帰ったからといって劇的な何かがある訳ではな無い。大袈裟な歓迎がある訳でも無く、父と語り合う事がある訳でも無い。2人とも、口数が多い性格ではないからだ。
ただ、千聖の防人としての生活は、大赦から報告を受けて父親も詳しく知っていた。だから彼はたった一言、娘にこう言った。
千聖父「良かったな、千聖。」
それだけで充分なのだった。
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タワーへと戻る日、千聖は駅の本屋で、かつて千聖が誰かに言われた言葉と同じタイトルの本を見つけた。
"車輪の下"--
西暦の時代の古典小説だ。その本を買い、電車の座席に座りながら読み始める。タワーに戻った後も読み続けた。努力家の秀才少年が、必死の努力の末に僅かな成功を手に入れる。その後は周囲の期待に押し潰され、押し潰され、親友とも別れ、疲弊し、やがて命を落とす。ただそれだけの悲劇。
千聖は、その少年の様にはならなかった--
千聖の方が彼より努力をしていたからだろうか?
千聖の方が彼より才能があったからだろうか?
違う。そうではない--
千聖(…私には、心を許して、共に歩ける友達がいたからだわ……最後まで…。)
孤独ではなかった--
千聖と少年の違いは、たったそれだけの事--
たったそれだけの幸運だった--
世界の不条理という車輪は、落ちこぼれた者を、あっという間に轢き殺してしまう。けれどもその車輪は、多くの場合決して巨大なものでは無く、1人しか轢き殺す事が出来ないのだろう。信頼しあえる友達と一緒だったら、車輪を押し返し、壊す事だって出来るのである。
そうして年末年始の時間は過ぎて行く--
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神世紀301年--
防人としての御役目は、まだ発生しないままだった。やがて一月も半ばを過ぎた頃、防人達に久しぶりの任務が通達される。とはいえ、大した内容ではない。壁外の世界の状況を確かめてきて欲しい、というものだ。この程度の任務しか無いという事は、大赦も手詰まりになっているのだろう。壁の上には、防人達32人と、見送りに来た彩が立っている。
千聖「さあ、御役目を始めましょう!今回も犠牲者は出さず、任務を達成するわよ!」
防人達「「「了解!」」」
戦衣をまとう、千聖と防人達。
彩「必ず、みんな無事に帰ってきてね。」
彩の祈る様な言葉を背に、千聖たちは壁から灼熱の世界へと降りていった。
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壁の外を歩き、灼けた土壌や、マグマを摩羅に収めていく。
花音「やっぱり暑いね〜、千聖ちゃん〜。」
日菜「結界の外の環境は悪化したままって事だね…。生贄がいなくなった事で、天の神はまた怒ってるのかな?」
イヴ「ま、確かに暑いが、その代わり敵は星屑しかいねえな。融合したデカい奴とか、"完成型"とかが全然いねえ。」
時々襲ってくる星屑を、銃弾で打ち抜き、銃剣で斬り裂く。今の防人達なら、星屑程度は危うげなく倒す事が出来る。
イヴ「おい、白鷺!……なんかいるぞ。」
突然、イヴが目を鋭くして銃剣を構える。千聖達も同じ方向を向いた。
日菜「人……だね。」
日菜も警戒しながら銃剣を構えた。遠くで、星屑を足場に跳躍を繰り返して移動していく人影が見えるのだ。今結界の外にいるのは、防人を除けば、星屑とバーテックスだけのはずである。だが、その人影の正体に、千聖と花音はすぐに気付いた。
千聖「みんな、銃剣を下げて。あれは敵じゃないわ。」
花音「うん……勇者の市ヶ谷様だよ。」
赤いサツキの勇者装束、市ヶ谷有咲だった--
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土壌のサンプルは充分に確保出来たので、防人達は結界の中へ戻っていく。千聖は他の防人達と彩を先に帰らせて有咲と2人きりになる。有咲の様子がどこかおかしかったからだった。千聖が知っている彼女は、自分に自信があり、いつも強気で前向きだった。
しかし今の有咲は、思い詰めた表情で、自信も前向きさも全て削ぎ落とされた様だった。そもそも勇者である彼女が、何故結界の外をうろついていたのだろうか。
千聖「……あなたにこんな所で会うとは思ってなかったわ、有咲ちゃん。」
有咲「そうだな…私も。」
やはり気力の無い声で、呟く様に有咲は言う。
有咲「千聖は…今、結界の外を調査する御役目をやってるんだってな。確か、防人っていう。」
昔の千聖だったら、皮肉の1つでも言っていたかもしれない。しかし今の千聖は、有咲の言葉を抵抗なく受け入れる事が出来た。
千聖「ええ、そうよ。大赦から聞いてるの?」
有咲「いや、聞かされてなかった。施設で別れた後、千聖が何をしているのかもずっと知らなかった。ただ、大赦の事情とかに詳しい友達がいてね。その子に調べてもらって、あんたが防人って御役目に就いてるって事は聞いた。」
千聖「そう……。」
有咲「本当はもっと早く、私から会いに行くつもりだった。でも、千聖が何処にいるのかまでは調べられなかった。大赦は、勇者と防人を合わせたくなかったみたいだ。」
千聖「私達も勇者に会う事を禁じられてたわ。」
イレギュラーなケースとして、花音は防人になる前に、当代の勇者達と接触した事がある。勇者が花咲川中学にいる事を花音から聞いた数人の防人は、彼女達に会いに行こうとしたのだ。しかし、"勇者に会いに行く"という理由では外出許可は下りず、それどころか"防人が勇者と接触してはいけない"と強い口調で禁じられたのだ。嘘の外出理由を使って勇者に会いに行く者もいなかった。恐らく駅や各道路に大赦の監視の目があるだろうから、どちらにしろ花咲川中学へ行くのら不可能だった。
千聖「こういう奇跡的な偶然でもない限り、会う事は出来なかったわ。」
有咲「そうだな……。」
千聖「それで、有咲ちゃん…あなたは壁の外で何をしてたの?勇者の御役目の一環とかかしら?」
有咲「違うよ。全く個人的な理由だよ。壁の外の状況を見ておきたかったんだ…。」
千聖「……何の為に?」
有咲は唇を噛み締め、悔しさを滲ませながら答える。
有咲「何か分かるかもしれないと思ったんだ……助けたい奴がいるんだ……そいつを助ける為に。」
有咲は注意深く言葉を選ぶ様にして、千聖に説明する。曖昧な説明だった為、正確な事情は分からなかったが、どうやら有咲にとって大切な友達が、危険な状況に陥ってるようだった。恐らく、理由は天の神だろう。
奉火祭は中止になった。
巫女の代わりに生贄となった勇者・山吹沙綾は、勇者達が救い出した。
天の神の怒りは鎮まらず、神樹の寿命は迫っている。
その延長線上で、なんらかのトラブルが起こり、友人は危機に陥ってるのだろう。それ以上の詳しい事情は、有咲の言葉からは読み取れなかった。わざと分からないように話しているかの様にも思える。
有咲「そいつを助ける方法を、探してて…。壁の外の状況を調べたら、何かヒントが見つかるかもしれないと思って……でも、何も分からなかった。」
自嘲気味に有咲は言う。
千聖「相変わらず、他人を放っておけないのね。あの頃と同じ…有咲ちゃんは甘いわ。」
有咲「そうだな…施設にいた時も、あんたにそんな事を言われたっけな。」
千聖「でも、今ならその気持ち、私も分かるわ。」
有咲「えっ!?」
直後、突然千聖が銃剣の刃を有咲に突き出した。
有咲「っ!?」
有咲は不意を突かれながらも、紙一重で刃を避ける。だが、千聖はそのまま斬り払うようにして迫撃する。有咲は瞬時に2本の刀を両手に出現させ、銃剣の刃を打ち払う。
有咲「なっ……何だよ、急に!?どういうつもりだ!?」
千聖「市ヶ谷有咲!!!何をしょぼくれた顔してるのよ!!」
千聖は連続で銃剣の刃を突き出し、斬り払う。有咲も2本の刀を凄まじい速さで振るって攻撃を捌く。
有咲「このっ……!」
有咲は千聖の攻撃を捌きながら、一瞬で反撃に転じ、刀を振るった。千聖はギリギリでその一撃を受け止めるが、衝撃で銃剣を手放しそうになる。
千聖(やっぱり有咲ちゃんは強い……!技術、瞬発力…どれも並外れている。だから…だからこそ……。)
千聖は有咲と斬り結びながら、叫んだ。
千聖「あなたはちゃんと顔を上げて、前を向いてなさいよ!!不適で、自信満々でいなさいよ!!!そんなしょぼくれた顔をしないで!!」
有咲「何を……。」
千聖「あなたは勇者なのよ!唯一、私に勝った人間なのよ!!そんな情けない顔をするなんて許さない!!そんな顔をするなら、勇者なんて辞めてしまいなさい!!!」
有咲「やめ……るかぁっ!!」
有咲は叫ぶと共に、千聖の銃剣を刀で薙ぎ払った。銃剣は弾き飛ばされ、地面に落ちる。千聖は武器を失い、眼前に刀の切っ先を突きつけられる。
有咲「私は勇者だ!!絶対にあいつを救ってみせる!!どんな事をしても、助け出してみせる!!!」
有咲の吼えるような言葉に、千聖は頷いた。
千聖「そうよ、それでこそあなたよ。……有咲ちゃん、私もあなたの友達を助ける為に出来る事があれば、何でも力になるわ。」
その言葉に、有咲は意外そうな顔をする。かつて他人を助ける甘さを非難していた千聖が、今は他人を助ける為に力を貸すと言っているからである。危機に陥ってる有咲の友人が誰なのかを千聖は知らない。しかし彼女の目標は常に、犠牲を一切出さない事なのだ。犠牲を出さない為にも、かつて勇者の座を争った旧友の為にも、力になりたいと千聖は思っているのだ。昔の千聖は、他人の為に行動する有咲の甘さが嫌いだった。しかし今は、有咲の気持ちが痛い程分かる。
今の千聖には大切な友達がいるから--
有咲「ありがとう。にしても、急に斬りかかってくるなんて…千聖ってさ、いつも怒ってる様な気がするな。」
千聖「……そうかしら?」
有咲「そうだよ。でも、それがあんたの強さの理由なのかもな。」
有咲はそう言って、千聖に背を向ける。
有咲「じゃあ私、そろそろ行くわ。」
千聖「ええ。」
勇者、市ヶ谷有咲--
防人、白鷺千聖--
勇者と防人は立場が違う。だから、戦場で会う事は無いだろう。
しかし、戦う理由は同じだ。
誰かを助ける為、犠牲を出さない為。
有咲「あのさ、千聖。」
背を向けたまま、有咲は言う。
有咲「色々な事が全部解決したら、また会って話でもしよう。その時はゆっくりな。私、よく考えたら、千聖の事全然知らないんだよな。」
千聖「そうね。私も有咲ちゃんの事、全然知らないわ。訓練施設で結構長い間競い合ってたのにね。」
訓練施設に入るまで、どうやって生きてきたのか--
2人とも、何故勇者にこだわってきたのか--
そして、今どんな風に生きているのか--
有咲「ちょうど、千聖に合わせたい奴らもいるしな。」
千聖「誰かしら?」
有咲「とんでもないお人好しで能天気な奴らだよ。その内の2人は、あの海野夏希と友達だった。」
千聖「そう……それは会って話を聞いてみたいわね。」
端末を受け継ぐ候補だった千聖や有咲は、海野夏希に精神性が近いという。夏希がどんな少女だったのか、千聖も知りたい。
有咲「それじゃあ、またな。」
千聖「ええ、またね。」
有咲は壁から飛び降り、去っていく。千聖はその背中を静かに見送ったのだった。